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サイクリングストリート  作者: けろよん
新たな道へ

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34/69

翼達が来る

 結菜達が渚に言われた通り待っていると、生徒会室に翼達がやってきた。


「失礼しますわ」


 入ってきた瞬間、空気が変わったように結菜には思えた。

 普通高の部屋に華やかなお嬢様のオーラが広がった。

 彼女達が着ているのは結菜には見覚えのある、伝統と格式を感じさせる姫子が着ていた制服だった。

 ということは彼女達も姫子と同じお嬢様学校の生徒なのだろう。

 そう思って見ていると、姫子も来ていた。

 結菜の視線に気づいた姫子が控えめに小さく手を振ってくる。結菜も目立たないように小さく振り返した。

 渚は気楽に来客を出迎えた。


「久しぶりね、翼」

「渚、代わりはないようですわね」

「お互いにね」


 翼は周囲を見る。結菜と美久と麻希がそれぞれ席についている。みんなお互いに初対面だ。

 先客の邪魔をするような不作法なことは翼はしなかった。渚に向かって言う。


「何だかお忙しいところをお邪魔したようですわね。こちらの用件は後にしましょうか」

「みんなには待ってもらっていたのよ。ちょうどいいところに来てくれたわ」

「翼お姉ちゃん」


 銀河がらしくなく緊張した声を上げた。翼はまじまじとその一年生の少年を見て、何かに気づいたようだ。


「あなた、銀河? 大きくなりましたわね。あの鼻たれ小僧が」

「は、鼻たれ小僧じゃないやい。翼姉ちゃんだって随分と大きくなったじゃないか。そのむ、むむ」

「む?」


 翼は首を傾げる。渚が口を挟んだ。


「銀河、人の胸をじろじろ見ない」

「見てないよ!」


 銀河の慌てた態度に翼は苦笑を浮かべた。

 結菜には分からないことだが、渚と銀河と翼は知り合いのようだった。

 赤くなってわめいている銀河を抑えて、渚は翼に向かって言った。


「翼、男の子が珍しいのは分かるけど、人の弟にちょっかい掛けるのは止めてくれない?」

「わたくしは何も掛けてはいませんわよ。渚こそたまには弟を連れて遊びに来てもいいんですのよ」

「あんたがいるとうちの弟が二倍いじめられることになるんだけど」

「今はもうそんなことはしませんわよ。ねえ、銀河」

「は、はあ」


 銀河は赤くなって顔をかいていた。

 美久は冷静に状況を見ていた。あの銀河が言いくるめられている。それにいじめられていたと言っていた。このお嬢様もただ者ではないと美久は理解した。

 そう思っていると、翼の隣にいた綺麗でおっとりとした印象の少女が動いた。


「翼様、そろそろ本題に入られては」

「そうですわね、叶恵さん」

「叶恵さん!?」


 美久はびっくりして立ち上がった。みんなが驚いた顔をして美久を見た。叶恵も驚いているようだった。

 そのお上品なお嬢様の顔に美久は指を向けた。


「だ、大魔おごっ」

「ごめんなさい、手が当たったわ」


 美久の脇腹に麻希の肘が炸裂していた。美久は脇腹を抑えて涙目になっていた。

 痛がる美久に、翼は心配する声を掛けた。


「大丈夫ですの?」

「だ、大丈夫です。変な所で立っちゃったから。はは」


 美久は落ち着いて席に戻る。

 翼は何事も無かったような顔をしている麻希を見て、続いてみんなを見て言った。


「そう言えばまだ自己紹介をしていませんでしたわね。知らない顔もいますし、しておきますか。わたくしは純星女学院の生徒会長大鷹翼。こちらが副会長の黒田叶恵さんです」

「ささやかながら翼様のお手伝いをさせてもらっています。黒田叶恵です。よろしくお願いします」


 翼に紹介されて叶恵はつつましいお嬢様の態度で礼儀正しく挨拶した。

 そんな叶恵に渚が声を掛けた。


「噂は聞いているわ。あなたが鷹の右腕ね」

「恐縮です」

「翼は『わたしの友達』だけど、どうか面倒を見てやってね」

「もちろんです。副会長として出来るだけのことをやらせてもらいます」


 なんだろう、渚がわたしの友達をやけに強調して二人の間で火花が散ったような気がしたが。二人は微笑んでいるし、きっと気のせいだろうと結菜は思った。

 翼の紹介は続く。後ろに立っていた二人を紹介した。


「こちらが一年生の伊藤姫子さんと上村苺さんです」

「い、伊藤姫子です。よろしくお願いします」

「上村苺です。紹介に預かり光栄です」


 姫子が慌てた様子で頭を下げ、苺が翼に名前を呼ばれた興奮に顔を赤らめながら挨拶した。

 渚が翼の紹介した一年生を見て言った。


「翼が一年生を連れてくるなんて珍しいわね」

「こちらの伊藤姫子さんは伝説の勇者と知り合いなんですのよ」

「へえ、伝説の勇者と知り合い」


 渚に見つめられて姫子はすっかり赤くなって緊張している。他人に見つめられることに慣れていないのだ。

 銀河がもっともな疑問を口にする。


「翼姉ちゃん。伝説の勇者って本当に現れたのかい? 俺は噂でしか聞いてないんだけど」

「ええ、銀河もこの前の町で異変が起きた事件を知っているでしょう? あれは魔王が起こしたもので伝説の勇者が阻止したものなんですのよ。わたくしのところにはそう報告が上がっています。そして、この学校に伝説の勇者が通っていると」

