安らかに眠る
「リューン様っ」
ローウェンが叫ぶ。
城門から入り、馬から飛び降りると、リューンは走って中へと入った。
「おい、待てっ」
城の入り口に立っている三人の兵が、腕でどんっとリューンの胸を突いた。
「何者だっ」
兵がリューンを取り囲む。
「どけっ」
リューンも負けじと、腕を使って兵を避けた。
「勝手に入るな」
「その方は、リンデンバウムの領主、リューン様です。その手を離しなさい」
ローウェンがようやく近づくと、兵が一二歩、後退した。
「あなたがリューン殿か、貴殿にも話を聞かねばならぬ」
三人の兵の中でも上司なのだろう男が、興奮気味に声を荒げた。リューンは、それをも構っていられないという態度で、身体をその隙間にねじ入れた。
「どけと言っているっ」
「リューン殿、暴れるなら拘束する」
兵がずいっと前へ出る。
そこへ、ローウェンが割って入る。
「リューン様、あなたはまずは冷静になってください」
「ローウェン、お前も邪魔をするな、」
「リューン様っ、あなたはリンデンバウムの領主ですよっ‼︎ その舐めた態度を改めなさいっ」
ピシャリと言われて、我を取り戻す。リューンは少し狼狽し、困惑の表情を見せた。
「それから、兵士殿。リューン様は長旅から戻ったばかりで、お疲れです。聴取なら明日、お受けします」
「ですがっ……」
「あなた達の言う現場検証とやらはまだ終わっていないのでしょう。話を訊くのが一日くらい伸びたって構わないはずです。リューン様には明日、必ず聴取を受けていただきます。今日は遠慮していただきたい」
これまたピシャリと言うと、リューンの背中を促して、ローウェンは並んで歩き出した。
「どうなっている、ローウェン。ムイは、ムイはどうしたんだ?」
いつも鉄面皮で通しているローウェンが、途端に顔色を変えた。 リューンは焦って、再度詰め寄った。
「ムイは、どうしたんだと訊いているんだ。ローウェン、言うんだ」
「ムイ様は……その、」
言いにくそうに淀んだ口元に視線が釘付けになる。だからだろう、ローウェンがチラと周りを盗み見たのを見逃してしまっていた。後ろには、まだ戸惑いの表情を浮かべている兵士がいる。
「ローウェンっっ‼︎」
「お、お亡くなりに」
「嘘をつくなっ」
リューンは叫ぶと、廊下をずんずんと歩き出す。ローウェンはリューンの後を精一杯、追い掛ける。けれどそれに追いつかないほど、リューンは足を早めていた。
「リューン様、お待ちをっ」
ローウェンが足をもつれさせながら、その後ろ姿を追う。
リューンはとうとう、ムイの部屋の前に到着した。
「ムイっっ」
ドアを開ける。きょろきょろと部屋の中に視線を投げる。すると、ベッドの上に寝かされた人影に、どっと心臓が打った。
寝かせられた身体。両手は祈るように、胸の辺りで組まれている。
そして、顔。
白く薄い布が被せられていて、リューンの心臓が再度、軋んだ。
「ムイ、まさか、ムイ、」
足が震えて、前に出ない。
「……そんなことは、」
そこで、はっと気づいた。
ムイの艶のある黒髪が、銀色の髪にすげ替えられていることに。
「……ムイ、じゃない」
慌ててベッドの側に駆け寄り、白い布を取った。
横たわっているのは、シバだった。
血の気のない青白い顔。閉じられた目。安らかその表情は、すでに生の営みを止めてしまったことを物語っている。
「ど、どういうことだ」
直ぐに胸に耳をつける。分かってはいたが、それが事実なのかを確かめようと、リューンは耳を澄ました。心臓が鼓動していないのを確認すると、リューンの心は途端に濁っていった。
「シバはどうしたのだ? ムイは、どこにいる?」
おろ、と混乱する心を、後から遅れて入ってきたローウェンにぶつけた。
「リューン様っ。少し、冷静におなりなさいっ」
「これが冷静でいられるかっ。ムイはどこにいるのだ、ローウェン、早く言えっ」
「リューン様の寝室に、……」
直ぐにもドアから飛び出して、廊下を走っていく。
胸騒ぎがリューンを邪に支配する。シバの亡骸を見た後ということもあり、リューンの心は否応なしに不安に包まれた。
(ムイ、ムイは無事なはずだ。ムイ、ムイ、)
握った拳は、城へ入る前から震えていた。震えの原因を拒否するためにも、リューンは身体のそこかしこに力を込めていた。
(死ぬはずがない、俺を待っているんだ)
ムイがもし。
自分の元を去ったとしたら。
(……俺は一体、どうやって生きていけばいいんだ)
気がふれるのだろうか、それとも……。
眉が歪む。
(ムイ、お前を失ったら俺は、……俺は、生きてはいけないんだ)
足が。
勝手に走り出していた。




