第四十一話
目の前に二つの地雷が転がっている。男として避ける訳にはいかない。かと言って拾い上げる訳にはもっといかない。
僕はサラとローラに自宅のお風呂を使う様に言って別れた。僕は特殊兵装砲の結界を解いてもらう為にナターシャを呼んでもらいたかったが、魔導師達の控え室には居ないらしい。
全艦放送で呼び出した方が楽なのだが、どうしても高校の時に校長先生に呼び出されたのと被ってしまって、僕にとってはトラウマになっている。
控え室に居なければ何処にいるのか? だいたい魔導師の集まる所は知っているが、ナターシャに限って探しても見付からなかった。
警察に行方不明の届けを出した所で探してはくれないだろうし、この世界に警察は無い。この大きな城船の全てを探す事は無理だと思い、ラウラ親方に相談すると「全艦放送で呼び出せ」と僕のトラとウマが駆け回った。
「ナターシャ! どこに居る!? 連絡よこせ!」
ラウラ親方は校長先生の呼び出しより厳しく呼び出し、程無くしてナターシャから連絡が入った。
「ナターシャ。ミカエルです。特殊兵装の結界を解いて欲しいから砲塔まで来てくれる?」
「……」
切れた。返事も無く切れた電話に僕はきっと来てくれるだろうと思って砲塔に向かった。向かってすぐに思い出す。賭けの軍資金が無い事に。
第三戦闘配備で僕は部屋に戻れる事は無い。そして手元にはお金も無い。戦闘が始まる前に倍率が決まるから、それまでに賭け金を積んでおかないと。
たぶん胴元は二班の班長のアデルモさんだろう。あの人は怖くて厳しい人だが、公平な厳しさを持った人だ。それだけに後払いやローンは効かない。
ジョシュアに借りる事も考えたが高額な利子を取るに決まってるし、ポーカーの敗けを返して欲しいが、彼女が出来たなら何かとお金がかかる。
やっぱり賭け事は自分のお金で、しかも遊びに使うようなお金を使うのが一番だ。賭けで生活が苦しくなるなんて…… ジョシュアよ、早く敗けを払え!
僕は自分の部屋に向かった。もちろんサラとローラの二人が僕の部屋のお風呂を使っているだろうから、自分の部屋に入るのにノックをしてドアの前で声をかけた。
返事は無し。そういっても、いきなりドアを開けて着替え中の二人と鉢合わせするのは不味い。僕は自分の部屋に入るのに、そっとドアを開けた。
そして目の前に映る二つの地雷。一つは白の生地に可愛いレースが着いた下着。もう一つは黒い生地だが透けて見える所が多く、どこを隠しているのか聞きたくなる下着。別名、パンティとも言う。
お風呂場は少し先の右手にある。そのドアの前に脱ぎ捨てられている二枚のパンティ。その現場に出会したとして、男としてどういう行動に出るか。それが問題だ。
もし、今お風呂に入っているのが付き合ってる彼女なら、洗濯機に入れるのは有りだろう。しかし、今お風呂は入っているのは仕事の部下で、その様な関係がある訳じゃない。
部下の下着を…… いや、パンティを目の前にして僕はどうすればいい? 知らないフリをして部屋に戻って来た事を大声で伝えるか?
それだと二人がお風呂から出た時に、廊下に落ちていたパンティを見られたと思うだろう。それだけで済めばいいが、触ったとか、匂いを嗅いだとか、頭に被ったとか思われたらどうする?
人生が終わりかねない。僕にはちゃんとした人生設計がある。錬金術師二級、出来れば一級を取って城船を降り、どこかの都市で小さな錬金術師屋を始めたいと思ってる。それが下着泥棒か変態に思われたら級を上げるどころか、剥奪されて城船を降ろされる。
あえて下着の事を話すか? 「二人とも下着ぐらい仕舞っておけよ」なんて言いながら、お風呂場のドア越しに言ってみるか?
それは無理だろ。たぶん二人は僕の事をそれなりに尊敬はしてくれていると思うが、それとこれとは話が別だ。
二人はまだ僕に気付いていないようだ。お風呂から二人の笑い声が聞こえて来る。ここは…… 一緒に入るか!?