「この学校に」


 銀河は同じ学校にいてあまり事態を知らないようだった。違うクラスの男子で興味を持っていなければ、何か騒いでいるな程度にしか思われないものなのだろう。

 銀河と話していた翼の目が再び渚に向けられる。


「そこで今日はこちらに通っているその伝説の勇者に会いに伺ったのですけど」


 翼は本題に入った。

 結菜はなるべく目立たないように気配を消そうとした。

 伝説の勇者というのは美久が勝手に広めただけで、校外の生徒まで来られても困ってしまうのだ。

 いったいどのようなルートを辿って翼の耳に入ったのか。

 結菜は事情を知る仲間で翼と同じお嬢様学校の生徒である姫子に助けを求めようとそちらをこっそりと伺った。姫子は片手を立ててあやまっていた。

 そういえば翼が姫子のことを伝説の勇者と知り合いと紹介していた。

 結菜は事情を理解した。姫子に売られた。

 渚は言う。


「その前にこちらも紹介しておいていいかしら」

「ええ、どうぞ」


 翼は話を急かせるようなことはしなかった。お嬢様として実に堂々としている。

 渚は自分の学校の生徒を紹介した。


「こちらが高橋美久さん。クラスの委員長で、前の事件の時には勇者を助けていろいろと頑張ってくれたと聞いているわ」

「高橋美久です。よろしくお願いします」


 いきなり紹介されて美久は驚きながら頭を下げた。


「ああ、あの地図を作ってくれた」


 ぴんと来た姫子はつい口を挟んでしまう。姫子は結菜からクラスのみんなが魔王の現れる場所の地図を作ってくれたことは聞いていたが、本人に会ったことはなかった。


「地図?」


 姫子の発言に翼が疑問の目を向ける。調査班の報告には無かった項目だったらしい。


「まあ、後で伺いましょう」

「すみません」


 姫子は慌てて引き下がった。苺がヒソヒソ声で言う。


「もう、口を挟んじゃ駄目でしょ」

「ごめん」


 渚は紹介を続ける。


「こちらが黒田麻希さん。美久さんのクラスメイトよ」

「黒田麻希です」


 麻希はごく簡単に短く挨拶をした。渚は彼女のことを魔王とは紹介しなかった。

 麻希は目立たないようにしていたが、翼には引っかかる物があった。


「黒田……叶恵さんと同じ名字ですわね。何か関係が?」

「ありません」

「叶恵さんは?」

「わたしも初対面です。親戚にもおりません」

「そうですか」


 麻希と叶恵にそれぞれ否定され、翼はあっさりと引っ込んだ。よくある名字だし、他人だと判断したのだろう。関係を気にしているのは美久と


「叶恵さんと同じ名字……」


 苺だけだった。

 渚は紹介を続ける。


「それでこちらが田中結菜さん。お待ちかねの伝説の勇者よ」

「はい、わたしが田中結菜、伝説の……って伝説の勇者!?」


 麻希のことは魔王と言わなかったのに、いきなり伝説の勇者と呼ばれて結菜はびっくりしてしまった。

 驚いたまま渚の顔を見ると、彼女の顔は『だって、そうなのでしょう』と微笑んでいた。

