ようこそ、吹奏楽部へ!!② 二年生部員、彩矢の驚き
やっぱり、一週間以上たっているじゃないか!(お前が書かないからである)
……毎日投稿するつもりだったんですよ?
本当ですって!信じて下さい。
一言で彼の印象を述べるなら、「女性に好かれそうな美丈夫」である。――決して、タイプというわけではない、あくまでも客観的な感想である。
少し茶色が入っているミディアムヘアー、名前通りの鷹の様な鋭い眼をした眉目秀麗な青年。
「……どうしたんですか?彩矢さん」
鷹谷大志は軽く微笑んで私の名前を呼ぶのだ。
時間はほんの少し遡る。
***
放課後になり、急いで私達は新入生の楽器体験の準備をする。ここで一人でも多くの部員を確保しなければならない。
「良い子が入ってくると嬉しいねー、直属の後輩となるなら尚更ね」
楽器の準備をしながらアルトサックス二年”七瀬 弥生”が呟く。同感である。
この部活はやる気があって、真剣に取り組まないと成果が出ない。まあ、部活動ってそういうものなんだけど、文化部だから余裕という考えでは、まず辞めてしまうだろう。
「彩矢は男子と女子、どっちがいいー?」
「うーん、女子の方がやりやすいけど、十中八九男子になるんじゃない?」
工業高校とは言え、女子が多いのが凱旋工業の特徴なのだが、部活動に入る女子は弓道・バレーに絞られる。凱旋はこの二競技においては強豪校として名を博しているからだ。部活動目的で入学する女子だっているくらいに……。
「動画部も人気なんだよねー、各パート二人補充出来れば御の字ってやつかね?」
「だね」
些細な会話をしながら、準備を終わらす。他のパートも大丈夫そうだ、楽器の音があちらこちらで聞こえ始めた。
各パートごとに輪の様に椅子を並べ、一対一または複数人を一人で指導するのだ。
私達二年は楽器の体験・指導を担当。三年は……半ば強制的に練習場である”デザイン科 視聴覚室”に一年を連れてくる算段だ……去年を思い出す。
「――失礼しまーす」
二回ドアがノックされる、引き戸のドアは開いているのに丁寧な人だな……と思ったら一年生だった。
二人組の一年生は会釈をして、こちらの動きを待っている。
「はいはい!体験希望ね?ここで受付するから入って入って!」
いつの間にか弥生が入り口付近に移動して、一年生二人の受付を担当していた。相変わらず仕事が早いな、弥生は。
弥生は鼻息荒く、二人に顔を近づける。
「……ふんふん、電気課の鷹谷君と新美君ね、二人は何かやりたい楽器とかある?サックスとかおすすめだけどどうする?」
受付用紙を見ながら、しれっと自分のパートに勧誘しようとしている。そんなグイグイこられると緊張しないのかな?なんて思っていたら、一年生が口を開く。
「サックス空いてるんですか、丁度良かった。サックス吹かせて貰ってもいいですか?」
「新美、グイグイこられても緊張しないんだな」
一重のがたいが良い一年生は何も感じずしれっと答え、もう一人の二重でカッコいい部類に入るであろう一年生は飽きれながら私と同じことを呟いていた。
「よし!――彩矢ー、二名様サックスの体験ー!!」
「え、あ、はい!了解」
早速、楽器指導か。緊張してきた。
***
「お願いします」
二人は頭を軽く下げる。この時点で良い子の様な気がしてしまう。流石に安直か、でも怖い人じゃなさそうで安心した。
私は二人をサックスパートの椅子に座らせ、前に立って口を開く。
「えーと、二年の”修善寺”です。……二人は楽器経験者?」
「僕は中学の時、バリトンをやっていました」
「自分は未経験です。新美と同じ楽器をやろうと思ったんですけど、聞いた話ではサックスには種類があるんですよね?新美はアルト?をやりたいそうなんで、バリトンかテナーを吹いてみたいなって考えているんですけど……」
「それじゃあ、新美君?はアルトで、君はバリトンにしようか」
「わかりました」
現在のサックスパートはアルト2、テナー1、バリトン0という人数構成。バリトンをやって貰えると有り難いところだ。この子はサックスなら何でも良さそうだし……
「じゃあ、おれは一人で吹いているから鷹谷君頑張って。この準備されているアルト、吹いていいですか?」
「ははっ、どうぞ」
弥生に似て自由な子だな、思わず笑みが零れる。
「どうもです」
「お、おい新美。そんな勝手に動いていいのかよ?」
「大丈夫だよ、経験者って話だし、指導する人私だけだから丁度いいかな?それにアルトの三年は勧誘、二年は受付に行っているしね」
受付をしている弥生の方を振り返ると、続々と半ば強制的に一年生が視聴覚室に連行されていた……。
どうやら、弥生は受付に専念するようだ。彼女の様なグイグイといく性格の人がやった方がスムーズに動くだろう。
「……そうですか。それじゃあ、お願いします彩矢さん」
「え?」
突然の発言に面を喰らってしまった。私の名前を呼んだ?下の名前で。先程の自己紹介で修善寺といった筈だけど……それに先輩じゃなくてさん付け?
