第二十一話
「良く寝たな。仕事があるから、そろそろ起きろや!」
や! の言葉の所で僕の鍛えられていない腹筋に突き刺さる鉄拳。ラウラ親方特有の起こし方に、いつか乳を揉んで起こしてやろうと決意させる今日この頃だ。
「ぐへっふ!」
強烈な目覚ましを止めようとラウラ親方の方へ力無く伸びる手を受け止めてくれたのはリリヤちゃんの可愛らしい指だった。
「ごめんなさい」
僕の手を取って謝罪の気持ちを伝えたかったのだろうが、伸びてきた右手の手首を握り、僕は捕まれないようにして謝罪を受け入れた。
「やっぱりリリヤちゃんでしたか。仕方が無いですよ。あれほどのモノを見たのだから……」
あの時、激しい愛の形を見たリリヤちゃんには、すんなりと受け入れるのが難しかったのだろう。すがる様に伸ばして掴んだ右手は僕を意図も容易く石化させた。
「謝ってるんだから握手くらいしろよ」
僕が掴んだリリヤちゃんの右手を押し付けようとするフィリス。お前はイジメっ子か!? リリヤちゃんを挟んで押し問答を繰り広げても誰からも止められず、むしろ「微笑ましい青春の一風景」と捉えられているみたいにラウラ親方は笑っていた。
「待て、フィリス! ちょっと待て! 石化は不味いだろ。親方、仕事があるんでしょ! 止めて!」
「それもそうだな。また二日も寝込まれたら困るしな。フィリス、それくらいにしとけ」
「あいよ!」
ラウラ親方の声には素直に従う。僕とリリヤちゃんは冷や汗と格闘の後の汗まみれだよ。一緒にシャワーを浴びたいね。
「二日も寝たんですか!? そんなに……」
全身石化は初めてじゃないけど、二日間も寝ていたのは初めてだ。あの時の衝撃がそれほどだったと言う事か。僕はリリヤちゃんと結ばれる事はないのかな?
「脳や心臓まで石化してたら死んでたかもな。さて、生きてるなら仕事しろ」
「そ、それは…… し、仕事はしますけど、今の状況を教えて下さい。僕達は勝ったんですか?」
「あぁ、それもそうだな。カクカク・シカジカだ」
説明を求めてカクカク・シカジカで返されたのは初めてだ。最初から説明する気が無いなら説明が出来る人を連れて来て欲しい。
「それでは分かりませんよ。説明なら私がします」
ミリアムさん以外で誰か説明が出来る人は居ないのかラウラ親方の方へ目を向ければ「諦めろ」と静かな瞳はそう語っているようだった。
ベッドの縁にフィリスを押し退けて座るミリアムさん。座る前、そのお尻の下に手を滑り込ませたくなる衝動をグッと堪えて聞き耳を立てた。
「ミカエルが石化した後、私達は他の魔導師を探して戦闘地域を歩きました。見付けたウィザードのうち、大破七機、中破十三機、残りのウィザードは小破しているので無事なのはナターシャのくらいでした」
そんなに被害が出たのか!? 大破と合わせて二十機は動けないなんて大損害もいいところだ。こんな被害を受けた事は今まで一度もない。今頃、整備班は大忙しだ。
「あの…… 僕は石化したままで……」
「リリヤが大丈夫と言ったから大丈夫だと判断しました」
石化したままで、運ばれたのか…… 加害者の意見は聞いても被害者の訴えは届かないのは、何処でも同じなのね。まぁ、石化してたら話も出来ないけど。
「怪我人はいますが、死者はいません」
確かに周りのベッドで寝ているのは僕くらいだ。と言う事は僕が一番の重傷者か? お見舞いの品には夕張メロンを持って来いよ、フィリス!
