第三十三話
「早く終わらせて来いよ、ミラージュ・ナイト」
「それ、言われると思ってるより恥ずかしいんだけど……」
「お前はミラージュだ! それ以外に合コンで女の子を引き付ける魅力がお前にあるのか?」
「復元なら自信があるよ」
「それを合コン席でやるのか? 壊れた皿を直して何が楽しい?」
「だって錬金術師だもん」
「だもん、って…… 可愛く言って済むのは十歳までだ。大人の合コンをしたいのか? 子供のお遊びをしたいのか?」
「……出来れば大人で」
「さっさと行って、早く終わらせて来い。出来れば勝てよ。それの方が話題が膨らむ」
「不純な動機だけど頑張ってくるよ」
僕はジョシュアとのリラックス出来る会話と、六時間後の期待溢れる合コンを思いながら別れた。出来れば僕だって勝ちたい。その方が気持ち良く合コンに行けるから。
それとも負けて、傷心な僕を癒してくれる治癒魔導師との合コンもいいかもしれないね。二心を持ちながら、どちらに転んでもいいように頭の中でシミュレーションをした。
一騎戦の行われる場所は魔導都市の外れにあるコロシアムだ。そこは古代闘技場と言ってもいいくらいの大きさで、ウィザード同士の試合や魔物との戦い、魔導師の魔法の練習場にもなる多目的空間は、賭けの対象にもなっている勝負が盛り沢山だ。
僕達の一騎戦も賭けの対象になっているどころか、てっきり無観客試合と思っていたのに満員御礼、千客万来状態でコロシアムに一歩踏み入れた時の歓声に僕はスターになった気分だった。
「主役は、あたい達だぞ。手を振るなよ、恥ずかしい」
言われなくても分かっている。このお客さんは滅多に見れない一騎戦の勝負を見に来たんだ。主役は魔導師、ちょい役に錬金術師がいつもの相場なんだ。でも少しくらいお客さんにサービスしないとね。
僕達はサッカー選手の様に一列に並び、偉い人が座っている方に向かい一礼をした。そこは貴賓席の様に立派な作りで、ハミルトン公爵様やシャノン様が座り、後は知らないこの都市の偉そうな髭がいた。
偉そうな髭が…… たぶん普段なら話も出来ないくらいの爵位持ちなのだろう髭の紳士が、何かを言ってるのだろうが歓声にかき消され、今なら「デブ! 髭!」と、こちらから言っても聞こえないだろう。
「デブの髭が何か言ってるけど、聞こえるか?」
フィリスさん、今の言葉は聞かなかった事にするよ。たぶん、とても、偉い人なんだから言葉には気を付けてね。
「何も聞こえないけど、前を向いていた方がいいよ」
校長先生の話は眠たくなっても聞いてないとね。続いてハミルトン公爵が立ち上がると歓声がスッと消え、女性からの悲鳴にも似た歓喜が沸き起こった。
やっぱり女性からの人気があるハミルトン公爵。妻子がいても構わないのだろうか? これだけいるなら一人くらい、僕に分けて欲しい。 ……プラス、ジョシュアの分も。
今は 一時くらいか。開会式は三十分は続くだろう。一騎戦の整備時間は三十分だから、全体として一時間半くらいかな。閉会式を含めて四時か五時には終わる。合コンには充分に間に合う。
いったいどんな娘が来るのだろう。ジョシュアは美人系が好きで、僕は可愛い系が好きだから被らないのがいいんだ。
面食いのジョシュアが誘うくらいだから、レベルの高い娘を呼ぶだろうし、その友達なら…… 同じレベルかその娘より下になるのかな? まぁ、好みが違うから良しとするか。
今は一秒でも早く一騎戦をしたいのに、後から後から偉い人が話を続け、最後には躍りを披露するオバちゃんとかの演出があり、開会式は一時間もかかった。
「足が棒になるかと思ったぜ。これはヨーツンヘルムの策略か?」
「きっとこんなモノなんでしょ。それより戦術は考えてるの?」
「ドカンッと喰らわせれば一発で仕舞いだ!」
「そ、そう…… 頑張ってね……」
僕はウィザードのハッチを閉めて降りた。先鋒はフィリス。一人で三人を倒して来ると豪語して一番やりますを譲らなかったが、きっとそれだけの自信があるのだろう。
次鋒はリリヤちゃん。大将はナターシャだけど、三人の相手の属性も問題だ。フィリスは相手も火系で属性的には実力伯仲だろうが、リリヤちゃんの土系に対して相手は風系。
これは属性的にもリリヤちゃんの性格的にも分が悪い。いかに攻撃を防いで、出来る事なら怪我をしないうちに負けてしまっても構わない。
相手の三番目、大将は火系に対してナターシャは黒系と言っていた。黒系ってなに? 白系なら治癒魔導師が付けるけど、黒系って蔦を出したり結界を張るのが仕事の魔導師かな?
