ようこそ、吹奏楽部へ!!⑦ 後輩の本当の気持ち
「盆休みに入ったらうおりゃーーーってくらい書くぞ!!」
と、考えていた自分に会いたいです。
「俺はフルートでも吹いてみるよ」
彼はあからさまな作り笑顔で去っていった。
***
「私、何か悪いことでもしたのかな!?」
私の必死な訴えに対し弥生は「鈍感娘」と冷たい眼で睨まれる。
何故こんな会話をしていると言うと、先程までサックスを吹くつもりだったのに、突然別の楽器に行ってしまったのである。……おそらく私の所為で。
彼の鷹の様な淡い黄色の眼光が、私を忌避している様に見えるのだ。
昨日は名前で呼んでくれたのに、今は苗字に戻っている。距離感が初めて会った時よりも遠くなっているのだ。
「はあ?気のせいだし、あんたに気がある様にしか見えないんですけど」
「それはないよ!私なんか……」
「ったく……まあいいよ。で、何であんなこと言ったのよ?」
「あんなことって?」
「他の楽器もやってみたら?ってやつよ!折角、サックス入る気満々だったのに」
弥生は眉間に皺を寄せる。そんな怒らなくても……。
「あれは別に、ただあの子器用だから他の楽器をやってみたらもっと合っている楽器があるかもと思って……」
「――本当にそれだけ?」
「……気を使わせてばっかりで悪いなと思って、私も気を使って相手するのはちょっと――と思ったら口に出ちゃったの」
「……それであの言い方か。全く、あいつは感が良いし、観察眼が凄いって言ってたじゃない、つれない態度で他の楽器行けって言われたら煙たがられているって思うでしょ普通」
「そ、そんなに冷めてた?自覚無いんだけど」
「少なくとも新入生に向けてする態度ではなかったわね。もう少し笑顔で他の楽器を勧めるとかにすればよかったのに」
「……そうだよね」
私の顔色が青ざめていくのが自分でもわかる。
「ごめん……」
「いいって、吹部には入ってくれそうだし。鷹谷じゃなくてもサックスが上手く吹ける新入生が現れるかもしれないからね。新美が入っただけでも大きいさ」
弥生はあまりにも私が落ち込んでいたので、慰めるように私の肩に手を置く。
「……うん、そうだね」
***
しかし、その後鷹谷君は吹部には顔を出してくれるがサックスを吹くことは一度も無く、私とも顔を合わせようとはしてくれなかった。
頼りの新入生も鷹谷君と比べてしまうと、かなりの差が出ていることに心底驚かされた。
「――やっぱり、鷹谷はサクパに欲しいわね」
弥生はオーボエパートにいる鷹谷君を睨みつける。怖いからやめなよ。
「……サックス、フルート、クラリネットにオーボエ――木管楽器全部出来るのかな?ホント凄いね」
「何を感心しているのよ。奴は我等の手駒なのよ」
「いつから手駒になったの!?」
そもそも手駒とはなんなのよ、ツッコまないけれど。
弥生は黙々と練習をしている新美君の肩に腕を乗せる。嫌な先輩である。
「ちょっと新美、鷹谷は何でサクパにこないわけ?何か聞いてない?」
「……修善寺先輩に嫌われたとか言ってましたね。嫌いな後輩と同じ楽器は辛いから他の楽器にするとか……鷹谷くんの観察眼は凄いですけど、思い上がりが激しいというか。……あ、これ修善寺先輩には内緒にして下さいね」
「……思いっきり聞こえてるよ」
私の声に反応して、新美君は「あ……」と苦い顔を作る。
「あ……じゃない!彩矢ー、やっぱり気にしてるってよ鷹谷の奴。お互い嫌われていると思うってあんたら……」
「少女漫画みたいですよね」
「そうね。……って、新美!あんた分かっているならなんで何もしないのよ?」
「面倒そうだったので」
「……ったく!彩矢、これで鷹谷との誤解は解けたんじゃない?」
「……うん、とりあえずは。――新美君、もう少し詳しく教えてくれない?」
「親友との秘密の会話をベラベラ話せるわけないでしょ!」
「もう十分べしゃってるよ!今更過ぎる!!」
新美君の「くっ!」という謎の悔し顔に思わずツッコむ。
すると、「それもそうですね、彼には内緒で」と真顔に戻り、私と鷹谷君の誤解を補足してくれた。さっきの悔し顔はどこにいったの?
