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第二十八話


 何とか土蛸と戦い続け、機体の復元と言う延長戦が無かったら、三回コールドゲームになってもおかしくない状況だったが、僕には余裕も出てきた。

 

 「魔力を一度棄てる。魔力が残ってると復元しにくい!」

 

 「はい!」

 

 「次に斬り合ったら一度引く。引いたら魔力の全放出。その隙に復元させるぞ」

 

 「はい! いつでもどうぞ!」

 

 土蛸は有難い事にローラを前に出す事は無かった。自分の餌を取られる事を警戒しているのだろうが、ローラを前に出されていたら、僕の方から斬り合う事なんて出来やしない。それが、蛸と人間様の違いだ。

 

 素早く近付き一刀を振るう。続いて二刀、三刀と振るっても避けられるか弾かれるかだった。切れ味には自信があったが、土蛸も身体に魔力を流して守っているのか、薄く傷付くくらいだった。

 

 「魔力、全放出!」

 

 逃げる速さは攻撃より速く。僕達は土蛸より離れて、貯まっていた魔力を放出し、高熱となっていた魔導炉は水蒸気を吐き出す様に辺りを霧に包んだ。

 

 「ランド・オクトパスが見えません……」

 

 ロンドン名物の霧の都より深く、前が一歩先さえ見えなくなってしまった。見えない条件は一緒だ。見える前に機体を復元させて、次の回で決める。

 

 「班長、魔力を下さい。私の属性なら少しは役に立ちます!」

 

 サラには適性が低くても属性がある。何の属性かまでは聞いてなかったけれど、質問している暇はない。でも、一つだけは聞いておかないと……

 

 「僕の魔力を流すって事でいいんだな?」

 

 これ、重要。特に女性には大切な事だ。サラも初めて僕の魔力を受ける訳じゃないけれど、受ける事がどう言う事か再度確認しておかないとね。

 

 「大丈夫です! お願いします」

 

 僕は少しだけ復元を止め、後ろに座っているサラに魔力を流す。案の定、あの声が聞こえて来たが、後ろを振り返りたい気持ちを抑え、今は気にしないでおこう。

 

 「は、はぁんちょうぅ……」

 

 今のは「班長」と言ったのか? それとも「はぁんん」の方の声の延長か? 振り返ってもいいのか? 振り返りたいのか? 振り返りたいです。

 

 「どうした!?」

 

 僕は振り返る。サラが何を言ったのが気になったからで、コ・パイの席で「いかがわしい」行為をしているサラを見たいからでは無い。

 

 見えたのは靴の裏。振り返ると同時に蹴りを入れて来やがった。鼻が折れるくらいの衝撃に、僕はパイロット席でうずくまった。

 

 「はぁんちょうぅぅ、みちゃダメですぅ… あっぁ」

 

 前門の狼に後門の虎。前門の土蛸に後門のエッチィなサラ。進みたい方向は後ろだが、前にはローラも待っている。退く訳には行かないよね。

 

 「サラ、大丈夫なのか!?」

 

 「だ、だひじょうぶ…… ローラはぁ… み、みぎ…… 二時のほう…… 五十メートル先に…… い、いっちゃいそう……」

 

 五十メートル先にいるのか? 双子だから分かるのか? 今の状態で、まともな思考能力はあるのか? だけど、魔力の排出で霧に包まれた今は、頼れるのはサラの能力だけだ。

 

 「行くぞ! 脚部に魔力を振り分けてスピード重視だ!」

 

 「はぁぁ… いく、いきますぅぅ……」

 

 カタパルトから打ち出される様に作業用ウィザードは霧の中を疾走した。死ぬ! 死ぬ! 目の前に木があったら避けられない! 魔力調整で、出し過ぎだ!

 

 言葉を吐くより速く霧から抜け出した目の前に、ランド・オクトパスはローラを掴んだ手を一本、高く上げて待ち構えていた。

 

 「ジャンプ!」

 

 左右からの挟撃を跳ねて避け、向かう先はローラを掴んでいる腕一本。

 

 魔力を錬金術で作った剣に流し、オーバーロードした魔力は剣を包み、長く強大に変貌した刃はローラを掴んだ腕に斬りかかった。

 

 「今度は斬れるぜ!」

 

 神速の一刀はランド・オクトパスの腕を切り捨て、魔力で長くなった剣先はオクトパスの頭部にさえ傷を付けた。

 

 落ちてくるローラを土蛸の腕事キャッチ。すかさず引き離してリリース。コックピットのガラス越しに荒い息をしているのが分かる。生きているなら、こんな所に用は無い。ローラを担いで逃げるだけだ。

 

 だが、勝ち逃げは許されないみたいだ。怒り狂った土蛸が上下左右から打ち込んで来る手足を、ローラを背中にして受けた。

 

 動けないし、剣を振るう事も出来ない。退けばローラを踏んじゃうし、盾を前面に押し出してコックピットを守らなければ僕達が押し潰される。

 

 「苦労しているみたいだね、ミカエル君」

 

 遅い! ジョシュアの野郎はどこで遊んで来たんだ! もっと早く来てくれれば簡単に助けられたかな?

