第8章
そもそも、これだけの部屋を作った彼が、簡単に私を逃すと思ってなかった。
家の中に鍵のないシャッター、私の動きを制御する首輪やセンサー、内側からかけられているカードキー。普通の家じゃない事くらい誰でも分かる。
ここはきっと高級マンションだ、そのマンションをここまで、しかも秘密裏に工作するなんて一体どれくらいかかるんだろうか。
そんな、彼が、私から仕事だけを奪ったとは思ってない。
「私の住んでた部屋も解約したんじゃないの?」
「……はい」
「つまり私は逃げだせたとしても、一文無しで、家も、服も無く、恐らく協力者である私の両親の元へ行くとここに戻される訳だね?」
「…………はい」
「で?」
「……」
「私が結婚を選ぶ以外、できると思ってる?」
「………………」
「まぁ、だから結婚する訳じゃもちろん無いけどさ」
当時の彼の悩みは、学校でのいじめと、両親の無関心だった。
学校のボスに目をつけられて無視されていること。
両親が自分に関心が無いことを相談されて、私は自分の事のように怒ってしまった。
学校は高校と言っていたが、個人的に話すようになってからは中学生だと言うことを教えてくれた時は少し嬉しかったのを覚えている。よりプライベートな話しをするようになってからは、私は心配で自分のバイト先を伝えて、いつでも会いにくるように、とは確かに伝えていた。
「約束した日に来なかったのはアキだよね」
「そうです……」
「それなのに、あの後何回も来てたの?」
「……はい、毎週通ってました」
「毎週……は、知らなかったわ」
父親はこのゲームの社長だから自分は試験者として色々なアイテムを与えてきて、感想を求められて辛いから、私にも色々と聞かれた事も思い出していた。
「確か、アキのお父さんのゲーム会社最近、学生のいる親向けのオンラインゲーム開発してたよね」
「…………」
「個々人で打てる文字の制限ができたり、どんな動きをしていたか動向を確認できたり、だっけ?」
「…………」
「私はまた、実験材料かな?」
「いえ、あの……」
「お父さんとの関わりがそこしかないからって。あんなに協力してあげてたのに……酷いと思うなぁ」
そして、私は昔、『薫』さんという男性教員に密かに好きだったことがある。
しかし、同じ名前だからと同級生にからかわれ、その本人からもからかわれ、男なのかと散々いじられたのだ。だから密かに、自分の名前は薫がいいと思った青春があるのだ。
それから架空の私はかおりと名乗っていて、それについてアキに話した記憶があった。つまり彼は、確実にそれを知ってた訳だ。
「私が嫌がってるタイミングで『かおる』って呼んできて、楽しかった?」
「い、いいえ」
「ほんとうに?」
「……ほ、ほんと!」
彼のことを壁際まで追い詰め、逃げられないようにより近づく。ベッドの上で彼は、首輪のついた犬のようだ。
いわゆる、壁ドンという体制で彼の顔を覗き込むと勢いよく肩を掴まれて引き離された。
「僕の、負けですから、お願いだから離れてください、近いです」
「そっちからは近づいてきたりしたのに、私からは嫌なの?」
「全然嫌じゃないですけど……ほんと勘弁してよ、かおりさん……」
そう言えば恋愛とか、距離感とか、全然だめな人だった。とぶつぶつ漏らしながら、彼はいそいそとベッドから降りようとする。
私は黙ってそれを見送ると、言いたいことは全部言えただろうかとまだ少し熱のある朦朧とした頭の中を洗った。
「結婚してくれるって言ったのはかおりさんですからね!絶対、撤回しちゃだめですから!」
「まぁ、うん」
もとより、結婚には興味がなかったのだから
話していて楽しい相手が良いと思うのは普通だと思う。
もちろん、知っている相手がいいと思うことも。
それに、今の社会でこんな年齢の女の結婚相手の事を好きな男子が若くてイケメンなんて、最高の条件だと思う。
あんな、オンラインゲームでの出会いだけでここまで私自身を好きになってくれるなんてとても不思議だけれど
それでもまぁ、きっと、彼の人生で役に立つのならば私も良い人生を送れるのではないかと思ったのは間違っていない。
一応言い訳にもならない事を言っておけば。
流されて結婚しましたなんて、絶対に彼に思われたくなかっただけなのだ。
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