第十三話
十三日の金曜日、はたまた夢の中で暴れる鉤爪の持ち主か、今の僕の姿はそんな風に写ったのだろう。ミリアムさんの悲鳴は僕の鼓膜を傷付けるのに十分な威力を発揮した。
「ふ、副頭。僕です、三級錬金術師のミカエル・シンです!」
僕も何度も大声で自己紹介をするも、直立不動のまま悲鳴をあげ、最後には本当に怖がって悲鳴を上げているのか疑問に思えるほどだった。
悲鳴を上げ疲れたのか、口をパクパクとさせながらも声が出せなくなり、僕はようやく近付いて「貴女のミカエル参上です」との冗談も立ったまま気絶したのか届いてもいなさそうだった。
僕はミリアムさんの肩を揺らし正気を取り戻そうとしたが、順番を間違えたらしく直ぐさま悲鳴を上げ僕の鼓膜どころか脳さえも揺さぶり気を失った。
今度こそ、顔を水筒の水で洗い出来るだけ血を落としてから肩を揺らした。今度は正解だったらしい。悲鳴も上げる事も無く話始めた。
「シン錬金術師! 今、ここに化け物が居ませんでしたか!?」
「いえ、居ませんでしたよ。それよりビーン副頭が何故ここに?」
「わ、私は船首でジャイアント・タートルを見ていたら、ここで何か動いたのが見えたから…… 本当に化け物ではないのですね」
こんなカッコいいシンちゃんを捕まえて化け物だなんて、きっと視力が弱いに違いない。きっとジョシュアを見付けたのだろう。
さて、ここからが問題だ。勝手に下船し、勝手に魔石を掘り起こしていた理由を何て話せばいい? 正直に話せば減俸くらいで済むだろう。ただ、僕の懐具合で減俸は不味い。何かいい言い訳がないかと、頭の中がフル動員して探し出す。
「それより、シン錬金術師は何故ここにいるのですか? そんなに血まみれになってて大丈夫なの?」
僕のターンだ。見付け出した一筋の光に少しの嘘と正直な本当を織り混ぜて話し出す。
「血の方はタートルの血で大丈夫です。それより副頭には見てもらいたい物があるんです!」
僕は明かりを点けて魔石のある横穴に入った。後からやってくるミリアムを襲って何て事は握力四百を相手になんて出来っこない。僕は素直にビーン副頭にタートルの魔石を見てもらった。
「こ、これはジャイアント・タートルの魔力ね。とても大きいみたい……」
少しばかり、うっとりとした目で見ているのは魔力を持つものなら仕方がない事だ。ミリアムさんの目には途方もない魔力の塊に見えるのか、お金に代えた時の黄金風呂に入る自分が見えるのか…… その時には、ご一緒したい。
「色に注目して下さい。この魔石、ダークブラウンに見えますよね。魔石の精度としては一番下のランクの色に」
「そう言えば……」
魔石にはランクがある。土系の場合だと、一番上がレモンイエロー、次が普通のイエロー。段々と下がって一番下のランクがダークブラウンだ。このタートルの魔力の色がダークブラウンであるのは可笑しい。
「鉱山で取れる魔石にもダークブラウンはあります。ただ、魔石は時を経つにつれ精度が増して最終的には上等なレモンイエローに変わると言われてますよね」
「そうね。このジャイアント・タートルの色はダークブラウン……」
「はい。僕達は魔獣から魔石を取る事はありません。もちろん時と場合によりますけど、魔獣から魔石を採取するのは効率が悪い。その魔獣が精度の高い魔石を持ってるかなんて分かりませんからね」
