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サイクリングストリート  作者: けろよん
新たな道へ

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27/69

問い詰められる姫子

 お嬢様学校の教室に授業が終わったチャイムが鳴り響く。

 一礼を終え、姫子は帰る準備を始めた。

 この学校に通い始めた頃はいろいろあって大変だったが、今では彼女も随分と元の落ち着いた生活を取り戻してきていた。

 みんなが帰る挨拶をしていく中、姫子に話しかけてきた生徒がいた。

 元気で溌剌とした彼女は上村苺うえむら いちご。苺は今日も跳びはねるような元気をその小柄な体に宿していた。


「姫ちゃん、今日はあたしも部活が無いんだけどどこか寄ってかえる? 駅前においしいクレープ屋さんが出来たみたいなんだけど」

「うん、そうね。行こうか」


 姫子は鞄を持って立ち上がろうとする。だが、その腰が上がる前に何だが廊下の方が騒がしくなってきて、姫子はそちらを気にして立ち上がろうとした動きを止めて椅子に座り直した。


「なんだろう?」


 苺も気にして、廊下の方に目を向ける。

 扉が開き、苺のくりっとした目はすぐに驚きに見開かれた。

 姫子もちょっと驚いた。


「失礼しますわ」


 辺りの空気が一瞬にして華やかな物に変わった気がした。

 入ってきたのは輝くような綺麗な髪、モデルのように背筋を伸ばした立ち姿。気品と威厳を兼ね備えた強い存在感を持つ彼女をみんなが憧れと尊敬の念を持って迎えた。


「翼様だわ」

「あのお嬢様の頂点、純星の鷹と異名を持つ」

「なぜこのような下々の教室に」


 翼の後ろには叶恵もついてきていたが、さすがに翼が一緒にいると彼女は目立たなかった。

 静かに一礼する叶恵に近くの生徒達が申しなさそうに挨拶していた。

 みんなの注目を集める翼の優雅で鋭い目が探していた者の姿を捉えた。


「姫子さんは……いましたわね」


 目標を見定めた翼の歩みは迷いがなく力強く美しい。

 それはさながら獲物を捉えた鷹のはばたきのようであった。

 みんなが憧れと尊敬の眼差しで見つめる中で、目標に見定められた姫子だけが困惑に身を引いていた。

 椅子に座る姫子の席の前まで来て、翼は足を止めた。

 意思の強い瞳に見下ろされて、姫子はただ困惑するしかなかった。翼が声を掛けてくる。有無を言わせぬ王者の強い口調で。


「伊藤姫子さんですわね」

「は……はい」


 気圧されながらも姫子は何とか返事をする。


「伊藤さん、立ちなさいよ」

「翼様に失礼よ」

「す……すみません!」


 クラスメイトに小声で告げられて姫子は慌てて立ち上がった。立ち上がった拍子に机に足を打ってしまった。翼は嘆息したようだった。

 姫子が助けを求めて友達の方を見ると、


「翼様が……こんなお近くに……」


 翼の肩や髪の匂いが届きそうなほど近くにいて苺はうっとりとした眼差しをして気を失ってしまいそうになっていた。助けは期待出来そうになかった。

 代わりに声を掛けてきた人がいた。


「姫子さん、翼様はあなたに話があってここに来られたのです。どうか正直に答えてくださいね」


 古式ゆかしい控えめな美しさを感じさせる彼女は叶恵だった。前に会った時と同じ優しい微笑みをしている。


「か……叶恵さんまで。あたしはもう死ぬう」


 憧れの人達に会えて姫子より先に苺のライフの方が0になりそうだった。

 翼は少し迫力を抑え、静かな、だが強い意志を持った声で姫子に話し掛けてきた。


「当校の調査班から報告があったのです。以前この町で起こったあの不可解な事件、あれにあなたが関与していたと。それは本当のことなのですか?」


 事件と聞いて姫子はびっくりしてしまった。視線をそらしてうつむいてしまう。

 自分の関わった不可解な事件というと、それはやはりあの事件のことなのだろう。

 今でも思い出したくないことがたくさんある。

 悠真がいなくなって、自分も取り乱してみんなに迷惑をかけて、随分とらしくないことをしでかしてしまったと思える。

 気を付けておけばよかったと、止めておけばよかったと、そう思って後悔したこともたくさんあった。

 もうすでに解決したことだし、出来れば記憶の奥底に封印したいことだったが、翼の声はその記憶を掘り起こしに掛かってきた。


「わたくしはあなたを責めにきたわけではないのです。あの不可解な事件に我が校の生徒が関わっていると知って、聞きたいことがあって来たのです。わたくしはこの学校の長として、またこの町の長の娘として、あの事件の真実を知っておかなければなりません」


 翼の意思は強く、その声は静かな教室によく通った。

 その頃にはもうクラスのみんなの浮ついた空気も消えていた。

 みんなが注目して事態を見守っていた。

 事件という言葉。それに生徒会長が直々に来て真剣に伝えるほどのこと。誰もがただごとではないと理解していた。

 苺は心配して、顔をうつむかせた友人を見つめていた。

 姫子は考え、顔を上げて答えた。


「聞きたいことって何なんですか」


 怯える弱いひよこのような姫子が見下ろしてくる王者の鷹に立ち向かう。事件の時とは違い、今は悠真がいてくれる。だから、頑張れると思った。

 翼は言う。その瞳は有無を言わせることはない瞳だ。


「関与していたことを認めるのですね?」

「はい」


 姫子は今度は力強く断言した。


「では」

「翼様、ここでは」


 言いかける翼を叶恵が遮った。叶恵の言いたいことに翼も気が付いた。みんなが注目している。どうやら目立ちすぎたようだ。翼は身を引いた。


「ここでは話しにくいかもしれませんね。姫子さん、生徒会室まで一緒に来ていただけますか?」

「はい」


 翼が踵を返し、姫子が後をついていく。叶恵は教室のみんなを見て頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました。皆さまの心配することは決して無いので、どうかお気になさらず勉学に勤しまれるよう」


 叶恵が教室の扉を閉めていき、静かだった教室はすぐに爆発したような賑やかさで包まれていった。


「姫ちゃん、いったい何をやったの……?」


 みんながさっきの話題で盛り上がる中で、苺は心配の眼差しで友達の安否を気遣っていた。

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