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第五十六話


 僕は鉄パイプに魔力を流してゴーレムに斬り付けた。一体に構ってる暇は無い。目の前で邪魔をするヤツを優先に、他のには目もくれずに。

 

 数が多い。いったい何匹のゴーレムが舞台に上がったのか。足に絡み付く腕を切り落とし腕を掴もうとするヤツには頭から鉄パイプを振り下ろした。

 

 足に絡むな! 歩みがとまる。腕を掴むな! 鉄パイプが振れないだろ。変な所を触るな! いやん、エッチ!

 

 中には変なゴーレムもいたが僕は邪魔するゴーレムを斬り倒し、ミスティアの巨人の首元にたどり着く。迫るゴーレムに横一閃で薙ぎ倒し、僕は巨人の首筋に両手をあてた。

 

 「どっちの魔力が多いか…… 人間様を舐めるなよ!」

 

 自分でも驚くほどの魔力が流れ、吹き出す魔力で周りのゴーレム達が砕けていく。よし! いいぞ! 魔力は流れていく。これで巨人の魔力量がいっぱいになったら……

 

 ミスティアの巨人は古代兵器だ。魔力が満ちれば爆発して都市を破壊する。ただ巨人のベースになってるのは錬金術だ。それなら爆発する前に回路が焼き切れて活動を停止するに違いない。と、思う。

 

 魔力が流れる。僕の身体の方が持つのか? それより…… 流していると言うより、吸われているのか? 段違いに魔力が流れるのを感じた。

 

 その度に身体が干からびてミイラになる自分を創造してしまう。こんな創造が出来るうちは余裕があるのだろう。それなら遠慮無く流してやる!

 

 「最後まで持ってけいきやがれ!」

 

 僕は勇者じゃない。英雄でも無ければ、ただの錬金術師だ。ただの錬金術師に過ぎた魔力量は僕を不安にさせていた。

 

 いったいこの魔力の多さは何に使うんだ? 普段の仕事なら余裕で間に合うし、僕の魔力特有の女性限定で起こる力を利用して「ヒモ」にでもなるのかと思っていた。

 

 僕の夢は一級錬金術師。戸建てに可愛い嫁さんと子供が三人。幸せに反抗期の子供と喧嘩して、「お父さん臭い」とか娘に言われて、貧乏でも普通の仕事と家庭を持つのが夢だ。それなのに過ぎた魔力。いったい何に使うのか?

 

 僕はミスティアの巨人の本を読んで運命を感じた。僕がチートをもらってまで、この世界に来た理由は、こいつを止める為なんじゃないか。

 

 レールガンや燃料気化爆弾が腐るほどあれば巨人を倒す事も出来ただろう。だが、それは魔力や物質、時間の問題が山積みで作れなかった。

 

 それでやれる事と言えば巨人に僕の魔力を流す事だけ。それだけを点と点から線となって繋がった。僕の存在意義を。

 

 「……あれ?」

 

 魔力に抵抗を感じる。さっきまでは吸っていた魔力が吸われず、流し込む魔力が押し返される様に……

 

 勝った! 僕の魔力量の方が上だ! このまま流せば巨人は止まる! 止まるけど…… 遠慮するなよ! 持っていけ!

 

 僕の周りの空間に魔力が満ち始め、極度な違和感と気持ち悪さが魔力酔いを引き起こしている。このままだと、僕が自分の魔力でやられそうだ。

 

 巨人に魔力が流れていかない。一応の予想はしていたけれど、ここまで拒否られるなんて。昔の人は言っていた「引いたら押せ、押されたら引け」と。

 

 押し返されたらどうするんだ? 正解は「もっと強い力で押し返せ」だ! 両手から右手一本に。集中して魔力を押し出す。針の様に先を尖らせるイメージで。

 

 「おりゃ!」

 

 気合い一発。尖らせた魔力で巨人に魔力を叩き込む。石に刺す針と言うより、弾力のあるゴム風船に魔力を流しているみたいだ。もう少しなのに入っていかない。

 

 右手が震える。内側から魔力が吐き出しそう。我慢、我慢だ。もう少しでいけそうだ。もう少しなんだ。もう少しだと思う。どれだけ分厚い風船なんだよ!

 

 「がっ!」

 

 右手が限界を越えた。内側から魔力が勢いよく漏れだし、袖を破り肉を斬り裂き右手は血塗れになった。


  痛いのなんのって、腕が無くなるかと思った! 本当に腕が無くなった事は無いけど、ラウラ親方に間接を決められた時より痛い!

