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サイクリングストリート  作者: けろよん
新たな道へ

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30/69

姫子と翼の対談

 姫子の知っている世間では翼のことをお嬢様の頂点と呼ぶ人もいる。

 その名にふさわしく廊下を堂々と歩いていく翼には、お嬢様としての品格と頂点と呼ばれるだけの風格があった。

 聞けば誰もが凄いと言う名門のお嬢様学校に通っていても、ただの一生徒に過ぎない姫子は何とか彼女の後についていくしかない。

 隣を見ると叶恵と目が合って、彼女はにっこりとおしとやかな少女の笑みを浮かべた。

 叶恵には前に助けてもらった。今度は自分が頑張ろうと姫子は再び決意して前を見た。



 翼の後について生徒会室に来て、姫子は緊張のあまり身をかちこちにして席についていた。

 お嬢様学校の生徒会室は気品があって静かだけれど、今の姫子にとっては緊張を与えるだけの場所だった。

 身を固くする姫子の対面には、ガラスのテーブルを挟んでこの学校の生徒会長である大鷹翼が強い存在感を持って座っている。

 同じ制服を着た同じ学校の生徒なのになぜこうも違うのだろう。姫子は自分の小ささを感じずにはいられなかった。

 叶恵が見る者の心を安らげる優しい顔をして二人の前にお茶を置いた。


「姫子さん、翼様はただ真実をお知りになりたいだけなんです。どうかそう緊張なさらずに正直なことを話してください」

「はい」


 前に相談に乗ってもらった叶恵がいてくれるのは心強いが、翼とどう話せばいいのだろう。姫子にはよく分からなかった。

 翼は行儀を正したまま話しかけてくる。さすがお嬢様の頂点と呼ばれているだけあって、彼女の態度はお嬢様達の模範とも言っていい実に綺麗で美しいものだった。


「では、話してもらいましょうか。あの時、何があったのかを」

「はい」


 この学校にいたいのなら逃げ場はない。相手はみんなの信頼を一心に集める大鷹翼だ。

 かつてはその手が田中家に迫ることを危惧したこともあったが、今その矛先は姫子に向けられていた。

 姫子は促されるままに話すことにした。

 恋人の悠真が行方不明になったこと。その件に魔王と呼ばれる少女が関与していたこと。勇者と呼ばれていた結菜とともにその事件を解決したこと。

 麻希が未来から来たことや神様のことは信じてもらえそうにないので話から省くことにした。

 ただ町であれほど目立っていたストリートフリーザーのことは話さざるを得なかった。

 その非現実的な出来事に翼はやはり引っかかったようだった。僅かに眉を動かしてからお茶を手に取った。


「なるほど、そんなことがありましたのね」


 お茶を一口飲んで思考にふける。そのあまりに絵になるお嬢様の姿に、姫子もこんな状況でなければ見とれていただろうが、今の姫子はてんぱっていて自分のことしか考えられなかった。

 翼に代わって疑問を口にしたのは叶恵だった。


「町の状況を固定化してしまう結界なんて、そんな物が実在するのでしょうか」


 叶恵の疑問はもっともだった。そんなファンタジーみたいな物が現実に存在するわけがない。姫子もそう言われると思っていたから言いたくなかったのだ。

 翼も当然却下するものだと姫子は思っていた。

 翼は上品にお茶の匂いを嗅いで横に立つ叶恵に言った。


「良いお茶ですわね、叶恵さん」

「ありがとうございます」


 褒められて叶恵は少し顔を赤くして本当に嬉しそうに微笑んだ。


「さて」


 翼の目が姫子に向かう。姫子はいよいよ来る時が来たと思った。

 どんな質問が来ても答えられるようにしないといけない。

 翼の口が開く。そして言う。


「それで、彼氏とはどうやって知り合いましたの?」

「え……?」


 姫子は思わず言葉を飲み込んでしまう。事件に関して訊かれると思っていたのに、そんな質問は全くの予想外だった。

 目をぱちくりさせて叶恵の方を見ると、彼女も同じく驚いているようだった。その綺麗な瞳を少し見開いていた。翼はさらに言葉を重ねてきた。


「彼氏とはどう知り合ったのかと訊いているのです」


 これには叶恵が噛みついてきた。失礼にならないようにオブラートに包んで言う。


「翼様、それは個人のプライベートなことですし、この事件の趣旨とは一切何の関係もないと思うのですけれど」

「趣旨は聞きました。あれは魔王の起こしたストリートフリーザーという結界によるもので、姫子さんは伝説の勇者と協力してその企みを阻止してくれたのでしょう。町の者達を代表して礼を言いますわ」

