第五話
目の前が炎で赤く染まる。無数のボールが…… いや、巨大な火の玉が僕を貫きゴールネットに突き刺さる。
「舐めんな! バカヤロー!」
出せる物は全て出し尽くす勢いで僕は魔力を放出した。これで防げる確証は無い。だけど、立ってるだけのキーパーなんて必要ない。
魔力の放出に火の玉は弾かれる様に逸れて行った。咄嗟の判断は正しかった様だが、次はコーナーキックが待っている。僕の腕は無理な魔力の放出で内側から破裂したのかズタボロになっていた。
次は無い。ここまでだ…… 僕の魔力に当てられてか、タマゴが割れる音が続く。孵化を早めてしまったのか? 僕の判断は間違いか?
「……」
僕の目の前に風の様に静かに立つ黒いウィザード。このウィザードなら知ってる。一級錬金術師しか整備をさせてもらえない特別扱いの黒い機体。確か魔導師も黒いローブで顔も隠して見た事がない人だ。
黒いウィザードの一刀で首が飛ぶワイバーン。助かったのか…… 安堵に涙がこぼれそうになるのを黒いウィザードが止めてくれた。
「……魔石か魔力が欲しい」
少し冷たい声の持ち主は、僕の両腕の事は気にしていないみたいだが、助けられた事には感謝しないと。「助けてくれて、ありがとう」僕の言葉はウィザード越しに届いただろう。
「……魔石か魔力……」
どいつもこいつも、魔導師は錬金術師を下に見やがって! ボロボロの腕から魔力を出せって!? 日本なら全治三ヶ月も白系治癒魔導師にかかれば、外傷なら五分と掛からないこの傷を治せる魔導師を連れて来てからだろ!
が、待ってる余裕はなさそうだ。さっきの魔力の放出でワイバーンの孵化が早まってる。僕は痛む腕を無理やり動かしてウィザードのバックパックを開けた。
この黒い魔導師の言うとおり、魔石から魔力が無くなっているようだ。透明になった魔石の中心に少しばかり黒く輝く黒系の魔石。もしかして最後の力を振り絞ってくれたのか?
「無属性の魔力だから変換は自前で!」
「……問題ない」
問題無いッスか。僕の両腕は問題が有り過ぎだよ。でも、戦えるウィザードは他にはいない。この黒いウィザードに頑張ってもらわないと。僕も最後の力を振り絞り魔力を流した。
「……あぁぁん。な、なに…… これ……」
この人も色っぽい声を上げる。動力炉に直接流せば無属性の魔力の影響も受けるだろうけど、今度は魔石に補充したんだ。変換がかかって黒系統の属性になってるから魔力酔いとかは無いはずだ。
「大丈夫ですか?」
声をかけても何かを我慢するように「う、うぅぅ……」としか返事が無い。もしかしてトイレか? 女の子に聞ける事じゃないね。ましてやプライドの高い魔導師様になんて。
「大丈夫ですか?」
もう一度、問い掛けてもハッチは閉まったままで、返事もない。それどころか、ウィザードの全身から黒い魔力が吐き出されて来た。今度は僕の方がヤバい。黒い魔力で魔力酔いを起こし兼ねない。僕は大急ぎでウィザードから飛び降り距離を取った。
「……すごい」
凄いのは貴女の方だよ、黒の魔導師。魔力のオーバーロードしてるんじゃないか。吐き出す魔力の桁が違う…… あれ? ヤバくね?
ワイバーンの孵化が魔力によって加速される。もう格納庫でタマゴの中で閉じ籠ってるのは居ないんじゃないか? 僕のせいですか? 貴女のせいですよね!?
僕は逃げる。後はウィザードに乗った魔導師の仕事だ。ラウラ親方には残ってウィザードの整備をする様に言われたけど、そんなスペースは有りはしない。
「後は任せた!」
僕はドアに向かって走り出した。後ろからはワイバーンの鳴き声や聞いた事も無い音が鳴り響き、エコーが聞いてカラオケ大会には丁度いいかと思うくらいだった。
ドアを抜けて一息付く間も無く声がかかった。この声には聞き覚えがある。シルバー・クリスタル号一番の美人、ソフィア・アルフォードさん。
「大丈夫ですか? 両手が血だらけですよ」
美しさと優しさの両方を持つうえに二級魔導師でありながら錬金術師を下に見ない人徳。貴女は女神ですか。僕はファンクラブ会員番号三十六番のミカエル・シンです。
「だ、大丈夫です…… ソフィアさんもウィザードに乗りにですか」
当たり前の事を聞いてしまったが、緊張して痛みも忘れるくらい言葉も忘れた。ずっと、このまま見つめ合っていたいけど、僕が出血多量で死にそうだよ。
「大丈夫には見えませんよ。少しなら治癒魔法が使えますから両手を出して下さい」
僕が両手を出すと呪文を唱え静かに目をつむる。いいだろ、ファンクラブのみんな。石鹸の香りがするくらい近付き、魔法までかけてもらったんだぞ。当分、両腕は洗えないね。
「私のウィザードはどうなってるでしょう」
そうだった。ウィザードが必要なんだ。でも、水系のウィザードは直していない。もう一度、格納庫に入るのか? ワイバーンで満員の格納庫に!?
