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サイクリングストリート  作者: けろよん
自転車になったお兄ちゃん

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4

 自宅まではもう少し。

 結菜は自転車を走らせ、近所のよく知っている場所まで来て、後は自宅に着くだけだと思っていた。

 だが、何か気になる物を見つけて、結菜は自転車を止めた。


「なんだろうあれ」


 よく見知った道の端に見覚えの無い黒い棒が立っていた。普段なら気にするような物ではなかったかもしれない。だが、今の結菜には道にある物が気になっていた。

 自転車を寄せて近づいていく。

 結菜はそれに手を触れようとする。その時、兄が大声で叫んだ。


「よせ! それに触るんじゃない!」

「え?」


 結菜はびっくりして手を引っ込め、自転車を見下ろした。


「どうしたの、お兄ちゃん? これが何か知っているの?」


 兄は興奮している様子だった。自転車の姿では顔は分からないが声を弾ませて言う。


「思い出したんだ。俺が自転車になる直前。俺はそれと同じ黒い棒を立てていた黒い自転車の少女を見たんだ」

「黒い自転車の少女?」


 黒い自転車なんて物凄くありふれていると思う。それに乗った少女というのも。見える範囲ではいないけれど。


「俺はあいつと出会って。それから気が付くと自転車になっていたんだ」

「じゃあ、この棒を抜いて持って帰れば手掛かりになるよね」


 結菜は気楽な調子で言ったが、兄は緊張しているようだった。


「いや、それはまずい。こちらの存在を相手に知られることになる。まずは俺があいつと会った場所に行こう。何か手がかりが残っているかもしれないし、こんな棒のことなんかよりも、あの少女に直接会って話を訊くことが先決だ」

「うん」


 それが正しいかは分からなかったが、兄がそう言うなら結菜はその通りにしようと思った。

 いつまでも兄を自転車にしているわけにはいかない。手掛かりがあるなら探したい。そう思いながら結菜は自転車を漕ぐ。

 まずは兄の言ったその場所に行く。そこは町の中央にある山のふもとの道だった。


「山のふもとには公園があって、この道はそこへ続いているんだ」


 兄が教えてくれるが、今目指している場所は公園ではない。自転車を走らせて進めていき、公園の手前の駐車場が見えてきた辺りで兄は結菜を呼び止めた。

 結菜もそれに気づいていた。

 道の端の草むら、山の斜面の始まる場所にさっきの場所で見たのと同じ黒い棒が立ててあった。


「思い出したぞ。確かにここだ。俺はここであいつと会ったんだ」


 兄は言うが、周囲を見回しても黒い自転車の少女はどこにも見当たらなかった。


「この近くにはもういないようだな」

「本当にこれ抜かなくていいの? 危険な物なんじゃ」


 また誰かが自転車になったら困ると結菜は思ったのだが、


「棒が事情を説明してくれるわけじゃないからな。必要なのは棒のことなんかよりも黒い自転車の少女を見つけて俺がこうなった理由を問いただすことだ」


 そう言われてはしょうがない。これは結菜自身の問題ではなく兄の巻き込まれている問題なのだから、兄がそう言うならそうしようと結菜は思った。

 結菜はそれから周囲の道を適当に走ったが、それ以上の手掛かりは見つからなかった。



 あちこち走り回っているうちに、春の日が暮れてくる。


「結菜、もういい。今日のところは帰ろう。足も疲れただろ。俺の為に悪かったな」

「別にお兄ちゃんのためだけじゃないけど」


 結菜はブレーキを引いて自転車を止める。路面に足をついて周囲を伺うが、見えるのは普通に車が走っているいつも通りの町の光景でどこにも手掛かりらしいものはないように思えた。

 探し物が見つからずあきらめて帰るというのは納得のいかない物だ。だが、切り上げて帰ることは必要だ。もうすぐ日が暮れる。

 結菜は自宅の方角へと自転車を向けて漕ぎ出した。


「お兄ちゃんはやっぱり早く元に戻って家に帰りたいと思う?」

「別にどうでもいいかな。もう親の世話になる年でもないんだし。それよりも姫子さんと学校のことが心配かな」

「だよねえ。お兄ちゃんはそういう人だよねえ」

「お前も自宅から出て、外の世界の広さを知れば分かるようになるさ」

「どうだろう」


 大学生の兄の価値観は高校生になったばかりの結菜にはピンと来ないものだ。

 だが、来なくでも問題はないと思う。今までそれでやってきたのだし、いつも通りの生活も悪くない。

 近所のよく知っている道に入り、結菜は自宅のある住宅街の中へとハンドルを切った。


「この辺りにはあの棒ないのかなあ」


 慣れ親しんだ道で油断してよそ見をしたのが悪かった。


「え」

「キャア!」


 角を曲がってきた自転車と結菜はまともに正面からぶつかってしまった。結菜は慌てて足を踏ん張って耐えたが、相手は自転車を倒して転んでいた。

 結菜は慌てて自転車から身を乗り出して相手に謝った。


「ご、ごめんなさい。よそ見してて。大丈夫ですか?」

「いえ、わたしの方こそ考え事をしてて。すみません」


 幸いにも相手に怪我は無いようだった。すぐに自転車を起こして立ち上がった。

 この辺りでは見たことの無い清楚さと格式を感じさせるシックな感じの制服を着た少女だった。

 控えめながらも可愛らしい顔立ちをしていて、この辺りの庶民的な住宅街とは似合わないお嬢様っぽい気品のような物が感じられた。

 結菜が見つめていると、彼女は驚いたように目をぱちくりとさせた。


「あ、もしかして結菜さん……ですか?」

「はい、結菜はわたしです……けど?」


 知らない相手に知られているというのは本当に不思議な気分だ。結菜がどう思い起こそうとしても相手は知らない少女だった。


「悠真さんの妹さんの?」

「はい、悠真はわたしの兄ですけど?」


 どうやらまた兄の関係者のようだ。葵のことがあったので結菜はすぐに状況を呑み込むことが出来た。

 見た感じでは自分と同い年ぐらいの高校生で、葵のような大学生には見えなかったけれど。気弱な様子からは年下のような印象まで受けてしまった。スタイルは自分より良かったけど。

 結菜が考えながら相手を見つめていると、彼女は目に見えてあたふたとしだした。


「違うんです。わたし何も……違うんです。ごめんなさい!」

「?」


 結菜にはよく分からないことを弁解して彼女は慌てて自転車に乗って走り去っていった。


「なんだったんだろう。可愛い子だったな。お兄ちゃん?」

「ん? ああ……」

「どうかした?」

「何かにぶつかって……気を失っていたようだ」

「自転車でも気を失うんだ」

「そうみたいだな。俺も初めて知ったよ」


 気を失っていたならさっきの少女のことを聞いても無駄だろう。自宅はすぐそこだ。結菜は目指す目的地へ向かって自転車を走らせていった。

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