「魔獣も歳を取るにつれ、魔石の精度が上がって色が変わるわ。このジャイアント・タートルは生まれたばかりって事なの……」
「この大きさになるまで、数十年は経っていると思うし、もしかしたら数百年じゃないですか。それだったら魔石の精度は上がってるはずですよね」
「辻褄が合わない。貴方はそれを調べに来たの?」
「このジャイアント・タートルの大きさは異常です。何か秘密があるんじゃないかと思ったんです」
「確かにそうね。こんな大きなタートルなんて聞いた事が無い」
「明日は…… と、言っても今日になりますが、このタートルが居た魔石の塊には魔物が居るって話じゃないですか。もしかしたら、公爵様は何か秘密を知っていて話していないのかも」
「そんな馬鹿な。公爵様はあれを魔導都市まで運べと言っておられるのよ。危険があるのなら、他の城船も呼ぶはずじゃない」
「公爵様も知らないのかもしれませんね。ただ、この異常な成長は事実です」
腕を組んで考え始めるミリアムさん。何を考えているんだろう。朝御飯の事では無いのは確かだ。僕は下船して魔石を取ろうとした事は帳消しになりそうでホッとしている。
僕は次に出る言葉を待っている。僕から言っても良いけれど、出しゃばらずに上司の答えを待つのも平錬金術師の勤めだ。
「魔石の解析は…… 解析はしたのですか?」
魔石の解析をすれば、その精度やどれくらい古い物かは大体わかる。それが分かればタートルと魔石の関係性が見えてくる。
「いえ、僕は魔石の解析は出来ないもので…… 魔石を見付けたら二級以上の人にお願いしようかと」
「そうね、貴方はまだ三級でしたね。魔石の解析は二級の試験の時に出るから勉強をしておきなさい」
「はい! で、どうしましょう。これ……」
僕は巨大な魔石を指差して言った。本当なら指を指すより、拳を握り締めてガッツポーズを取りたいくらいだ。これで僕達が魔石を取る事も無断で下船した事も許されるのだから。
「私がやりましょう。不確定な事で皆に心配わさせる事はないわ」
さすが一級錬金術師! よっ! ラウラ親方の右腕! カッコいい。今度、一緒に食事でもどうですか? ピザの美味しい店があるんですよ。
「お願いします。これで今日の出撃の不安要素が少なくなればいいんですけど」
「そうね。えっと、ううん…… シン錬金術師、魔力はまだありますか?」
僕の魔力は底無しですから、いつでも全力が出せるんです。疲れるからやらないけど……
「はい、余裕です。 ……魔力の補充ですか」
「え、えぇ…… 最近、魔力を使う事が多くて…… そ、それにこれだけ大きな魔石の解析は魔力を使うんです! 手伝ってもらえますね!」
なんで怒るの? 声を荒げているのは何故? 普通に「魔力頂戴」「オッケー」で済む事だと思うのに…… 三級の力を借りるのが嫌なのかな? 借りは身体で返してもらおう。ガッハッハッハ……
あれ? ヤバくないか? 僕が魔力を補充した人は普通とは違う魔力酔いをしてしまう。まさか、それを気にしているのか? でも、魔力の補充で「イク」ような人は属性のある魔導師だと思うんだけど……
僕やミリアム副頭は無属性の錬金術師。同じ無属性なら魔力酔いなんて無いはずなんだけど、属性持ちなのかな?
ラウラ親方は雷系の属性を持ってるって言ってたけど、僕の魔力で酔いはしなかった。あの時は魔石に魔力を流したから酔わなかったのか?
