Ready?
時間は少し戻り、指揮者として決まって数日後の出来事だ。
「悪いな、来てもらって」
「いえ、とんでもないです。よろしくお願いします」
軽い社交辞令を済ませて、凱旋工業吹奏楽部GWOの衣装を担当している天馬さんの友達でオーダーメイド洋服店king of heartの1人息子――佐波寛太さんのところに俺は来ている。
ここに来た理由は勿論――、
「よし、早速測っていくか、指揮者用の衣装の為に」
と言って、眠たそうにも見える目付きでメジャーを取り出す。
そう、異例の事態である学生が指揮者という内容に対し、部長である天馬さんは、
「学ランで指揮なんか振ったら悪目立ちする。部費が勿体ないが指揮者用の服をレンタルしよう。――もしもし、寛ちゃん?お願いがあるんだけど……」
といった具合に、寛太さんに丸投げをして、今に至る。
「しっかしまー、学生が指揮を振るってか。それも大会、しかも1年のお前にだ」
素早く丈を測りながら気怠けに話す。
「まあ、色々ありましてね」
俺が苦い顔を浮かべると「大変なことで」と他人事のように……他人事なのは事実なのでしょうがないが、めんどくさそうに鼻を鳴らす。
「――よし、ここにサンプルの礼服がある。大志の背丈を考えて用意しておいた。ちょっと着てみてくれ」
「サンプルって……これで十分じゃないんですか?」
言われるがまま袖を通しながら質問をする。
「あくまでサンプル。売り物じゃないし、人前で見せれる服じゃない。丈の確認用のものだしな。心配しなくても安くてしっかりとした礼服を準備しておくつもりだ」
パッと見ではやる気0なんだが、微かに見える瞳にはやる気に満ちている。しかし、覇気のない、気怠けな口調の所為で勘違いされやすく、死んだ魚のようだとよく揶揄される。
「――寛太、何やってるんだい?」
後ろから滑舌はあまり良くないが声が通るおばさんが話しかけてきた。髪が綺麗に白くなっているが、背筋がよく、元気そうなおばさんだ。
「ばあちゃん。凱旋の子の服の見立てだよ。大志、俺のばあちゃんで下のクリーニング店の店主だ」
「鷹谷です。お世話になってます」
俺が頭を下げると「うん、よろしく」とそっけない声で返される。寛太さんと雰囲気が似ているな。
「――で、何の服だい?」
寛太さんが「燕尾服だよ」と答えると、眼を丸くさせるおばあちゃん。まあ、そうだよな。高校生が燕尾服?って誰でもなるよ。
寛太さん簡単に事の事情を説明する。
すると、
「――面白い。そこの坊やの件、私が貰うよ」
と、意気揚々に指の体操を始める。
「ばあちゃん?まさか……」
「どういうことですか?」
俺は2人に向けて質問をすると、おばあちゃんは一言こういうのだった。
「借り物じゃ締まらない。私が作ってやるさね」
と喉をならすのだった――。
***
全国吹奏楽コンクール静岡県地区大会当日、体育館で最後の練習をする。
「――はい、それでは時間になります。そろそろ移動しましょう」
『はい!――ありがとうございました』
最後の練習はあっという間に終わってしまった。後、音が出せるのはチューニング室と――本番のホール1回勝負だ。
「はい!トラックに打楽器から運んでいくぞ。急ぐけれど、落とすなよ?」
部長の合図で忙しなく動いていく。
正直、暑苦しい。――決して、部長の熱気ではなくて服のことである。
男子は学ラン、女子は冬服の制服といった感じで、大会では出来る限りの正装となるので、熱くてもこの衣装で動かなくてはいけない。
私はなるべく汗を掻かないよう気を付けながら動く。
すると、独り言を呟いている大志くんが眼の前にいて焦る。眼の前にいたから焦っただけである。
「――大志くん、どうしたの?」
「――あ、ああ。彩矢さんですか。いえ、ちょっと……」
大志くんは歯切れ悪く声を出す。無理もない、大会直前ともなれば神経質になるものだ。しかも、大志くんは指揮者。私達演奏する側とはまた違った緊張があるのだろう……。
「いまからそんな調子だと、本番までに疲れちゃうよ?」
少し発破をかけるような言い方をする。みんな、緊張しているのだ。大志くんだけじゃないと言いたかった。
「あ、いえ……実は天馬さんに本番前に何か気の利いたことを指揮者なら言え。と無茶振りをさっき言われまして、どうしようかなと」
……どうしようねー。人の心配を返してほしい。
「ところで鷹谷くん、服はどうなったの?」
楽器の積み込みを終えた新美くんが尋ねる。私も気になる。
「ああ、大丈夫。寛太さんが持ってきてくれるみたい。髪の毛までセットしてくれるみたいだけど……」
「目立ち過ぎないようにね」
「俺に言われてもな」
