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第三十五話


 盾とメイスの叩き合いは三往復を繰り返し、リリヤちゃんは無傷で帰って来た。相手の魔導師はメイスに風を纏わせ威力を増大させていたが、リリヤちゃんの大盾は全てを防いでいた。

 

 「大丈夫? 大盾は無傷だね」

 

 「はい、ですぅ~。でも、威力が増してきていますぅ~」

 

 「相手も魔力を使っているみたいだね。どう? 耐えられそう?」

 

 「まだ大丈夫ですぅ~。あっ…… でも、でも……」

 

 耳はもう普通に聞こえる。小声で話しても大丈夫だよ。さっきから口ごもっているのは何か言いたい事があるからか? 機体に不備でもあるのだろうか。次の往復が終わったら、整備時間を取っても点検した方がいいかもしれない。

 

 「あの…… ですね……」

 

 「始め!」

 

 空気を読め! と、強く言いたい。後であいつには毒入りの饅頭でも送ってやる。そんな思いも、次の整備マニュアルを頭の中でイメージして消し去った。

 

 とにかく審判は向こうの味方なんだから、整備はいつも以上に手早くやらなければ。頭の中で整備手順の優先度を決め少しでも早くと考えていると、何か重い打撃音と通る様な甲高い音が聞こえた。

 

 こちらに向かってくる敵のウィザードと中央付近でよろめきなが歩くリリヤのウィザード。何があった!?

 

 見てはいなかったけど、音からして大盾に当たるメイスの音は分かる。抜ける様な高い音はなんだ!? リリヤちゃんのウィザードからは少なからず煙も出てるし、魔力調子のミスから来るオーバーロードか!?

 

 「リリヤ! 聞こえるか!? 何があった!?」

 

 雑音の返答。ヘッドセットまで壊れているならオーバーロードで間違いはない。守るはずの魔力が盾のみならず、全身に回ってしまったんだ。だから僕は魔力調子が苦手なんだよ。

 

 「リリヤちゃん無事か!?」

 

 ウィザードが動いているって事は無事だとは思うけど、その動きに力は無い。やっとたどり着く相手方の陣地。後は復路で戻って来てくれれば直せる。頑張ってくれ。

 

 「……ソッ。クソッ! ……が、大人しく……」

 

 少し聞こえて来たリリヤちゃんの声。珍しい雑言に聞き違えたかと思った。リリヤちゃんが「クソッ」だなんて。

 

 「リリヤちゃん聞こえるか!? 次の復路は魔力を抑えて! 魔導炉が爆発するかもしれない!」

 

 魔力調整は難しい。戦いながらはもっと大変だが、今はここまで帰って来てくれ。帰って来てくれさえすれば、僕が直してみせる。

 

 「ち、違う…… あ…… は、……じゃない……」

 

 何が違うんだ? 間違いないのはウィザードが煙を吹いてる事だ。戻って来れたとして、整備や復元にかかる時間は…… 二十分。いや、十五分で出来る所まで。

 

 「始め!」

 

 復路が始まった。加速する敵のウィザードに対して、歩くのが精一杯のリリヤちゃんのウィザード。遠距離から風の刃がリリヤを襲った。

 

 だが、傷は付いて無い。煙が吹き飛び機体を風の刃が襲ってはいるが無傷だ。魔力を防御に回しているのか? オーバーロードの後でどこまで機体がもつ?

 

 三分の一も行かない所で接近戦。リリヤちゃんは大盾を十字に構えてのクロスガード。二枚盾なら持ち堪えるはずだ。

 

 その期待と盾をあっさり砕き、リリヤちゃんの胸に…… ウィザードの胸に強打を浴びせ、リリヤちゃんの機体は止まった。

 

 通り過ぎる敵のウィザードを尻目に、膝を付くリリヤちゃんのウィザード。またも高い通る音が聞こえた。今度は見ていた。だけど、あれは……

 

 「リリヤちゃん! 大丈夫か!?」

 

 あの時に聞こえた高い音。盾を破壊してウィザードの胸にメイスの跡を残した、あの一撃。あれは雷系の魔法だろ。一瞬だったけど、見逃しはしなかった。敵の魔導師は二系統の魔法を使えるやつだ。

 

 「……うぐ、 まだ…… いけます……」

 

 片膝に手を起き、立ち上がるリリヤちゃん。機体の損傷は多いけど、リリヤちゃんのやる気は削がれてない。削がれてはないけど、二系統の魔導師だなんて普通はいない。

 

 二系統の魔法を持つ魔導師はそれなりにいるが、ウィザードで二系統を繰り出す魔導師は滅多にいない。それは、ウィザードに二系統分の回路を仕込まないといけないからだ。

 

 二系統分の複雑さ重量、魔力調整、整備の手間など、ウィザードには自分の得意な系統で戦うのが定説なのに、相手は二系統を振るって来た。

 

 よほど自信があるのか、上級な魔導師なのだろう。いくら天才と言われるリリヤちゃんでも、二系統持ちを知らないうちに勝負をすれば、結果は見ての通りだ。

 

 「相手は二系統持ちだ。先に報告するのが義務なのに言わなかった。ルール違反だから僕達の勝ちだ。もう戦わなくてもいいんだよ」

 

 ヘッドセットからは雑音以外の音が何も聞こえない。重く動きも鈍くなったウィザードは、それでも自陣に帰って来ようとしていた。

 

 「リリヤちゃん! もういいんだ! 機体から降りて!」

 