とうしよう。疑問だけが頭の中を飛び回り、ミリアム副頭は魔力を補充するべく、僕に胸を向けている。
魔力の補充は心臓に向けて行うのが効率がいいと言われているから胸を向けるのは分かるけど、別に背中から補充してもいいんだ。
それに触れる必要は無いのだけれど、揉んでと言わんばかりに突き出し胸に、僕は答えなければ男じゃないと、心の中で思うだけで触らずに魔力を注ぎ込んだ。
「あっ…… あぁぁっ…! ぁぁ…」
やっぱりな! なると思ったけど、やっぱりな! どういう設定になってるんだよ。初期設定が間違っているのか? 無属性同士なら魔力酔いは無いはずなのに。
「あ、あの……」
「気にしないで続けなさい……」
続けていいなら、続けるけどさ。少し顔が赤らんでませんか? 大丈夫ですか? 揉んでもいいですか? ダメですよね…… 続けます。
僕はさらに魔力を流した。これだけ大きな魔石の解析には多量の魔力が必要なのだから。流しながらミリアムさんの身体はピクンッピクンッと痙攣するように震えた。
声は出していない。さすが副頭なのか我慢強いのか、僕が流す魔力が少ないのか、モゾモゾと耐える姿が色っぽい。今なら手を出しても「いけるんじゃね!?」と思われたが、チキンな僕はそのまま魔力を流していた。
このまま何も無く終わってくれと、少し足らずの希望はミリアムさんが、のめり込む様に倒れた事で終わった。まさか倒れて来る人を避ける訳にもいかず、僕は両手で押さえてしまった。押さえてはいけない二つの……
「あぁぁぁ…っっ…ぁ…!」
二つの押さえた手から逃げる為か、前に倒れたと思ったら今度は避けるように後ろに仰け反る。僕もすかさず手を離したが、倒れたら大変だ。一、二歩進んで、今度は無害と思われる腰に手を回した。
倒れなくて良かった。と、思う間も無く僕に抱き付くミリアムさん。これでいいのか!? ここは押し倒す場面か? タートルに空いた巨大な空洞の中で抱き合う二人。雰囲気は暗くていいかも知れないが、臭いが少し……
少しばかりの間、二人は無言で抱き合い「もう大丈夫……」の言葉の後で離れた。名残惜しい気持ちは充分にあったけれど、僕達の関係とはそんなものさ……
ミリアムはタートルの魔石の前に立った。少し離れているのは血の溜まりがあるからだろう。手を伸ばしても魔石に触れる事は出来ない。何か異常な魔石に触れる事も無い。
「少し押さえて欲しい……」
魔石の方へ手を伸ばして解析をするのか、前のめりになるのを僕はミリアムの腰に手を回して再び押さえる。
この姿は…… 良い子が見たら、くっついているだけにしか見えないだろう。良い子を卒業した人なら、後ろから如何わしい行為をしている様にも見える。
「ふ、副頭……」
「しっかり押さえて」
通常より巨大なジャイアント・タートルの生態を調べるべく、僕とミリアムさんは魔石の解析をしている。端から見れば、女を壁に手を付かせ、後ろから腰を振っている男に見えただろう。
しかし、僕は腰など振ってはいないし、切れたパワーアームに魔力を注入して忙しい。少しばかり、手から腰へとミリアムさんに魔力は流れているが、それは許容範囲内と思いたい。
「あぁぁは…… ぁぁあっんん!」
僕は何もしていない。ミリアムさんが倒れない様に押さえているくらいだ。むしろ、ミリアムさんの方から腰を打ち付け、僕は色々な意味で腰が痛い。
魔石の解析をしているのか、お子様な不純異性行為をしてるのか訳が分からなくなって来た時に、ミリアムさんから普通では無い声で我に返った。
「ヒッィ!」
今の声は変だ。どちらかと言えば快楽より恐怖。僕の魔力に人を怖がらせる物なんて流れているのか? 腰に当てた手に小刻みな震えを感じる。全身を震わせる様な「悦」を感じたとか?
「副頭?」
「今のは…… シン錬金術師! 魔力をもう少し!」
今のは何だったんだ? 何か見ようとして見えないスカートの中身か? それは見てはいけないよ。見えそうで見えないのがいいんだ。でも解析はしてくれ。恐怖の声を出すようなヤバい魔石なら、出撃に影響するかもしれない。
ミリアムさんは解析を続けた。解析をしながらも快楽の喘ぎと、恐怖に震える声、現実の世界と、行ったり来たりの通勤時間の山手線並みに忙しく、最後には恐怖の雄叫びがタートル内に響いた。
雄叫びと共に身体を反らすものだから、僕達の下半身は履いて無かったら深く深く突き刺さっただろう。残念ながら履く物は履いていたので、突き刺さったのはミリアムさんの後頭部が僕の鼻に。
あまりの痛みに僕も尻餅を突くほどだった。ミリアムさんの心配をするより止まらない鼻血が吸血鬼が喜びそうなくらい流れた。
「ビーンふくひょ…… はいひょうふへすか?」
訳、ビーン副頭。大丈夫ですか? たぶん通じていない。僕の下半身に乗りピクリともしない姿は、どんな表情をしてるかも分からない。