緊張――しているようではない。2人とも落ち着いている。
何だか、私の緊張も少しほぐれたかもしれない。……アクトシティについたらすぐに固まると思うけどね。
***
アクトシティに到着してすぐに打楽器の搬入や楽器の準備、制服の確認をする。この忙しさと焦燥感に襲われる感覚は2年生になっても慣れないものだ。
「凱旋工業さん、チューニング室へどうぞ」
係員の高校生に指示を受けて、チューニング室に入室する。時間は15分しかない。急いでチューニングを済ませて、1回通すぐらいしたい。
争覇先生の指示で音合わせをしていく。先生は先程チューニング室に入ってきた。大志くんは……まだ来ていないようだ。
すると、周りから謎の歓声が聞こえる。何事かと振り向くと優美なフォーマルスーツを着こなした美青年が現れた――大志くんだ。
白いネクタイに灰色のベスト、裾は燕尾服ほど長くはないが前後の裾が若干長く、少し変わった服装ではあるが、他の指揮者と違って争覇先生のようにタイトめな礼装がよく映える。つまり、とても似合っているということだ。
歓声が私達だけではなく、係員の女子生徒からも聞こえるのがいい証拠である。
「決まってるなー」
「似合い過ぎて腹立つくらい~」
「オールバックなんかしちゃって、ナンパしに行くつもりか?」
と、周りから遠慮なくからかわれている……、色々と大変な指揮者だなと薄く笑う。
「ありがとね、佐波君」
「いいえ、仕事ですから」
争覇先生は同行してきた佐波さんにお礼を述べる。
佐波さんは凱旋のサポートとして、大志君の衣装の準備やメイクを担当していたみたいだ。どおりでいつもの何倍もカッコイイはずだ。
「カッコいい衣装じゃないか!――寛ちゃん、この衣装のタイトルは――?」
こんな大事な場面でも無茶振りをするのか。と呆れるところだったが、佐波さんはさらりとこう言うのだった……、
「【ブラバン・B・アンビシャス】だ。いいタイトルだろ?」
周りから感嘆の声が漏れる。よく部長の無茶振りを返したのと、思ってた以上に洒落たタイトル名だった。
「直訳で吹奏楽で大志を抱け……鷹谷大志が指揮をするからピッタリだと思ってな。それと、BはBeではなくBにしてみた。お前達はB編成?なんだろ」
「よくあの一瞬で思いつくものだな。ちなみに、鷹谷はバリトンだからも含まれているのかな?」
須藤部長の鋭いツッコミが飛んでくる。
「……まあな」
流石にそこまでは考えていなかったようだ。でも、大志くんにはぴったりの言葉のような気がする。
「――さて、無駄話は後だ!みんなリラックスできたようだから演奏に集中しよう――鷹谷」
「はい!それではみなさん、時間がないのでコラールだけやりましょう。たっぷりとリラックスして息を吸って、演奏しましょう」
『はい!!』
「……そろそろ時間ですね。みなさん、まずは地区予選。ホールでの演奏を身体に叩き込むように。頑張って下さい」
『はい!!』
「それじゃあ、鷹谷!何か盛り上げろ」
「何かって……」
私と同じことを思う大志くん。頑張れ。周りは「お!」、「やったれ鷹やん」といった感じだけど……。
「えー、そうですね……」
「――さぁ、楽しい音楽の時間だ。ってのは、なしだよ?」
新美くんが先手を打つ。悔しそうに「くっ!」と声を上げる大志くん。言うつもりだったんだ。
「……円陣でもどうですか?」
「円陣って……体育祭じゃないんだぞ」
須藤先輩が冷静に正すが、部長は「よし、やろう」と乗り気だったので、決定した。
大志くんが円の中に入り、周りを私達が囲む。楽器を持っているので腕くみのようなことは出来ない。
「サッカーやってた時は円陣の掛け声やってなかったので、上手く出来るか分かりませんが……」
微笑を浮かべた後、少し静まり、口を開く――。
「――いよいよ、本番です。僕から言えることは2つだけ。1つは悔いを残さない、1つは楽しんで終わる。これだけです!――支えてくれた先生に感謝を、ここまで頑張ってきた3年に栄光を、演奏をする皆さんに大志を――!……Are You Ready?」
『Yeah!!』
「Are You Ready!?」
『Yeah!!!!』
「Are You Ready Go――?」
『応!!』
「――よし!行きましょう!!」
『応!!』
周りから手拍子とハイタッチが飛び交う。まるでスポーツの試合みたいな空気に、一瞬になって変わる。
本当に凄い後輩だな。全員の気持ちが昂る円陣の掛け声だった……!
リハーサルなしで、みんなとのCall&Responseもばっちりだった。
私も頑張ろう。大志くんとハイタッチを交わして改めてそう思う。
さあ、用意は十分――――。行こう……!