 伝説の勇者というのは美久が勝手に言って学校に広めただけで、結菜自身がそうだと信じているわけではない。

 だが、この場所で違うと言える空気ではなかった。だから、翼に振ることにした。


「わたしが勇者って信じているんですか?」

「違うんですか? 姫子さん」

「結菜さんが伝説の勇者です」

「おいーーー!」


 結菜はついてんぱって怒鳴ってしまった。その勢いに姫子は自分が良くないことを言ったのだと理解して、本当に申し訳なさそうにしていた。

 翼の目がまじまじと結菜を見つめる。結菜は背筋を伸ばしながら息を呑んだ。


「あなたが本当に伝説の勇者なんですの?」


 そんなわけないだろうとは言えなかった。言えなかった結菜の代わりに、渚が口を挟んできた。


「正直に言ったら、翼。見えないって。もっともそれはあなたの目が節穴だと主張することになるんだけど」


 翼は結菜に近づけていた目を離して姿勢を正した。


「そうは言ってませんわ。報告にも挙がっていますし、みんなの証言もあります。町を救ってくれたことには礼を言いますわ。ですが、わたくしは自分の目で見たいのです。あなたが本当に伝説の勇者であるという確たる証拠を」


 翼の目は真剣だった。だからこそ結菜も冗談でも誤魔化すことが出来なかった。

 そこに口を挟んできたのは麻希だった。


「その必要は無いわね。結菜が伝説の勇者であるということはみんなが認める厳然たる事実なのだから、いまさら人一人の自己満足に付き合う必要なんてどこにもないわ」

「自己満足?」


 その発言に翼が驚き、


「翼様になんて失礼なことを! 叶恵さんと同じ名字を名乗っているだけでも許せないのに!」


 苺が食って掛かろうとする。それを止めたのは渚の涼しい声だった。


「わたしは麻希さんの意見には賛同できないわね」

「え……」


 渚を見つめる麻希に、彼女は答える。


「翼はこの町で一番の権力者よ。言うなれば翼に認められるということはこの町に認められるのと同じこと。結菜さんがこれからもこの町で勇者をやっていくつもりなら、翼には認められておくべきだわ」

「渚さん、それはちょっと持ち上げすぎ」


 友達の過剰なよいしょにさすがの翼もちょっと照れていた。


「翼は『わたしの友達だし』ね。フッ」


 最後の渚の勝ち誇った顔は翼の横にいた叶恵に向けられたものだった。


「くっ」


 叶恵の屈辱に歪む顔は、前を見ていた翼や後ろにいた苺や姫子には見えなかった。

 叶恵はおもむろに翼の腕を取った。


「翼様、もういいのではないですか?」

「どうしたんですか、叶恵さん」


 叶恵の今までしたことのない態度に翼は少し驚いていた。叶恵は口早に言った。


「みんなが証言しているのですし、結菜さんが勇者であることは間違いないと思うのです。ならば勇者に会う目的も達成しましたし、もうこれ以上ここにいる必要はないのではないでしょうか。姫子さんももう帰りたいと言っていますし」

