第1章
ここから本編です
現代社会において『運命の相手』とは特段一般的な名前である。それは、2083年に決定された、『素晴らしい老後』というくだらない法案のせいであることは間違いないはずだ。
私はもうすぐその適合者として、法による縛られた生活を強いられるはず、であった。
「ここは………」
「ここは、先生と僕の隠れ家ですよ。愛しています、先生」
目を開けると知らない部屋にいた。
手首には手錠がかけられ、首に付けられた何かからは微かに電子音がしてくる。
ベットに座る私の目の前には綺麗な顔の男の子が座ってた。
名前は高森瑛という。私が講師として働いている塾の生徒の1人だ。
どうやらこの状況は彼によって作られたものらしい。
「先生、お腹空きませんか」
「………………」
至って普通に話しかけてくるその姿には悪いことをしているという感覚は微塵も感じられない。寧ろ、本当にお腹が空いていないのかを心配そうに顔を向けて来ているように感じ、気味が悪かった。
彼の言葉は一旦無視し、現状況の判断に勤しむことにする。
カーテンが締め切られたこの部屋は、今が昼なのか夜なのか全く読み取ることが出来なかった。気を失ってからどれ位の時間が経過したのかすら把握は難しそうだ。
ギリギリ思い出せるのは、仕事が終わり、教室から出た直後に後ろから話しかけられた事。
そして、話しかけてきた人物こそこの目の前にいる高森だった事位だ。
「あの時か…」
「大丈夫ですよ先生。僕が運命の相手としてとても大切にしますから」
「大丈夫って……」
とりあえず、この目の前にいる人物を説得しない限り逃げる事は難しそうだ。
その為に何故彼が私を拉致して監禁しているのかを確かめなければいけないと思った。
「ふふ、前も素敵でしたが、今のその姿もやはり
素敵です」
「……………………」
驚くことに彼は、今まで見たことがないほどの笑顔で私を見てきている。
この捕まっている姿のどこを見て素敵なのか問い詰めたいところだ。
しかし、こんな感情を自分の向けてきた人物が今まで居なかっただけに頭での処理が追いつかなかった。そう言えば先程愛しているなど言われた気がする。
愛している……。
どこからそんな言葉が出てきたのか。
そもそも私が教えている「浪人生の為の授業」の生徒になってから僅か数ヶ月しか経っていないこの状況で、よくそんな言葉を言ってくるものだ。
私は必死に説得する言葉を考えた。
私に対して被害を加えるつもりではなさそうだけれど、この状況は非常にまずい。
そもそも未成年とこうして2人きりの部屋にいるというのも問題である。何故なら今彼に押し倒されたとしても自分が加害者になる可能性だって十分にあり得るのだから。
「た、高森くん」
「何ですか先生」
捕まるかもしれないという恐怖に一瞬声が震えた。
まだ大丈夫、まだ彼は私に何もしていない。
そう、この首についた電子音のする首輪と手錠くらい……。
「確認だけど、私はここから出られるのかな?」
「もちろん、僕と結婚が出来るまでの間だけ、ですから」
「………は…………まさかキミ、私と結婚するつもりなの?」
「あははっ……正解です、先生。流石僕の運命の人」
「な……」
彼はきっと数十年前に成立した法案のせいで私をここに閉じ込めたのだろう。
そうそれは、30歳になると強制的に結婚する義務が生じる法案だ。
とりあえず私は今、もうすぐその「義務」が生じる年齢で、まだ結婚しても良い年齢に達していない彼との結婚は普通であれば不可能ということになっている。
この国で結婚可能となる年齢は男女共に19歳。
浪人生の彼はもうすぐ19歳ではあるらしいが、すぐに私と結婚という事難しいだろう。
なるほど。
彼は私と結婚できるまでここに監禁するつもりらしい。そうなると私は、強制的に法を犯させられそうな訳なのか。
冷や汗が止まらない。
なんせこの法を破った場合の罰金額は犯した人間の年間給料プラス貯金額全部だ。要は個人では確実に払えない仕組みにされている訳であり、その期限が過ぎてしまったら、逃げたとしても人生が終わる。
「………………」
目の前でニコニコと笑う高森。
ああ……刺して殺してから逃げ出したい。
殺意というのはこういう事なのかもしれない。
そもそも、この目の前にいる男はバレンタインのチョコを両手に抱える程貰っているイケメンな男だと把握している。彼は顔だけでなく人に対する気遣いや言動がイケメンだと有名なほどなのだ。
普通そんな男が私を選ぶものか。
引く手数多なのにわざわざ歳が10以上上の女を選ぶことなんてありえる訳がない。
いや、待て。
そういえば、彼は浪人した理由が謎めいていたと一時有名になっていた。
彼が受験に失敗したと聞いた時は驚いたし、何故なのか疑問に思った。教師たちの間で絶対に問題のない生徒代表として聞いていたほど頭が良かったはずで、さらには私立の某有名大学には受かっていたと聞いている。
そして、彼の言った理由は『ある人のために』これ以上は語ることはなかったらしい。
ずっと疑問には思っていたがまさか……。
そこまで考えて彼の顔を見ると先ほどと変わらない位置からじっと私の顔を見ていた。
私を凝視したまま動いていないようだ。
若干の寒気を感じ、体をぶるっと震わせると、思わず思っていたことを口に出していた。
「……ねぇ高森くん、浪人したのは私の為、じゃないよね?」
「……………………」
「…………」
「バレちゃいました?」
驚いたような顔をすると彼は、小首を傾げながらニコリと目を細めて笑った。
先ほどから感じる恐怖が一気に体を回る。
おそらく私の脳は限界だったのだろう、その笑顔を見た瞬間、プツリと意識が途絶えてしまった。
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