「ん?どうしました」
鷹谷君は怪訝な顔つきで私を見る。
「ああ、ごめん。私の名前、どうして知っているの?」
「え?さっき受付の先輩が修善寺さんのことを彩矢って呼んでいたので……違ってました?」
「ううん、合ってる。弥生が私のこと呼んでたっけね、そういえば。良く聞いていたね」
私が一年の頃なんて初めての先輩相手に緊張して名前とか聞いてる余裕なかったけどな。いや、それよりも初対面で年上の人を名前呼び出来るだろうか?
「……どうしたんですか、彩矢さん?」
「ああ!ごめん、早速やろうか?」
いけない。後輩に気後れしっ放しだ、ちゃんとしないと。
***
驚いた。凄い物覚えがいい、と感嘆してしまう。
私はサックスの吹き方を、自分の担当楽器であるテナーサックスを使いながら一から説明していった。
鷹谷君は毎回頷きながら私の眼を見つめてくる。長い睫毛から覗く澄んだ茶色の瞳が、私の発言を聞き洩らさない様に強く輝きを放つ。
お互い椅子に座り対面の形を取っているので、なんだかドキッとしてしまう。――なんでいい匂いするの?この子。石鹸ではなく、甘いフレグランスの香りが鼻孔を擽る。
「……成程、こんな感じですかね?」
鷹谷君はマウスピース(口をあて息を吹き込む部分)を銜え、音階を上がっていく。
楽器の吹き方、音を変える運指も数回の指導でものにしてしまった。
「そうそう、凄い上手だよ」
「ああ、どうもです」
安いお世辞と思ったのか、鷹谷君は苦笑いを浮かべる。
いや、本当に上手なんだけどな。しっかりとした音が出ているし、アンブシェア(楽器を吹く時の口の形)もちゃんと出来ている。
私が初めてサックスを吹いた時はこんな上手く出来た記憶が無い。
彼は私の説明と実演を見て聞いて、それを細かく考察して吹く事が出来るのだ、器用な人ってこういう人の事をいうのか。器用で顔立ちも良いとは……羨ましい限りだ。
「難しいですね、楽器って。唾がたまっちゃりしてマウスピースから口を離す時に糸引いちゃいそうで怖いですよ」
鷹谷君はハニカミながら微笑を浮かべる。
「あははっ!そうそう、私も初めての時はよくなってたよ。つい力が入り過ぎちゃってね」
私はテナーサックスを膝元に置いてそう答えた。
「へー!そうなんですかー、他にはどんなことがあるんですか?」
「えーとねー……」
***
――いつの間にか二人で仲良く談笑していた。鷹谷君が聞き上手なのか、私がお喋りなのか……いや、前者だろう。出会ってからずっと彼のペースだ。……まあ、いいんだけど。
「――良かったです」
鷹谷君は急に安堵の息を漏らす。何が良かった?楽器が上手に吹けた事かな?と急いで思考を巡らせていると、彼の口が動いた。
「彩矢さん、楽器を教えて貰う前まで嫌そうな顔色をしていたので……迷惑だったかなと」
「ええ!ごめん、そんなこと思ってないから」
その時の表情は、嫌そうな顔というより彩矢さん呼びに驚いた顔色なんだけどね……。
「良かった。――彩矢さんって教え方が凄く丁寧で助かりました。お蔭で初めてにしては良く吹けれたかな?って感じです」
鷹谷君は笑顔で感謝の言葉を述べる。……なんだろう、ホストと会話しているみたいだ。ほぼ初対面の女性にこんなことを言える一年って……他の女性だったら、堕ちている可能性が高い。
流石に年下は。という謎の意識と、初対面の子の優しい言葉でクラッとくるほど惚れっぽくはなくて良かった。
「あ、そろそろ体験時間が終わりみたいですね」
「――本当だ」
時間は四時をゆうに過ぎていた。この後は部員達の練習に切り替わるのだ。もう一時間経っていたのか……。
横を見ると、弥生が新美君をからかいながら一緒に楽器の掃除をしていた。――いつの間に弥生は戻ってたの?眼の前の事に集中し過ぎてたようだ。
「僕達もそろそろ……」
「そ、そうだね」
私達も楽器の清掃に取り掛かる。彼は説明を受けなくても私のやり方を見て、すぐさま対応する。頭の回転が速い人だな。
「……鷹谷君って中学の時、何部だったの?」
ふいにそんな質問を投げかけたくなった。普通、もっと先に聞くような質問ではあるけれど……。
「――サッカーをやっていました。高校では何か違う部活をやってみたかったので……」
「そうなんだ、上手だったんじゃない?」
「どうでしょう――一様試合には出れていましたけど、上手いとはあまり思ったことがないですね」
彼は困ったような顔つきでそう語る。聞いてはいけなかったのかな?
