第二十話
静かな戦場。すでに戦闘地域に入っていると思うけど、鳥の鳴く声さえしない森の中は思っていたより魔物の死骸が多かった。
「凄い数がいたんですね」
「そうね……」
ミリアムさんにとっても魔物の数は多いのか、口数が少なくウィザードを走らせている。ゴブリン、オーク、オーガやトロールまでいるしデカいトカゲや滅多に見ない魔獣の死骸もあった。
魔獣からは魔石が取れるから、後で解体してもらっておこう。食べられる肉もあるから、最後まで命を大切に頂こう。
「擱座している機体がありますぅ~」
リリヤちゃんの報告に目を向ければ、水色の機体が片膝を着いていた。後ろから見る分には機体に損傷は無い。もし動かないくらいの破損を前面で受けていたのなら、パイロットも危険だ。
「ミリアムさん、急いで!」
護衛のリリヤちゃんをも追い抜き、動かなくなったウィザードの側に立てば破損箇所は見当たらない。これなら魔導師は無事なはずだが、コックピットが閉まっていて中は見えなかった。
「降ります。安全確保をお願いします」
リリヤちゃんと二機の作業用ウィザードが囲み、僕は座り込んでいるウィザードのコックピットまで登りハッチを叩いた。
「中の人、無事ですか?」
返事が無いのは元気な証拠。は、通じない。兎に角、魔導師の安否の確認。怪我をしていたら応急措置。大怪我をしていたら城船まで運ばないと。
もう一度、ハッチを叩いても返事は無い。ウィザードは無傷でも中で死んでる事もある。もしかしたら中でグチャグチャな魔導師がいたらゾッとするが、心を決めて外から開けられるハッチのボタンを押した。
……
……
無事ですな。無事に一人遊びをしていますな。僕の魔力に当てられた後遺症か、お一人で、ハッチを開けた僕にも気に止めず。
……
僕は何も無かったかの様にハッチを閉めた。邪魔をしては悪いし、「あれ」が出来るなら元気なんだろう。「あれ」が出来るくらい。
「ミカエル、どうしました? 魔導師は?」
「……大丈夫です。 ……休んでいる様です。邪魔をしない方がいいかと思います……」
「何を言ってるのミカエル! ここにいては危険よ。魔導師を引っ張り出して!」
僕は無言でミリアムさんの所まで登り、事の真相を耳打ちした。とても他の人には話せない。リリヤちゃんには刺激が強いだろうし、ジョシュアに言ったら見たがる参加したがる。
「そ、そうなの…… でも、このままって訳にはいかないわ。魔力を補充してウィザードの魔力を防御に振って強化力を上げておいて」
「ぼ、僕がやるんですか!?」
魔力の補充は危険だ。特に僕が女性に与える場合は特に危険だ。
「貴方以外に誰が出来るの?」
「い、いいんですか?」
「早くやりなさい。私は貴方の首を落とせるだけの力はあるのよ」
その首って副頭の立場を利用した「解雇」の首では無いですよね。握力四百を使った首を落とすのは止めて下さい。
僕は擱座したウィザードのハッチを開け、何やら一人遊びをしている魔導師に気を失う程の魔力を与え、ウィザードの魔力を防御に振って逃げ出した。
「終わりました! 次、次に行きましょう」
フルスイングのビンタを喰らわせ様と振り上げていた手を下ろし、そそくさと発進準備をするミリアムさん。本気で殴ろうとしたな!? ラウラ親方にしか殴られた事が無いのに!