 

 「こいつを何とかしてくれ!」

 

 機体の警告音が五月蝿い。復元をしながら防御に魔力を振るなんて大変なんだ。目の前のランド・オクトパスに集中しないと死ぬ。

 

 「任せろ!」

 

 気勢にも聞こえる声を上げ、ジョシュアは僕達の後ろで眠るローラを担いで逃げ出してくれやがった。美味しい所を持っていきやがって! でも、これで僕達も動ける。

 

 後に続くように高速反転する僕達をランド・オクトパスが追い掛けて来る。機体を直す暇を与えないのか、逃がすまいとしているのか。

 

 「先に行ってろ!」

 

 「言われるまでもねぇ!」

 

 寂しい。こんな時にはボロボロの僕達を守る為にジョシュアが殿を努めてくれて構わないんだよ。そっちの機体は壊れてもいないんだからさ!

 

 「サラ、ローラは無事に城船まで行けるよ。後は蛸野郎を始末して仕舞いだ!」

 

 「だ、だいひょうぶでふ…… もっと…… 魔力がほひいぃ…」

 

 サラには期待が出来ないようだ。それより機体のダメージが大きい。このまま、コックピット事、潰されたり喰われたりするのはイヤだ!

 

  魔導炉が爆発する覚悟で魔力を流してやる。四百パーセントまでは持つんだ。作ってくれた人に感謝をしながら、僕はウィザードの全身に魔力を流した。

 

 機体を守る為の強制排熱と機体が焼ける煙とで白く包まれたウィザード。盾は重い、捨ててしまえ。防御はコックピットを中心に、魔力を脚部へ。


 一撃必殺。斬り込む時に魔力を剣に流し、ランド・オクトパスを斬り裂き突き抜け崩れた。もう立ち上がる事も出来ないウィザードを、僕とサラは機体を捨てて逃げ出した。

 

 真っ二つになったランド・オクトパス。燃え上がった作業用ウィザード。辛勝とはこの事だろう。だが、僕達は生きている。生きてローラも救った。これ以上の事があるだろうか。

 

 ……ありますね。コックピットから逃げ出した僕達は、勝利の余韻に浸る時間も少なく、僕はサラに押し倒され勝利のキスに酔いしれた。

 

 「サ、サラ! ちょっと待っ……」

 

 「うふふふっ……」

 

 膨大な魔力の流は魔導炉を越え機体を包み、乗っているサラにも直撃した。結果として勝利のキスを頂いたのだが、サラには周りが見えていないようだ。

 

 ギャラーがいっぱい、千足もいっぱい。城船から追い払われたのか、タコさんいっぱいに囲まれている状況に、サラは気づいていない……

 

 このまま身を任せたら、痛みも無く死ねるだろう。それも悪くないけれど、若くして死ぬには勿体ない。特にサラはね……

 

 僕は逆にサラを押し倒して伏せさせる。構えてみたものの、武器も無い僕に何が出来るのか。まぁ、武器があった所で何も出来ないけどね。

 

 サラは少しイッちゃってるみたいだし、痛いのは僕だけかな? 頑張ったんだけどなぁ。ここでお仕舞いか……

 

 高熱の炎が右側を舐め、濁流が左側に押し寄せ、残ったタコさんには数十トンの岩石が落ちてきた。

 

 「悪魔か!?」

 

 いえ、違いました。僕を助けてくれたのは三人の魔導師。フィリス、ソフィア、リリヤちゃんの三魔導師。

 

 「助かったぁぁ……」

 

  魔力が多いだけでは何ともならない状況で、やっぱり最後には駆け付けてくれる三人の天使に僕は投げキッスの一つでも全力であげたいくらいだよ。

 

 「ジョシュアの野郎がこっちにいるってな。駆け付けてみれば、これか……」

 

 そうなんです。土蛸の一匹は始末したけど相討ち状態でウィザードを無くしてしまったんです。その後に土蛸に囲まれるし、死ぬかと思ったよ。

 

 「私はこれからでもいいけど……」

 

 これからってなんだろう? 土蛸は全部始末したし、これから帰るって事かな?

 

 「不潔ですぅ~」

 

 それはリリヤちゃんが潰したランド・オクトパスの反り血を浴びたからだよ。早く城船に帰ってシャワーを浴びたいね。

 

 「殺すか?」

 

 誰を?

 

 「勿体無いと思いますよ」

 

 何が?

 

 「不潔ですぅ~」

 

 だから、誰が何を不潔なの? 僕の背中を覆うように、半裸になっているサラさんに気が付くまで、僕の頭の中ではクエスチョンマークが踊っていた。

 

 

 

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