「どうして上手だと思ったんです?」
「え?いやー、器用だし要領も良さそうだったから……かな?」
「自分じゃあまりわからないところですね。彩矢さんは高校から吹奏楽部に入ったんですよね?」
私は「うん、そうだよ」と頷く。先程の雑談で高校で初めて楽器を吹いた時の思い出を振り返っていたのだ。
「自分のことを上手そうって言ってくれましたけど、彩矢さんの弓道の腕も中々だと思いますけどね」
「ははっ、そんなことは……あれ?私、中学の時弓道部だって言ったっけ?」
「すいません、違ってました?」
「いや、合っているけど……何でわかったの?」
「えーと、楽器を取り出す為にしゃがまれた時、右足を半分引いていたので……”半足を引く”って言うんでしたっけ?弓道をやられている人が癖でするってアニメで見たんですよ」
「な、成程?……よく見てるね、本当に」
初対面から思っていたけど、彼の異常な観察力は何なの?実は探偵さんなのか?
「でも、足を引いただけで弓道部になる?理由としては不十分じゃない」
何故だろう、困惑され過ぎて謎の対抗心が芽生えた。というか、探偵に犯人として名指しされ、驚きながらも反論する容疑者みたいだ……。
「探偵アニメみたいな展開ですね。……そうですね、この学校って女子の弓道・バレー部が盛んでしたよね?それ目当てで入学する人がいるみたいですし。高校から吹奏楽部に入ったってことは中学は違う部活――容姿を見るに文化部ってイメージが湧かなくて、弓道が一番しっくりくるなと思ったんです」
「……」
「……あ、いや、正直の事を話すと、ちょっとした話題作りとして振ったんです。「いや、弓道部じゃないよ」みたいな……は、はは」
鷹谷君は申し訳ない顔をしていた。……私もである。
彼の洞察眼につい本気になってしまった。なんだか、これから先輩として下級生に色々指導出来るか心配になってきた。後輩の対応ってこんなに大変だったっけ?――ああ、中学の時もそれなりに大変だったな。
「なーに彩矢のこと揶揄ってんのよ?鷹谷くん」
横から弥生が顔を覗かす。腕を鷹谷君の方に乗せながらだ。楽器の掃除は終わったようだ。
「いえ!そんなつもりじゃなかったんですけど……」
「わ、私が上手く対応出来なかっただけだから!初めて初心者に教えるんだから弥生も手伝ってよね」
「手伝うって、十分吹けてたじゃいさ。それに、凄く楽しそうにしてたから邪魔しちゃ悪いっと思ってね~」
弥生はニヤニヤしながら私達を一瞥する。
「そんなことはないから!――もう」
「二ヒヒ」
「あ、明日も来ていいですかね?なあ、新美?」
鷹谷君は気まずい空気になりそうなのを察してか、話題を変える。
「だね、おれも吹き足りないし」
「いいわよ。二人とも入部するつもりなんでしょ?明日からは教本見て各自で自由にやって貰おうよ、彩矢」
「それでいいの?」
「大丈夫でしょ。それじゃあ、お二人さん。今日はここまでってことで!お疲れさん」
「……お疲れ様」
「失礼します」
二人は頭を下げ、部屋を出て行く。
「ふーーー、どっと疲れた」
「お疲れ。どうだった彼?」
「……凄かったとしか。物覚え良いし、要領も良いし――」
「――イケメンだし?」
「そんなこといってません!!」
……まあ、カッコいい部類には入るよね。
「それよか、練習頑張らんとね」
急に弥生の顔が真面目になる。
普段はおちゃらけてはいるが、とても負けず嫌いな面を持っているのが彼女の良い所だ。
「新美は経験者で、まだアルトに慣れてはいないけど時間の問題。鷹谷は……あれ初心者か本当に。あんな簡単に吹かれるとちょっとショックかも」
「それは言えてる。でも、良い子だし上手な人が入ってくれるのはいいことでしょ?」
「まあ、そうなんだけどねー。あの二人が入れば大会もイケるかもしれないし、私達も気合入れますか!」
「うん!」
こうして、私だけ”波乱の楽器体験”一日目が終了した。
この後は、基礎練習の後、大会に向けて合奏だ。
部員紹介①
名前:修善寺 彩矢
学年:二年 情報科(進学コース)
血液型:A型
担当楽器:バリトンサックス(一年)→テナーサックス(二年)
誕生日:六月十八日
部員№18