***
「――つまり、鷹谷は彩矢のことが好きでしょうがないってことでいいの?」
「まあ、それでいいですよ」
「良くないよ!鷹谷君は凄く気を使ってくれているだけでしょ?私の対応不足が原因ってことでしょ」
「まあ、それでもいいですよ」
「あんたホントに適当ね」
その発言は弥生には言われたくない。そんなことより、鷹谷君は私が嫌っていると思ってるんだ。私の不慣れな対応が彼の眼には煙たがっている様に見えるのか。……たしかに、苗字でなく名前で呼ばれた時の反応も、こないだの「別の楽器もやってみれば?」という発言も若干の冷酷さが出ていたのは否めない。
私の中では一瞬の感情が表に出ただけだったが、鷹谷君はそれを瞬時に感じてしまったのだ。
見逃す眼をしていないのだ。
「今回は完全に鷹谷君が悪いと思うので気にしなくてもいいかと思いますけどね」
「えらく冷たいわね新美、私もそう思うけど」
「自分も最近になって知ったんですけど、鷹谷君は部活動初めてらしいですよ」
「あれ?サッカーをやってたって聞いたけど」
「ああ、クラブチームだかに入っていたそうですよ。で、先輩後輩とかの関係がなかったとか。「さん付け」が当たり前だったそうで、年上と試合に出る事が多かったので気を使うのに神経を使っていたとか。それに吹奏楽っていう慣れていないジャンルですから自然と力が入ってしまった、というところですかね」
そういうことだったんだ。何か他の子と違うなと思っていたけど中学の経験が変わっているんだ。
クラブチーム……やっぱり上手なんだ、でもどうして続けなかったのかな。いや、今はそんなこと関係ないか。
「あんた、そこまで分かっていてどうして動かないのよ」
「仲が良かったのに険悪になったとか、このままじゃ居心地が悪くなって辞めるとかなら動きますけど、まだ出会って間もないですからね。些細なきっかけくらいで良くなりますよ。まだそれくらいの関係性なんですから」
「……新美の発言で我に返ったわ。数回の顔見知り程度の二人に私は何をしてんだか……阿保らしい、彩矢のお人よしに乗っかり過ぎた。新美、わかんない所ある?」
「そうですね、バリトンと大分アパチュアが違うんで見本を見せて貰いたいですかね」
「はいよ~、ちょっと待ってろ、今サックスの準備を――」
「ち、ちょっと!結局どうすればいいの?」
私が狼狽えながら尋ねると二人は面倒そうな顔を向ける。似たものコンビめ!
「体験中はサックスには来ないって言ってましたから、入部の時に話しかければ良いかと」
「そうね。確か入部挨拶で希望楽器を言うわよね?私がサクパに入れさせるからその時話せば?――「私の傍にいて」とか言って袖を掴めば絶対に失敗しないから」
弥生は二ヒヒと喉を鳴らす。新美君も「良い案ですね、鷹谷君の喜ぶ顔が眼に浮かびますよ」と弥生の案に太鼓判を押す。……そうなのかな?
「……わかった、やってみる!」
『えっ!?』
二人の声がシンクロする。
「ん?どうしたの」
私が首を傾げると「いや、なんでも」とお互いに顔を見合わせる。よくわからないけど、仲が良くて羨ましい。
***
数日後、弥生は有言通り鷹谷君をサックスに引き入れる。私も負けじと動く。
弥生達の言った通りに。
「……今の言い方、弥生さんに伝授されたんじゃないですか?」
鷹谷君は相変わらずの名探偵ぶりを発揮する。心の中を見抜かれたら、表情が悪くなっても仕方ないものだと改めて思ってしまう。
でも、鷹谷君の表情は柔らかくなり、サックスパートに入ることとなった。
これから歓迎会だ。場所はあそこだろう。
私は軽くなった心で帰り支度を済ませるのだった。
はよ部活やれよ。
次回でやっと第1話終了です。
サブタイトル毎回考えるの面倒なのでジョ〇ョっぽくしてました。