第二十三話
ライブは最高潮に盛り上がり、シャノン様は雄叫びにも似た声を上げ気を失い、セシリーさんはくぐもった声を出すだけで僕の魔力に耐えた。
シャノン様には悪い事をした。一応、これはラウラ親方から授かった作戦の第二段階だ。「下手に感じさせるより、気を失うほど喰らわせろ」だ。
これで公爵家の令嬢であるシャノン様に余計な感情を与える事は無く、僕の死刑台への階段も遠退いただろう。何も分からないうちに、何も分からなくなったんだろうからね。
問題は風系魔導師が一人になってしまった事だ。シャノン様は四級、セシリーさんは一級。力の差は歴然だし、最初からあまり宛にはしていないだろう。
「セシリーさん! 頑張って! もう後部倉庫のスロープまで来てます!」
セシリーさんの頑張りと僕の魔力のお陰で魔石の塊は最後の心臓破りの坂まで到達した。このスロープを上がったら倉庫に納めたのと同じだ。
ゆっくりとスロープを登る魔石の塊に対して、セシリーさんの腕に絡み付いている風も長く大きく膨らみ、今では肩から両手を一つの風を形取っていた。
最後の一息。ここを登りきれば倉庫にと言うところで跳ね返される。倉庫の天井は取り外して魔石の塊が入れるくらい広げていたのに、縁に当たって魔石が通らない!
「セシリーさん、もう少し下げて。上が当たって魔石が通らない!」
「む、無理…… 力を扱いきれない……」
もう一度やり直すか? いや、ここで落ちたら魔石の塊が僕達の方に倒れて死ねる。ここが死刑台なのか? 僕はともかくシャノン様とセシリーさんは冤罪で死刑は可哀想すぎる。
「もう少し頑張って! 親方! 親方! 上が当たって通らない。何とかしてくれ!」
やり直す事も下ろす事も出来ないなら、天井をさらに壊して押し通るしかない。僕はセシリーさんに魔力を流すので手が離せない。
「任せろ。整備班! 派手に壊して構わねぇ!」
魔石の囲いをつたって天井に張り付く整備班は、日頃の鬱憤が貯まっているのか容赦も無く壊し始めた。後で直すのは君達だからね。
時間にして二分も無い。魔石の塊が通れる空間は空いた。僕も魔力を振り絞ってセシリーさんに流すが、身体の方がもたなかった。セシリーさんの腕を取り巻く風は一瞬大きくなったかと思えば、そよ風も残さず消えてしまった。
「離れろ!」
親方の声は整備班を魔石の塊から離すには遅すぎた。風が消えた途端に落ちる魔石の塊。僕は後ろからセシリーさんを抱き止め、落ちる衝撃を少しでもと思ったが日頃の不摂生が祟った。
後頭部強打。さすがに星は飛ばなかったが、目の前に浮かんだのはラウラ親方の…… まだ死ねるか!
セシリーさんは倒れ、はだけたローブから見えた右腕は深い傷が血を流さずに付いていた。おそらく綺麗に切れた風の威力なのだろう。腕には傷以外にも曲がってはいけない方向に曲がっていた。
シャノン様は…… 無事に見える。ローブは捲り上がって顔の方は見えないが、たぶん大丈夫だろう。スカートが捲れなかったのが惜しい所だ。
だが、この位置は不味い。落ちた衝撃で一時的に直立しているが、すぐにも倒れそうだ。もう風魔法は使えない。囲いも壊れているなら逃げるのが一番だ。
一瞬戸惑う。本当に一瞬だけ戸惑う。どちらを助けるべきか。公爵家の令嬢のシャノン様か、一緒に頑張って怪我までしているセシリーさんか。
二人を同時には無理だ。そんな怪力を都合良く発揮出来る訳もない。僕を死刑台に運ぶかもしれないシャノン様か、僕の魔力が何故かあまり伝わらなかったセシリーさんか。
コイン・トス。アミダくじ。あっち向いてホイ。勝負の付け方は思い付くが、見捨てる方は思い付かない。それなら最後の手段は一つしかないだろ。
根性。男には勝てないと分かっていても戦わないいけない時があったりするのは男女平等に違反すると思うが、どちらかを見捨てる選択肢は無い!
