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アナザーワールド  作者: 新倉 砂鉄
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第5話

「だ、だんじょうぶ・・・・、あっ、ち、違った。だ、大丈夫だ。お、オイラなら大丈夫だ。る、ルク達が待ってるんだ。よ、よ、よし、行くぞ!」

呼吸を整え、もう一度前へ進みだす。今度は一直線ではなく、少し変化をつけ、三歩前へ進み右横へ二歩進んでみた。が、そいつも三歩前へ進み、今度は左横へ二歩進んだ。こちらが右へ進むと、向こうは左へ進む。つまり、常にナパの正面に居るわけだ。でもどうだろう?こいつはまだ敵と決まったわけではない。ただこちらの動きに合わせて動くだけで、別に攻撃を仕掛けてくるわけではない。あと三歩。あと三歩前へ進めば奴がすぐ目の前に来る。大丈夫、大丈夫・・・と自分に言い聞かせながら一歩、二歩、と前へ進む。

ゴリゴリッ・・・

来た。あと一歩。あと一歩で・・・。

冷や汗が頬を伝う中、ナパは片足を上げ、その足を前に出すとゆっくり下ろし始めた。

あと六センチ、四センチ、二センチ・・・・・。もうちょっとだ。もうちょっとで地面に着く。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

突然ナパが叫びだし逃げ出した。

「こ、こ、こ、怖い。怖いよ。やっぱり駄目だ。も、もし、もしなにかされたら・・・・どうしよう。そ、そうだ、試そう。一回、何かで試せばいいんだ・・・・。」

そう言って、辺りを見渡すと、拳程度の大きさの石が落ちていた。そして、それを拾うと、狙いを定め、六、七メートルほど離れている奴に向かって投げつけた。が、避ける素振りを見せずじっと立っている。そして、その石がもうちょっとで当たる・・・・その時だった。

奴の腹が縦方向に割れ、それが開くと、中から大きな口の様な物が飛び出てきた。そしてナパが投げた石に喰らいつくと、鋭い歯でボリボリ噛み砕くと、その大きな口は奴の腹の中に戻り、割れた腹を閉じて、何事も無かったかのようにボーッと立ってこちらを見つめている。

「ひぃ、ひぃー、ほら、やっぱり只者じゃないんだよ・・・・・。あ、あの時もう一歩前に進んでいたら・・・・。で、でも、なんとかして進まないと・・・・・。」

目の前にある建物。これがラズバクト一家が住む家と決まったわけでもないのに、どうしてこの家に執着するのだろう?命懸けでここを攻略し、建物の中に入れたとしても、ラズバクト一家ではなく、違う人だったら?でもナパは確信していた。ここが、この建物にラズバクト一家が居ると・・・・・・。

「ルク・・・・・。ま、待ってろよ。お、オイラ、絶対ヤズナルト一家を連れていくからね。」

そう言い、生唾を飲み込むと、後ろにあった木の棒を手に持ち、ジリジリと前へ進みだす。こちらが進めば奴も進む。近づくスピードは2倍。鼓動が乱れ、息苦しくなる。棒を握る右手に力が入る。あと三歩、あと三歩で奴が正面に・・・・・。

ジャリッ・・・・

ゴリゴリッ・・・

あと二歩・・・・・。

ジャリッ・・・・

ゴリゴリッ・・・

あと一歩・・・・・。

聞くだけで寒気がするあのゴリゴリッという音。もうナパの耳には入っていない。聞こえるのは、自分の心音。まるで、心臓が頭の中にもう一つあるかのように、その中まで響いてくる。

ドクンッ・・・ドクンッ・・・

右手に持っていた棒を両手で握り、構える。

「ルク、ご、ごめん。オイラ、も、戻れそうにないや・・・・。で、でも、無駄死にはしないよ・・・・・。次に誰かが来ても、もうこいつと戦わないように、こいつと出会うことが無いように、オイラがやっつけておくからね。オイラ、オイラ馬鹿で、トロくて・・・・いつもじゃば、あっ、ちっ、違った、邪魔扱いされてたけど・・・いや、や、やっぱりオイラが居ると、邪魔だよね?何の役にもたたないし。な、なんだかもう怖くないや。さぁ、い、行くぞ、化け物!さよなら・・・・ルク、みんな・・・。」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

