若い指揮者は力強く指揮棒を振り下ろす
アルカディア――少年がアルカディアと呼ばれるパラダイスへ行くために長い旅に出る。そこで様々な困難に遭いながらも、最後には目的の地にたどり着く――という、王道なストーリーを吹奏楽にした作品である。
冒頭の壮大なファンファーレから始まり、壮絶な旅を思わせる鬼気迫る旋律。そして、終盤で冒頭と同じファンファーレが流れて、曲という名の旅の成功と栄光を称える物語が終わりを迎える――といった作品である。
「今回も曲紹介ありがとうな、恭輔」
「……別にいいけどさ、俺がやる必要あるの?」
もうやらないから。と俺は強めに言うのだが、新曲をやる度にやらされるとは、今の俺は知る由もなかった……。
「よーし!部活動を始めるぞー!県大会まで時間がないからな」
天馬さんはやる気に満ちた顔付きでそう言うのだった。
地区大会は嬉しいことにゴールド金賞であった。毎年、地区大会終わりはないと聞いていたので、一安心はした。が、本当の本番はこれからだ。
「地区大会終わりに説明した通り、西部地区で俺達凱旋は2位だった。静岡は西部・中部・東部の3ブロックに分れていて地区大会で金賞を取った高校で県大会を行い、そこで上位3校が最終地――東海大会に出場出来る。つまり、俺達は各ブロックの1位の高校よりも上に行く必要があるということだ」
玲哉さんは大会の結果と審査員の講評が記されたプリントを叩く。
金賞といってもその中にも順位はきちんと存在する。公には公表されないが、出場校には賞だけではなく、順位も記載されているのだ。
俺達は金賞受賞5校の内2位であった。ちなみに1位は浜松の強豪と言われる東征高校である。
玲哉さんの言った通り、東海大会への切符は3校。順当にいけば、各地区で1位を取った高校3校が東海に1番近いと言えるだろう。――しかし、絶対ではない。他の地区の1位の高校よりも演奏が上手かもしれない。それは県大会で分かることだ。相手のことを意識するのは大事だが、もっと大事なのは自分達の演奏をよりよくすることだ。
良い演奏をすれば、おのずと評価もついてくるはずだ。
部員の中には「審査員によって評価が違う」という意見を聞いたことがあるが、そればっかりは仕方ない。
審査は感情をもった人が行うのだ。スポーツのように点のみで判断するのとは少し違う。
仮に良い演奏をしたのに「この曲は好きじゃない」と言って減点される可能性は0ではないが、それは負け犬の遠吠えというやつだろう。
相手はプロだ。私情のみで判断するわけがない。駄目な場合はそれなりの理由があるのだろう。その理由が曲選択にあると指摘を受けたりするので、そう思ってしまう人がいるのだろうな。
「自分達の出来ることをしっかりとやるだけですよ」
先生が神経質になっている部員に諭すように話す。そうだ、俺が言ったことじゃないか。悔いのないように楽しもうと。
ぐだぐだ悩むよりも身体を動かせ――!
***
あっという間に県大会だ。1週間というやつは、こんなにも早いものかと肩を落とす。
「おい、これから本番という奴がそんなテンションでどうする?」
髪の毛をセットしてくれている寛太さんが呆れた表情で鏡越しに俺を見る。
ここは指揮者控室。といっても、簡素な着替え室のようなものだ。くつろぐスペースなどなく、着替えを入れるロッカーと鏡と洗面台が置かれている。
「先週も思いましたけれど、カッコいい衣装ですよね、これ」
俺は着替えた指揮者用の礼装を見て呟く。
「ばあちゃんが気合をいれていたからなー。まあ、デザインは俺がして、ばあちゃんが知り合いの服屋と相談して作成したそうだよ」
寛太さんのおばあちゃんも凄いが、これをデザインした寛太さんも十分凄い。流石は凱旋の専属衣装係だ。
「でも、どうして周りの指揮者の先生みたいな燕尾服じゃないんですか?」
「ああ――、これは俺の勝手な解釈なんだが、燕尾服ってカッコいいか?」
寛太さんの問いに、俺は首を傾げてうな垂れる。正直、分からない。
「あれってさ、かっこいい人が着ても中々決まらないと思うんだよな。だから、目立ち過ぎず俺が納得のいく礼装がこれだってわけだ。作ってて、クラーク博士っぽいな、と思ったな」
「ああ、だから【ブラバン・B・アンビシャス】になったんですね」
俺が納得した顔をすると、「そういうことだ、無茶振りだったんでな」と苦笑いをする寛太さん。お互い、苦労人である。
「先週と違って、今日は余裕があるな」
「まあ、この間は初めてだったので勝手が分からな過ぎてテンパってしまいましたけれど、2回目になればそれほど……」
「……まあ、なんだ。結果がどうなろうと俺の仕事はここまでだ。楽しんで来い」
東海大会に出場出来ても、流石に寛太さんは来てくれない。まあ、服の着方も慣れたし、そのころには先生の腕もよくなっているはずだから杞憂である。
「ありがとうございます、お世話になりました!」
まだ早い気がするが、俺は頭を下げる。
「別に……俺は仕事をしただけだよ。まあ、お前みたいに真摯に感謝されると嬉しいな。があがあ注文してくるあいつみたいな……おっと、ライン電話がきたようだ。大志、早くチューニング室に行ってこい」
ラインの相手に舌打ちを入れながら、俺の背中を軽く押す。
俺は小さめに頭を下げて、足早に向かう。
寛太さんのライン相手が少し気になったが、今はそれどころではない。
さぁ、行こう――――。
「――お待たせしました。準備は大丈夫ですか?」
スイッチを切り替え、みんなの緊張を緩和させるように出来る範囲の優しい口調でそう言うのだった。
「――鷹谷、この間のあれ。またやろうか」
「えっ……わかりました」
恒例にならなければいいのだけどな。俺が音頭をとらないならやってもいいんだけどね……。
***
『出演番号11番 静岡県立浜松凱旋工業高等学校。自由曲、アルカディア。指揮は――鷹谷大志です』
俺は会場に向けて一礼をする。会場から拍手が飛び交う。
観客席に背を向けて、指揮台に上がる。
演奏が始まるまでのこの静謐な時間は何とも言えない。観客の視線が小さな矢のように俺の背中をチクチクと刺さる。
俺は深呼吸をして、みんなの顔を流れるように一瞥する。――準備はOK。小さく手もので手の甲に指揮棒を「コンッ、コンッ、コンッ」と叩く。曲のテンポを知らせるように、自分に言い聞かせるように――。
俺は両手を顔付近まで上げる。楽器を構える音だけが広いホールに聞こえる。
そして、俺は今までやってきた練習のように力強く指揮棒を――振り下ろす……。
次回で第1章「大会編」が終了予定です。
まだ文化祭編や定期演奏会編も書く予定ですので、まったりとお待ちください。




