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第二十四話


 早寝、早起き、さあ仕事。僕を貫いた鉄パイプの傷は魔導師の手によって簡単に治され、鳩尾に鉄拳を喰らって起こされた。どちらの方が痛いか言うまでもない。

 

 「お、おはようございます、親方。吐き気が伴う気持ちのいい朝ですね。……今は朝なんですか?」

 

 「朝だよ。気持ち良く寝やがって。あれから大変だったんだ」

 

 「ご苦労様……」

 

 あれからそんなに時間が経ったのか。僕の足はどうなった? 痛みは無いけど、傷の具合から切り落としたなんて無いだろうな! 僕はかけていたシーツを勢い良く剥ぎ取った。

 

 良かった。足はある。傷跡は残っているし、少し張った感じはするけど大丈夫そうだ。そして、やっぱり裸で寝かせられてる。

 

 「朝から元気だな」

 

 「……見ました?」

 

 僕はシーツをかけ直して聞いて見た。

 

 「ああ、まだ刺さってるのかと思ってよ。なかなかな鉄パイプを持ってるな」

 

 こいつは今見たんじゃなくて、シーツを捲って見たのかよ! 僕のプライバシーはシーツ一枚分も無いのか!?

 

 「使います?」

 「使えなくしてやろうか?」

 

 即答で来たので、この話はこれくらいにしておこう。いつか使ってみたいとの野望を込めて。

 

 「他の人はどうなりました? シャノン様やセシリーさんは? 整備班のみんなは?」

 

 「シャノン様は大丈夫だ。それより途中からの記憶も無いそうだぞ。セシリーのやつは重傷だが命の心配はないそうだ」

 

 「会ったんですか?」

 

 「公爵の城船でな。少し話もしたが、七年ぶりくらいか……」

 

 「知り合いだったんですか」

 

 「同郷だ。マルドイック伯爵領で小さい時にな」

 

 えっと…… セシリーさんの名前はセシリー・マルドイック。似た名前の人が多い地方なのかな? 近所に住む人はみんな「山田さん」とあるよね。

 

 「セシリー様は貴族であったりなかったり……」

 

 「貴族だぞ。ミドルネームに「フォン」って付いてたろ」

 

 二人の自己紹介の時に確かに付いてた「フォン」て。シャノン様はハミルトンを名乗ったから公爵様と繋がりがあると思ったけど、セシリーさんのマルドイックは分からなかった。

 

 「フォンって何でしたっけ? 電話じゃないですよね」

 

 「電話ってなんだ? ミドルネームでフォンを付けるのは、貴族で爵位のまだ無い子弟が付けるんだろ」

 

 「あっ、そうでした、そうでした。成人したら爵位がもらえるんですよね。セシリーさんは成人してないんですか?」

 

 「してるぞ。同い年だからな」

 

 「それで…… まだ、爵位無し?」

 

 「セシリーは特別なんだ。お前の魔力に耐えたのもそれが原因かな」

 

 おっと、一番聞きたい事をふってくれる。僕の魔力は女性限定で気持ち良くさせてしまう様だが、セシリーさんには、そんな風にはあまり見れなかった。

 

 僕にはそれが少し寂しくも感じたが、それ以上に嬉しかった。僕の魔力の効かない女性。それは反則とも言える僕の魔力に捕らわれない人。自由意思の恋愛に発展するかもしれない。

 

 「何でですか? 知ってるなら教えて下さい。僕には聞く権利があるんじゃないですか?」

 

 「まぁ、それもそうだな。だが、他言無用だ! これはマルドイック家に関わる事だからな!」

 

 なんだろう。伯爵家に関わる事なんて。そんな秘密を知ってしまったら「証人は殺せ」的な扱いになるのは嫌だが、僕の未来で隣に並ぶ人はセシリーさんかもしれない。

 

 「言いません! 是非、お願いします!」

 

 ラウラ親方はカーテンで閉められているのにも関わらず、周りを見渡してから僕の耳元に口を近付けた。

 

 「わっ! ……お前、同じ手に何度も引っ掛かるなよ」

 

 こいつ、小さい頃はイジメっ子だったろ! そうじゃなければ空気の読めないどころか、空気を踏み倒すヤツだったに違いない。僕がもの凄く不機嫌な顔をしてラウラ親方を見ると、押し倒して耳元で囁いた。

 

 「セシリーは両性具有なんだ」

 

 その一声で納得した。半分は男性、半分は女性。それなら僕の魔力が半分しか通じなかったのも分かる。これで僕の隣に並ばない事も分かった。

 

 セシリーさんを担いだ時に背中に感じた二つの膨らみ。これは女性なんだろうが、下半身には鉄パイプが仕込んであるのだろうか。

 

 「納得しました。他言無用ですね」

 

 「そうだ。他言無用だ」

 

 顔が近いんですけど。ご褒美をくれるんですか? 遠慮しないでもらいたいけど、もう一つ聞きたい事がある。

 

 「あの時…… 何で魔石の塊は倉庫側に倒れたんでしょう? スロープを登りきっていないから、外側に倒れるんじゃないですか? そのお陰で潰されなかったんですけど……」

 

 重力に逆らう動きをしたのは何故だったんだろう。セシリーさんが最後の力を振り絞ったのか? それともニュートンさんは嘘つきか?