ナパはそう言い、涙を拭うと、両手で握っている棒を振りかざし、前へ一歩踏み出したと同時に振り下ろした。奴もそれに対し、先ほどと同様、胸がヌチュッと開くと、そこからドロドロの粘液にまみれた薄気味の悪い大きな口の様な物が飛び出してきてナパめがけて喰らいついてきた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


その頃ルク達は・・・・・

ドサッ・・・・・

燦燦と照り続ける太陽。

木や花、植物などに生命を与えるはずの太陽が次々に生命を奪ってゆく。また男が倒れた。これで4人目だ。かばえば自分も殺される。前の3人のうち、一人が脱水症状で倒れ、もう一人がかばったところ、二人とも兵隊に殺されてしまった。

だが、運がいいのか今回は何処を見渡しても兵隊の姿が見当たらない。それに気付いたパロホフと言う男が倒れた男に近づき、腰袋に隠してあった木製の水筒を取り出すと、周りを警戒しながら水筒を男の口元につけた。

「ほら、ザイル、み、水だ。早く飲め。見つかっちまう・・・・・。」

「ゴクッゴクッゴクッ・・・・、う、うえぇぇぇぇっ、ゲボゲボッ。」

小さな口を開け、水を飲んだのはいいが、全部吐いてしまった。既に手遅れらしい。パロホフは首を横に振り、水筒を腰袋に仕舞いながら、ふと周りを見回した。

だが、みんなの様子がおかしい・・・。どういうことだ?驚愕の眼差しでこちらを見ながら後ずさりをしているではないか。みんなの目線を追うと、パロホフを見て驚いているというより、パロホフの後ろに出来ているパロホフの影をみて驚いている。

それもそのはず、パロホフが動いていないのにも拘らず、なんと、パロホフの影だけが暴れだしているではないか。そして、その影がピタリと止まると、その影の中から兵隊が姿を現し、さらに、その兵隊がパロホフの影の中に右手を突っ込むと、その中から槍を取り出した。パロホフは自分の背後でこんな事が起きてるとも知らず、

「ど、どうしたんだよ・・・みんな?あぁ・・・ザイルか、ザイルは気の毒だがもう・・・。」

と、首を振りながらそう言うが、一人の男が震える手でパロホフを指差し、

「ち、ち、ちが・・・・う、後ろ・・・・・・後ろ・・・・・。」

と、ガクガク震えながら言った。

何が何だか分からないパロホフは首を傾げ、ゆっくり後ろを振り向くと、そこには無表情で佇む兵隊の姿が。

「う、うわぁぁぁぁっ、い、いつの間に・・・・・。」

パロホフは腰砕け、崩れ落ちた。

「そんな事はどうでもいい。ところで・・・その水は・・・・・どうした?」

兵隊が槍を片手に、ガタガタと震えながら座り込むパロホフを見下ろしそう言うと、

「いや・・・そ、その・・・・」

あまりの恐怖で言葉が出ないのか、終始俯いていると、兵隊がそんなパロホフに歩み寄って来た。

そして、兵隊が指をクイッと上に動かすと、パロホフの首が何かの力で無理矢理上へと向かされ、座り込んだまま真上を向いた状態に。そして、兵隊が槍を天高く放り投げ、左右の掌同士を合わせて、それをゆっくり引き離すと、パロホフの口が開きだした。歯を食いしばり抵抗するが、どうにもならない。

すると、口を開け、上を向くパロホフの目に何かが映った。

一体なんだ・・・?だが、それが何なのか理解した瞬間、終わっていた。

グサッ・・・・・

一瞬だった。兵隊が天高く放り投げた槍が、パロホフの口から肛門へ貫通し、パロホフは目を開け、涙を流したまま死んでしまった。

「いいか、道具達よ。何度も言うが、これ以上道具を壊したくはない。しかし、状況によっては壊さずを得ない。私達は何処からでも見ている。それを忘れるな。それでは作業にかかれ。」

そう言い残し、兵隊は何処かへと消えて行ってしまった。

パロホフの遺体を葬ることも出来ず、まるで、墓標のようにピクリとも動かないそれを横目にしながら作業が再開された。そして、みんなの頭の中は、もちろんパロホフに対しての哀れみもあるが、それよりも「あの兵隊はなんだったんだ?どうやって影の中から?人間ではないのか?アレキサンドラ王もそうなのか?」と言う疑問でいっぱいだった。しかし、それを口にする者はいなかった。どこかで聞かれているかもしれないからだ。

