第四十三話
「見えて来たぜ。あれが魔石の巨人か」
ジョシュアは戦術的覗きドローンを最前線の城船より先に飛ばし魔石の巨人を見付けた。それは色とりどりの魔石が太陽の光に反射して、リビングに飾るには不似合いだった。
ドローンの操縦が出来るコントローラーの上には小さな専用画面が付いて、僕もそれを覗き込んで巨人の姿を見た。
「ウィザードが出るかな」
「出るだろ。戦う為にいるんだからな」
「魔石の塊の事もあるし、ドローンを巨人に近付けるなよ」
「分かってるよ。 ……出たぜ、パーシーンの旗色のウィザードだ」
この城船の中では最大級の戦力を誇るパーシーンのウィザード。巨人の足を削って倒させ、立てなくなった所で集中砲火だろう。ただし、ウィザードから魔力を抜かれなければだ。
他の城船からもウィザードが出撃して行く。七隻からのウィザードの指揮は誰が取っているのだろう。整然と土煙を上げて飛ぶウィザードは美しささえある。
「何か光った!?」
慌てて覗き込むも光は見えず、控え室のディスプレイは巨人さえも豆粒だ。これだけの画面があれば対戦格闘ゲームがやり放題だが、ゲームの本体は無い。
土煙が上がってる。一個や二個とかのレベルじゃなく、土煙の壁が出来上がっていた。巨人は土系の魔法を使ったのか? 巨人と言ってもゴーレムなのだろうか?
「ジョシュ、何があった!?」
「光って、何かが飛んで来たように見えた。ジャイアント・タートルみたいに魔岩のたぐいか? それにしては数が多すぎる!」
生成して打ち出す。タートルなら魔法で岩を作り出すが、巨人のは数が多いし、土煙の上がり方を見ても威力は半端じゃない。
「ウィザードは!?」
「煙の向こうは見えねぇよ。みんな土煙に向かって突撃してるぜ」
「城船は!?」
「ちょっと待て。 ……まだ動いてねぇな」
このままウィザードだけで押しきれたら城船の出番も無くて、僕達は無駄足だったと言えるけど、どうしてもそうは思えない。
「見えて来た。これは……」
巨人の回りには動きを止めたウィザードが転がり、背中のバックパックからは魔石が浮き出て巨人に吸収されていた。難を逃れたウィザードは巨人の側を離れ急速に距離を取って行った。
ずいぶんと反応が早い。こちらからの情報が行き届いていたのか? 魔石の巨人は魔力を奪う。魔導都市イグナフスでも魔石から奪っていたようだし、ウィザードは使えない。
「ミリアムさん! うちのウィザードはどうなってますか!?」
「現在、待機中よ。どうしたの?」
「あの巨人にウィザードは使えません! バックパックから魔石を奪っている様だしウィザードを城船から降ろしてはどうですか!?」
「見せて」
ジョシュアから渡された偵察ドローンの画面を食い入る様に見詰めると、ミリアムさんの決断は早かった。
「分かったわ。直ぐにラウラに伝えます。ウィザードの格納庫にも出撃体制を取らせましょう」
ミリアムさんはドローンの操縦機をジョシュアに戻すと、直ぐに直通電話を格納庫と作戦指揮所にかけた。これで出撃となれば、ウィザードは安全地帯で待機してくれるだろう。
「城船が動いたぜ」
「僕にも見せて!」
パーシーンとレンバッハが動きを見せた。パーシーンは戦列を離れる様に横へ、レンバッハは突撃でもするのか巨人に向かって進み始めた。
「巨人に大砲を撃ち込むのか?」
「いや…… たぶんパーシーンはウィザードの回収だろうね。格納庫は大きいし大砲の数も少ないから。レンバッハは…… どうするつもりだろ?」
レンバッハはウィザードの数も大砲の数も少なく小型の快速城船だ。逃げる? まさかね。でもウィザードが使えない今なら僕も逃げ出したい。
「整備六班! 七班! ウィザードを出撃させる。格納庫に急げ!」
上もウィザードは使えないと判断したか。突撃させるとかじゃないよね? コーヒーを一口ゴクリと飲み込み、やっと仕事らしくなって来たと思った。
格納庫にはすでに五班と八班がウィザードの発進準備で忙しく、僕達にも仕事が割り振られた。ウィザードは全機出撃させるのだが、イエローチームのウィザードはキャリアで運び出すらしい。
「イエローチームのウィザードのパイロットは残るんですか?」
「ええ。キャリアでウィザードだけ運んで五班と八班には同行してもらいます。貴方達は出撃完了後には整備控え室に戻って下さい」
「リリヤちゃん達は城船の防御魔法を担当するんですね」
「そう。他の魔導師達には城船を降りてもらいます…… ミカエルも降ろせなくて、ごめんね……」
「何を言ってるんですか。まるで負けたかの様に話すなんてミリアムさんらしくないですよ! 先に陣取っている七隻の城船の大砲で巨人なんて粉砕ですよ」
「そうなるといいんだけど……」
「そうなりますよ。それにミリアムさんが残るなら僕も残ります」
暗い表情が一瞬にして明るくなって笑顔を取り戻すミリアムさん。今の一言は不味かったか? 僕としては尊敬する上司の一人として、最後まで仕事を全うするから残る事を伝えたかったのだけど、ミリアムさんは違う意味で捉えたんじゃないか。
「お前ら、いい所を持っていくなよ!」
後ろから、ケツに食い込む蹴りと共に現れたのはソフィアさんを横に連れ、戦闘狂の火系魔導師のフィリス。君は一人で巨人に立ち向かって来なさい。見送ってあげるから。
「ダリダルアの街も城船も僕達錬金術師が守るから、フィリスは影に隠れていて構わないんだよ」
「言うじゃねえか。自慢の大砲をぶっ放してこいよ」
フィリスはそう言うと腰を前後に動かした。 ……それは男がよくやるポーズだが、女性がするのは初めて見たよ。お前は本当に女か!?
