言いたい事を言う姫子
授業の始まるまでの僅かな時間。この休憩時間の間に翼を見つけて自分の思いを伝えようと姫子はダッシュで校舎の階段を昇った。その速さはまるで風のよう。
かつては緊張した上級生の階だったが、今の姫子はためらいを抱かない。一刻も早く伝えたいことがあるのだから行くだけだ。
「翼さんが……いた!」
興奮が冷めるよりも早く目標の姿を捉え、姫子の興奮はさらに跳ね上がってピークに達した。
他の生徒達などという有象無象など全く気にも留めず、瞬時に目標の傍へと到達する。
「翼さーーーん!」
「はい? 風が……姫子さん?」
大きな声に翼が振り返ると姫子がいる。翼は叶恵と一緒に朝の生徒会の用事を片付けて教室に入ろうとしていたところだった。
叶恵は翼に別れの挨拶をして自分の教室に向かおうとしていたところだったが、いきなり姫子が割って入ってきて、良い顔をしなかった。
翼の手前、注意する事はしなかったが。
姫子はそんな副会長の不満そうな様子は気にせず、存在にも気づかないかのようにただ翼に向かって自分の用件を訴えた。
「翼さん! 聞いてください!」
「はい、聞きますわよ」
「ちょっと翼様……」
不満を言おうとする叶恵をやんわりと手で押しとどめ、翼は聞き役に回った。
姫子がこれほど夢中になって来るのだからよほど言いたいことがあるのは分かっている。そして、それほどの事は彼氏絡みの事であろうと翼には予想がついていた。
授業が始まるまでは後五分程度。時間が無いので翼は早く用件を伺おうとしたのだが、姫子の口は予想を超えて早く長かった。
用件は翼の予想通り彼氏の事。内容は昨日のデートが上手く行ったこと。よほど嬉しいのか姫子の口はうきうきとして止まらなくて、この事態を予想していた翼も少し参ってきた。
「それでですねー、翼さん!」
「仲が宜しいようで何よりですわね」
「悠真さんとそれからデパートに行って……」
(いつまで続くんでしょう)
チャイムが鳴れば姫子も気が付くはずだ。我慢する翼。
三分程をマシンガンのように語ったところで廊下の向こうに苺が姿を現した。気づくなり彼女は陸上部仕込みの足でダッシュしてきた。
「姫ちゃん! 翼様に迷惑掛けちゃ駄目!」
「え? わたしは迷惑なんて掛けてませんよ」
「ちょうど良かったですわ。昨日の事はわたくしも気になっていましたし、上手くいって良かったですわね。ほら、もうすぐ授業が始まりますわよ。自分のクラスにお戻りなさい」
「あ、もうこんな時間!」
「ほら、姫ちゃん行くよ! みんなが注目してるから!」
「え!? ええーーー」
姫子はその時になってやっと自分が周りの上級生達の注目を集めていて、何を喋っていたのかを理解した。
「ご、ごめんなさ~~い!」
「姫ちゃん、待って! 失礼しました!」
顔を真っ赤にして脱兎の如く駆けだす姫子。また置いていかれる苺。
苺は翼に頭を下げてから、姫子の後を追って走っていった。
見送って廊下が日常の風景を取り戻してから、叶恵は翼に近づいて声を掛けた。
「翼様、あのような下級生の態度は注意しませんと」
「良いではありませんか。我が校の生徒が幸せそうなら何よりですわ。デートとはそんなに楽しいものなのでしょうか。羨ましいですわね」
「翼様!?」
「さあ、授業が始まりますわ。叶恵さんも早く自分のクラスにお戻りなさい」
「は……はい……」
叶恵はまだ不満を言いたい気分だったが、翼が戻れと言って教室のドアを閉めてしまったので、渋々と自分の教室に戻るのだった。