そして、ようやく日が沈み、その日の作業が終わった。いつも通り、みんな集合し、一日に一度しか出ない食事を共にするのだが、まず、決まって最初に口に入れるものは、水。その水もみんなに均等に配れば、およそコップ一杯ほどの量。こんな量で今日一日分の水分と、次の日の夜までを考えると足りるわけがない。それにも拘らず、自分は半分程度しか口にせず、残りは愛しい我が子に与えている親は少なくない。こんな過酷な状況の中、人間の最も醜い部分を垣間見る事になるとは・・・・・。

大の大人が、隣の子供が目を離した隙にコップを取り上げ、水を飲み干してしまったのだ。もちろんそれに気付いた子供は泣き叫び、母親は激怒する。

「ちょっと!何やってるのよっ!」

母親が泣き叫ぶ子供を抱きしめ、凄い剣幕で怒鳴りつけると、その男が、

「うるせぇんだよっ!大体ガキ共より何倍も働いているのに、なんで同じ量なんだよ!だったらもう仕事しねぇぞ。適当にやってやらぁ。それでもみんな平等に配るんだろ?あぁ?どうだ?ちっ、このクソガキが!びーびー泣きやがって。」

周りに居る子供達が一斉に泣き出した。相当怖かったのだろう。そして、大人達の冷たい視線が男を刺す中、それに気付いたのか我に返った男は、不貞腐れた態度で小さく舌打ちをし、下を向いたまま何も喋らなくなった。

「う、うえぇぇん・・・・。喉渇いたよ。」

子供が母親の胸の中で泣きながらそう言った。が、母親は既に自分の分は飲み干してしまい、どうすることも出来ない。周りを見渡しても、なんだかんだ言って、みんな視線をずらす。唯でさえ少ない水なのに、このままでは・・・・・と、その時、

「この辺にターニャって子は居ないかな?あれれ?この辺から声が聞こえたんだけどなぁ。お、いたいた。ほら、こっちを向いてごらん・・・・・。じゃーん。はい。水。」

「ル、ルク?あ、あなたのじゃ・・・・。」

なんと、ルクが自分の水を・・・・まだ、一口、二口くらいしか飲んでいない水を持ってきたのだ。母親は今にも泣き崩れそうな顔で、子供をギュッと抱きしめ、

「ありがとう・・・ありがとう・・・。ほら、ターニャ。ルクおじさんが水を分けてくれるって。ちゃんとありがとうって・・・・グスンッ、グスンッ。」

「君がターニャの前で泣いてどうするんだよ。僕なら大丈夫だから。実は、今日の昼間、パロホフに少し水を貰って飲んだんだ。だから、大丈夫。ほら、ターニャ。飲みな。」

ルクがニコッと笑いそう言うと、それに合わせてターニャもニコッと笑い、小さな手でコップを持つと、一気に水を飲み干した。そして、さっきルクが、「パロホフに水を貰って飲んだ。」と言っていたが、それは嘘だ。確かにパロホフはどこで手に入れて来たのかは知らないが、水は持っていた。しかし、パロホフとルクの現場は全然違う所なので、出会うはずが無い。それに、ルクをよく見てみると、唇が乾燥しきって、表面を覆う薄い皮が、まるで茨のトゲの様に捲れ上がり、ひび割れていて頬はコケ、鎖骨や肋骨が浮き出ている。三日前とはまるで別人のようだった。実はこの三日間、水と食べ物をほとんど口にせず、小さな子供達に分けていたのだ。しかし、こんなルクだが、別に命を投げ捨てているわけではない。希望があるのだ。みんなの中で消えかかっている小さな光が、ルクの中では大きく光り輝いている。信じているからだ。

その希望と言う名の光・・・・そう・・・・ナパだ。

恐らくルクぐらいであろう・・・ナパと言う希望を、ナパという名の光を信じ、待ち続けているのは。

だが、ルクは知らない。その光が消えかかっている事を・・・・。そして、その光が「消えた」と、分かった瞬間、それだけを頼りに頑張ってきたルクは一体どうなってしまうのだろう?暗闇の中で、たった一本だけのロウソクを頼りにしていたのに、それが「フッ」と、一瞬で消えてしまったら・・・・・。もう、暗闇の中を手探りだけで生きていく程の体力は無いだろう。それに、あの兵隊達の正体は一体・・・・・。ルク達に明日は、未来はあるのか?