「ジョシュア、ここをマーキングしておいて。後で拾いに来るから」
「ああ、それはいいけど魔導師は大丈夫なのか? 乗せなくていいのか?」
あの状態の彼女を見たら「乗せる」じゃなくて、お前が「乗る」だろ。リリヤちゃんの前でやったら、承知しねぇぞ。 ……それよりも先にジョシュアの首が落ちるかな。
「大丈夫だ。彼女には休養が必要だ。次に行こう。リリヤちゃん、先導して」
「はい、は~い」
リリヤちゃんの黄色い機体が次のウィザードを探す為に動き出す。僕達の機体は動かない。どうした、ミリアムさん。まさか魔力が欲しいとか言わないよね。
「分かってますね、ミカエル。他言無用ですよ」
「もちろん! もちろん分かってます!」
色々な意味で人には言えない。まさか戦闘地域で、あんな事をしてたなんて口が裂けなければ言えない。
ハミルトン公爵が見付けた魔石の塊に向かうまで三機の機体を見付けたが、機体の外傷は少なく魔導師はある意味で無事だった。もちろんだが、コックピットを見たのは僕だけだ。
良いものを見た、なんては思わない。むしろ必要以上の秘密を知ってしまった僕は、シー・アイ・エーとかエヌ・エス・エーとかの暗殺リストに載らないか不安だ。
そんな不安を拭う様に見付けた二機のウィザード。一機は膝から下を失い手を着いて、一機は守る様に覆い被さって剣を地面に突き刺していた。
脚を失った機体は内側から爆発しているみたいだ。きっと魔力の調整を間違ってしまったのだろう。問題は前に回ったて見た、剣を突き刺していた方だ。盾を持っているはずの左腕は肩から失い、前面には無数の傷とコックピットの下の方には大きな穴が空いていた。
「降ります!」
近付くとコックピットハッチが微かに浮いている。もしかして無事に脱出したのか? それとも中で苦しんでいるのか? 最悪の場合は魔物に引きずり出されたとか……
ハッチは開いた。だが、魔導師の姿は無い。もう一度、ウィザードの周りを見回しても魔導師の姿は無い。シートは濡れているくらいで血の跡らしきものも無く、ウィザードは起動停止状態だ。
それなら逃げた可能性が高い。魔物がわざわざ停止ボタンを押す訳は無いし、コックピット周りも荒らされた形跡は無い。
魔導師が居ないなら、このウィザードは後回しだ。もう一機の両脚が破壊されて動けなくなっている方の魔導師が無事か見に行かないと。
脚以外の損傷は見当たらないウィザードは動力炉を動かしているのか、少しばかりの振動を感じた。機体を破棄する時や乗り捨てする時には動力炉を停止する規則になっている。中にまだいる!
ハッチの開閉ボタンを押してもピクリともせず、静かに震えるだけのウィザードに僕は解析の魔法をかけようと手を添えると、中からハッチを叩く音が。
出ようとして出れないのか? 脚が爆発するくらいの魔力の調整ミス。コックピットの中がどうなってるかなんて想像したくない。
さらにもう一度、中から叩く音が。蒸し焼きとかなんて冗談じゃ無い。これくらいの解析だと、かなりの時間が喰うが必要な所だけ解析すればいい。
ミリアムさんやジョシュアに手伝ってもらっても時間がかかるだけだ。僕の魔力で一気に解析して修理も同時にしてやる!
フルパワーの魔力を使っての解析は二秒で終わった。このウィザードのハッチは壊れていない。中からロックがかかって開かないだけだ。それなら修理の要領でロックを外して助け出す!
開いたウィザードのコックピット。中からは蒸せる様な熱気と漂う香り……
「ひぃっ……」
いつの間にか隣にいたリリヤちゃんは、言葉を失ったのか、言葉を発する事を躊躇ったのか、口に手を当て二人の魔導師を見ていた。
「いつの間に来たの? 見ない方がいいよ。リリヤちゃんには、まだ刺激が強すぎる」
おそらく一人は守ろうして大破した魔導師だろう、火系のウィザードに赤い服。もう一人は水系のウィザードに水色の服。決して混じり合う事の無い二色の魔導師は、系統を越えて混じり合っていた。
混じっていたんだよ! こんな時に! 別にコックピットの中で蒸してたんじゃない。蒸せるくらいの熱気を出して混じり合っていたんだ。
僕の魔力のせいなんだろうけど、目眩く魅惑の百合の世界を僕達は垣間見る事になった。 ……なってしまった!
「リリヤちゃん、ここは大丈夫だから戻ったほうが……」
僕が覚えているのはここまでだ。痛みも無く、叫び声も上げる事も無く……