非常に大変なご指名
「雨か……」
部室に行く道中、外の天気に眼を向ける。
どんよりとした今にも振りそうな曇天模様だ。
「何かあるかもしれない……」
くらやんが触覚のようにくせ毛をぴょこぴょこと動かす。
「虫の知らせってやつかい?」
「いや時期的なものだろ。7月だし」
「……そうだね」
「神妙な顔をしないでくれ」
何故か考え過ぎなくらやんに変な違和感を感じながら部室に向かう――と、何やら騒がしい。
「失礼しまーす」
「おお!お前等いいところに」
何か焦った表情で佑都が俺達のところに駆け寄る。
「どうしたんだい?この慌ただしさは」
「新美驚くなよ?……争覇先生が交通事故で腕の骨が折れちゃったんだと!」
「へえ……」
「驚いてくれよ!」
「佑都……本当なのか?」
「ああ、先生の授業を2年の先輩達が受けてたみたいでな。今その話で持ち切りだぜ」
くらやんの虫の知らせがズバリ的中してしまった……。
大会はどうなる?間に合うのか?指導は出来るのか?
俺の頭は今日の天気の様に疑問の雲が重なっていく――。
***
部活開始――の前に天馬さんからの報告があるらしい。勿論、先生の話だろう。
「――もう聞いた人が多いと思うが、先生が不慮の事故でけがを負ってしまいました。全治2か月だそうだ。来月の夏の大会――先生は指揮を振らない!」
天馬さんは言い切った。先生は振らない、と。では――誰が振ると言うのだ?
「前代未聞、過去にない経験ではあるが、3年生で考えて出した結論を発表する!――――鷹谷」
「はい!?」
急に俺の名前を呼ぶものだから、声が少し裏返ってしまった。……俺の名前を呼ぶ?今、このタイミングで?――――ま、まさか……!
天馬さんと眼が合う。天馬さんは鼻を鳴らし、こう言うのだ――、
「鷹谷。お前が今回の大会で指揮を振る」
と、自信満々に言うのだった。
「う、うそでしょ……」
「先生の許可も下りた。受付もギリギリ間に合うそうだ」
「ちょっと待って下さい!大会で……指揮を?」
「動揺する気持ちは分かる。正直、学生が大会の指揮をするなんて小説の話のようなことありえないと思う」
「で、ですよね?」
「しかし!あまり事例がないってだけでやってはいけない訳ではない。つまり鷹谷だ、よし鷹谷だ」
おいおい、冗談だろ?学生が指揮をしていいのなら俺じゃなくても……と思ったが……口にするのを止める。
「……わかりました」
「よし!全員拍手――!」
周りからバラバラな拍手が起こる。みんな、あまりの急展開に追いつけていないのだ。俺が一番だとこの時だけは自負できる。
「よし――、前にきて意気込みを言え!」
な、なんという無茶振り!振るのは指揮だけにしてくれ。
俺は大きく息を吐き出し、指揮台の前に立つ。
「……えー、急ではありますが今回の夏の大会、指揮をすることになりました。実力不足は重々承知ですので、力を貸して下さい。どんな些細なことでも構いません。みなさんの助けを借りながらですが、やってみせます!お願いします」
俺は深く頭を下げる――。先程とは毛色が違う、綺麗に揃った拍手が起こる。有り難い。期待に応えてみせる――。
「よし!それでは練習に入るぞ!気合入れてくぞ――!」
『応!!』
***
「おおーー、凄いことになったー」
「まさかオレがバリトンをやるとはね。まあ、君の抜けた穴はカバーしておくから、君は指揮を頑張ってくれたまえ」
「くれたまえ、じゃねーよ!何が起こるか分からないもんだな、吹奏楽って」
「まあ、今回は特例中の特例だけどね。そんな気負わなくてもいいんじゃない?先生は指揮は振れないけれど指導は出来るんだからさ。1曲だけ指揮を振っていればいいんだからさ、簡単だよ」
「変わるか?新美」
「土下座するから遠慮させてくれ」
「だよな」
俺が指揮を担当するので、空いたバリトンサックスは新美がやることになった。
新美は中学はバリトンをやっていたし、ちょくちょくおれのバリトンを吹く機会もあり、そして上手い。何の心配もしていない。
「……突然すぎて何も言えなかった」
「同じく……」
いつも騒がしい弥生さんも今回ばかり終始黙っていた。っそれくらい驚くべき事態だからだ。
「大志くん、指名された時「無理」とか「やりたくない」とか言わなかったね。偉いね」
「いえ、言いたくてしょうがなかったですよ」
「そうなの?」
「はい。でも――3年生で考えたと言っていたので、色々考えて自分にしたのなら、否定するのは良くないと思いまして……。やれるだけやってみますよ」
「うん。私も協力するからね……」
「はい、ありがとうございます」
ふと、窓の外を眺めると曇天が消え去って、青空が見えだしていた。どうやら通り雨のようだ。
また、ポエムっぽい考えをしてしまいそうで笑っちゃいそうだが、天気と自分の心がシンクロしているようだった。
微かに見える明るい空と、不安を垣間見せる雲。
部活が終わる頃までに大空になってくれよ。と心の中で願いながら練習を再開する――。