 

 まだ右手からは魔力が流せる、終わってない。僕は裂けた右手に左手を合わせて魔力を流す。分厚いゴム風船。突き刺さっているのに穴が開かない。

 

 やっぱりダメなのか!? こんなに頑張ったのに! 右腕はこれから使い物になるか分からないくらいだし、帰った所で逃亡罪は免れない。

 

 逃げようかな…… ここまで頑張ったんだし、まだ余裕がある今なら逃げれるんじゃね。そうだよな…… 僕は勇者向きな転生者じゃないし、そう言うのは人徳がある人がやるものだ。

 

 人徳は…… あるのかな? 一緒に着いて来てくれる人はいるし、城船を出る時に手伝ってくれた人や可愛い部下もいた。

 

 ……わからん。こんな痛い思いをしてまでやる事なのか? 僕は平穏無事に生きていきたいだけなのに。何が悲しくて巨人の背に乗って手が裂けるまで魔力を流しているんだ?

 

 迷った時は楽しい方を選ぶ。その方が後悔が無いから。僕は今楽しいのか? 犯罪者になって身体をボロボロにしてまでやる事が……

 

 ……楽しい ……かな。楽しい…… よな。 自分の限界を出す機会なんてあるもんじゃない。今を逃したら次があるなんて分からない。これはチャンスなのかもしれない。自分の力を出し切るチャンス。

 

 「最後まで付き合え!」

 

 添えた左手、いや身体ごと魔力を巨人に叩き込む。一点を目指して。全魔力を流し左手が裂ける。肩から背中から足まで、内側から張り裂けそうな感覚を無視して僕は魔力を流した。顔は止めて、お婿に行けなくなっちゃう。

 

 一秒か十分か、甲高い「キン!」とした音がしたと共に魔力が巨人に流れるのを感じた。ゴムかと思っていたら鉄製だったのか?

 

 足元の背の台座に、細かくヒビが入り頭上の巨人の頭は風に吹かれて魔石の粉が舞っていた。 ……なんだ、このやろー。余裕じゃないか。俺の勝ちだ! 手間をかけやがって、二度と出てくるなよ! あぁ、爆発しないで良かった。

 

 「フィリス……」

 

 勝った! 後は逃げる。こんな女気も無い所に、これ以上いたって合コンも出来ない。フィリスはまだ生きてるか? 作業用ウィザードを直せば帰れる。

 

 「……フィリス生きてるか?」

 

 「まだ…… な……」

 

 「大丈夫だ。すぐに直して脱出だ。この巨人はもうすぐ崩れる」

 

 「お前…… ひどい様だ…… 勝ったんだな……」

 

 「勝った! 帰ろう。みんなの所に……」

 

 僕はまだ残っている右手をウィザードに当て、復元の魔法を唱えた。最後の魔力は僕の期待通りにウィザードを直してくれた。

 

 「時間が無い。その頭の所のレバーを二つ同時に引いて」

 

 「これか?」

 

 痛みで朦朧とするフィリスは僕の言う事を素直に正しく聞いて二つレバーを力いっぱい引いた。

 

 「た~まや~」

 

 フィリスを乗せたまま、頭上高く吹き飛ぶパイロットシート。シートベルトはしていただろうな? そしていいタイミングで開くパラシュート。全て完璧な動作に、急きょ作った物にしては良く出来てる。

 

 子供の時にやったっけ。打ち上げ花火。落ちてくるパラシュートを拾う競争をした、あの夏の日の思い出。僕は拾えなかったな……

 

 僕は元々、一人で巨人に向かうつもりだった。最後には巨人の高さからパラシュートで降下すればいいと思って作っておいた。一人分だけのを。

 

 後席の分までは時間と魔力と魔導炉を二機積んだスペースで余裕は無かったんだ。二人で行くと決めた時から少しばかりの覚悟はしていたけれど、目の前で飛び出すパイロットシートを見て、本当に覚悟を決めた。僕はここで死ぬ。崩れる巨人と一緒に……

 

 ……でもなぁ。死にたく無いなぁ。まだやりたい事がいっぱいあるのに。せっかく勝って英雄として帰れるのに…… 合コンの話題には欠かないのに。

 

 死ねるか! 諦めたらお仕舞いだって、バスケ部の先生が言っていた。まだ崩れるのには時間がある! 生き残れる方法を!