ナターシャの実力は全く不明だし、フィリスが勝って、リリヤちゃんは怪我をしないように負けて、ナターシャは引き分けに持ち込んでくれたら、お互いの面子も保たれるしいいかもしれない。
とにかく、早く一騎戦を終わらせてくれ。僕にはこの後で楽しい予定が待っているのだから。ヘッドセットでウィザードと連絡を取れる様にして、僕は所定の位置に下がった。
「始め!」
火を吹くブースターに弾け飛ぶウィザード。お互いの魔法の射程に入ると火系魔導師のファイヤーボールを放つ。
フィリスの火球は驚くほど大きく、とても三級が出せる魔法じゃない。それは相手も同じく、大きさは無いが、一発の数がショットガンの様にバラまかれた。
先手はフィリスが取った。小さな火球を飲み込み敵のウィザードに迫ったフィリスのファイヤーボールは当たったと思ったら弾けた。
「なに!?」
驚いたのは僕の方だ。あれだけの魔法を浴びて盾一つで受けるなんて、よほど魔法防御に魔力を振っていたのか? それでショットガンのようなファイヤーボールを出せるなんて……
高速で接近するウィザード。フィリスも相手も盾で自身を守りながら剣を振り下ろす位置に付き、剣に魔力を流す。剣からは炎が上がり包み込み、切れ味は上がり、魔法と物理攻撃の二段仕込み。
ぶつかる斬擊音、よろめくフィリスのウィザード。当たりの音は同じに聞こえたのに、フィリスの方が撃ち負けたのか!? フィリスほどの腕前でもダメなのか……
「フィリス! 機体は無事か!? もう一本あるぞ! 戻って来れるか!?」
「うるせぇ! 当たり前だ!」
間髪入れずに返ってくる声に、安堵を感じながらもフィリスなら大丈夫だろうと思いつつ、僕は作業用ウィザードに乗り込んだ。
復路。行ったら自陣の方へ帰って来る。今のをもう一度やり合えば、僕が直して機体は万全の態勢に持っていける。
始めの合図と共に飛び出すウィザード。今度の魔法の撃ち合いは、フィリスはショットガンの様に打ち出し相手は火炎放射の様に炎を吐き出し続けた。
フィリスは同じ手を返すつもりなのか? 相手の火炎放射は斬擊手前まで続き、フィリスは既に炎を宿した剣を振り下ろすだけだった。
重い打撃音。相手に魔力を貯める時間は無かったはずなのに、吹き飛んだのはフィリスのウィザードの右腕。
「バカな!」
ウィザード同士の戦いをそれほど知っている訳ではないが、魔力の使い方なら知っている。知っている上で今のはフィリスが取ったはずなのに。僕は急いでフィリスの右腕を取りに動いた。
「切り口が綺麗だ。焼けてもいるから炎の剣だろうけど、そんなに早かったのか?」
「早いなんてもんじゃねぇ。あれで三級か!?」
「上には上がいるって事だろ。とりあえず付けるぞ」
「ここで十分はいてぇな。あたいの整備時間を使っちまう」
「任せろ。三分で終わらせる」
切り口が綺麗なだけに、復元も最小限で付けやすい。ちょっと全力で流す魔力に少しだけフィリスの方まで流れてしまった。
「相変わらず気持ちのいい魔力だ。やっぱり、あたいの男になれよ」
「集中しているから黙って! これからの戦い方でも考えてろ!」
初戦で十分も整備時間に取られるなんて冗談じゃない。普通の三級錬金術師なら十分でも、僕ならもっと早く終わらせられる。
二分四十秒。我ながら自分の魔力と腕前を誉めてあげたい。これも合コンの時の話題の一つにしよう。主役は決して魔導師だけじゃないんだぜって……
「整備時間五分。一分後スタート。錬金術師はウィザードから離れて」
はあぁ? どこから時間を計ってるんだよ。どちらかのウィザードが自陣に戻ってから計るのがルールだろ。フィリスの方が早く戻ったんだから、多く見積もっても三分だろ。
「フィリス! 傷痕は残ってるけど動きに支障は無いはずだ」
「……審判もグルか? 相手の魔導師、あれは三級で使える技じゃねぇよ」
「マジかよ…… どうする? 抗議してみる?」
「審判もグルなら意味はねぇさ。それに格好悪いだろ」
「錬金術師! 離れて!」
セコンドアウトを言う審判に、石の一つでも投げ付けてやりたいが、それはフィリスにやってもらおう。 ……敵はあっちのウィザードだ! 僕のスパナを投げつけないで!
僕はフィリスの元を離れて作業用ウィザードに乗り込んだ。この戦い、呆気ないほど早く終わるかボロボロの長期戦になるかのどちらかか……
「始め!」
頭から血を流し、スタートの合図を出す審判。今度、ズルをしたら僕が…… ナターシャが許さないぞ!