合同演奏会 大志編
「嘘だろ……」
合同演奏会当日。会場のアクトシティにある研究交流センターで行われる。1階が楽器博物館となっており、昔の楽器や歴史を知ることが出来る。小学生の時に授業で来た気がする。よもや、またくるとは思わなかったが。
そんなことよりも……、
「どーしたの?大志。怖い顔しちゃって」
茉凛ちゃんはにこりと微笑んで俺の顔を覗く。
「双蘭高校と一緒だとは思わなかった……」
「言ったでしょー、また今度って」
楽器講習会の帰りに言ってたけどもさ。あれは決まり文句みたいなものだと思うだろ……!
「今日は双蘭・凱旋、それと臨海館の3校だからね!ってそれくらいは聞いてるでしょ?」
「まあね」
そう、平日の時に今日の詳細は聞いていたのだ。勿論、参加学校も。
「そういえば、茉凛ちゃんの楽器って何なの?俺知らないんだけど」
「ふっふっふ。後のお楽しみ」
チッチと指を振る。長年の勘で分かる。決して良いことが起こらないことが……!
***
合同演奏会はまず2階のホールで全体で通し合奏をして、双蘭の顧問、汐崎先生の指導の元行われていった。
争覇先生以外の指導での合奏は新鮮だったし、大勢での演奏の音の厚みに驚かされる。
汐崎先生からの指摘事項などを踏まえて、楽器ごとにセミナー室に分れてのパート練習を行う。
各楽器のリーダーが指示を出して移動を始めていく。
俺のサックスパートも動き出すのだが……、
「――はい!サックスパートは3階の34号室でやりますので移動して下さい!」
テナーサックスを持っている茉凛ちゃんが号令をかける。――やっぱり。サックスだったか。
合奏も俺の隣だったしな……はは。
まあ、いいや。いつもの様にご教授願うかな。
楽器ごとの練習が始まる。
「――今のところはターン、タターンとしっかりと吹きましょう。走りがちなフレーズですので。それから……」
……こうやって茉凛ちゃんが周りに指示を出しているのは初めて見るな。なんか変な感じだ。
周りの女生徒の顔色を見ると、尊敬の眼差しで茉凛ちゃんを見ている。たしかに、女性が憧れるようなカリスマ性があるよな。
「どうしたの鷹谷くん?眼が怖いよ」
心配そうに縣楊果さんが俺の横顔を覗く。こないだの楽器講習会で仲良くなった双蘭高校バリトン1年の生徒だ。
「何でもないよ、楊果さん」
「大志ー!イチャイチャしてないで私の話を聞きなさいよねー」
周りからクスクスと笑い声が聞こえる。楊果さんは顔を赤く染めて「ごめんなさい」と小さく謝る。
「少しだけ話をしただけです。鷲峰先輩」
ここでは幼なじみの関係は良くない。そう考えて敬語と先輩呼びで対応する。……茉凛ちゃんは普通に「大志」と呼んできたがまあいいだろう。が、しかし……
「水臭い言い方するな。茉凛ちゃんと呼ぶって決まりでしょー!」
えええーー……。
みんな「え?知り合い?」みたいな顔をしているよ。彩矢さんの視線は何かいつもより怖いし――しょうがない。
「幼なじみなんです。僕と双蘭の部長さんは」と補足を入れる。
「そういうことなのです。さ、いつものようにほっぺにキスは?」
「一回もやったことないこと言わないで下さい」
ズバッと返す。周りが反応する前に返さなければ面倒だ。
茉凛ちゃんは「つまんないー」と軽く不貞腐れるが、すぐに練習を再開する。助かった……。
***
「……あんな優しくて可愛い部長始めてみたよ」
低音パートの練習に参加するためにバリトンサックスだけ部屋を移動して、少しの休憩をしている時に楊果さんが呟いた。
「そう?俺からすると普段通りなんだけどな」
「いつもはもっと厳しくて威圧感が半端じゃないの。そこが綺麗でかっこよくて憧れるんだけど……」
たしかに、パート練習を指示をしている茉凛ちゃんは新鮮だった。俺がいないところでは接し方が違うのだろうか?いや、あの人はそんな器用じゃない。
負けず嫌いで、努力家な一本芯の通った女性だ。
おそらく、部長という役割に責任を持っているので、威圧感があるように見えるのだろう。茉凛ちゃんらしい。
「――部長と仲が良いんだね」
「まあね。昔からの仲だから。小学校の時にバレー、中学はバスケをやっていたから俺と兄貴はいつも練習台になったな。お蔭でバレーもバスケもある程度出来る様になったけど、何をする時も一緒の時が多かったからかな?」
練習に付き合うたびに「あんたたち兄弟ばっかり上達してズルい!」と怒られたのは黙っておこう。茉凛ちゃんはみんなの憧れみたいだからな。
「だから運動神経抜群なんだ!私もあんな風になりたいなー」
「楊果さんは運動苦手なの?」
「まあね。文化部で運動部並みに運動出来る人の方が少ないと思うけどな」
楊果さんはたははと苦笑いを浮かべる。
「あ、そうだよね……」
そういうものなのか。凱旋は元運動部が多いからかそんな風には感じなかったが、そう言われれば中学でも文化部の子が活躍する姿はあまり見なかったな。
「運動も出来て綺麗でカッコ良くて素敵な彼氏さんもいるみたいだし、完璧な人って本当にいるんだね」
楊果さんは溜息をつく。
「完璧じゃないよ、茉凛ちゃんは」
「え?」
俺のきっぱりとした口調に少し面を喰らった様だ。
「あの人は完璧になれるように人一倍努力するタイプだから。あ――茉凛ちゃんを小さい頃から知っているけれど、周りが凄いって思う人って見えない努力があってこそだと俺は思っているんだ」
一瞬、兄貴と言いかけてしまいそうになり、急いで茉凛ちゃんと言い直し、話を続ける。
「――夜遅くまでやって朝早く起きて続きを、それを毎日のように反復的にこなしていくんだ。数日経つと出来なかったことが出来る様になる、そうしたら出来なかったことが当たり前になるまで練習をする。そして次のステップに行く――その繰り返し……、吹部でもそんな感じでやっているんじゃないかな?」
「う、うん。そう言われてみればそうかも……?でも運動だけの話だよね、綺麗だとかカッコいいとかは――」
「自分を限界まで追い詰めて没頭出来る人って、他人から見ると素敵に見えるんだよ。容姿はその次だよ」
「――!!」
だからこそ兄貴も茉凛ちゃんも素敵に見えるのだ。
自分に厳しくて、周りには大変な素振りを見せない。傍から見れば完璧だったり天才に感じるのだろう。
まあ、兄貴みたいに容量が良いと格別にその差が出てきてしまうが、茉凛ちゃんみたくなれるのは、そこまで大変ではない。どこまでストイックになれるか、次第である。
「……って、ごめん!なんだか説教じみた言い方しちゃって!」
つい熱く語ってしまった。精神論みたいな内容を語りだすとか……恥ずかしい!というか、気持ち悪がられてはいないだろうか?
