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アナザーワールド  作者: 新倉 砂鉄
4/21

第4話

一体、何者なんだ?

黒装束で身を覆い、顔は・・・・見えない。闇だ・・・・。

「ワシとした事が・・・・。危ないところだったわい。しかし、ラッキーだったなぁ。何故かは分からんが、元の姿に戻れた。」

ん?何処かで聞いたことのある声だ。そう、こいつの名はアゼザル。生きていたらしい。しかし、何故か姿が違う。まさか、アゼザルの中に、もう一体別の悪魔が存在していたとでも言うのか?

そして、「元に戻った。」という言葉には、どんな意味があるのか?


時を遡ること、およそ4600年前、古代エジプト。

辺り一面、砂に覆われた巨大な帝国。そして、この国を支配する絶対権力者・・・・アレキサンドラ王

彼が言うには、この国には、人間という生き物は誰一人居ないと言う。存在するのは自分だけ。自分以外、自分以下は、物を言う道具と見做されていた。

傲慢、欺瞞に満ち溢れ、自分こそは神と信じ続けてきたアレキサンドラ王だが、ある時、大勢の大衆を集め、いや、沢山の道具を集め、意外な事を口にした。

「私は人間だ。いずれお前達は、壊れ行く日が来るであろう。そして私は、この老いた体がさらに老い、死んでしまう日が来るだろう。そして考えた・・・・。私が生きていた、ここに存在し、この地を支配していた、と言う証を作ろうじゃないかと。そこでだ・・・・。お前達、つまり、道具を利用し、一働きしてもらおうと思ってる。ん?どうした・・・・?もっと喜べ。ようやく使われる時が来たのだぞ。お前達は、生まれたのではない。造られたのだ。私の、人間の役に立つように造られた道具なのだ。使われてこそ初めて道具と言える。使わない、使えない道具は、道具ではない。最早、ただのガラクタだ。始末せねばなるまい。だが安心しろ・・・・。私には使わない道具など持っていない。持ち合わせている道具を全て使ってやると言っているのだ。これで始末される道具は無いはずだ。しかし・・・・途中で壊れてしまっては仕方が無い。使えない道具は道具ではないのだから。まぁ、そんな所で、私の独り言を終わらせてもらうが、とにかく、巨大な建造物を建ててほしい。そして、私の肉体が朽ち果てた時、その建造物の中に私の肉体を納め、静かに寝かしつけてほしい。それでは頼んだぞ・・・。道具達よ。」

アレキサンドラ王の独り言が終わり、見渡せば、日が沈みかけていた。そして、その夜、道具達だけで集会が開かれた。

「ちくしょう!一働きしてもらうだと?何が一働きだよ!今までも散々扱き使ってきたのに・・・・。」

「シィッ・・・、静かに。声がでかいぞ。王の兵隊共がうろついているんだ・・・。聞こえたら殺されるぞ。そんなことより、どうする?巨大な建造物って言っても・・・。」

確かにそれが問題だ・・・・。この頃の住居と言っても、ただ石を積み上げただけの小さな建物。もちろんこの時代にある道具といってもたかが知れた物。巨大な建物を建てるにしても所詮限界がある。人間の手作業だけなのだから・・・・。

「いや、無理、無理だってばよ・・・。む、無理、無理、無理に決まっ・・・・あっ、そ、そうだ。オ、オイラ聞いたことがあるぞ。ど、ど、何処かわ、わ、わ、わ、わからないけど・・・・ナイル川沿いに、へ、へ、変なや、奴が居るって。」

