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サイクリングストリート  作者: けろよん
新たな道へ

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32/69

渚との対談

 普通の学校でも慣れない場所に来るのは緊張するものだ。

 生徒会長の白鶴渚に促されて結菜と美久は生徒会室に迎え入れられた。二人ともここへ入ったのは初めてのことだった。

 普通の学校でも生徒会室は落ち着いた雰囲気だ。さすがにお嬢様学校のような伝統や格式は感じさせなかったけど。

 慣れない場所に来て結菜と美久は二人して並んで椅子に座ってそわそわとしてしまう。

 そんな二人の前に、生徒会長の渚は自らお湯をポットから注いでお茶を入れてくれた。


「安物のお茶だけど、どうぞ召し上がって」

「はい」


 受け取る結菜と美久の手はぎこちない。渚は柔らかい笑みを浮かべて二人の前に座った。

 結菜は美久から生徒会長に挑戦すると聞かされていて、銀河から彼よりも恐ろしいと聞いて、どんな人なんだろうと思ったが、渚から感じる雰囲気は強いというよりもむしろ雪のような繊細さだった。

 ファイターというよりはお姫様と言った方が近いように思える。だが、油断できる相手で無いのは確かだ。その証拠に結菜も美久も今緊張している。

 渚は雪国を照らす陽だまりのように優しく微笑んだ。


「そう緊張しなくてもいいわよ。ちょうどそこにいたから少し話をしたいと思っただけだから」


 お茶のコップを持つ渚の手は実に上品で奥ゆかしかった。とても同じ学校の生徒とは思えないほどだ。

 渚はお茶のコップをテーブルに置いてから話を始めた。さすがに生徒会長を務めるだけあって、彼女の言葉は優しくあっても意思の強さを感じさせた。


「では、聞かせてもらえるかしら。あの時、何があったのかを。言える範囲のことだけでいいから」

「あれは兄が行方不明になったことから始まった事件でした……」


 結菜は聞かれるままに事情を説明した。兄が自転車になったとか神様と勝負したとか不思議なことは除外して。

 ただ町であれほど目立つことをしたストリートフリーザーのことは話さざるを得なかった。

 いくら渚が話せることだけでいいとは言ってても、あれを気にしないものなど誰もいないのだから。ならば訊かれる前に話した方がずっといいと結菜は判断した。

 渚もそのことを突いてくるだろうと結菜は思っていたのだが、彼女が気にしたのは別の事だった。


「お兄さんが行方不明になっていたのよね?」

「はい、そうですけど」


 渚がなぜそのことを気にするのか結菜にはよく分からない。もっと不思議なことがあったと思うが。渚は話を続ける。


「それでよくご家族は心配なさらなかったわね」

「いえ、少しは心配しましたけど」

「少し……もっと心配してもいいと思うのだけど、わたしの家だったら銀河が行方不明になったらもっと大騒ぎをすると思うわ。警察も動くだろうし」

「お兄ちゃんは大学生で自立してますから、家にもたまにしか帰ってこないし、連絡も面倒だってあまり取りたがらないんです」

「大学生ともなればそういうものなのかしら」

「そうだと思いますけど」

「ふーん」


 渚はそれ以上その話は続けなかった。結菜の目を見つめて話を代えてきた。


「それにしても伝説の勇者がうちの学校に来るなんて。これは運命の皮肉ね」

「皮肉ですか」


 結菜には渚の言うことがよく分からなかった。渚は両手を組んで遠い出来事に思いを馳せるように目を閉じてから、その話を始めた。


「わたしの幼い頃からの友人でね。伝説の勇者が現れるって言っていた子がいるのよ。その時のために一緒に修業しようって、あの頃はよく銀河をいじめながら二人でやんちゃをしたものだわ。あなた、大鷹翼って知ってる?」

「いえ」


 結菜は聞いたことがない名前だった。


「どこかで聞いたような……ごめんなさい、リサーチ不足でした」


 美久もよく知らないようだ。渚は軽く吐息をついた。


「知らないか。純星の鷹の威光も思ったほど大したことないのね」

「純星の鷹?」


 また知らない単語が出てきて結菜は首を傾げてしまう。渚は説明した。


「友達の通っている学校でね。純星女学院といってわりと有名なはずの女子高なんだけど……」


 どうにも分からないことだらけの結菜に代わって、声を上げたのは美久だった。


「純星なら知ってますよ。この町のお嬢様達が通っている名門の女子高です。結菜様のお友達もそこの生徒じゃなかったですか?」

「ああ、姫子さんの通っている」


 お嬢様学校の友達と聞いて結菜に思い付いたのはそのことだけだった。兄や姫子から学校の名前までは聞いていなかったが、そういう名前だったのか。


「そこの校名と彼女の威厳ある立ち居振る舞いから、わたしの友達は純星の鷹と呼ばれているのよ。またはお嬢様の頂点ね」

「お嬢様の頂点……」


 それがどれほどの物か結菜には想像も付かない。美久にとってはさらに上がいると聞いてハンマーで殴られたような気分だった。


「わたしの友達は純星の生徒会長をやっているの。名実ともにトップというわけ」


 渚はにっこりと微笑む。自慢の友達の話をするのが楽しいと言うかのように。美久はまた一つ負けた気分になった。


「そんな凄い人が生徒会長の友達で、その人も生徒会長だなんて。しかも、純星の。ぐぬぬ……」


 どうにも届かない高い壁に自分の低さを思い知るしかない美久だった。

 そんな弱者のことなど全く気にしない素振りで渚は話を続けた。


「翼は伝説の勇者は自分のところに現れると言っていたし、わたしもてっきりそうなのだとばかり思っていたのだけど。不思議なことね」


 渚の目は穏やかで混じり気のない純粋さだ。

 そう言われても結菜には何と答えればいいのか分からなかった。美久が隣にいるのに勇者というのは美久が勝手に言って広めただけですと真実を言うわけにもいかない。

 美久はさっきから落ち込んでいるし、傷つけたくなかった。だから、当たり障りのないところで答えた。


「この学校に来たのは中学の先生が勧めてくれたからで、本当たいしたことがない理由だったんですけど、そしたら何か事件が起こって勇者になっちゃって……」


 結菜を見つめる渚の瞳はどこまでも穏やかで澄んでいて、結菜は話しているうちにどうしようもない白い次元の深みにはまっていく感覚を抱いていた。

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