セシリーさんに駆け寄り背中に担ぐ。シャノン様に駆け寄り抱き寄せる。女の子に挟まれてなら、いつ死んでも構わないが、もう少し頑張って動け足!
一歩づつが重い。決してセシリーさんが重いと言ってるんじゃない。シャノン様はもう少し太った方がいいよ。僕の好みの話だけど。
二人を担いで三歩目でグラッと来た。ヤバい! 本当に倒れそうだ! 四歩目で魔石の塊の方へ寄せられた。倒れるなら外の方へ、それが倉庫側に向かって傾斜を増しつつある。
五歩目で僕は魔石の塊に肩をぶつけた。このまま倒れてくれるなら潰される事は無い。潰される事は無いが魔石と一緒に倒れ込むのか!?
六歩目でシャノン様をもう一度抱え上げ、七歩目で背中に感じるセシリーさんの大きな二つの膨らみを感じ、八歩目からは覚えていない。
鼓膜を破るほどの爆音と何かに顔面から強打する感覚に朦朧とし、このまま寝ていたら誰かが助けに来てくれないかと期待した。
身体は無事みたいだが、たぶん鼻の骨が折れた感じの痛みとエッチなマンガを見た主人公の様に鼻血を出していた。
目を開けてみても土煙が凄くて薄目を開けれるくらいだ。こんなにも舞い上がるなんて、普段の掃除をしていない事がバレる。
僕はじっと動かず煙が収まるのを待った。自分のいる場所は何となく分かる。魔石の塊から振り落とされ倉庫のやや後ろ側だ。
煙が少し落ち着いて来ると声が聞こえた。「誰かいないか!?」 巻き込まれた整備班もいるに違いない。それにシャノン様とセシリーさんは何処にいる?
ゆっくりと煙が薄くなると、少し前に倒れているローブ姿の人が。僕は叫んで呼んだ…… どっちの名前で呼ぼうか?
公爵様の令嬢であるシャノン様の名前を呼ぶのがいいのだろうが、一緒に頑張ったセシリーさんも心配だ。「セシリーさん」と呼んでシャノン様だった場合はお立ち台に登れる気もするし……
「大丈夫か!?」
無難だ…… そんな選択肢しか選べない自分が悲しいが、この世界で貴族様に逆らうのは寿命を減らす。
とにかく倒れているなら助けないと。名前は顔を見てから呼ぼう。そう決めて立ち上がろうとする僕に「待った」がかかった。
僕を止めたのは鉄パイプ。気が動転していたのか、僕の右の太ももに刺さり床に縫い付けていた鉄パイプに、今になって気が付いた。
「痛ってぇぇ!」
動けない、痛い、動けない、痛い。抜こうにも、うつ伏せになって寝転がっている僕には太ももに刺さった鉄パイプを見るだけで精一杯だ。
それでも運がいいのだろう。少しズレていたら女の子になる所だった。それとも、もう一本の棒が増えた事を喜ぶべきか……
「痛ってぇ。クソッ、痛ってぇぇ!」
痛みの叫び声は倉庫内に響いた事だろう。唯一、「ママァン、シンちゃんお足が痛いのぉぉ」と叫ばなかったのが良かったのか、すぐに整備班が駆けつけてくれた。
「大丈夫か!?」
大丈夫かは足を見てくれ。起き上がって見る気力も無くなってるよ。それに自分の足に刺さった鉄パイプなんて見たくない。
「大丈夫じゃない! 大丈夫じゃないけど、向こうに魔導師が倒れているんだ! 見に行ってくれ!」
男の最後の意地だ。痛みを堪えても女の子を優先しないと、何の為に男をやっているのか分からない。僕はそこまで言って気を失った。
「良く寝たな。仕事があるから、そろそろ起きろや!」
や! の言葉の所で僕の鍛えられていない腹筋に突き刺さる鉄拳。ラウラ親方特有の起こし方に、いつか乳を揉んで起こしてやろうと決意させる今日この頃だ。
この件は前にもあったような…… これってデジャヴですか?