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サイクリングストリート  作者: けろよん
勇者の挑戦

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夜道の戦い

 結菜は自転車に乗って夜の道を疾走する。友梨との戦い。勝負はまずは結菜がリードしていた。

 夜風を切って走る結菜の背後から友梨が話しかけてくる。


「スタートから頑張るじゃないか、勇者様」

「当然! そして、このまま勝つ!」


 結菜はただ全力でペダルを回す。直線を走るのに加減する必要など何も無い。全速力で走り抜け、最初のカーブがすぐに迫ってくる。

 山道は細い。少しでも道を外れると道路脇の藪の中に突っ込んでしまうだろう。

 僅かなコースアウトだけでも致命的なミスに繋がってしまう。

 今のスピードのままでは曲がり切れない。結菜はそう判断してブレーキに指を置こうとした。

 これまで何度も自転車で走る勝負をしてきて、結菜は自分の自転車の性能と走り方を掴めるようになってきていた。

 自分の判断のままに。先を急ぎたい気持ちはあるが、ブレーキを掛ける指に力を入れようとする。

 その時だった。すぐ背後から不気味な声が投げかけられてきた。


「それで良いのか、勇者様? 臆病風に吹かれるようでは勇気ある行為とは呼べないな」

「え?」


 友梨の声だった。

 結菜は背筋の震える思いを感じた。すぐ喉元に背後から死神に鎌を突きつけられているかのような嫌な感じがした。

 カーブが迫る。結菜は自分の感覚を信じてブレーキを引いた。

 友梨が並んでくる。彼女は暴力を振るうこともなく、ただ楽しんでいるかのような好戦的な眼差しを浮かべていた。


「びびるなよ。勝負をしようぜ。楽しくな」


 友梨は減速することなく、コーナーに突っ込んだ。


「無茶だ、あのスピードじゃ」

「へっ」


 結菜の見ている前で友梨は素早く自転車のハンドルを回した。後輪を一度持ち上げ地面に叩き付け、タイヤを滑らせるようにスライドさせ、アスファルトの上に僅かばかりの火花を散らした。

 減速せずにそのままカーブを曲がり切った友梨はフルスピードのまま次の直進へと移行した。


「何、今の?」


 結菜は驚いて出遅れた。距離を離された。そうと気づき、すぐに勝負のことを思い出して、カーブを曲がり終わってすぐにスピードを上げた。

 追いつけるか心配だったが、友梨はわざと自分からスピードを落としてきてリードした距離を詰めて話しかけてきた。


「お前、ドリフトを知らないのか?」

「ドリフト?」

「翼に何を教えてもらった? 賢者様はお前に何かを教えてはくれなかったのか? あたしの喜べるようなことをだ」

「お前に教えることなんて……ない!」


 結菜は力を勇気に変えてペダルを踏む。不敵に笑う友梨の横を走り抜け、次のカーブに挑む。


「今度はなるべく減速しないように」


 結菜は今度はブレーキを出来るだけ掛けないようにして曲がろうとする。だが、速すぎて車体が外へと振れていく。


「くっ」


 コースアウトしそうになるのを何とか耐えて曲がった。ほとんどぎりぎりだった。

 今度は友梨に抜かせなかった。

 いや、抜いてこなかった。

 勝負を仕掛けてくることをせずに、友梨はただ面白そうに声を上げた。


「良い勇気だ。さすが勇者と呼ばれるだけのことはある。その無謀とも思える勇気、嫌いじゃないぜ。だがな……」

「え!?」


 結菜は不意に自転車を漕ぐ足が重くなるのを感じた。ペダルが前に進むのに抵抗を感じる。  

 自転車が重くなっているのではない。何かの力で引っ張られている……?

 結菜は背後を少し振り返ろうとして思わず息を呑み込んでしまった。

 暗闇の中で背後から獲物を狙う凶暴な獣と目が合った感覚がした。友梨の目だった。

 うすら笑いを浮かべる彼女の手が結菜の自転車の後ろを掴んで引っ張っていた。


「そう急ぐことはないだろう。もっとゆっくり走ろうぜ」

「離してください! 卑怯ですよ!」

「卑怯か。ククク……言うねえ」

「くっ」


 結菜は振り切ろうと足に力を入れるが、友梨の手は離れない。


「そうムキになるなよ。たかが自転車じゃないか。こんなくだらない勝負なんかよりももっとお前のことを教えろよ」

「わたしはお前になんか負けない!」

「そうかい。やる気があるのは結構なことだな」


 友梨の手が離れる。一瞬バランスを崩しかけるが、結菜は何とか体勢を立て直す。

 再びペダルを漕いで夜道を疾走する。背後から言いようのない闇が迫ってくる感覚に必死に抗いながら。

 街灯が夜道を照らす明かりがあるのが幸いだった。道は見えている。ならば勇気を持って走るだけだ。

 続く緩いカーブを難なく走り抜け、最後のカーブを曲がった。

 ゴールが見えた。スタートしたのと同じ場所。みんなが応援の声を上げて待っている。

 ここが一番油断できない。敵の動きを気配と音で探る。

 友梨はあれから一度も仕掛けてこなかった。だが、ついてきているのは感じる。

 まだ何か奥の手を隠しもっているかもしれない。


「一気に勝負を付ける!」


 結菜は最後の力をペダルに乗せてダッシュした。一気に迫ってきたゴールを駆け抜けた。

 クラスメイト達の歓声に場が湧いた。

 ブレーキを掛けて結菜は自転車を止めて振り返る。

 友梨はペースを上げることもなくゴールに着いて、そこで自転車を止めた。


「よく分かったよ、お前のことは。お前は本当に一生懸命でよく頑張る奴だなあ。こんな遊びにムキになりやがって」

「約束ですよ。美久を解放してください!」

「分かったよ。こんな約束でお前がもっとやる気になってくれるんなら、守ってやってやろうじゃないか。そいつを解放してやりな」


 友梨は指を鳴らして仲間に合図する。その命令を受け取った木の下に立っていた黒ローブが白銀に光る刃物を出して、傍にあった縄を容赦なく切ってしまった。

 凄まじい切れ味の鋏だった。高い木に吊るされていた美久は一瞬のうちに解放されていた。何の支えも用意されないままに。


「結菜様!」

「美久!」


 駆けつけるのが間に合うはずもない。友梨は笑う。約束は守ったと言わんばかりに。

 このままでは木に吊るされていた美久は地面に叩き付けられて大怪我を負ってしまう。友梨が高らかに笑い声を上げた。


「やる気になってくれよ、勇者様! 仲間の犠牲を目にして今よりもっとだ!」


 誰もが見ていることしか出来なかった。その時、走ってきた自転車があった。

 その少女の乗る自転車は人々の頭上を飛び越えて現れ、美久の縄を切った黒ローブを蛙のように撥ね飛ばすと、軽やかな動きでその場でターンして止まり、木の下まで落ちてきた美久の体をキャッチした。


「大丈夫だった?」

「あなたは……」

「あの時の……」


 その人物を美久と結菜は知っていたが、友梨は知らなかった。笑っていた顔を不機嫌へと変えて訊ねる。


「何者だ、お前」


 その問に少女は、美久が知るよりも大人びた声と表情で答える。


「わたしは伝説の勇者、佐々木明美」


 静かに名乗ったその言葉に、その場にいた全ての人々の間に密かな動揺が走っていった。

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