「魔石の塊はどうなりました? 確保しているんですか?」
「それは問題がありません。シルバー・クリスタル号が寄せていますし、近付く魔物は主砲で蹴散らせています」
それは良かった。これだけの被害を出して手ぶらなんて割に合わない。主砲を喰らえばトロールだってミンチになる。当たればの話しだけどね。
「そう言えば…… 城船が魔石に近付くのは不味いですよ。魔石から魔力を抜かれてしまう……」
今回の被害の大きさはウィザードの魔力を抜かれてしまったのが一番の原因だろう。決して、僕の魔力を注入された魔導師が「如何わしい」事をして戦線が崩れたのでは無いと、僕は信じたい。
「それも問題はありません。ナターシャが結界を張っているので城船は大丈夫です。問題があるのは違う所で……」
「おっと、ここからは、あたいが話そう。これでも親方だからな」
ミリアムさんに「退け」と言わんばかりに睨むが、涼しい顔で受け流して動かない。それじゃあ、仕方がないと僕の顔の近くに座るラウラ親方。そこでオナラしたら死ねます。
「問題は魔石の塊の大きさだ。今は後部倉庫の天井を外して大穴をあけてるよ。そこに押し込もうって言うんだが、ウィザードは使えねぇ」
「切っちゃうのはどうです? 小さくして運ぶのは? ウィザードが使えなくても魔導師の人で切れるくらいは……」
「やってみたが、魔力を吸われたらしい。吸われたって言うか魔法を吸収したみたいだ」
「そんなのどうやって運ぶんですか?」
「そこでミカエル・シン三級錬金術師の出番だよ」
「僕はいつから怪力錬金術師にレベルアップしたんでしょう?」
「お前の腕力に期待してねぇよ。必要なのは底無し魔力の方だ!」
ハミルトン公爵の城船には風系魔導師がいるそうだ。僕達の城船には居ないが、物を運ぶ時に重宝するらしい。その魔導師に魔石の塊を運んでもらう。
「今は魔石の塊に囲いを作ってる。塊に魔力は通じないが、その囲いごと塊を運んでしまおうって計画なんだ」
「……はぁ」
「まだ分からねぇのか? その塊も囲いも全て動かして城船に運ぶんだよ!」
「……はぁ。頑張って下さい」
「頑張るのはお前だバカタレ! たった二人の風系魔導師で運べる大きさじゃねぇんだ! 魔力が必要なんだ!」
「はぁ!? 僕の事はハミルトン公爵には秘密じゃなかったんですか? それに魔力の注入なんてしたら……」
大変な事になる! それを観衆の前で歌うのか! 甘いメロディに観客は酔いしれて大変な事にならないか!?
「お前の魔力の事は伝えてある。大丈夫だ。ちゃんと隠してやるからよ」
不安しか無い計画の一端を担うと言うより、計画の確信を担当する身になるのは緊張を通り越して気持ち悪くなりそうだ。
「いつ、始めるんですか?」
「今だ! 起きたら仕事だ。給料分、働け!」
僕の給料はこんなに重労働をするほど貰ってはいないと、苦情をてんこ盛りにして労働監理局に訴えたい。てんこ盛りなのは僕の魔力。二日も休んでいたんだし、頑張って働こうかな。
「特別手当を申請したいのですが……」
不意にラウラ親方の顔が近付き、息が止まる様な熱い口付けをもらった。
息が止まる様な熱い口付けをもらった。
息が止まる様な熱い口付けをもらった。
……い、息が止まる!
僕がベッドの上でジタバタと暴れだして、ようやくミリアムさんやフィリスがラウラ親方を引き離し、僕の心臓の鼓動も戻った。危うくキスで死にかけたけど、これは拷問? それとも特別手当?
「今回は良くやったな。後、もう一踏ん張りだ。気合が入ったろ」
入ったのは新鮮な空気。呼吸が出来た事で肺に入った事は感じたよ。これは特別拷問手当ての様だ。出来る事なら二人きりで静かな場所でもらいたかった。ベッドはあるけどね。
「が、頑張ります……」
ベッドから立ち上がるラウラ親方の後に続こうと、立ち上がろうとしてもミリアムさんが座ってシーツが動かず僕も出れない。 ……仕事が待ってるのですが。
「……そ、そう、 ……これは上司が部下を労る……」
小声で詳しくは聞こえないが、何やら良からぬ事を考えているのだろうか。これ以上、仕事を増やされたら敵わない。僕はミリアムさんが踏みつけているシーツを強引に取って隣に座って、いざ仕事に出発……
「きゃっ!」
「おおぅ!」
「ミカエル……」
誰だ!? 病人の服を脱がして素っ裸で寝かせたヤツは! ここには病人に服を着させる風習は無いのか!? せめてパンツは履かせておいてくれ! 僕のプライバシーが丸裸……
「バカだな…… 救いようがない……」
えへへ、と股間に手を当て隠しながら笑う僕の姿は、この戦いの功労者には相応しくない。そう思いながら僕はまた一時間ほどの眠りに就いた。
触らなくても出来るんだね、石化の魔法は。きっと、目から光線でも出たのかな……