「そうなのですか? 姫子さん」

「わたしは大丈夫です」


 ここには顔なじみの結菜や麻希がいる。知らない人だらけの廊下にいるよりずっと気が楽だった。

 なぜか叶恵に睨まれたけど。また何か良くないことを言ってしまったのだろうかと姫子は反省した。


「叶恵さん、翼はまだわたしと話をしたがってるのよ」

「む~」


 渚と叶恵の間で何だかよく分からない押収がされている。

 美久は内心で生徒会長を応援した。

 その頃には伝説の勇者と紹介されてびっくりしていた結菜の気分も落ち着いていた。翼に訊ねる。


「翼さんはどうしてそんなに勇者にこだわるんですか?」

「それは……言っておいた方がいいんでしょうか」

「言っておいた方がいいでしょうね」


 翼と渚の間でツーカーの会話がなされる。翼の腕にしがみついて叶恵は不安そうだった。


「翼様、いったい何のことですか……?」


 翼は不安に揺れる叶恵の目を見て決めた。


「では、言っておきますか。かつてこの町に現れた伝説の勇者にはそれを導いた賢者がいたのです。わたくしの家はその賢者の家系で、わたくしにもまた賢者として勇者を導く使命があるのです」


 そんな話は結菜は初耳だった。伝説の勇者がこの町に実在していたというのも初めて聞いた。

 歴史の授業ではそんなことは習わなかった。

 その話を渚はうんうんと頷いて聞いていた。


「昔なんども聞かされたわねえ。銀河も知ってたよね?」

「うん」


 いきなり話を振られて銀河は短く頷いた。渚は続いて話を叶恵に向けた。


「鷹の右腕さんはどうかなあ」

「ちっく、ううう」


 腕を震わせる衝動をこらえ、叶恵は翼の腕にしがみついて涙目になっていた。

 美久は疑問に思っていた。あれが本当に大魔王なのだろうかと。

 それとも生徒会長が宇宙的に強すぎるのだろうか。

 麻希の方を見ると彼女も訝しんでいるようだった。


「あれが本当に叶恵なの……?」


 そんなことまで呟いていた。

 翼は叶恵の頭を優しく撫でた。


「あなたにまで黙っていたことは詫びますわ。言う必要が無いことかと思っていたのです」

「翼様……申し訳ありません。わたしまで取り乱してしまって。姫子さんに大きなことは言えませんね」


 叶恵はやっと翼の腕から離れて、元の姿勢と表情を取り戻した。

 後ろに立つ姫子と苺に優しい顔を見せて言う。


「姫子さんと苺さんにも見苦しいところを見せてしまいましたね」

「いえ、わたしは全然」

「叶恵さんのこと信じていますから」


 姫子は自分の方がよほど見苦しいことをしてきたと思っていたし、苺は叶恵のことを信じていた。

 翼は改めて問う。


「それで、結菜さん。どうですか? 叶恵さんはああ言いましたが、わたくしはやはり証言や資料だけでなく、この目であなたが本当に勇者であるかどうかを見たいのです。それを確かめさせていただけますか?」


 結菜は答えを決めた。みんなに期待されて渚にまで翼には認められるべきだと勧められて断るわけにはいかなくなった。


「はい」


 その答えに翼は微笑んだ。


「いい答えですわね。もし、あなたが断るようならわたくしはあなたを勇気無いものとみなして失望するところでした」

「ひとまずは第一関門は突破ね」


 翼と渚が実に何でもないことのように言う。 


「結菜様が挑戦を受けて逃げるわけがありません! そんな腰抜けはこっちから願い下げです!」


 美久まで調子よくそんなことを言っている。


「勇気があるから勇者か。損な役回りね」


 麻希がぽつりと呟いた。

 結菜は背筋の凍える思いだった。こんなところにトラップが仕込まれていたなんて思わなかった。

 断っていたらみんなに見捨てられていた。

 こうなることが分かっていたから、渚は結菜が挑戦を受けるように誘導したのだろう。危ないところだった。

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