 雷系の魔法は厄介だ。魔法防御もしていただろうリリヤちゃんでさえ、ウィザードから煙を出している。これ以上は魔導炉が爆発するかもしれない。

 

 だけど僕は止めなかった。リリヤちゃんの声が微かに聞こえて来たから。「絶対に勝つ」そう言う人に戦う事を諦め欲しい、僕達の勝ちなんだからと、言えなかった。

 

 「勝つか?」

 

 「勝ちます!」

 

 自陣に戻って来たウィザードのハッチを開け、煙が漂う中で聞いた言葉に力強く返事をしたリリヤちゃんに、これ以上は聞けない。僕達は勝つ。戦って勝つ。

 

 「十五分くれ」

 

 解析と復元。五分と十分で何とか動けるまで持っていく…… でも、それでは勝てない。二系統の魔力防御を同時に行っての攻撃なんて器用な事、前もって分かっていたなら出来ただろうが……

 

 五分の解析で分かった事は、全てを新しくした方が早いと言う事。雷系の魔法がこんなにもウィザードにダメージを与えるとは思わなかった。

 

 十分で動けるまでと思ったけれど、本当に動けるまでしか直せない。高速移動は無理、大盾の重さなら両手で一枚持つくらいまでだ。

 

 「リリヤちゃん、このくらいしか直せないけど大丈夫? 行けるか?」

 

 「はい。 ……でも、あの……」

 

 まだ時間はあるから、最後に何か直す所があるのか? フルパワーで一回くらいなら時間までに何とかしてみせる。

 

 「どうしたの? スロットル系に問題でもある?」

 

 僕はハッチに乗り出して中の操作パネルや操縦桿に触れてみた。違和感は無いし、パネルは正常だ。大丈夫だよと、振り向くといつもより近い顔と瞳を閉じているリリヤちゃん。

 

 え~、と。この場合の僕の取る行動はどうしたらいいのか? 「大丈夫だよ」とコックピットを降りるのが正解なのか。それとも、このまま……

 

 後者が正解だった。重ねる唇からは怒濤の様に魔力が吸われ、僕は力を無くして高いコックピットから落ちた。

 

 歓声が一際大きく響くコロシアムで、僕はケツを強打して割れた気がする。これで勝てるなら安いものだが、二系統の魔導師を相手にどうやって戦うんだ。

 

 「行ってきます」

 

 いつもの間延びした言葉は無く、何か気合いが入った風にも聞こえた。入ったのは魔力だけどね。これがバレたらこっちが反則負けだからお互い様かな。

 

 「整備時間二十分。スタート一分前。錬金術師は離れて!」

 

 スタート位置に付くリリヤちゃんと、慌てて作業用ウィザードに乗り込む僕。リリヤちゃんは大盾を二枚とも捨てている。

 

 魔法で勝負を決めるつもりか? 土系の魔法ならストーン・ラッシュなら見た事がある。土と言うより岩の様な硬い塊を打ち出すのだ。

 

 リリヤちゃんは防御主体で盾ばかり見ているが、攻撃の手段が無い訳じゃない。接近戦での雷系を避ける為にも遠距離からの攻撃に間違いないね。

 

 「始め!」

 

 高速で攻め寄るウィザードに対して、リリヤちゃんも疾走の形を取って迎え打つ。脚部への負担が大きいはずなのに、リリヤちゃんなら出来るのだろう。

 

 敵の魔導師が風刃の放つ。盾を持たないリリヤちゃんはどうするんだ、なんて事は見ている僕の心配も他所に足元から巨大な土の腕が伸びていった。

 

 デカい! そう思うほど巨大な左腕は風刃の魔法をものともせず、攻撃を受けながらも相手のウィザードを掴んだ。

 

 目がおかしいのか、遠近感が狂ったのか、ウィザードを掴むくらいの腕って、どれだけデカいんだよ。

 

 五指に捕まれ動けなくなったウィザード。これで勝負はあったと思いきや、今度は右腕が空高くまで上がり、拳を握った。

 

 「リリヤちゃん! 勝負はあった! 止め……」

 

 止めてと叫ぶより早く打ち落とされた右ストレートは、掴んだ左腕を粉砕しウィザードに突き刺さり地面にめり込む。

 

 クレーターを作り、砂塵となって消える右腕。その先には壊れたウィザード。そして僕の方まで影を落とす巨大な両腕を作りラッシュが始まった。

 

 殴っては消え、消えては作り、また殴る。巨大な土で出来た両腕を繰り出す速さは止まるまで百発は殴っている様に見えた。

 

 「終わったですぅ~」

 

 ですぅ~、じゃねぇよ! 地面のクレーター広げてどうする!? 相手の魔導師は無事なのか? 殺したら後で大変な事になるぞ。この一騎戦、死者が出る事もあるけれど、その前に止めるのがセオリーなのに……

 

 「お、お疲れ…… あっ、相手の魔導師は無事みたいですね。運ばれてるけど、自分の足であるいているし……」

 

 「わたしは、攻撃とかって苦手なんですぅ~。調整が難しくて……」

 

 とりあえず…… ま、いいか! 相手も無事だし勝った事だし。ただ危険なので動けるとしてもリリヤちゃんには次の一騎戦は降りてもらおう。

 

 「あ、あの…… あの……」

 

 なんじゃい! ワシはリリヤちゃんの機体の移動で忙しいんじゃけん。話しば後にせんけんねん。

 

 「なんでしょう? すぐに次に試合が始まるんですけど……」

 

 「ご褒美のチューとかは……」

 

 石にされたら誰が整備をするのかな?

 

 

 

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