それぞれの夏
大会編、終わりじゃなかったです。これで終わりかな?
「くたびれた」
俺はそう呟いて眠い眼を擦り、自販機で購入したスポーツドリンクに口をつける。
こんな暑い中よくやるなと自分にも言えることをふと思う。
今日は吹奏楽の大会の県大会。――がさっき終わったところだ。
凱旋の吹部の要請により、大志の指揮者用の服の準備と髪のセットなどが俺の仕事だ。
大志の髪はスタイリングしやすく、思わず筆が進んでしまった。大志から「これ目立ちすぎません?」と言われるくらい毛束間を出してやった。
結果は周りのスタッフをやっている女子高校生の声から分かる。
俺は大志からスーツを返してもらい、スーツケースに入れてロータリーで休んでいた。正直、吹奏楽には興味はない。ましてや、大会のような堅苦しい曲や雰囲気で演奏を聞くつもりは毛頭ない。
俺は自分の仕事をするだけだ。
「――お疲れだったな」
目線を上げると、大志そっくりの……いや、大志以上に普通の私服なのにきまっている友人――鷹谷翔が居た。
「なんだ、来てたのか」
「当たり前だ。弟の晴れ舞台だからな」
愚問だと言わんばかりに溜息をつく。いや、当たり前ではないだろうと思うが面倒なのでツッコむのをやめる。
弟の大志曰く、「兄貴には欠点や悪いところがない」と言っていたが、同い年で同じ高校の友人からすれば、こいつの欠点はあれだ。――兄馬鹿だ。ブラコンとでも言っていいかもしれない。言うと怒るだろうから言わないけどな。
「……弟の部活の様子を見に来る兄貴って、意外と少ないと思うけどな。普通、家族にこういうところ見られるの嫌なものじゃないのか?」
俺の家は一人っ子なので、詳しくは分からないが兄弟ってこんなに仲が良いものなのかね。
「大志は嫌がるだろうな。だから、あいつには黙って来たし会うつもりはない。こっそり教えてくれてありがとうな。寛太」
「俺はてっきり大志が言っていると思ってただけなんだけどな……で、どうだったよ。弟の晴れ舞台は。お兄ちゃん?」
「本当に楽しそうで安心したというのが印象かな。昔は何か追い詰められたような苦しい目付きでサッカーをやっていたからな。大舞台であんないい表情をされたら、戻ってこいなんてもう言えないな」
「……さいですか」
聞いといてあれだが、興味がないな。俺が興味あるのはあくまでも自分のやった仕事の内容だけだ。
「鷲峰の演奏は……明日だっけ?」
「ああ。大編成は翌日だ。明日も来るよ、来ないと怒られるが、堂々と来ると「来るな」と怒られるんだけどな」
翔は子供をあやすような顔で優しく笑う。この双蘭ベストカップルへの興味ないが、あの完璧に見える鷲峰が子供みたいに駄々をこねるというのは意外だったな。
女と言うのは本当に分からない……。
「――じゃあ、俺はここで」
「俺も帰る。――そんな嫌そうな顔をするな。一緒に帰ろうじゃないか」
「へいへい。どうぞお好きに」
さてさて、凱旋の結果もそうだが母校である双蘭高校はどうなるでしょうね。
俺は大きくあくびをしながら翔とホールを出て行く。
***
いよいよ双蘭高校の出番となる。舞台裏で前の演奏が終わるのを息を殺して待つ。
大編成は課題曲と自由曲の計2曲を12分以内で演奏しなければならない。――といっても、演奏が始まってしまえばあっという間なんだけど、前の演奏がやたら長く感じてしまう。
早く始まってほしい。そう感じながら周りを見ていると、優しい声が私の名前を呼ぶ。――鷲峰部長だ。
「楊果。大丈夫?」
薄暗い舞台裏でも部長の笑顔ははっきりと分かる。女性の私でも見惚れてしまうほど綺麗な容姿と物怖じしないはきはきとした口調を聞くとホッとする。
「大丈夫です」
私が部長の眼を見て頷くと、「よし!」と言って、他の部員の様子を見に行く。流石だと改めて思ってしまう。自分だって緊張してない訳がない。しかし、それよりも部員の様子を見れる鷲峰部長は憧れだ。
緊張が少しはほぐれた。ここでこんな緊張していてはいけない。私達は全国を目指しているのだから……!
***
『静岡県浜松双蘭高等学校――ゴールド!金賞』
私達は大きな声を殺すように大きく息をのみ込み、大きく拍手をする。――よかった!まずは第一関門突破だ。大事なのはこの次――この後なのだ。
ここで喜ぶわけにはいかない。
私達は隣同士で手を繋ぎ、結果を待つ。私が震えているのか、隣の友人が震えているのか、繋いだ手から振動と汗が伝わってくる。
『――それでは、東海大会に出場する高校を演奏順に発表します…………』
『東海だーーー!!』
私達はアクトシティの外に出て盛大に騒ぐ。
双蘭は見事東海大会への切符を手に入れたのだ!
嬉しくて涙が止まらない。うれし涙になってくれて本当に良かった。
ふと、部長が見当たらないと分かり、周りを見ると少し離れたところに部長はいた……背の高い男性の胸に抱きついている状態で――。
離れていても分かるくらい、部長の身体は震えていた。しかし、それが嬉しさの涙なのか、それとも今まで部員の前で出すことのなかった不安からの解消による涙なのかは、分からなかったし、分かってはいけないと思った。
男性は私に気が付くと、眼と手の仕草で「2人っきりにしてくれ」と伝えてきた。
私は黙って頷き、その場を後にする。――すると、「楊果さん」と聞いたことのある声が横から聞こえた。――鷹谷くんだった。
「おめでとうございます」
「ありがとう。来てくれたんだね」
「ええ。来ないと怒られますからね」
鷹谷くんは苦笑いを浮かべる。
「茉凛ちゃんは……兄貴に任せましょう。暫くすれば、いつもの茉凛ちゃんに戻ってますから」
「うん……私もそう思う――って、兄貴?兄弟だったの!?」
「え、ええ……。聞いてませんでしたか?」
初耳である。鷲峰部長には素敵な彼氏がいるとは知っていたけれど、まさか鷹谷くんのお兄さんだとは……って苗字も同じだし、顔をそっくりだ!どうして気付かなかったんだろう。
「まあ、その話は良いとして。これからも大変だと思いますけど頑張って下さい」
「うん、そうだね。……あ、凱旋はどうだったの?」
「凱旋は銀賞どまりでした。でも、来年は行けるって気がします」
鋭い眼から強い自信が見える。こういうところが部長そっくりだ。
「大会で鷹谷くんの演奏聞きたかったな。まあ、バリトンってチューバとかにかき消され気味だけどね」
私が同意を求めるように笑うが、鷹谷くんは苦い笑みを浮かべるだけだった。
「そ、そうですね……。是非、定期演奏会に来てくださいね。それじゃあ、僕はこのへんで」
「え?……う、うん……」
鷹谷くんはそう言って、軽くお辞儀をして去っていく。もう少しお話したかったなぁ……。
「楊果、どうしたの?」
いつの間にか部長が戻ってきていた。顔はいつものキリッとした顔になっている。
「いえ、なんでもないです」
「そう。さあ、喜ぶのは学校に戻った後にしましょう。号令をかけるからテキパキと動いてね」
「はい!」
ずっと喜んでいるわけにもいかない。翌日からまた厳しい練習が待っている。
私達の夏は終わらない――――。