 

 「あれはナターシャだ。魔石の塊に蔦を掛けて引っ張ったんだ。あれが無かったら死んでたな」

 

 「ナターシャですか? ウィザードはあの魔石の塊の側では動かないですよね」

 

 「ナターシャは結界を張れるからな。だからだろ……」

 

 「ナターシャって何者なんですか?」

 

 「……まあ、自分の口で言う時まで気にするなよ。普通の魔導師だと思ってればいいんだ」

 

 普通の魔導師が蔦を使って僕の首を縛ったり、魔石から魔力を抜かれる中でウィザードを動かせたりするのだろか。

 

 ……人を火だるまにしたり、水死寸前まで追い込んだり、石化させる魔導師までいるから、それくらいは普通なのかな? ウィザードの件は不明だけど。

 

 「そうなんですか。いつかナターシャの口を割って吐かせてやろう! ハッハッハッハッ!」

 

 「死ぬぞ。お前……」

 

 「長生きしたいものですね。そう言えば整備班はどうなりました? 巻き込まれた人もいるんでしょ?」

 

 「怪我人続出だよ。まともに動けるのは半分もいねぇ。 ……それにジョシュアのヤツがな」

 

 いきなり真顔はやめて。うつ向いて言葉を止めるラウラ親方。僕のセリフを待っているのか? 言葉のキャッチボールはしたいが、そのボールを受け止めないといけないのか!?

 

 「死んだよ。魔石の下敷きになって…… あっけないもんだ……」

 

 嘘だろ。少し前までバカな話を一緒にしていた人が、もう会う事も話す事も出来なくなるなんて…… ジョシュアは城船に乗って来たのは僕より遅いが、同じ錬金術師三級で誰よりも仲が良かった。

 

 お互い切磋琢磨する関係だったし、バカな事もやった。合コンでは女の子の好みが被らなかったし……

 

 「親方! ラウラ親方! 自分、死んでませんから! カーテンを開けて!」

 

 カーテンの向こうから聞こえる懐かしい悪友の声。誰が死んだって!? ラウラ親方の冗談にもほどがある! 勝手に殺しちゃダメ!

 

 「チッ! 死んだも同じだろうが」

 

 ベッドを区切るカーテンを開けると、そこには両足を少しばかり上げられ、元気そうなジョシュアの声が五月蝿いくらいに怒鳴り始めた。

 

 「死んでませんよ親方! 何で死んだ事になるんですか!?」

 

 「両足が使えなくなったら死んだも同じだろ。どうやって仕事をするんだ!?」

 

 「それですよ! 何でミカエルは治してもらって俺はまだなんですか? 治ればすぐにでも働けます!」

 

 「そうですよ、親方。ジョシュも治してあげて下さい」

 

 「いつからお前達は働き者になったんだ?」

 

 僕はいつでも働き者です。ジョシュアはたまに働き者です。六班の副班長になってから仕事をサボる時間は減ったと思います。たぶん…… ね。

 

 「ジョシュアは当分、ベッドで寝てろ。治癒魔導師が魔力切れで魔法が使えないからな」

 

 なんだ、そんな理由なのか。もっと他の理由があるのかと思ったよ。それなら僕を後回しにしても良かったのに。清潔なベッド、綺麗な看護師さん、食事の制限も無く寝てればいいんだから、ジョシュアと代わってあげたい。

 

 「それなら何で僕は治されたのでしょう?」

 

 ジョシュア越しに見る向こう側には、一級や二級の錬金術師が痛みを堪えて横になっている姿が見えた。大怪我をしている人を優先に治した方が良くない?

 

 「お前には腐る程の魔力があるだろ。寝かせて腐らせたら勿体無いと思わねぇか?」

 

 「腐りかけが美味しいっても、言いますよね。もう少し熟成させてからでも……」

 

 「鉄パイプ、もう一度刺すか? それとも引き抜くか?」

 

 「……仕事があるって素晴らしいですね。親方の下で働けて僕は幸せです」

 

 「そうだろう。いい部下を持ったもんだ。それで早速仕事だがな……」

 

 仕事の内容は整備が行う全てだった。ウィザードの修理、魔石の固定、倉庫を治して、重量過多の長脚の確認。整理、整頓、清潔、トイレ掃除。とてもじゃないが、残された整備班で何とかなる仕事量じゃない。

 

 「安心しろ、三交代制で働くからよ」

 

 悪魔の一週間が火蓋を切る。

 

 

 

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