第三十四話
「始め!」
火系対火系の魔導師の戦い。勝負は魔法力だけじゃない、一瞬のすれ違いの剣技だって一騎戦には重要だ。
フィリスは魔法を放たなかった。相手の火球はフィリスのウィザードを包み込み、機体を燃え上がらせたが、そこから飛び抜ける様に火球を後にした。
スピード重視か? このままなら打ち合う場所は中央より奥側。ウィザードの腕を切り落とす腕前の敵を相手に速さだけで勝負になるのか?
重い打撃音の後、宙を舞ったのはフィリスの盾の上側だった。やっぱり剣技も相手が上手か? あれは絶対三級じゃないだろ。
無事とは言えない往路。もう一本、復路を帰って来たら盾くらい三十秒で直してみせる。そう思ったのも束の間、復路では盾を持った左腕が手首から肩の近くまで切り刻まれてしまった。
「フィリス! 左手は動くか!?」
「くそっ! 動きやしねぇよ! バカヤロー!」
僕に怒鳴るなよ。斬ったのは相手のウィザードなんだから。それにしても見事に斬れてる。肘関節まで斬られているから復元には肩からしたは直さないと。
「十五分はかかるぞ。前の五分とで二十分は痛い……」
「気にするなミカエル。腕は直さなくて構わねぇ。固定だけしてくれ、動きの邪魔だ」
「盾がまともに使えなくなるぞ。魔法はどうやって受ける!? 剣だって……」
「ミカエル! 固定してくれればいい! あたいが黙ってやられていたと思うのか!?」
不様にやられていたのは分かる。相手の実力が上なんだから仕方がない。ここで固定したら攻撃を受ける手段が無くなる。
「本当にいいのか? 勝算はあるんだよな?」
「ある! 耳を貸せ」
聞き耳を立てる様にフィリスに耳を向けると、両手で顔をグワッと捕まれ、何事かと目が合うと有無を言わさず唇を奪われた。
フィリスったら公衆の面前で大胆ね…… じゃ、無くてよ。触れた唇から座れる魔力。流さなくても吸われる魔力がある事を知った今日この頃……
「ぷはぁ~。やっぱり「これ」だよな。さっさと腕を固定しろ! 次で仕留める!」
男前な事を言うけど、男とキスをするつもりは無いんだ。魔力を流すのは禁止だけど、魔力を吸われるのは有りなのか? フィリスの…… フィリスの唇は柔らかかった。
「三十秒で仕上げる!」
自分に言い聞かせる様に強く言わないと、ボ~ッとした頭が働かない。これはもしかして「恋」 それとも魔力の吸われ過ぎか? 今度、耳を貸せと言われたら気を付けないと。僕は壊れたままに、ウィザードの腕を三十秒で固定した。
「整備時間二分。一分後スタート。錬金術師はウィザードから離れて」
一度ならず二度までも。怒りを越えて呆れ返る。どれだけ賄賂を貰ったんだ? 審判に渡すくらいなら、直接僕にくれればいいのに。
「固定したから、左側に機体が持っていかれるぞ。バランスに気を付けて」
最後の助言を元に、ウィザードから降りようとする僕の胸ぐらを掴んで引き寄せようとするフィリス。僕はコックピットの縁に手を当て踏ん張ってみた。
「ま、まだ、何か用かなぁ」
凄い力だ。支える手がプルプル震える。僕は両手で抑え、フィリスは片手で引き寄せようとする。こんなに力があったのか。それならウィザード無しで戦って来い。
「景気づけだ。遠慮すん……なっ!」
「な!」でボディに一発もらい、力が抜けた所で奪われる唇と魔力。審判! この人、魔力の補充をしてます! ルール違反です!
何も知らない審判から注意を受け、何かを想像している観客からは歓声を受け、僕は投げ捨てられる様にコックピットから落ち、フィリスはハッチを閉めた。
これで勝たなかったら、いい恥さらしだ。日本人は人前でキスをする事になれてないの。僕はこちらの生活より、日本での生活の方が長いの!
