第十六話
「ミリ…… ビーン副頭! バックパックの中の魔石が透明になってます!」
睨むなよ。こんな時に「ミリアム」、なんて言える訳が無い。公然の場でミリアムと呼んでいるのはラウラ親方くらいだ。 ……で、その親方は何処に?
「各整備員! 四班は帰投したウィザードを誘導、五班、六班はレッド・チームのを、七、八班はブルー・チームの魔石を! 急げ!」
ラウラ親方と三班まではタートルの魔石の破壊に行ったんだっけ。指示を出すのはミリアムさん。さっき、断ったから少ない数でブルー・チームに割り当てられたのか!? そんな事より仕事をしないと!
「七班! パワーアーム装着して魔石の保管庫に! 急ぐよ!」
「「班長、バックパックはウィザードか三型でないと持ち上がりません」」
いつの時も気が合う双子だ。もしかしたらお互いの考えも分かる超能力者とかか? それなら物を持ち上げる力があったら便利なんだけどね。僕には超能力が無いけれど魔力てんこ盛りが有る。
「大丈夫だ。裏技があるんだ! 覚えて…… おかなくていいから持ってきて!」
魔力に余裕がある錬金術師なら誰でも出来る裏技。これを使うとパワーアームのリミッターが外れるから後で直すのが大変なんだけどね。
今は急を要する事態だ。一班から三班まではタートルの危ない魔石を壊しに行ってるし、動ける整備員の数は少ない。少しぐらい無理して壊しても許されるだろ。
双子がパワーアームを取りに行っている間に、八班の班長と打合せをして分業体制に入る。八班が細かい誘導とバックパックの取り付けをするから、七班は倉庫からバックパックの移動を任された。
持って来たパワーアームは通常の一型。双子は既に装着済みで、僕は二人の後ろに回って魔力を練り流して始めた。
僕の魔力は女性限定で変な気を起こさせてしまうが、それは身体や身体に近い動力炉に流して起こる事だ。魔石に流せば中和されるのか、普通通りに魔力を発揮してくれる。
僕は魔石に魔石を流してパワーアームのリミッターを解除した。これで力なら三型と同程度か上回る力を出してくれる。
「僕達の役目は八班にバックパックを渡す事だ。時間は少ないけど、力は有り余るはずだ。よし! 仕事にかかろう!」
「「……」」
あれ? 何か変な事を言ったかな? 早く始めないとウィザードチームから罵詈雑言が飛んで来るよ。特にフィリス辺りから飛んで来そうな気がする。
「どうしたの? 今のパワーアームならバックパックも持てるくらいだよ」
二人とも、僕と目を合わせようともしないで見つめ合っちゃっている。僕が入る隙間も無いくらいだが、魔力を無くしたウィザードが帰投中だ。にらめっこしている暇は無い!
「サラ、も……」
「ローラ、も……」
珍しく同じ事を言わずに名前を言い合った。以心伝心も言葉にする事で強まるのだろうか。……何が強まった?
「急げ! ウィザードが待ってるぞ!」
憎まれようが、割って入る僕にやっと気が付いた二人の世界。邪魔者は僕ですか? 一応、上司の班長さんなんですよ。命令には従ってくれないと困ります。
恨みがましく見上げる瞳に写るものは「怨」より「恋」。終わったら三人で、と言いたいのを我慢して、そんな馬鹿なと言いたいくらいだ。
同じ無属性で変換も無く、それより直接注入した訳でも無い。無属性の魔石に魔力を流したくらいで、こんな事になってしまうなら、今後は僕の魔力を他人に渡すのは止めないと。
恋の瞳に見送られながら僕は魔石のある倉庫に向かった。下手に声を掛けるより、すべき事をしてれば見習って動いてくれるだろう。態度で示す。どうか働いてくれ。
片手に一個づつのバックパックをフルパワーで持ち上げ、倉庫から出ても見つめられている僕に声援の一つでもあればライブを始めたくなるが、僕が出す声は違った。
「サラ! ローラ! レッドチームが待っている! 働け!」
さすがに、これ以上の遅延はレッドチームのみならず八班にも悪い。僕の言葉がやっとの事で心に通ったのか動き出す双子。何回か往復すれば十八個くらいなら、すぐに終わる。
魔石の補給はバックパックごと入れ換えて、時間は掛かったが終った。補給が終ったウィザードから出撃するかと思いきや、出撃する三十六機が一機足りとも出撃せずに魔導師が集まっていた。