 

 で、どうしよう。巨人は魔石の塊みたいな物で、所々に手を掛けれる所がある。それを伝って降りるのはどうだ?

 

 ……ダメだぁ。今の両手じゃ、懸垂も出来ない。巨人の身体を伝って降りるのは無しだな。崩れる巨人の波に乗って降りるのはどうだ?

 

 ……ダメだぁ。カナヅチなんだよ、泳げないんだよ、ボードが無いんだよ。これも無しだな。いっそのこと飛び降りてみるのはどうだ?

 

 ……死ぬ、間違いなく死ぬ。死ぬレベルの高さだ。ロープでもあればバンジージャンプも考えるけど、それを作る魔力も無い。

 

  先生…… どうやら本当にダメみたいです。諦めたくは無いけど、打つ手が思い付きません。残された短い時間で遺書でも書こうか? 時世の句でも詠むか? 僕は……

 

 ん!? 変な感じだ。足元の砂状に変わった所が崩れていかない? ミスティアの巨人の頭は風に吹かれて舞っているのに…… なんだか…… 固まってる!?

 

 冗談じゃねぇぞ! せっかくここまでやったのに、諦めて死んでくれよ! もしかして魔力でもう一度固めるつもりなのか? させねぇ! お前は塵となって砕けるんだ! 僕は鉄パイプを手に取って巨人に打ち付けた。

 

 感覚の無くなった左手に響く痛みは、生きてる証拠、巨人も死なない証拠か!? 硬いぞ! 砕けている感じはするのに固まっていくのか!?

 

 僕は何度も巨人の首に鉄パイプを打ち付けた。無駄なのかもしれないけど、無駄なのかもしれないけど……

 

 僕は鉄パイプを落とした。もう握る力も残って無い。結局はここまでなのか…… 全部が無駄なのか…… 全身の力が抜ける。膝を着き、後は神に祈るくらいしか……

 

 僕は力が抜けて膝を着いた。着いたと思ったら後ろから引かれた、首を。その角度で首を引いたら死ぬだろ! ちゃんと考えて引け! ナターシャ!

 

 「……迎えに来た」

 

 上空を漆黒のウィザードが蔦を羽根に変えて羽ばたかせていた。契約で城船からは出れない魔導大戦の生き残り。黒のナターシャ。

 

 「……いこう」

 

 僕は感謝の言葉も一息付く暇も無く空飛ぶウィザードに連れ去られた。首に蔦を絡ませながら。

 

 僕は見た。首に蔦を絡ませながら失神する前に、亀甲縛りから解放されて崩れ行くミスティアの巨人を……

 

 

 

 「パパ、もう終わりにして港に行こうよ」

 

 「もう少しで終わるから…… ほら、終わった」

 

 僕は一級錬金術師の資格を取って城船を降りた。一人の女性と子供を連れて。領地でも良かったのだけど、錬金術の仕事は王都の方が多いからと、領主様の許可をもらって移転した。

 

 王都での仕事は僕の有り余る魔力と彼女の商才で、今では大きな仕事も回してもらっているし商家としても中堅所まで成り上がった。彼女の商才が多大な貢献をしたのは言うまでもない。

 

 戸建ても建てたし、子供も双子の娘が王都で生まれた。今日は長男が三年ぶりに王都に帰ってくる。シルバー・クリスタル号の錬金術師として。

 

 本当なら王家直轄の城船に乗る事も出来たのに、息子はシルバー・クリスタル号を選んだ。生まれた頃から姉や母親みたいに接してくれた、みんなの所が良かったのかもしれない。イジメられてなければいいが……

 

 娘達も来年から王都の魔法学校に通う。適正は充分に有ったし、魔力量は僕譲りで強大だ。将来、期待されると周りの人は言ってくれるが、その力は平和的に使ってウィザードになんか乗って欲しくない。

 

 「早く行こう、パパ」

 

 巨人を倒した後、いくつかの戦争もあったけど、僕は自分の夢を叶えて今は幸せだ。諦めなければ、努力を怠らなければ夢は叶う。

 

 「よし、行こう。リンダ、ロンダを呼んできて。ママはどうするって?」

 

 「ママは家で待ってるって。ロンダを呼んでくるね」

 

 小さな幸せなんだろうけど、僕には充分過ぎる幸せだ。家族といつまでも平和に過ごしていきたい。

 

 

 

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