父親の話
ちょっとだけ、裏側を
私たち夫婦にとって、義務で産んだ子供という認識にしていた。
30歳になった月、2ヶ月前に30歳になった彼女と初めての面会。
『どうも』
『……どうも』
シルバー縁のメガネをかけ髪を1つに詰めた彼女は、整った顔に笑顔を乗せるでもなく、ただ淡々と挨拶をしてきた。
『結婚は紙だけで構わないかしら、式を行う必要性を感じなくて』
「構わないよ、僕自身も必要ないと思うし」
『あら、意見が合うなんて嬉しいわ。貴方と結婚できる事を楽しみにしてる』
そう言って婚姻届だけ書き終えると、すぐに席を立って出て行った。
そんな雰囲気だからか、彼女は2回、結婚を断られたらしい。政府から配られる相性診断の必要性まで疑いたくなるところではあるが、もう一生使わないその用紙はすでに自分とは関係無いものとして処理していた。
『素晴らしい老後』ではいくつが義務が存在する。
例えば子供を1人は産まなければならないという内容だ。
家よりも仕事を優先するお互いにとって、それはかなり邪魔な案件であることに間違いはなかった。
『早々に終わらせてしまいましょう』
彼女からの提案で、1人息子を産んだ。
全て家政婦に頼むことに全く異論はない。
とりあえず子供が無事大きくなれば私たち夫婦には全く問題ないことで済まされると思っていたのだ。
中学になった息子は、自分にある提案をしてきた。
『父さん、ここに父さんの会社データが入ったメモリがある。ねぇ、協力してほしい事があるんだ』
それは、人生で初めての恐喝である。
まさか自分の息子にされるとは思わなかった。
実験サンプルとして息子にゲームをやらせていたのは確かだが、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかったのだ。
『大丈夫、人を1人監禁するだけだよ』
『お前……正気か』
『うん、ちゃんと計画案もある。ほら』
5年越しだというその計画には、妻の名前も記載がある。
『母さんも協力してくれるって』
『なにで脅したんだ』
『やだな、脅してなんかいないよ。こうやって協力を求めただけ』
まさか、ここに来て子供の育て方を反省するとは思わなかった。
いつのまにか恐喝して協力を求める材料にしてしまう息子が出来上がってしまうなんて思いもよらない。
『……分かった、協力はしよう。ただ、そうやって人の大切な物を脅しに使ってはいけない事だけ理解してくれ』
今から教育などという馬鹿らしいことは行いたくなかったが、この行動はしてはならない事であるとは伝えるべきだろう。
伝えると共に片手を息子の前に差し出すと、あっさりとそのメモリが入った小さなチップが手元に帰ってきた。
ニコリと笑う息子の顔には、少しだけゾクリとするものがあって、同じ人間だと思えない恐怖を覚える。
『父さん、これ会社のホームページのURLだけ入ったメモリだから。脅すなんて、そんな事してないんだ』
『……は?』
『だって僕は、会社データが入ったメモリとしか言ってないよ。勝手に勘違いされてもなぁ』
『お前!』
『ちゃんと、この会話録音してあるからね。じゃあ、よろしくね父さん』
目の前が真っ暗になるような感覚に、その場に立っていることがでなくなり、ソファに座り込んだ。
犯罪に巻き込まれるなど、絶対に見つかっては困る。
ならば完璧に隠し通す方が幾分か簡単に思えた。
『……あなた』
『知佳』
『瑛が行おうとしていることについて、話し合いが必要だと思うわ』
『ああ……僕も思っていた』
『完璧に、終わらせましょう。あの子を今から更生させる事は不可能だわ』
『全く同じ意見だ、何か策が?』
こうして話し合いを重ね、初めて家族3人で揃っての食事を行ったのはこれから一週間後。
そして、こんな内容を聞かれては困ると全ての家政婦たちを辞めさせたのはその一週間後の事だ。
『僕が家事を全部やるよ、父さんと母さんはただ協力してくれるだけでいい』
『分かった』
『分かったわ、では次の話し合いは来週の月曜ね』
息子が考えた計画というのは、犯罪ということでは無ければ完璧であり、私達の行える不正と見破られないギリギリのラインを毎回提案としてあげてきた。
始めこそ世に出すには不安な息子だと感じていたものの逆にこの大胆さは上に立つ者として重要なことなんだろうと勝手に考え始めている自分が現れて困惑する。
妻も、同じような事をこの間呟いていた。
全くもって恐ろしい。
こんな、怪物に捕まってしまうなんて、なんて可哀想なんだろう。
絶対に頭がおかしいと思えるのになぜか信用させる空気を作れるなど、怪物以外の何者でもない。
「申し訳ないが、貴方には犠牲になってもらうよ」
獲物を追わなくなった怪物など恐ろしくて仕方がない。
その獲物と共に、大人しく、結婚という檻に閉じ込めて静かに置いておかなくては。恐らく彼女さえ与えておけば、この怪物はこのおかしい行為を世に出すことはせず、大人しくしているはずなのだ。
しかし一部、息子の気持ちを理解できるとするならば
恋は人を盲目にさせるという事だった。
自分は、妻に一目惚れをして、手元に置いておくためだけに息子への無関心を貫いた人間だ。
だからそこ今後も、罪を償う為に息子への協力を惜しまないと決めている。
個人部屋に戻り鍵をかけると、100冊以上あるアルバムの中から1冊を取り出して机に広げた。
妻と、息子の隠し撮りが収められたそのアルバムは、敢えて現物にしてこうしてまとめてあった。
「家族で長く過ごせるなど、夢のようだ。愛しているよ」
自分とは一切目が合わないその写真たちに挨拶をすると、いつものように眠りにつく。
それは、完璧な計画が成功するまであと4年という日である。
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