「始め!」
火を吹く脚部のブースター。そんな仕様にはなってないはずだ。もしかしてオーバーロードしてるのか!? 魔導炉の負担が心配になる。
フィリスは遠距離での火炎弾を正面で受けても怯まず、接近戦に持ち込んだ。その剣から伸びる炎の刃は逃げる事も叶わないほど巨大で増悪に満ちていた。
「くたばれ!」
盾を斬り裂き、機体を真っ二つにしながら駆け抜けて行くフィリスのウィザード。宙を舞った機体は何回転かして地面に落ちた。
「やったぜ!」
鼓膜を斬り裂くほどの声がヘッドセットを通して伝わり、脳を揺らす。その後の罵詈雑言は聞いてられない。もう少し、女性としての恥じらいは持って欲しい。
「お疲れ」
自陣に戻ってきたウィザードのハッチを開け、慰労の言葉に対してフィリスは一言「でけぇ声を出すな! 聞こえてる!」と怒られてしまった。
どうやら本当に鼓膜が壊れたらしい。残念ながら錬金術では人体は治せないからね。しばらくは自分の声も満足に聞こえない。
先鋒は勝った。僕達の一勝。フィリスのウィザードはもう戦えないが、後は引き分けでも構わない。リリヤちゃんには怪我をしないで勝負を終わらせて欲しい。
「本当にこの武装でいいの?」
「大丈夫ですぅ~」
力の抜ける言い様だが、力が無ければ持てない大盾二つ。武器を一切持たず、右手にも盾を装備するなんて、どうやって戦うのだろう。
「シールドバッシュ?」
シールドバッシュは盾の重さを利用して相手を倒したり打撃の一部として使う。問題は相手に対して正面から撃たないといけない事だ。
すれ違いの一騎戦。真ん中に柵が立ち、相手陣内には入れないでは役には立たないと思うけど、リリヤちゃんは大盾二枚の装備を選んだ。
「そんな事が出来ればいいですぅ~」
シールドバッシュは無いな。それならどうする? 守って、守って、守り抜いて相手の魔力が尽きるのを待つのか? リリヤちゃんは防御に特化した魔導師だけに、それはあるかもしれない。
「相手を三級だと思わない方がいいよ。気を付けて」
「頑張りますぅ~。それで、ですね…… それで……」
「錬金術師は機体から離れて! 開始一分前!」
それでの後に何て言ったんだろう。リリヤちゃんは小声で何かを言ってる様な気もしたが、僕の鼓膜が壊れた耳には届かなかった。
「始め!」
一騎戦が始まる。僕も急いで作業用ウィザードに乗り込み、何かあった場合に備えて準備をした。リリヤちゃんなら簡単にはやられないだろう。防御なら一級品だ。
案の定、リリヤちゃんは魔法の撃ち合いせず、風魔法の風刃が迫っても全て大盾で消し飛ばした。続いての接近戦。相手の剣もリリヤちゃんまでは大盾で届かなかった。
往路は予想通り、守りに徹底したリリヤちゃんに分があった。復路もリリヤちゃんは大盾を前面に出し、攻撃をする事も負傷する事も無く自陣に戻って来た。
「機体に問題は無い? 大盾の具合はどう?」
僕は作業用ウィザードから降りずにヘッドセットを通して聞いた。リリヤちゃんのウィザードは見た目的にも傷一つ付いてないし、 問題は無いだろう。
「大丈夫ですぅ~」
パイロットも大丈夫だ。やっぱりリリヤちゃんは持久戦に持ち込むつもりなんだろう。魔力量が心配になるけど、いざとなったら押し倒すのも有りかな…… 僕が。
僕は所定の位置に着いて動かなかった。こちらは整備の時間はいらないが、相手の方は違った。錬金術師がウィザードの剣の側にいる。何か調整でもしているのか?
「リリヤちゃん! 見えてるか!? 相手は剣からメイスに変えてる。打撃戦だと大盾がいつまでもつか分からないぞ!」
剣の線よりメイスの面での攻撃を選んだのは正しい判断だ。相手も持久戦を覚悟で来るみたいだけど、盾の方が持ち堪えられない。
「大丈夫ですぅ~。 やってみせますぅ~」
自信が有るのか、自信が無いのか分からないが、リリヤちゃんならやってくれるだろう。魔力が少なくなったからと言って、出来れば公衆の面前でキスは遠慮したい。右手の石化はもっと遠慮したい。
「整備時間二分。一分後スタート。錬金術師は離れて」
このヤロー! 今のは五分はかかってたぞ! 三流錬金術師か!? それに加えて審判の不正を訴えてやりたい!
「行けるね? ……リリヤちゃん?」
何か話しているようだけど、上手く聞き取れない。小声で言っているのか、まだ耳の調子が悪いのか……
「それで、それで…… ですね……」
なんだろう? 機体の不備は早めに言って欲しい。まだ整備に使っている時間は十分もないんだから、リリヤちゃんに使う時間に余裕がある。
「どうしたの? 良く聞き取れないんだ」
「……あ、あの…… ですね……」
「始め!」
あの審判が賄賂を貰ってるのは百歩譲って許そう。だけど、リリヤちゃんとの会話を邪魔するなよ。大切な話だったらどうする!?
リリヤちゃんは「始め!」の合図と共に飛び出して行った。それは、何故か戦う為と言うより恥ずかしさを隠す様に見えたのは僕だけだろうか。