合同演奏会 彩矢編
「久しぶりー彩矢ちゃん!」
「お久しぶりです茉凛さん」
私の左隣の席でサックスの準備をしている双蘭高校の部長、鷲崎茉凛さんは白い歯を覗かせて笑う。
今日は凱旋工業・双蘭高校・臨海館高校の3校での合同演奏会だ。
私はこの日を少し待ち望んでいたところがある。
去年、私が1年生だった頃、私の隣だったのが茉凛さんだった。
背は高く、綺麗で凛々しい顔立ち。なによりもまだ吹奏楽自体に不慣れだった私に対し、まるで自分の高校の後輩の様に面倒を見て貰ったのだ。
「相変わらずカッコいい部活ジャージよねー。たしか、作っているの私の高校の佐波くんが作ってるんだっけ?」
茉凛さんは私の来ているGWOジャージを一瞥して息を漏らす。
「そうだったと思います。よく知っていますね」
「まあね。翔に教えて貰ったのよ」
「翔……さん?」
私が首を傾げると、「あれ聞いてないの?」と言って、茉凛さんは左側に座っている鷹谷くんに眼を向ける。どうして?
「……別に言う必要はないだろ」
「……あれ?2人はお知り合いなんですか?」
年上に敬語を使わない鷹谷くんを始めて見る。態度も余所余所しいし、いつもの丁寧さが無い。
「大志とは小さい頃からの幼なじみ!翔っていうのは、大志の兄で私の彼氏!」
茉凛さんは鷹谷くんの肩に腕を乗せて、ピースサインを向けてそう言う。
「そ、そうなんですか……」
鷹谷くんは心底嫌そうな顔をしている。まるで、知り合いに親と買い物をしている所を見られてしまった時のような表情だ。
そういえば、双蘭高校に知り合いとお兄さんがいるって言っていたっけ。それが茉凛さんなのか。
「さっき大志とばったり会った時も嫌な顔されたんだよねー、お姉ちゃん悲しい!」
「わざとらしく顔を手で覆うなよ。泣いてないだろ?」
鷹谷君は呆れた顔をしながら茉凛さんに言いよると、「まあねー」と舌をペロッと出して笑う。
「――やっぱり、俺と同じサックスなのね」
「これは偶然よ。でも、今回は私が教える立場に居るってのは新鮮よね」
「そう言われてみればたしかに。今日はお世話になりますよ」
「翔に自慢出来るわねー。大志に教える日が来たって!」
「自慢は出来ないだろうけどね……」
……なんだが、私の知らないところで会話が進んでいく。変な疎外感を感じるけれど、鷹谷くんが他校の生徒と会話が出来ているのはいいことだよね。と、割り切ろう……。なんだかもやっとするのは、嫉妬ではなく茉凛さんと会話が出来ない不満だろう……。
「――ごめんごめん。彩矢ちゃんも可愛がってあげるからねー」
私が不満顔をしていたからか、茉凛さんは私の頭を撫でてそう言う。
「いえ、そんなつもりじゃ――」
周りから小さい歓声が起こる。お姉さん肌の茉凛さんに頭を撫でられる光景は女子の心を鷲掴みしているようだ。
「よしよし」
優しい顔でそんなことをされると照れる。それに、撫で方が手馴れているのか心地よい。
私は頬を染めながら委縮するがその手を払う事が出来なかった。
***
合奏の時間になると、先程の優しい顔をなくなり、凛々しい彼女本来の顔付になる。ギャップが凄い。
茉凛さんのサックスはやはり綺麗な音が出る。
軽すぎず、ほどよいテナーの中低音の音が横から聞こえてくる。
今回やる曲は、『サタデーナイト』、『南風のマーチ』、『ディスコキッド』の3曲である。
どれも軽快なメロディーで吹いていて楽しい。やはり吹奏楽はこうでなくちゃと思わせる曲だ。
個人的に暗い曲は好きではないので、こういった曲は気分が上がる。
今年の大会曲も吹いていて楽しいのでこれからが楽しみかな。
双蘭の汐崎先生のもと、曲練習はつつがなく進行されていく。
よく大勢の音を聞き分けられるものだ。指揮者って凄い。
争覇先生達は周りで楽譜を見て演奏を聞いている。今回は双蘭高校が主に指示を出すのでお休みだ。
曲間の休憩時間、茉凛さん会話をする。
「――やっぱり、マーチの副旋律はいいよね?テナー冥利につきるというか」
「あはは、分かります。中低音楽器の見せ場のような気分がしますよね」
テナーサックスは同じサックスでも中低音楽器なので、アルトのように主旋律を吹くし、バリトンのようにベース音を吹くときもある。個人的にはどっちつかずな楽器だと思っている。正直、吹いていても他の楽器に音をかき消される気分になるのは否めない。しかし、副旋律はテナーの見せ場である。
「――にしても、バリトンからテナーに変わっていたのは驚いたけれど、流石彩矢ちゃんよね、凄く上手」
「そんなことないですよ。まだまだです」
「同じテナーになってくれたおかげで教えやすくなったから、この後のパート練でビシビシ教えるからね!これが最後だからね」
「お願いします!」
私は強く返事をする。すると同時に、少し悲しい気持ちになる。
もう茉凛さんと一緒に吹く機会はない。茉凛さんが3年生だというのもあるが、そんなに他校と演奏する機会はないし、あったとしても茉凛さんは引退しているだろう。
何気ない合同演奏会ではあるが、私には大事な1日である。やれるだけ頑張ろう!
