A Hard Day's Morning
12月に入り、その2週目の土曜日のこと。俺達は合同演奏会以来ぶりにアクトシティにある研究交流センターに集まった。
今日はここでアンコンの試奏会が行われる。
「――にしてもどうしてやるのかね」
楽器の搬入をしながら新美が口を開く。
「試奏会か?そうだな――大会に向けて場数を踏むっていうのと大会に出られない人の為の舞台の2つの意図があるからじゃないのか?」
「舞台?」
俺と新美の話を聞いていたくらやんがくせ毛をぴょこっと動かして首を傾げる。
「あくまで推測なんだけどさ、アンコンって1高校につき2編成しか出られないだろう?みんな必死になって練習をしてその切符を取っている筈だ。そうなると必然的に出られない人がいるのは当然だろう?」
「自分の高校の生徒だけではなくて他校の生徒にも演奏を聞いてもらえる最後の機会ってことか」
新美は俺の言わんとしていることが分かったようで先に補足を入れる。
「ああ、やり方は違えど校内オーディションを行って選出をするだろうから、そこで落ちた人達の演奏を聞く機会はないってことになる。まあ、演奏会や定演とかで昇華出来る時があればいいんだろうけどさ」
「僕達の予定にはないよね……」
「そうなった時にやってきたことを見せれる舞台が――今日ってことになる。あくまでも推測だけどな」
あくまでも推測だ。本来の目的はライバルたちの演奏を間近で聞いて自分達のやる気を出させる――とかかもしれない。しかし、俺の推測もあながち間違いではないだろう。聞いてもらえるタイミングがあっても、今回のような現役のそれも同じ楽器をやっている人達の前で堂々と演奏をする、なんてタイミングはそうそうない。
つまり何が言いたいかというと、今日は相当ハードになるということだ。
***
楽器の搬入を終わってそれぞれ楽器の準備を始めている時だった。
「鷹谷くん!久しぶり」
双蘭高校の1年バリトンサックスの縣楊果さんが挨拶にきてくれたのだ。
長髪の黒髪をゴムバンドで束ねて肩に少しかけていて、黒髪と反するような白い肌が特徴的な女性だ。
「ああ楊果さん久しぶり。定演見に来てくれてありがとう」
「う、うん……凄く良かったよ」
長い黒髪をイジリながら艶のある綺麗な声が返ってくる。
「はは、ありがとう。楊果さん達もサックス4重奏だったよね?」
俺は事前に渡されたタイムスケジュールの紙の内容を思い出しながら話す。
「うん、そうだよ。はあ……さっきから緊張しっ放しだよ」
「わかるよ、もしかしたら本番より緊張するかもね」
「……そんな感じには見えないけど。鷹谷くんらしいかな」
「ん?」
俺の反応を余所に楊果さんは自分の高校の元へ戻っていく。
俺らしい……ポーカーフェイスってことかな?良く分からないな。
「彩矢さん、さっきの話どう……思い……どうしました?顔が怖いんですけれど」
「元からこういう顔です」
あ、これは怒ってらっしゃるぞ。嫉妬している……とは思いたくないな。可愛すぎて頭を撫でてしまいそうになる。
「た、た、大志くん!何のつもり!?」
「えっ?…………あっ」
気付いたら有言実行している自分がいた。いや、言っていないから妄想実行か。
って、そんな悠長なこと考えている場合じゃないだろ!
「すいません……!つい」
「もう……人目のつかないところでやってよね!」
何ですかその提案、最高じゃないですか。ありがとうございますすいませんでした。
瞬間、嫌な気配を感じて周りを見る……みんな自分の準備でこちらの様子なんて見ては……やられた。
凱旋では部活動の記録を動画に残すという伝統がある。その為に必要な素材集めをアルバム係と呼ばれる役職の部員が担当する。その1人の名は新美浩太郎――この野郎であった。
「新美……俺に突き付けているその親指を反対方向に持っていくか、今撮ったデータを削除するか選んでいいぞ」
「鷹谷くん……君は命令出来る立場にいるのかい?」
「何が目的だ……!」
「コンビニの肉まんとおでん2品」
「……わかった」
俺は新美と硬い握手を交わす。決して裏切ることのない友情の証でもあり、約束を違えないという意味が含まれている。
「ああ、1つ言い忘れていた。純先輩もこっそりとっていたからね」
遠くの方で親指を立てているトランペット2年の鈴木純一さんが向うにいた。ちなみにもう1人鈴木の苗字を持つ人がいるため、周りからは純先輩と呼ばれている。
「…………」
試奏会が始まってもいないのに、財布がハードになっていきそうだ……。