そして、次の日。

今日も地獄の労働が始まった。朝から燦燦と熱を放ち続ける太陽。体から水分を奪い、体力、気力を奪う。今日で4日目。初日とは打って変わって大きな掛け声は聞こえてこない。

大きな石や、丸太を運ぶのにも、呼吸が合わず作業が捗らない。このままでは「使えない道具」と見做されて、兵隊が来てしまう。しかし、そんな事は十分承知のはずだが、体が言う事をきいてくれない。そして、そんな彼らの目に映る映像は、意識が朦朧としているのか、地面から放出されている熱のせいか、それともその両方のせいか、辺り一面がぼやけて見え、そして、そのゆらゆらと歪んで見える映像の中からまた、仲間が消えようとしていた。仲間と言っても、それが誰だか、男か、女かは区別がつかない。一生懸命ピントを合わせようとしてもピントが合わない。ただ、人間の形をした動く者にしか映らない。が・・・様子がおかしいのはわかった。そして、ついに、

ドサッ・・・・

倒れてしまった。担いでいた丸太を放り投げ、近くに居た数人の男達が足を引きずりながら近くまで行くと、頭から倒れたのか、初老の男が白目を向き、ブルブルと痙攣を起こしていた。

「もう駄目だな・・・こりゃ・・・・。」

「あぁ。残念だが俺達にはどうする事も・・・・。」

「ん・・・・・・?」

「どうした?」

「こ、これは確か、ル、ルクの親父さんじゃ・・・・。」

「な、何?ほ、本当だ・・・・。は、早くルクに知らせないと!このままじゃ兵隊が来ちまう!」

「ちょ、ちょっと待て!知らせないほうがいい。親父さんはおろか、ルクまで壊れちまう。」

「そんなこと言ってる場合じゃねぇよ!早く知らせないと。」

「ばか!駄目だ!呼ぶな!」

「ル・・・・・・・・・ク。」

仲間の説得に耳を貸さず、一人の男がルクと叫ぼうとしたその時、

「何をしている・・・?お前達。」

と、冷たい声が後ろから聞こえてきた。

兵隊だ。動かなくなったガラクタを処分しに現れたのだ。声を聞くだけで背筋が凍りつく。男達はあまりの恐怖で後ろを振り向く事すら出来ない。そして、自分達の後ろからガチャッと、槍を動かす音が聞こえた。そこに居た3人の男達が皆「殺される」と思い、目を瞑り歯を食いしばる。そしてその後五秒くらい間が空いて兵隊が口を開くのだが、その五秒がとにかく長く感じた。

「何している?早く持ち場へ戻れ。」

別に怒鳴るわけでもなく、ただ、物静かにそう言うのだが、一瞬ビクッとした。

背後に居て、姿が見えないせいもあるのだが、それ以上に何か、言葉では言い表せない恐怖を感じた3人は兵隊を見ないよう、持ち場へと戻って行った。そして、灼熱の砂の上で小刻みに痙攣を起こし、倒れているルクの父親に兵隊が歩み寄ると、それをしばらく見下ろし、手をバチンッと叩くと、痙攣が止まった。が、耳からドクッドクッとドロドロの血液が流れ出てきた。

「うぅぅっ、う、うぅぅっ・・・・。」

あまりの激痛で意識を取り戻したのか、ルクの父親が苦しみだした。周りを見てみれば、みんな、横目でチラチラと見てみぬふり。仲間が今から殺されるというのに、何という光景だ・・・・。だが、今回はいつもと違うような気がした。と、言うより、変な胸騒ぎがした。異常にも静か過ぎる、この静寂な空間から何か聞こえてきた。

タッタッタッタッ・・・・

足音だ。

ドサッ・・・

タッタッタッタッ・・・・

転んでは起き上がり、こちらへ誰かが近づいてくる。

それは言うまでも無い。ルクだ。先ほどの3人の男達の一人がルクに知らせに行ったのだった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・。ま、待って下さい・・・・。そ、その男はまだ・・・まだ働けます。だから、まだ待ってください。」

ルクはガリガリに痩せ細った体で息を切らしながら言った。しかし、自分の「父親」とは決して言わなかった。すると、兵隊はルクを見ず、足元でもがき苦しんでいる父親の方を見ながら、こう言った。