「い、今は…… ウィザードは、ワイバーンが魔石を取り出して破損したままです。火系のは直したのですが、水系のはまだ……」
「それなら一緒に行って直してもらえますか。私のウィザード……」
行きます! 例えそこが地獄の一丁目だろうとワイバーンで満ちてる格納庫でも、貴女と一緒なら僕は月にも行けるでしょう。
「任せて下さい。格納庫では黒いウィザードが頑張ってくれてると思います。その隙を突いてソフィアさんのウィザードに行きましょう」
僕は治った手でソフィアさんと手を繋ぎ、格納庫に入った。この手も洗えなくなったが、今はウィザードだ。僕はワイバーンと暴れる黒のウィザードを縫うようにソフィアさんの機体にたどり着いた。
「魔石が有りません。動力炉に無属性の魔力を流すので調整して動かして下さい」
僕はソフィアさんをシートに押し倒し…… 押し込み、魔石のあるウィザードの後ろ側に回った。バックパックを開けバイパスを直し動力炉に直接魔力を流して……
「あっ……あぁぁっ…!」
何故にソフィアさんまで。ウィザードの動力炉に魔力を流した事なんて無いから、皆がこんな反応をするのだろうか。
「ソフィアさん! 行けますか!?」
戦闘状況の時にウィザードの担当になった事は数回あるし、発進シークエンスも一通り出来るけど、こんなのは初めてだよ。ラウラ親方が声を出さなかったのは魔石を通したからか? 聞いてみたいな、安全な所で。
「ソフィアさん!」
ハッチは開いたままだ。これでは戦えない。もしかしてハッチが閉まらないとかか? 全身を点検している暇は無かったのが失敗か? 僕はソフィアさんの元までウィザードを登った。
……ソフィアさんが、「ピー」で「ピー」して「ピー」だ。これは、とてもじゃないが他人には言えない他言無用の案件だ。見ている僕もどうしたらいいのか、目のやり場に困る。
「なに見てんだ、てめぇ……」
これがソフィアさんからなら、僕も急いでウィザードを降りただろう。まったく音も出さずに僕の後ろを取る深紅のウィザード。声の主は怒りんぼうの赤の魔導師さま。
「こ、これには深い訳があり…… ぐぇ!」
初めてだ、ウィザードに捕まれたのは。結構、痛いし苦しい。助けを呼ぼうにも口から内臓が飛び出す勢いで息も出来ない。
「魔力が切れそうだ。さっきの魔力をぶち込んでくれ。キツイのを一発頼むぜ。ソフィア! てめぇもイキッてるんじゃねぇよ」
どうやら僕の魔力は違った意味で魔力酔いを起こすみたいだ。これからは気を付けよう。魔石に魔力を流して動力炉に流すのは考えないといけない。 ……もし、直接身体に魔力を流したらどうなるのかな……
「フ、フィリス…… こ、これは凄いわ……」
凄い、さらに凄い「ピー」が「ピー」だ。特等席で見させてもらって、僕はもういつ死んでも構わないよ。
「てめぇは後ろだ!」
僕はバックパックまで放り投げなれた。何とか抱き付き落とされはしなかったが、もう少し見ていたかった。出来れば参加したかった。
この後、続々と集まる魔導師達のウィザードに魔力を補給してワイバーンの掃討に一日中追われ、ベッドに入って寝るまで三日もかかった。
幸か不幸か、僕はウィザードの魔導師達から絶大な支持をもらい錬金術師の地位向上に貢献が出来ただろう。
「イエス・マム。各員、第一戦闘配備! レッドチーム全機発進!」
ジェラード・ジェイク・ハミルトン公爵の事を考えたら昔を思い出したよ。集中しないと。新しいシステムが城船の戦い方を一変させるのだから。