中日吹編②能ある鷹は爪をチラ見せする
「基礎練習の内容を変えまーす」
沙耶さんは軽いノリで周りに伝える。
私含め周りからは曖昧な呼応が聞こえる。急にどうしたのだろうか?
「えーと、まずはブレスコントロールですね。これを従来と少し変えます。私に続いてやって下さーい」
『は、はい!』
沙耶さんは指揮台の前に置いてある大きいメトロノームを動かし、手元にあるメモを読みながら説明をしていく。
まとめると以下のような内容だ。
①8拍かけて息を吸い、8拍かけて全て吐き出す。
②4拍かけて息を吸い、8拍かけて全て吐き出す。
③2拍かけて息を吸い、4拍かけて全て吐き出す。
④リラックスした状態で1回深呼吸をする。
以上の4ステップである。今までと比べて拍数の違いがあるが。前は8×8を4セット行う準備運動のような要素が強かったが、今回のは息の使い方を意識させる内容だ。
「特に大事なのは最後です。最後の深呼吸の時、1番肺に息が入ると思います。この呼吸を楽器を吹く時に意識出来るようにしましょう」
なるほど……!何拍もかけて息を吸うよりも深呼吸の方が胸が広がって、より多くの空気を吸うことが出来る。演奏の時に必要なのは瞬時に多くの息を吸って音に変換することだ。①~③でブレスコントロールを意識して、④で演奏に必要な息使いを意識付ける。理に適っている。
「――それと、いつも行っている半音階、アルペジオを8分で吹いていましたが4分音符で吹きます。この2つは②のブレスでやります。時間がかかるので音階は上に上がるまで。ロングトーンは①、③のブレスで各1セットずつやるようにします。セットが終わる度に深呼吸を行います。その呼吸で合奏が出来るようにしていきたいのでよろしくお願いしますー!じゃあ、やりますよ~」
***
「――ふむ。学指揮から基礎練習を変えたと聞いたが、良い練習法だ。私は合奏以外のことは生徒の自主性に任せている。教育者が全て手取足取り指導するのは生徒の成長を止めてしまうからだ。自分達で考え成長しないようでは上手くなりはしない。今回の内容は合奏においてとても強みになる。忘れず怠らず行う様に――」
『はい!!』
「では、カンタベリーコラールから。たっぷりと息を吸うイメージではなく、自然に、リラックスして肺を膨らませるように意識して吹いてみなさい。そのためには肺に入っている空気をしっかりと吐き出すことが重要。基礎練習を思い出しながらやってみなさい。きっと、変化に気付くはずだから」
***
合奏が終わり、大きく息を吐き出す。よかった、作戦成功だ。
今日立案した基礎練習は、俺が考えて沙耶さんに指示を出して貰うようにしたのだ。
練習内容を記したメモを作成のも俺だが、ここで前に出るのは場違いだと判断したので沙耶さんに委ねた。それは、急に1年の俺が上級生にあれこれ指示を出すのは顰蹙をかってしまうからだ。少なくとも心穏やかにはならないだろう。
3年の沙耶さんが言うことで納得してもらえる可能性が上がり、先生に事情を説明しておくことで基礎練習の大事さがより伝わるという作戦だった。
結果としては、厳格な先生から評価を得ることが出来、合奏でもいつもよりも音がよく出ていることが個々でもわかっただろう。俺でもよくなっていると実感出来たくらいだ。
これで俺が指示を出しても嫌な顔をするものは減るだろう。結果が出ればやる気もおのずと上がるというものだ。
少しずつ、慣れてきたら強弱、響きといった一歩踏み込んだ基礎練習が出来る。
夏までに全員の基礎を向上させる。
テレビやネットの吹奏楽特集で見る、大会間近になって基礎をやり直すという時間の無駄を無くす――時間なんてあっという間に過ぎていく。
後悔は後に絶たず――今がチャンスなんだ。