「またお前か・・・・。この壊れた道具がまだ動くというのか?私にはガラクタにしか見えんが・・・・。どれ、動くと言うのならば、証拠を見せてみろ。」

それを聞いたルクはほっとした反面、何とも言えない不安に陥った。「親父、頼む。頼むから立ち上がってくれ!」と、願い、もがき苦しむ父親の襟首を掴み、

「おい!こんな所で寝てんじゃねぇよっ。仕事だ、起きろ!」

と、激しく揺さぶりながら怒鳴ったが、そんなルクの目からは、大粒の涙がこぼれていた。しかし、父親は、先ほど兵隊が手を「バチンッ」と叩いた時に、何故だか不思議な力で両耳の鼓膜が破れてしまったので、何も聞こえない。

「う、う、うぅぅぅっ・・・・頼む、起きろ、起きてくれ・・・・。」

もう、汗も出ない体のはずなのに、涙が溢れ出てきた。そして、その涙を拭い、ふと兵隊の足元を見ると・・・・・

「か、影が・・・影が無い。」

なんと、兵隊の足元を見ると、あるはずの影が無い。やはり、人間ではないないのか?もし、そうだとすると「アレキサンドラ王」の正体は?しかし、ルクにはそんなことはどうでもよかった。彼等が人間だろうと、その他の何者であろうと。

そして、とうとうこの時が・・・・

「もういい・・・。どけ。」

感情の無い冷たい声が聞えると、兵隊がルクを蹴飛ばし持っていた槍を振りかざした。

「使えない道具は、動かない道具はただのガラクタだ・・・・。」

兵隊が槍を力いっぱい振り下ろした・・・・・が、その瞬間、ルクが父親に覆いかぶさるように飛び込んだ。

終わった・・・・・・。

そこに居た誰もが目を覆った。

何も聞こえない、風の音も聞こえない。これが「死」と言うものなのだろうか?

「ル、ルク・・・・・。」

「ルク・・・・・・・。」

暗闇の中から声が聞こえる。

「ル、ルクってば・・・・・。」

どこかで聞いたことのある声だ。

「・・・・・?」

この声は・・・・・ナパ?ナパの声だ。しかし、なぜナパの声が?取り敢えず声のする方へ進んでいくと、薄っすらと光が見えてきた。そして、暗闇の切れ目が徐々に開き始め、そこから眩いばかりの光が漏れ出してきた。眩しい・・・・。しばらくして、目が慣れ始めると、光の中に何かが見えてきた。ぼやけながらも徐々に、そしてそれははっきりと見えてきた。

ナパだ。

「ル、ルク・・・。ご、ごめんよ。お、お、遅くなっちゃって。」

「ん?ナパか?ははは・・・・。ここにナパが居るって事は、お前も死んじまったってことか?やっぱり駄目だったんだなぁ。」

「な、なに言ってんだよ・・・?お、オイラも、ルクもい、い、生きてるんだよ。」

ナパがそう言うと、バチンッと音が聞こえ、ルクの右頬に痛みが走った。そして、その痛みと共に我に返ったルクが起き上がると、そこにはナパの姿と、30代後半と見られる髭を生やした男が立っていて、さっき自分達を刺し殺そうとしていた兵隊の姿は何処にも見受けられなかった。

しかし、なぜナパが・・・?確かあの時、化け物に立ち向かい、喰われたはずじゃ・・・?一体、どうやって助かったというのだろうか?時を遡ること半日前・・・・・


「ルク・・・・みんな、ご、ごめん。オイラ帰れそうにな、ないや。でも、次に誰かが来ても大丈夫なように、お、お、オイラがやっつけておくからね・・・・・。」

ナパがそう言い、涙を拭うと、持っていた棒を振りかざし、前へ一歩踏み出したと同時に力いっぱい化け物目掛けて振り下ろした。

すると、その化け物も同様、前へ一歩踏み出したと同時に、胸が「ヌチュッ」と開きそこからドロドロの粘液にまみれた大きな口が飛び出し、ナパ目掛けて喰らいついてきた。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ。」

「・・・・・・・・あれ?」

痛みを感じない・・・・・どういうことだ?

