第四十二話
「……例のブツが出来たんだって?」
「……ああ、お前が途中まで作ってくれたからな。思いの外、手間がかかった」
「……彼女に怒られないか?」
「……彼女は彼女。覗きは覗きだ」
「……覗き用に作ったんじゃないからね。あくまでも、戦術偵察用だからね」
「……覗きも偵察だろ。あくまで……」
「……悪魔だな……」
「……お前もな……」
「うるせぇぞ! バカタレども! 全員集まってるな! ミリアム、説明しろ!」
「はい。私達はこれから魔石の巨人と交戦に入ります。残念な事ですが、戦線は私達以外の城船が担当し、私達は後方で後詰めになります」
「何で俺達が後ろなんですか?」
「それは私達が集合地点に間に合わなかったからです。誰かが脚部の整備を怠ったからかしら……」
身の引き締まる音が三班くらいから聞こえてくる。本当にさぼっていたのか? 後でお前達はラウラ親方からグーパンもらえばいい。
「ダリダルアの街の前方に、ウィザードを全面に出したヨーツンヘルムを中心とした城船が展開。私達は城門前に配備されました」
「バキッ」とする音の方を見ればミリアムさんが持っていたペンをへし折っていた。よほど怒っているのね。三班の地獄行き決定。
「副頭、城船の指揮はヨーツンヘルムが取るんですか?」
「ガンッ」とする音の方を見ればラウラ親方が机をへし折っていた。今、聞いたヤツ…… 整備班全員で地獄行き決定。
「そうだ!」
指揮の事を聞いた整備員が三割ほど縮こまる。僕はあそこが縮こまる。だけど少しは僕も助け船を出してやろう。
「城船の指揮ならウィザードの数が多いパーシーンが取るのかと……」
「ヨーツンヘルムが一番に来たんだ! その程度で指揮権を主張しやがって! 後ろからレールガンをぶち込んでやろうか!」
それは反逆になるので止めてね。それとレールガン、レールガンってあれは秘密兵器だからね。それでなくても派手な光を出すんだから使うなら最後にお願いしたい。
「そういう訳で、私達は戦列を離れて待機状態となりました。が、ラウラは作戦指揮所、私はここで整備班の指揮を取ります。一班は前部右舷整備控え室、二班は前部左舷、三班は後部右舷、四班は後部左舷、五班と八班はウィザードの格納庫、六、七班は、ここ中央で待機です。ダメージコントロールが必要になって来た場合は指示を出します」
さすがミリアムさんの指示は的確だ。ラウラ親方なら「お前ら適当に散らばれ」で終わらせるだろう。僕は中央で待機だし、魔石の巨人は他の城船が片付けてくれるだろう。
「巨人の行動からダリダルアの街に来る事は間違い有りません。会敵予測時間は今から二時間後。今より第二戦闘配備となります」
よし! まだ時間はあるな。第二戦闘配備なら少しくらい抜け出しても、すぐに戻れば問題が無いだろう。僕には行かなければならない所がある。
「第二戦闘配備って言ったろ! ケツを上げろ!」
良かった。ケツを出せとか言われなくて。そんな事を言われたらお婿に行けなくなっちゃう。とにかく僕達はケツを上げて各部署に散り、僕はどさくさ紛れに部屋を出た。
部屋を出て、向かうは彼女の部屋。二時間あればラブラブ出来るが、僕にはそんな人はいない。それなら向かうは自分の部屋。
サラとローラは整備控え室にいるし、今なら誰も部屋には居ない。賭けの軍資金を取りに行くなら今しか無いだろう。第一戦闘配備になってからでは、受け付けてくれないから。
こっそりが、得意になったからかサプライズを恐れてか、僕は自分の部屋に入るにも慎重にドアを開けた。靴を脱いでから気付いた。目の前に落ちているサプライズを……
色はベージュ。小さなリボンが着いているだけで、黒の透け透けに比べれば色気は無いが、落ちている筈の無い物が落ちていると、さすがにビビる。
パンティと言うよりパンツ。ここまで堂々と置かれると、トラップの匂いがして迂闊に手を出したりはしない。二度目だし、あからさまな感じが漂う。
部屋の奥に人の気配は無い。お風呂場はと思うと、少しばかり水が流れる音がした。やっぱりトラップか? それとも、だらしないだけか?