「ありがとうございます」


 なぜか礼を言うと言った翼に対して礼を言ってしまう姫子。叶恵はまだ不満の様子だった。


「でも、そんなことが本当にあったのでしょうか」

「あったのでしょう。わたくしは自分の学校の生徒を信じていますわ。あなたもそうでしょう?」

「それはもちろんです」


 叶恵はまだ腑に落ち無いようだったが、翼に言われたらそう答えざるを得なかった。


「それに」


 翼は何かを言いかけ、それを引っ込めた。


「いえ、これはあなた達に話すことではありませんわね。とにかく」


 翼は強引に話を打ち切り、改めて姫子に向かって言った。


「あなたの彼氏の話を聞かせてもらいましょうか」

「あ? えーと……はい……」


 翼がなぜそのことを聞きたがるのか姫子には理解出来なかったが、別に隠すことでもない。姫子は正直に話すことにした。


「悠真さんと出会ったのは……」


 姫子は語る。彼氏の話をすることは恥ずかしかったけれど気分のいいものだった。

 最初は緊張して小声だった姫子もだんだんと調子に乗ってきてしまった。

 年頃の少女らしい華やかな声を上げて力説してしまう。


「わたし、本当にどうしようかと思いつめていたんです。でも、そこで悠真さんがゆっくりとやっていこうと言ってくれて、キャー」

「その方は本当に素晴らしい方なのですね」

「はい、悠真さんは本当に凄いんです! わたしのことを全部分かってくれて大事にしてくれるんです!」

「うらやましいことですわ。わたくしもそんな彼氏が欲しいですわね」

「翼さんにもきっと出来ますよ! わたしにも出来たんですから! でも、悠真さんは駄目ですからね。わたしの物ですから!」

「はいはい、取りはしませんわよ」

「姫子さん……姫子さん、ちょっと」


 調子に乗る姫子の横から注意してきたのは叶恵だった。叶恵の手が姫子の握る手に置かれて、姫子はそこを見つめた。

 叶恵の真剣な目が姫子の視界に割り込んできた。


「時と場所をわきまえなさい。翼様に対して失礼ですよ」


 叶恵にしては強い叱責だった。

 そこで姫子はやっと自分のやっていた状況に気が付いた。調子に乗って翼の手までとって彼氏について力説していた。

 姫子は真っ赤になって慌てて翼の手を離して席に戻った。スカートの裾を両手でぎゅっと握ってうつむいてしまう。

 優しい性格をした叶恵に怒られるなんて相当のことだ。もう死んでしまいたい気分だった。


「すみません、わたしまた調子に乗って変なことを言ってしまったみたいで……」


 もう神様の時にやってしまったような行き過ぎた言動は止めようと思っていたのに。少し気を許すとすぐこれだ。姫子は後悔しながら恐る恐る前を見る。

 翼は気を悪くしたわけではないようだった。困った子供を見るような優しい顔をしていた。


「いいんですのよ。うちの生徒が明るく楽しく過ごしているなら何よりです。それにしても姫子さん、あなた見かけによらずやりますのね」

「そ、そんなことは……」


 姫子は思わず恐縮してしまう。翼はお茶を飲み終わってから席を立った。


「姫子さんの楽しい話をもっと聞きたいところでもありますが、今は他にも会わねばならない人がいますわね。姫子さん、行きましょうか」

「え? どこにですか?」


 姫子はきょとんとしてしまう。翼の答えははっきりしていた。


「もちろん、伝説の勇者に会いにです。結菜さんと言いましたか。あの学校の会長とはわたくしは知り合いなのです。学校にはその方に連絡して行きますから、姫子さんにはわたくしと勇者様の橋渡しをお願いしたいのです」

「は……はいい?」


 思わぬ申し出に姫子は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 姫子が戸惑っている間にも翼は話を進めてしまう。


「わたくしは出発の準備をしてきますから、姫子さんも用意をしてきてください。叶恵さんはここの戸締りをお願いします」

「かしこまりました」


 礼儀正しい叶恵の返事を聞いて、翼は部屋の入り口のドアに歩いていってそこを開けた。そこにびっくりして固まってしまう苺がいて、翼は目をぱちくりとさせた。


「あら、あなたは……」

「つ、翼様。あたし、ただ姫ちゃんのことが心配で……」

「分かってますわ。仲の良い友人ですものね。ちょうどいいですわ。あなたも一緒に来てもらえますか」

「は、はい! 喜んで!」


 尊敬する翼に声を掛けられて、苺は元気な犬のように喜んで答えていた。

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