結菜の学校のいつも通りの教室で
結菜の通っている平凡な高校にいつもと変わらない日常の風景が広がっている。授業が始まる前の教室で生徒達が思い思いに賑やかに談笑しているどこにでもある風景だ。
「昨日の奴らは大魔王の手先なのでしょうか」
「さあ」
教室に入ってくるなり、委員長の美久からそう訊ねられたが、結菜自身も昨日絡んできた友梨達とは初対面だったので知るはずもなかった。
昨日は不良グループに絡まれるアクシデントがあったものの、みんなの様子はもういつも通りでそれぞれの雑談に興じていた。
みんな昨日起きた騒ぎよりもこれからの事で頭が一杯のようだった。
結菜にとってもこれからの学校生活が大事だ。高校生活はまだ始まったばかりなのだから。
昨日の事を気にしているのは美久だけのようだった。
彼女はまだ何か語りたい様子だったが、もう一人の話し相手である麻希は自分の席で真面目な顔をして本を読んでいるし、授業の始まるチャイムが鳴ってしまったので諦めて自分の席へと戻って行くのだった。
いつもと同じ時間が流れるいつもの授業が続いていく。
不良グループに挑戦されたり美久からは大魔王が動いているとか言われていても世界は平和だ。
この退屈な時間でどう翼に言われた学校生活を楽しむ事を見つけたらいいのだろう。結菜は授業も上の空でついそっちの方を考えてしまう。
空を見上げてもただ白い雲が流れているだけで答えを教えてはくれない。時間はただ流れていく。
このまま流れて何事も無く卒業まで終わってしまいそうなほどにのんびりとした空気のような時間。
気持ちを焦らせても今できる事は先生の授業を聞く事しかない。結菜は諦めてノートを取る事に集中する事にする。
静かだなと思っていたら不意にヘリコプターの音が近づいてきた。それは学校の上を通り過ぎると思っていたのだが、近づいてくると校庭に着陸した。
ヘリコプターが降りてくるなんて珍しすぎる。結菜は驚きながら窓際の席という自分の位置を利用して座ったまま教室の窓から校庭を見下ろし、気になるクラスメイト達も自分の席で背伸びしたり、授業中だというのに窓際に行ったりして見た。
授業を中断された格好の先生が苦笑するように教えてくれた。
「今日帰ってくるって連絡があったけど、校長先生が帰ってきたようだな」
「校長先生?」
そう言えばその姿を一年生で入学したばかりの結菜はまだ見たことが無かった。入学式では出張で留守にしていて教頭先生が代わりに挨拶していた。
知らないのはクラスメイト達も同じようで、みんな興味深そうに教室の窓から校庭の様子を見下ろした。
校庭に留まったヘリ。そこから降りてきたのは身なりの良いスーツを着こなし上着をマントのように羽織ったサングラスの男だった。校長先生というよりヤクザの親分のように見えた。睨まれたら怖そうなので結菜は少し隠れるように身を低くした。
「あれが校長先生?」
「そうだよ。見た目は恐そうだけどとてもしっかりした人なんだ」
「へえ~」
先生の話を聞きながらも結菜は校庭から目を離さない。いつ射抜かれるか分からない。そんな緊張感を感じるのだ。
彼を出迎えたのは数人の先生と生徒達。生徒には結菜の知っている人もいた。生徒会長の白鶴渚と書記で弟の銀河だ。他の生徒は知らないが渚が率いているのならきっと生徒会のメンバーだろう。
結菜の傍に来た美久がそっと声を潜めて話しかけてくる。
「会長と校長先生は何を話しているんでしょうか」
「さあ」
知らない事ばかりでかっこ悪いとも思うが、結菜にも校庭での話し合いの声は聞こえないのだから仕方がない。
渚と校長先生は少し言葉を交わすと校舎の中へと入っていた。そこで祭りは終わりとばかりに教室の空気が緩む。
姿が見えなくなり、ヘリコプターも運転手に操縦されて飛び去って行った。そのタイミングで教室の先生が言った。
「ほら、授業を続けるからお前ら席に戻れよ」
先生の声に追い立てられるようにみんなそれぞれ自分の席に戻っていく。
これでこの事件は終わりだ。結菜はそう思っていたのだが、後の放送で呼び出される事になるのだった。




