第二話
第三戦闘配備。今の予定では整備詰所で待機だ。それなら、もう少しゆっくり出来そうだ。慌てなくても大丈夫そうだ。戦闘配備時間が長くなるなら、お菓子を持って行こうかな。
それに慌てるのは偉い人に任せよう。慌てろ! 特級錬金術師! 親方は戦闘指揮所で指示を出す立場なんだから!
「お前、戦闘指揮所な…… 指揮、取って来い」
僕に向かって言う酔っぱらい。指示もまともに出せなくなるほど、酔っているのか…… 今日の戦闘の後の整備班は残業が多くなりそうだよ。
「僕は三級で指揮所には上げれませんよ。あそこは二級からでしょ。早く上がって指揮を取って下さい!」
「それなら大丈夫だ。特級錬金術師の権限でミカエル・シンを準二級錬金術師に一時的に命ずる。期間はこの戦闘配備が終わるまで、以上」
「何をバカな事を言ってるんですか!? そんな勝手な事、船長が許しませんよ!」
「大丈夫だ。話は付けてある。それにあそこのシステムを全て把握してるのは、お前とあたいだけだ。作ったのはお前だろ。指揮して来い! 後は任せた……」
そこまで言ってセラフィーナさんが作った酔い醒まし特製ドリンクを飲み干し、机に倒れ込んだ。よほど苦かったのだろう。倒れながら身体がピクピクしている。
「起きて! 死なないで親方! 指揮を取ってから死ね!」
ヤバいですよ。特製ドリンクのせいで気を失ってるのか、酔っぱらって寝ているのか、身体を揺さぶっても起きやしない。本当にヤバいですよ。
「お前が指揮をするのか?」
「そ、そうなったみたいですね……」
「大丈夫なのか? 出来るのか?」
「一応、戦術システムを作ったのは僕ですからね。システムは把握してますし、運用に付いても親方と一緒に……」
熱い火系魔導師の冷たい眼差し。それもそうだろう。初めて指揮をするのが三級錬金術師なんだから。だけど、安心して下さい。今の城船に装備されている武装はミリオタの僕が錬金術を使って組み上げた物ですから。
「そんなの作ってるから、魔導師の部屋がまだできてねぇのか?」
当たりです。城船が壊滅した後、錬金術師達は復興の為に尽力した。ただし優先的に城船の武装や防御能力に人を回したものだから、居住区については後回しになった。
本当なら親方が率先して全体の指揮を取るものを僕に丸投げした。それならと、僕は持てる記憶を頼りに城船を改造し、今では戦艦級の城船さえも凌駕する武装を持っているんだ。
お陰で予算を遥かに越えたが、親方が面白がったからか裏から手を回して予算の確保は出来た。他に必要な魔力と人材は「お前が設計したんだから、お前がやれ」と却下され、僕は残業の日々が続いた。
予算を武装に回したお陰で居住区は遅々と進まず、魔導師の皆さんには迷惑を掛けてしまっているが、僕は今日のソフィアさんの裸体を見て「もう少し一緒に暮らすのもいいかな」って思った。
「居住区はこれから作りますよ。それより戦闘配備です。急ぎましょう」
「話は後でつけようぜ。あとで、ゆっくりとな……」
絶対に二人きりにならないようにしよう。火ダルマは嫌だ。いつでも消火してもらえる様にソフィアさんには隣に座ってもらいたいくらいだ。もちろん膝の上でも僕は構わない。
「ちょ、ちょっと待ってリリヤちゃんは一緒に戦闘指揮所に来て。土魔法が必要だから」
「何でだ!? リリヤだってウィザードに乗るんだぜ」
ウィザードは魔力を増幅する装甲服の様な物だ。服と言うより一人乗りのロボットに近い。それのお陰で通常より何倍の威力を発揮する魔力を放てる。
この城船に乗っている魔導師の大半はウィザードのパイロットでリリヤちゃんも出動しなくてはならないが、今は新しい防御システムで土魔法が必要なんだ。
「話は後で! フィリスはソフィアさんとナターシャを連れてウィザードの格納庫に向かって!」
僕はリリヤちゃんの手を取って直ぐに離し、右手が無事な事を確認して二人で戦闘指揮所に向かった。
「何で三級の貴方が来るのですか? グラセス錬金術師は?」
一級錬金術師、副頭ミリアム・ビーンさん。親方の次に偉く仕事も出来るが、仕事では親方より怖い。皆から慕われる少し痩せ気味の握力四百の女傑だ。錬金術師は魔力より握力が必要なのだろうか。
「親方より準二級を命じられ、作戦指揮所を任されました」
「なにっ!?」
直立不動、冷や汗が出る。思い出す、サボっていた錬金術師を鋼鉄のスパナで叱咤激励していた、あの夏の暑い日。
