第5情
急に現れるヤンデレと、
ふいに目が醒めると、部屋は真っ暗で恐らく今は夜なのだろうと考えた。
部屋に時計はない。
ただ、彼なりの配慮なのか、一定の時間になると電気が付く仕様となっている。
ゲームを開けば正確な時間が出るのだろうが、今は寝ようと目を閉じた時だった。
外からガタンという音が聞こえてきた。
「…………」
彼以外はありえないが、夜に目が覚めた時にその音は気になる。
外を覗くだけと心に念じながらゆっくりと扉を開くと、高森が廊下に倒れていた。
「え、高森くん?」
近づくと、彼の顔が真っ赤になっている。触ると異様に高い体温、確実に熱を出していた。
「おーい、聞こえる?」
「…………」
荒い呼吸が聞こえてくるだけでなんの反応もない。意識はなさそうだ。
できたら病院に連れて行ってあげたいのだが、いかんせん私はここから出ることができない。
仕方ないと思い、自分の部屋に担いでもどり、ベットに寝かせた。
自分の部屋と行っても、高級マンションのリビングみたいな場所なのでソファもある位広い。
とりあえず水を汲みに行こうと立ち上がってキッチンに向かった。
私が使える棚は、プラスチックのコップと平らなお皿のみで、他の棚には鍵がついている。
どんな対策だよと思いながらコップに水を入れた。
「薬の場所も分からないんだった……」
薬を飲んでもらおうと汲んだ水だったが、活躍はできないようだ。起きた時にでも飲ませようとそのまま運んで適当なテーブルに置いた。
部屋の中で、彼の苦しそうな呼吸の音だけが聞こえる。
今日は遅くなるからと、料理は作り置きされていたので、彼と顔を合わせたのは朝のほんの僅かな時間だった。
その時から体調は悪かったのかもしれない。
「………………」
彼の顔は苦しそうに歪み、喉が苦しいのか手をもぞもぞと動かしている。
綺麗なタオルを濡らし、彼のおでこに乗せてあげると、ほんの少しだけ落ち着いたようだった。
「……たかもりあきら」
その名前には覚えがない。
過去に関わった人物で高森という苗字も瑛という名前も、全く覚えていなかった。
だからこそ。
彼が、私の為にこんなに頑張る必要性が見出せない。
なぜ、ここまで私にこだわるのだろう。
タオルを触ると既に熱く、取って再び濡らしに立ち上がった瞬間。
「__おっと」
急に力強い力で腕を掴まれてついベットに腰を落とすと、後ろから彼が抱きついてきていた。
「どこに、いくんですか……」
「……タオル濡らしにいくんだけど」
「いやだ、離れないで……どこにもいっちゃ…………」
「………?」
急に言葉が止まり彼を見ると、先程より辛そうに顔を歪めて目をつぶっていた。
熱で意識も朦朧としているのだろう、彼の腕をゆっくりと外してベッドへと寝かせてあげる。
タオルを濡らしながら思い出したのは、自分が高校の時に出会った女の子の事だ。
彼女の両親は帰りが遅く、夜にお金を生で持って歩いていた所を私が発見した。このままでは危ない人間に連れていかれそうだと思った私が、夕食の時間だけでも共に過ごしてあげようと、卒業までの間相手をしてあげた子だった。
大学が別の県だった為、別れる事を伝えた時、先程の様に抱きつかれて『どこにもいかないで』と言われた記憶がある。
「………………」
思い出しても意味がない。
ただ、彼女と彼が重なって見えただけだ。
もうきっと二度と会えない。夏に実家に帰った時には既に、彼女は公園に姿を現すことは無かった。
この年齢だからこそ分かる。
きっと彼女の両親は、両親同士だけ、相性が良かったんだろう。
理由がない限り子供を作らなければならない今の社会で、子供に関心がない親も多いと聞く。
おそらく彼女は、その家族だったのだと思う。なせなら、夕食を共にしたあの毎日に、結局一度も彼女を連れ戻すことは無かったのだから。
ベットに戻ると、彼が立ち上がってこちらを見てきていた。
虚ろな目に涙を溜め、フラフラとこちらに近づいてくる。
「ちょっと」
「……かおるさん」
「危ない、病院に行こう」
「……嫌です」
「だめだよ、そんな体調で大丈夫なはずがない。タクシー呼ぶから電話を」
「……そうやって、消えてしまうつもりですか」
「……は?」
「そうやってまた!僕の前から!」
「ちょっと、高森くん!」
バシャと音を立てて机に置いていたコップが倒れた。
机に倒れこんだ彼は手をついて頑張って起き上がろうとしているようだ。
私は彼の肩に手をかけようと近づくと、急に起き上がった彼に手首を掴まれてぐいと、ベットに押し倒された。
「い、痛」
「かおりさん…愛しているんです……貴方だけが……僕に……だから」
「…………高森、はなし…!」
明らかに衰弱した人間からどうやってこんな力が出るのか知らないが、ギリギリと腕を掴まれて全く身動きが取れそうになかった。
こんなに辛そうに見られても、私にはなにも出来ないし、果たせない。今の私は、病院に連れて行くことも、薬を飲ませてあげることもままならないほど無力な人間である。
何も出来ない人間に、一体何を求めているというのだ。
「ずっと僕の側にいてください……」
そうして、涙が私の頬に落ちる頃、彼は再び意識を失ったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
23日までに完結予定なので少し急ぎ足。