「ううん……、凄く貴重な話だったよ。私も鷹谷くんみたいに慣れる様に頑張るかな」
「え?何で俺、茉凛ちゃんじゃなくて?」
「憧れの人と目標にする人が違っても可笑しくはないでしょ?」
「まあ、たしかに?」
楊果さんは頬を赤らめながらも、つぶらな瞳で俺を力強く見つめる。
「同い年の人が目標の方がやる気でそうじゃない?」
「……!!」
楊果さんの顔付が変わっている。艶のある声からも強い意志の様なモノを感じる。
大人しそうに見えて、内心は好戦的なんだな楊果さんって。
これは言葉にするのは野暮な気がするので口にはしなかったが、『ライバル』というやつなのだろう。
「――いいんじゃないかな?」
俺は睨まないよう、楊果さんの眼を見つめる。
「――――!!」
楊果さんは何故か顔を真っ赤にしてふさぎ込んでしまった。
……今の発言が恥ずかしかったのだろうな、よくあることだ。俺だって今さっき後悔したばっかだから。
「れ、練習に戻ろ!休憩はもういいんじゃないかな?」
「そうだね、行こうか」
足早に歩いていく楊果さんに続くように後について行った。
***
「――はい!以上で合同演奏会を終了します」
『ありがとうございました!!』
あの後、パート練習も順調に済ませて、2階のホールに全員集まり、最後に通しで演奏をして、演奏会は終了となった。
「お疲れ大志」
隣にいた茉凛ちゃんが俺の顔を見て笑う。
「茉凛ちゃんもお疲れ」
「いやー、大志と演奏するとは思いもしなかった!」
「まあ、たしかにね……」
それはそうだろう。ついこないだまでサッカー一筋だった男が吹奏楽に足を踏み入れるなんて誰が想像するだろうか。
「こうして他校の生徒と絡むことって中々ないから最後に良い思い出が出来てよかったよかった」
「あー、茉凛ちゃんは夏で引退?」
「そ。まあ、夏で終わるつもりは毛頭ないけどね!秋までやるつもりだから」
全国まで行く。という意味合いだろう。頑張ってもらいたいところだ。俺達凱旋に全国がないと分かった以上余計に思ってしまう。
「――ホント、大志って器用よねー。初めて数か月でそこまで上達するとかムカつく!」
「まだまだ全然だよ。俺自身が全く納得していない。また課題が増えたから1つずつクリアしていくさ」
上手な人達と一緒に演奏することで、自分の良くない点が面白いくらいに出てくるのだ。
そのお蔭で「自分はまだまだ」という気持ちと「これからだ」という前向きな感情が背中を押してくれる。
「――ったく、この分野でも勝てないのか、私は」
茉凛ちゃんは小さく溜息を吐く。
「勝てない?どういうこと?」
「なんでもないー!」
可愛く舌を出して軽く微笑む。……なんなんだよ。
***
「今日はお疲れ!」
凱旋に戻り、片づけをすまして今日は終わりだ。
明日は日曜、ゆっくりしたいところだけど、これからはイベントはない。つまりは、中日吹に向けての練習になる。気合を入れねば……!
「新美、かえろ――」
「――鷹谷くん。ちょっといい?」
新美に話しかけろうと思ったら、彩矢さんに遮られる。
「どうしました?」
「ここじゃちょっと……」
彩矢さんの顔はとても真剣だ。……もしかして説教?
***
別々のタイミングで部室を出て、学校の近くの公園にやってきた。
なんだ?緊張するな――こんな所じゃないと話せないといけない内容って?
「――鷹谷くん」
「はい!」
綺麗な瞳が俺をまっすぐにとらえる。
「どうして、サッカー続けなかったの?」
「――え」
どうしてそんなことを聞くのか。
どうしてそんな真剣な顔で言うのか。
分からない――でも、答えなければいけないのだろう。
本音で――そうしないといけない空気だった。
「――教えて」