心の中でそう念じた――。
***
「大志とは上手くいってる?」
サックスパートの練習の休憩時間、茉凛さんは茶色の瞳を輝かせて聞いてくる。……付き合っている人達の関係を聞くみたいにだ。
「……え、ええ。凄い上達速度でビックリしてます。練習意欲も高いですし優秀な後輩って感じですかね」
鷹谷くん達バリトンサックスは低音パートの練習に混じるために離席中である。
「そっか。大志には吹奏楽って一番向いているのかもしれないね」
茉凛さんは軽くため息をつく。その儚い表情にドキッとしてしまう色気があった。
「なにかあったんですか?」
「ん?――ああ、そっか。大志が言うわけないよね」
私の顔色を見て、クスリと微笑を浮かべる。
「彩矢ちゃん、浜松レイブンズって知ってる?」
「サッカーチームですよね?たしか」
「そう、大志はそこのユースチームに入っていたの。それもスタメン」
「え?それって凄いんですか?」
ユースという言葉は時々聞く時があるが、よくわかっていない。クラブチームに所属していたというのは、前に新美くんに聞いたことだ。
「相当凄い。今吹奏楽をやっているのが信じられないくらいに」
「そうなんですか……でも、なんで――、」
「なんでサッカーを続けないか。でしょ?」
私は黙って頷く。なんだろう、いままで疑問に思っていたことだ。
他の部員とは一線を介した何かが彼にはあるのだ。
「兄貴と比べて上手じゃないから。ですって」
「お兄さんもサッカーを?」
「はは、知らないよね。大志の兄の翔は高2でプロ契約をしたサッカー選手なのよ」
「ええ!!プロ?高2?」
思わず声が裏返る。お兄さんがプロの選手って。
「そ、浜松レイブンズの19番。高校を卒業するまではあまり試合に出ないようにしてるみたいだから知らないのも無理ないか。それで、大志は兄と比べて劣っているからサッカーを続けても高校では通用しない、って言ってサッカーを辞めちゃったの」
「そんな……でも、まあ……」
上手く言葉に出来なかった。
勿体無い。と言いたかったが、私の場合言える立場ではないし、自分に兄弟がいて尚且つ同じスポーツをやっていたら、どんな心境だろう。どんなに上手くても周りと比べられる気持ち……。
「――大志って周りの視線に敏感なところあるでしょ?あれって翔との関係の所為でもあると思うんだ。兄弟だからこそより比べられる。その視線が実際にあったのは事実だからね。上手だし、周りの評価も良かったけれど、偉大な兄と比べられるとね?」
「そうですね……」
つらかったろうな。言葉ではなく空気で伝わる周りの感情は。それは茉凛さんの悲しい顔が雄弁に物語っている。
「あの兄弟はスペックが他よりも異常なのよね。なにをやらせてもそつなく出来てしまう。凄まじい当意即妙さがあるの。大志はそれに関しては一番だと思う。だけど、翔の方がっていつも口癖の様に言うのよね。事実、翔は大志の常に上にいるから。欠点が無いのが欠点なんて羨ましい話だと思っていたけれど、大志を見るとそうでもないのかもね」
茉凛さんの気遣いが胸に刺さる。
幼なじみだからこそ分かっている内情。でも、どうして……
「……そんな大事な何で私に?」
「え?だって大志のこと気になっているでしょ?」
茉凛さんはニコリと笑う。……え?なんて?
「いえ!そ、そういうんじゃないです――!」
「そうなのぉー?の割には大志の方をよく見ていたようだけど?」
「違いますから!」
違うのだ。……見ていたのは事実だが、それには理由がある。やはり、彼と私は似ている……。
「……あ!そうだ、先程の話で言っていた大志くんが吹奏楽に向いているって言ったのは?」
はぐらかすようではないが、話題を急いで変える。
「――ああ、吹奏楽って団体競技でしょ?大志はそういうの向いているから。他人の良い所を見つけてそれを活かすのとか。後は戦う相手はいつも自分達ってところかな」
「戦う相手は自分達……ですか?」
「そ、吹奏楽で「あの高校に勝つ!」とか「あいつがいなければ」なんて思わないでしょう?自分達の努力次第で演奏が決まる。全ての部活に該当する事柄ではあるんだけどね、吹奏楽の場合は少し違うって思っているの。自分が頑張ればその分帰ってくる、今回の様に勝敗のない学びながら楽しむ、そんな経験って運動部では手に入りづらいと思わない?大志みたいに相手と比べる必要なんてない。自分達の好きな様にやっていけばいい。これって競技をやってきた人からすると楽だし、楽しいんだよね。だから、熱中するのかな。大志も私も」
「……そうですね。そうだと思います」
その通りだ。私は胸を強く抑える。
自分の中に眠っている過去を抑えるように、思い出すように――。
「んーー!随分と長話しちゃった。練習しましょうか」
「はい、そうですね」
***
合同演奏会は無事楽しく終わった。しかし、私にはまだ解決しないといけないことがある。
自分とのけじめをつける為にも、大志くんと話をしたい、そう思った……。
帰り際、茉凛さんが耳打ちで「さっき、ぽろっと大志くんって呼んでたけれど?」と囁く。
……それは茉凛さんが大志、大志連呼するからうつったんです!
***
そして、私は大志くんと話をする――。