「そ、そう…… グラセスが言ったのならいいわ。しっかりやりなさい」
あれ? 何も無し? 一級錬金術師が三級の下に着くんだよ。もう少し一波乱あるかと思っていたのにアッサリなんだね。それなら仕事をしないと。親方の期待に応えて正式な二級に昇格だ。
「で、 ……状況の方なんですけど」
「現在、救援信号弾を確認。こちらも打ち返し現場に急行中」
「相手は誰です?」
「信号弾は救援のみ。山影に隠れて相手は不明。だから、第三戦闘配備です」
罠もある選択肢だね。この城船はたまに野盗に襲われたりもする。他の城船との戦闘もあるし、魔物も魔石を狙ってくる。人気者は辛いね。
「救援なんですかぁ~。救助じゃなくてぇ~。こんな所でぇ~」
「そうです。救援信号弾があがりました。なぜ、土魔法の貴方が……」
すっかりミリアムさんの美貌に見とれてリリヤちゃんの事を忘れていた。救援なら敵がいる可能性がある。そんな時には新しく作った防御システムとリリヤちゃんの土魔法が役に立つ。
「リリヤちゃんには城船の防御を任せようと思いまして。 ──リリヤちゃんはこれを見て下さい」
手を引こうとした手を思いとどめ、僕は戦闘指揮所の中央にある、この城船の模型がある所へ促した。
「この透明な半球は、中央に置いてある城船を中心に半径五百メートルの魔力の有り場所を示しています。リリヤちゃんには飛んでくる魔弾や砲弾を土魔法で防御してもらいたいんです」
「壁を作るんですよねぇ~。ウィザードに乗った時にみたいにぃ~」
城船には三種類のウィザードがいる。火系のレッドチーム、水系のブルーチーム、土系のイエローチーム。火系は攻撃、水系は補佐、土系は防御に別れ、リリヤちゃんの所属するイエローチームは大盾を持って敵城船から放たれる魔導砲の攻撃を防いだり、乗り込もうとする敵ウィザードや魔物から城船を守るのが役目だ。
「違うのはウィザードに乗らない事ですね。この半球内の城の前にサンドウォールの魔力を注いでみて下さい。実際に壁が出来ますから」
リリヤちゃんは全てを理解したかの様に半球に魔力を注ぎ、模型の城門前に立方体を浮き上がらせた。
「観測、城門前に何か見えるかな?」
「えっ、あ、はい…… 城門前にサンドウォールが有ります。大きい!」
「こんな感じで出来上がるから。ただ敵は五百メートル以内に入らないと感知が出来ないから。素早く壁を作りあげてね」
「わかりましたぁ~。面白そうですぅ~」
良し! これで防御は大丈夫だ。相手の魔弾も防いでくれるはずだ。リリヤちゃんなら大丈夫だろう。これが上手くいけば土系魔導師を増やして防御を上げる。
「信号弾!」
観測担当が叫ぶ。信号弾くらいで叫ばなくても聞こえるよ、この部屋は大きくないんだから。しかし、ここもだけど女性の割合が高い。全員が女性で男は僕だけ。
「信号弾二発! グラスグリーン! バッ……」」
「ど、どうした!? 最後はなんだ!?」
聞くまでも無く分かってる。分かっていても聞かないといけない辛さ……。 信号弾のグラスグリーンは王家を表し他家での使用は禁止だ。次は名前を表す。「バ」から始まる色で最悪を思い出す。
「バーミリオン!」
王家のバーミリオン。ジェラード・ジェイク・ハミルトン公爵様。半年前に僕達の城船を壊滅に追いやった張本人!
「やあ、シルバー・クリスタル号の諸君。また助けてもらえるかな。ちょっとした亀に追われてね」
モニター越しに見る、少年の様な屈託の無い笑顔は人の心を掴んで離さない。三十を過ぎてるわりに若く、日に焼けた肌に白い歯が光る。
僕も返す様に白い歯を見せ微笑み返すが、戦闘指揮所からは画像は送れないんだっけ。助けるかどうかは船長が決めるだろう。出来れば断って欲しい。コイツに関わったらロクな事が無い予感が脳裏を駆ける。
「もちろんです、公爵様。 ──各員、第一戦闘配備。戦闘指揮所、第一戦闘配備をして下さい」
涼やかな声が全艦放送で流れた。もちろん船長も女性だ。ケイリー・シアラー子爵、特級白系魔導師でこの船で一番偉い人。出来れば断るか見捨てて欲しかった。絶対に面倒な事になる。
「イエス・マム。各員、第一戦闘配備! レッドチーム全機発進!」
僕にとって初の実戦。そして新しいシステムがこれからの城船での戦いを変えるだろう。そして、これが最後にして欲しいものだ。