まあ、見せてやるよ自慢の大砲を! ……自慢、出来る程の大砲じゃないかな。どちらかと言えば豆鉄砲くらいか……
「気を付けて下さいね。城船は任せます」
任せて下さいソフィアさん。貴女の為なら巨人の一匹や二匹、自慢の大砲で粉砕です。ソフィアさんには見せたい僕の大砲。いや、撃ち込みたい。
「ソフィアさんも。命令を聞かなさそうなヤツが一人いるので押さえて下さい。必要なら息の根を止めても戦死扱いにしますから」
「ふふふ、面白そうね」
この笑顔に救われる。戦場に咲く一輪の花。枯らす訳にはいかないよな。やる気が出てくる。特に下の方からムクムクと。
「搭乗して。出撃ですよ」
こんな話もたまには必要だ。いつもしていたら困るけど、命の殺り取りの合間のリラックスする空間が僕は好きだ。ソフィアさんの事はもっと好きだ。
二人がウィザードの搭乗の為に離れると、すかさず肘が僕の脇腹に食い込む。一瞬、魔石が飛んで来たかと思うほどの威力は、ミリアムさんにとって普通に力を入れただけか……
「デレデレしない! キャリアを早く動かして!」
戦場ではリラックスする時間も許されない。ここは戦う城船、シルバー・クリスタル号なのだから。敵は巨人、味方の城船が倒してくれる事を祈りつつ、僕は脇腹の痛みに耐えた。
「レンバッハが囮みたいだ」
キャリアの発進準備の為に行くとジョシュアが手を動かしながらもドローンを操作していたらしい。その器用さを仕事に生かして欲しい。
「動いたのはパーシーンとレンバッハだっけ?」
「ああ、パーシーンはミカエルの読み通り他の城船のウィザードも回収してる。レンバッハは前に出てるよ。周りの城船が凄いぜ。一匹の生き物の様に動いてる」
それだけヨーツンヘルムの城船の運用が優れている事か。悔しいが、認める所は認めよう。出来れば僕達も戦列に加えてくれたら、いい仕事を見せたのに。
「レンバッハ、無茶しやがる。さっきから何発も魔岩を喰らってるぜ」
「無事なのか!?」
「何とかだろ。 ……おっと、後退を始めた。こいつは…… こいつは凄いぜ」
「僕にも見せて!」
ジョシュアから操縦機を奪った僕のさらに横から奪われるドローンの操縦機。スルーパスと言うより「邪魔だ退け!」的にしなくても見せますよミリアムさん。
状況の確認をしたいのだろう。真剣な眼差しのミリアムさんも綺麗だ。僕も画面を見ようとしても腕が邪魔で良くみれない。それなら仕方がないと僕はミリアムさんと顔を並べる様に後ろから覗き込んだ。
あっ、いい香り。ミリアムさんの髪の香りだろうか。心地よい優しい香りに僕は後ろから押し倒したりはしない。したいけど、今は第一戦闘配備中だ。
「あっ、俺も……」
ジョシュアも彼女がいるくせに、ミリアムさんの肩に頭を乗せて覗き込もうとして裏拳を喰らっていた。彼女がいるくせに、そんな事をするからだ。僕はフリーだからいいんですかね。
「痛たたたたっ!」
裏拳はもらわなかったが、後ろから髪を引っ張られる。サラとローラの冷たい目線がガラスのハートに突き刺さり、サラの離した手には僕の毛髪が数本残っていた。
「凄いわね……」
凄いんですよ、僕の部下は。何故だか容赦が無い時があるんですよ。僕はこんなに真面目な上司なのに、もっと敬って欲しい。
「ヨーツンヘルムの城船の運用は凄いわ。まるで一匹の生き物の様に動く……」
そんなに凄いのか、ヨーツンヘルム。ただの嫌な連中だと思っていたのに、誰にでも取り柄はあるものか。僕は画面をもう一度覗こうとすると途中で止められた。髪の毛が心配になる。