白と黒のパンティ。どちらがどっちを着けているのか想像しながら、僕は部屋を静かに出た。もちろん地雷は地雷を撒いた人に回収してもらおう。
「今は、階段かな……」
「入って来なかったね」
「見るだけだったみたい」
「どっちのを私と思ったかな?」
「ローラが黒の透けたのだと思ったんじゃない」
「黒いのはサラのでしょ。隠れてないわよ、あれ……」
「勝負下着だったんだけどなぁ」
「班長、意外と勇気が無かったわね」
「少しは迷ってくれたかな?」
「あれだけじゃ分からない鈍感なんじゃない」
「でも強引には出来ないわ。他にも魔導師の人が班長を狙ってるって」
「ここの宿屋で一緒に住んでる人達でしょ」
「そう。錬金術師の私達が魔導師を目指しているのに、他の魔導師とケンカなんて出来ない……」
「私達からじゃなくて、班長から来てもらわないとね」
「うん。班長から…… 強引に来てくれるのが一番」
「時間はあるわ。それに一番近くにいるのは私達だもん」
「……そうね」
僕の知らない所で交わされた会話。本当に地雷だったようだ…… 知っていれば床まで踏み抜いたのに。
「お疲れ、さっそくで悪いけど特砲のドアの結界を解いてくれる」
「……」
無言で背を向け、特砲の扉に呪文をかけるナターシャ。今日も黒いローブが似合ってるね。もしかして下着も黒かな? トラップは仕掛けないでね。踏み抜きたいから。
長い長い長くてアクビが出ちゃいそうな詠唱の後に、ようやく特砲のドアが開いた。確か、結界を貼る時には一分も掛からなかった気がする。
「以外と長いんだね。もっと簡単に解けるのかと思った」
「……」
「そうなの。詠唱を間違っちゃった、えへへ」くらい言えよ。前はもう少し話してくれていたのに、一騎戦以来、口数が少なくなった様な気がする。
何か悩み事でもあるのかな? 乳くらい揉んだら「キャー」くらいは言ってくれるのかな? さっそく揉んでみようかと手を伸ばすと、ナターシャは何かを感じたのか、さっさと部屋の中に入って行った。
暗い部屋に明かりが灯る。長らく人が入って無かったから少し埃っぽいが、二人きりなのは間違い無い。では、先程の続きをと両手を上げて今にも襲いかかる僕を無視して砲弾の結界を解き始めた。
あの~。すみません。この上げた両手はどうすればいいですか? 中腰体勢は腰にキツイんですけど。
「■■■■」
はい。そうですね。腰は伸ばして、両手も足に沿わせて直立不動で待ちますね。いや、全然平気です。こちらの事は気になさらないで下さい。
長い長い長くて貧血で倒れる校長先生の話に、僕は保健室に行きたくなって来た。保健の先生は白衣を着て欲しい。白いので、黒のローブはダメ。
「……終った」
「お疲れさま。後は器機関係の解呪かな。それもお願いするね」
「……」
どうした? 返事は? 僕の事は気にしないで、続けて結界を解いてくれていいんだよ。それとも後ろに立たれたら出なくなるタイプ? 僕もトイレで後ろに並ばれると出なくなるんだよね。
「……知ってる」
何を? 同じように立たれると出なくなるの? でも今のナターシャの知ってるは「ここのパスタって美味しいの。知ってる?」の語尾が上がる疑問系じゃなかったね。
ナターシャが言った「知ってる」は、私は何か秘密を知っている。そんな様な感じに聞こえたけど…… まさか…… まさか、僕が自分の部屋で地雷を見た事を知っているのか!?
それは無いだろ。あの時に部屋にはサラとローラしか居なかったし、お風呂場にいたんだから僕がいたなんて知らない筈だ。
だけど、ナターシャの事だ。僕の知らないうちに背中に立つなんて事も有りうる。貴様! 忍者だな! 黒い装束がその証拠だ!
「な、何を知っているのかな……」
ミカエルがサラのパンティを頭に被っていた事。それは僕じゃない! 生き別れた双子の兄弟かドッペルゲンガーだ! やばい、妄想が先走って頭が混乱する。
こんな時は冷静にならないと。動揺して変な事を先走って口走ってフルマラソンを全力疾走しそうだ。冷静に、冷静に、冷製パスタが食べたい。
「……わたしのこと」
疑問系の「知っている」だったのか。もう少し抑揚を付けて話そうよ。妄想が爆走しちゃってたよ。ナターシャの事なら少しは知ってる。
一、可愛い。
二、色白で可愛い。
三、無口な所も可愛い。
四、たまに見せる笑顔も可愛い。
五、黒いローブも似合っていて可愛い。
六、黒系の魔導師なんだろうが無級で能力は高く、隠密的に僕の部屋を出入りして蔦を使った魔法は僕の首を締める時もあるが、そこは可愛く無い。
彼女に出来るなら、男として隣に歩いてくれるなら自慢が出来る。そんな風になったら、もう少し明るい服をプレゼントしたいね。それとネックレス。とても趣味のいい物じゃないから代わりに一緒に探したいよ。
「えっと……」
何だか様子がおかしい。気のせいだろうか、ナターシャの後ろに禍々しいオーラが見える気がする。部屋の温度も下がっているのか? 吐く息も白くなってる気がするよ。
「少しは……」
部屋が凍り付いてないか!? ナターシャは黒系の氷系なのか!? ここは冷凍庫か!? 僕は凍ったマグロか!? 美味しく食卓に並ぶのか!?
一歩、歩みを進めるナターシャに対して僕は動かない。女性が迫って来ているのに退くなんて、男として失礼だろ。それは分かっているが、頭の中では「逃げたい、逃げたい」とエイトビートで鳴り響く。
さらに一歩。どこかの自閉症気味の少年はロボットに乗りたく無くて逃げ出したりしたが、僕の場合は違う。逃げたいのは一緒だが、足が動いてくれないんだ。
何か僕が悪い事でもしたのか? お前はマフィアに雇われたヒットマンか? 僕は司法取引をした証人か? ダメだ、頭の中が混乱する。
「「遅れました班長」」
部屋に響く声は天使の歌声。サラとローラの状況を把握していない声がナターシャの歩みを止めた。今なら息の根を止めても僕が許す。
部屋の気温が戻った。ナターシャにまとわりついていた黒いオーラも消え失せた。助かったのか? 僕は仕事をして飯を食って、ジョシュアとバカな話をする日常に戻ったのか?
「「どうしました、班長?」」
ナターシャは僕の横をすり抜けドアをくぐって外に出て行った。彼女は僕に何を知っているか聞きたかっただけなのか? それだけであんな風になるなんて……
「「大丈夫ですか、班長?」」
今は、無事だった事に感謝しよう。漏らしていないか、パンツを確認しよう。いや、それはサラとローラの居ないところで……