瞑っていた目をゆっくり開けると、化け物から飛び出してきた大きな口が、あと数センチ、という所で透明な粘液をダラダラと垂らしながら止まっていた。

「あれ?お、オイラの攻撃で死んじゃったのかなぁ?」

ナパはそう言うが、ナパの渾身の力を振り絞った一撃は、わずかに右に逸れ、空振りに終わっていた。しかし、化け物はピクリとも動かない。

「や、やっぱりオイラの攻撃で死んじゃったんだ。なぁーんだ、大したことないヤツ。」

どうやら勘違いをしているようだが、何とかこの場を切り抜けたナパは、目の前に佇む、恐らくラズバクト一家が住んでいるであろうと思われる建物に近づいて行った。しかし良く見ると、その建物は石を積み上げて創るその時代の家ではなく、まるで、現代の建物に近い建造物だった。そして、玄関先にたどり着くと、木製のドアがあるのだが、開け方を知らない、と言うより、見たことも触ったこともないナパは、ドアノブを叩いたり、僅かに開いている隙間に爪を入れて無理やり開けようとしたり、とにかくもがいていると、内側からガチャガチャッと鍵を開ける音がした。そして、そのドアがゆっくり開くと、中から髭を生やした男が出てきた。

「なんだお前は?」

出て来るや否や、不機嫌そうに髭男がそう言うと、

「や、や、ヤズナルトさん・・・・で、ですか?」

と、へっぴり腰で訊ねるナパ。

「違う、人違いだ。」

バタンッ・・・・

あっさりと否定され、終わってしまった。

だが、そんな態度にカチンッときたナパはドアをバンバン叩いて、

「ちょ、ちょ、ちょっと!ねぇっ!お、オイラの話を聞い・・・・」

そう叫びながら、思いっきりドアを叩こうとした瞬間、ガチャッと突然ドアが開いた。そしてドアを思いっきり叩こうとしていたナパは空振りに終わり、その勢いで前のめりになって、そのまま部屋の中に倒れこんだ。

「い、痛ててて。」

木製の床に顔面を強打したナパは、赤く腫れ上がった鼻を押さえながら立ち上がろうと前を見るとそこには、ナパを冷たくあしらった髭面男の妻と思われる女性がクスクス笑っていて、その隣には二十歳前後の綺麗な女性が驚いた様子で口をポカン開けたまま固まっていた。そして倒れこんだナパの後ろには先ほどの髭面男が・・・。

「さっきから何なんだお前は?さっさと出てけ!」

かなり怒った様子で男がそう言うと、

「まぁまぁ、いいじゃないあなた。きっと道に迷ったのよ・・・・。」

と、妻らしき女性がニコニコしながら言った。するとナパが、

「ち、ち、違うやい!た、確かに道にま、迷ったけど、オイラを待っている人達がいるんだ。は、早くヤズナルト一家を探し出して連れて行かないと、た、大変な事になっちゃうんだ・・・・。」

と、焦りを隠せない様子で言う中、さっきの女性が髭面男の方を見つめながら、「あなたは口出しをしないで。話がまとまらなくなっちゃうから」と、言わんばかりに目で訴えると、今度はその視線をナパの方へと移し、やさしい口調でこう言った。

「うちは、ラズバクトなんだけど、その、あなたが言うヤズナルトさんは知らないわ。多分、聞き間違いだと思うんだけど・・・・。」

それを聞いたナパは、顔を赤らめるどころか自信たっぷりの様子で、

「そ、そんなことない。だってルクがヤズナルト一家って言ってたもん。そ、そんで、不思議な事が出来る人達だって・・・・。る、ルクが間違うわけない。ルク頭いいもん。」

と、豪語した。

「はっはっはっはっ。」

すると、いきなり髭面の男が大声で笑った。

「おめぇ・・・気に入った。はっはっは。そのルクって奴が間違ってんじゃなくて、おめぇが聞き間違ったんだよ。ヤズナルト・・・ラズバクト・・・がっはっはっはっ。いやぁ、こいつは面白い。」

腹を抱えこみ大爆笑し、更に続け様に髭面の男が、

「・・・・はっはっは。それにしても、ここへ来る途中、どうやって術を抜け出したんだ?まぁ、それはそうと、あそこをクリアしても大抵の奴らは我が家の庭に居る餓鬼を見て逃げ出すのだが、おめぇ相当肝が据わっているな。」

と、顎に蓄えた髭をいじりながらそう言うと、ナパは思い出したかのように

「あっ、そ、外にいる化け物・・・お、オイラが殺しちゃった。わ、わ、悪いことしちゃったかな?そ、それなら誤るけど・・・・・・。」

「だっはっはっはっはっはっ。」

腹を叩きながら、また髭の男が大声で笑い出し、窓の方を見ながらこう言った。

「お前が殺しただと?餓鬼を?はっはっはっ。ほら外を見てみろ・・・・。生きてるぞ。」


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