解除した方がいいのか? ポケットに入れていいのか? またしても頭の中が踊り出す。いい加減、踊り疲れて思考能力が狂い出しそうだ。
狂い出していたのだろう。気が付けばパンツまで手が伸びていた。それを慌てて引っ込める。何をやっているんだ、右手!? 掴んだら吹き飛んでいるぞ、色々な意味で……
僕はゆっくりと、熊から逃げる様に目線を外さずに部屋を出た。イメージは焼き付いた。いい思い出として胸に仕舞っておこう。
「……チッ」
部屋を出ていた僕に、その誰かの声は聞こえなかった。
「壊れてるの?」
「大丈夫だ! こんなモンはここを……」
整備控え室に証券取引所にも負けないくらい並んだディスプレイの数々。その画面は作戦指揮所に送られる映像を分配して整備室からも見られる様に勝手にした。
「叩けば…… ほらな」
僕達は錬金術師で解析と復元で物を直す。錬金術師の教科書に「叩いて直せ」とは一言一句、書かれてはいないが…… ミリアムさんもやってるから良しとしよう。
「城船内は無いんだっけ?」
「あったらドローンはいらねぇだろ」
「有ったら離婚だね」
「結婚だってしてないんだぜ。破局くらいだ」
「破局会見はするのか? このディスプレイで」
「そんな事をしたら、フリーな俺が次から次へと女の子に言い寄られちまうだろ」
「……他のも繋げてくれ」
「もう少しだ……」
アホな話も第二戦闘配備まで。一時間がたち、六班と七班は整備控え室の椅子に座って、外の穏やかな風景を眺めていた。
「賭けはどうなった?」
「ミカエルは賭けて無いのか? 俺は一時間以内に賭けたぞ」
一時間は一時間以内に戦闘終結宣言が出される事だ。十五分事に賭けが行われ、今回の最大時間は二時間までとなっていた。
「そのくらいだろうなぁ。ウィザードが四百も出るんだから。三十分で終わっても不思議じゃないよ」
「そこはあれだ…… もしウィザードが出撃出来なくても城船の大砲で片が付くだろうってな」
「考えてるねぇ。ヴァレッコ・エトラの砲撃で粉砕かな」
「俺達の出番はねぇな」
「無いだろ。ヨーツンヘルムの連中が上手く城船を指揮したらな」
「……それは考えて無かった」
「残念。もう第一戦闘配備だ。賭けの締め切りは終ったよ」
「デート費用がぁぁぁ」
余ったお金で賭け事はするもんだ。僕なら一時間半に賭けたかな。 ……倍率は二倍。悪くない。軍資金を取りに行けなかったのは残念だが、脳裏に焼き付くベージュのパンツに、僕は一時の安寧を貪る。
貪って、コーヒーを一杯。昼御飯を食べておけば良かった。簡単な物ならあっただろうが、これからの事を考えると家に帰って震えて眠りたくなる。
「サラとローラは賭けたの?」
「「私達は賭け事はしませんから」」
堅実だ。誰かさんも見習って欲しい。僕も今回は見習って賭けはしてないからね。それに賭けるなら倍率は低くても勝てる堅実さを出すかな。二倍は惜しかった。
「ミカエルは何に賭けたのかしら」
「僕は……」
振り返るとミリアムさんが笑っていない笑顔で、僕の方を見下ろしていた。もしかして、ベージュのパンツの持ち主ですか? とは、聞けない……
「僕は賭け事なんてしませんから」
「……そう」
笑顔の無い笑顔。作り笑顔と言ってもいいだろうが、僕は何か怒らせたりしたのかな? ミリアムさんの腰に手を回して「君の本当の笑顔が見たい」とか言ったら、ハニカミながら笑ってくれるのだろうか? 握力四百のパンチが飛んで来るのだろうか?
「ビーン副頭。何か心配事でもありましたか?」
一応聞いてみよう、部下として。椅子に座ったままだけど。笑顔が怖いなんて言えないけど。
「別に…… 何も……」
ミリアムさんは、そう言うと席を離れた。僕は大きく息を吐いた。たぶん、二、三秒は心臓が止まっていたに違いない。そんなに魔石の巨人がヤバいのかな?
確かに巨人なんて者は初めてだ。見た事も無いし、お伽噺の世界の住人だ。それが居るんだから異世界も大変だ。出来る事なら一生関わり合いたく無いね。
「ミカエル。この戦闘が終わったら直ぐに出るからな。用意しておけよ」
「何処に出るの? 楽勝な戦闘に平和な城船。 ……もしかして、合コンをセッティングしてくれた?」
「アホか! ……いや、それはまた今度な。って、そうじゃなくてよ。これが終わったら巨人はどうなると思う!?」
「どうって…… ウィザードや城船の大砲でバラバラだろ」
「そうだ! 仮にも魔石の巨人て言われているんだろ。バラバラになった巨人の欠片は…… どうだ?」
「魔石が散らばっている…… それを回収するのか!?」
「しっ! 声が大きい! 散らばった魔石は誰の物でもないだろ。あの魔石の塊から推測するに、巨人の身体の周りは魔石だらけだ。少しくらいもらっても構わないだろ」
今の段階でそこまで考えているなんて、錬金術師より商人の方が向いてるよ。それを仕事に役立てたら、きっと出世するのにね。