新しい作戦のブリーフィングか? フィリスは魔力の入った魔石を入れたのかと、聞いて来たけどあれはただの売り言葉だろう。本当に魔力の無い魔石を三十六機に入れるはずもない。
「ビーン…… ミリアムさん、再出撃はしないんですか?」
ビーンで睨まれ「怨」 ミリアムと言い直して「恋」 普通の目で見てくれていいんだよ。僕は一介の部下なんだから。普通でいこうよ、普通で……
「ミカエル、ウィザードから魔力が抜けた話は聞いてますね。本来なら無い事が起こってますが、このまま再出撃しても同じ事が起こるかもしれません」
「原因は不明と……」
「そうです。また魔石から魔力が抜け出し、補給に戻るかもしれませんが、ここまで戻るには距離が有り過ぎます」
ハミルトン公爵が見付けた魔石の塊まで、約十キロ。戻るには大変だけど何があるか分からない所に城船を進めて危険を犯す訳にはいかない。何より僕達は非戦闘員だ。危ない所には行きたくない。
「なので魔石の塊の三キロ手前に補給所を作ります。ミカエルも来てくれますね」
「はい、もちろん!」
て、勢いで言ってしまったけど、三キロ手前なんて戦闘地域になるんじゃないか!? 飛べる魔物に三キロなんて、あっと言う間だよ。
「ミリアムさんも行くんですか……」
「当然、行きます。五班から七班までを補給所に、八班は物資を運んでもらいます」
「三級から下は物資の搬送に回したらどうですか? 補給所で何かあったら足手まといですよ」
「そうすると、行ける錬金術師は半分にも満たないですから…… まさか……」
そう、その「まさか」だ。七班の双子は五級錬金術師。今の状態も踏まえてトラブルが有った場合に対応が出来ない。魔物を相手には僕も逃げるしか無いけれど、三級以上なら死線を何回か潜り抜けている。
「まさか…… あの双子と関係が……」
恋の瞳から怨へ、そして嫉妬へ…… 映画の副題にありそうだけど、そっちの「まさか」では無いのだよ、ワトソン君。
全く無いとは言えないサラとローラの双子は誰が見ても可愛い娘に入る。だからと言って公私混同は少ししか考えて無い。
「純粋に使える線引きをしただけです。作業用ウィザードを持ち出せば常時三機の補給は可能なはずです」
値踏みをされる様に睨まれ、僕は目を合わす事も出来ずに直立不動で前だけを見ている。別に「ノー」でもいいんだよ。気に入らなければ「ノー」でいい。もう、「ノー」にして……
「分かりました。三級以下は搬送に当てましょう。その分、ミカエルには働いてもらいますからね!」
何とか憎悪の瞳に耐えきった結果、半分は補給所での作業、三級以下はイエローチームの護衛付きで城船から補給所までの搬送となった。
「キャリアを出して来ます」
キャリアは魔石を城船まで運ぶのに使われるトラックみたいな乗り物だ。これも城船の様なムカデみたいな脚があって車輪は使われていない。不整地では車輪よりムカデ脚の方が走破性がいいのだろうが、時間があったら戦車みたいなキャタピラを提案してみよう。
「お前も行くんだよな……」
不安そうに声を掛けて来たジョシュアに僕は満面の笑みを浮かべて答えた。
「僕は行かないよ。居残り組に入ったよ。あんな危ない所になんて行く訳が無いだろ」
「ズルッ! 同じ三級だろ! 何でお前だけ……」
「ウソっ! ごめん、冗談だよ。これからキャリアを取りに行くよ」
「おまえなぁ…… よく、こんな時に冗談が言えるな!?」
「こんな時にも冗談が言える男に、僕はなりたい」
「 死ぬぞ。きっと、死ぬ」
「いい男は死なないの! 僕は孫に早く死んでくれと言われるまで生きるの!」
「長生きして、今回の負けを払ってから死んでくれ」
「ジョシュもな……」
ポーカーで負けてたのを忘れてた。それより今までのジョシュアの負けの方が貯まっていると思うんだけどね。負けを回収するまで死ねないよ。
僕達は作業用ウィザードと三台のキャリアのうち一台に錬金術師を乗せ、他の二台にはバックパックを満載して城船を離れた。
移動にはイエローチームの六機がついて、三機は補給所の護衛に三機は輸送の護衛に別れて守ってくれるそうだ。リリヤちゃんのウィザードは補給所に回ってくれたから安心だ。なにせ天才に入るくらいの魔導師だから。
これで魔石の補給も何とかなるし、ハミルトン公爵が見付けた魔石の塊まで魔物を蹴散らして届くだろう。戦うのは魔導師の仕事、僕達は整備が仕事。時間があったらポーカーの負けを取り戻そう。