少し頭がおかしそうな男が言った。

「はっはっはっ。ナパお前は何も心配しなくていいぞ。さぁ、もう帰って寝ろ。」

すると、ナパという男が眉間にシワを寄せ、

「ほ、ほ、本当だよ。ど・・・ど、どうしてルクは、い、い、いつもオイラをじゃば・・・・、あっ、ち、違った、邪魔扱いす、するんだよ・・・。」

「ナパ・・・・。お前は優しくて、すごくいい奴なんだが・・・・その、なんて言うか・・・、あ、頭が・・・ちょ、ちょっと・・・・。」

ルクが困った顔でそこまで言うと、体格のいい男が口を挟んできた。

「おいおい、ルク。はっきり言ってやれよ。お前の頭はおかしいってな。はっはっは。」

ルクはナパとは目を合わせずに、下を向いたまま何も答えなかった。

「わ、わ、わかった・・・。オイラ、じゃ、じゃば、あっ、また間違った・・・。か、帰るね・・・・。」

ナパは苦笑いをし、とぼとぼと帰り始めた。そして、ナパの姿が見えなくなる頃、一人の女性が口を開いた。

「私、知ってるわ。ナパは嘘なんかついてない。だってこの目で見たんだもの。」

「リン、お前までどうしたってんだよ?大体何を見たんだ?」

さっきの体格のいい男がそう聞くと、リンはゴクリと唾を飲み込み説明を始めた。

「私がまだ、小さい頃の話なんだけど、ナイル川に遊びに行ったの・・・。そうしたら、少し離れた下流の方で声が聞こえたの。で、そっちの方をパッと見たら、私と同じぐらいの子がふわふわと宙に浮いていたの。で、隣には大人が立っていて、なんか凄い剣幕で怒鳴ってた。そしたら急に怖くなっちゃって・・・・。」

「その話、本当かい?夢じゃないよね・・・・?」

ルクが訊いた。すると、突然、一人の老人が杖をコツコツと、つきながら前にしゃしゃり出てきて、グンニャリ曲がった背中を伸ばし、一息吐くと、喋りだした。

「ふぅー。やはり実在したか・・・・。恐らく、ラズバクト一家じゃろうて。ワシも噂でしか聞いたことが無いんじゃが、その一家は、不思議な事が出来るらしいのぅ。」

「不思議な事って?」

ルクが老人に訊いた。

「やはり宙に浮いたりとか、急に消えたりとか・・・・。まぁ、噂じゃがな。」

それを聞いたルクはニヤリと笑いこう言った。

「もし、もしそれが本当の話なら、建物を建造するのだって楽勝じゃん・・・?日が昇り始めたらすぐにでも探しに行こうよ。」

「誰が行くの?何処に居るかわからないのに。しかも、本当に居るかどうか分からないんでしょ・・・・?」

微妙な沈黙が流れる。

「ナパ!」

すると、皆が一斉に声を揃えて言った。

そして、日が昇り始め、薄っすらと光が射してきた頃、

「おい!ナパ。起きろ!ナパ。」

「ん・・・・。どうしたんだい?ル、ルク。こ、こ、こんなにはや、早くに・・・。」

ナパは眠気まなこで言うと、そんなナパをグイグイッと揺さぶりながら、興奮を抑えきれないルクが、

「ナパ、自分で言ってたこと覚えてるかい?ほら、ナイル川沿いに不思議な奴等が居るって・・・・。それが、本当に居るらしいんだよ!」

「ほ、ほ、ほ、本当かい?お、オイラ凄いだろ?」

「ああ、凄いとも。ナパは偉い。で・・・そこでなんだけど、その、ナパに探しに行ってもらいたいんだ・・・・・。」

「だ、だ、誰を?」

「はぁーっ・・・。」

ルクは溜め息を吐き、こう言った。

「いや、だからその、ナパが言ってた、川沿いに居る変な・・・・・奴?」

「あ、そ、そ、そうか・・・・。でもオイラ一人で?」

「そう。ナパ一人で。」

「・・・・・・・・。」

「ナパは何でも一人で出来るんだろ?」

「で、で、出来るよ!オイラ凄いんだぞ!」

「じゃぁ、リンが場所を知ってるみたいだから、場所を聞いて出発しよう。」

「お、おう!」

こうして、ルクとナパはリンの元へ向かい、子供の頃に「ラズバクト一家?」を見たと言う場所を聞いた。

幼少の頃の記憶のため正確とは言えないが、彼女が言うには、現在の首都カイロを川沿いに南へ下り、途中、なぜだか円柱の柱が二本、地面に突き刺さっている場所があるらしい・・・・・。と、記憶はここまでのようだ。これ以上思い出そうとすると、また、それが逆戻りして最初の振り出しへと戻る。そして円柱の所で終わり、また振り出しへ・・・と記憶がループしてしまうらしい。もしかすると、これがラズバクト一家の術の一つかもしれない。居場所を隠すための・・・。とにかく、鍵は「二本の円柱」だ。これを目指して川沿いをひたすら南へ・・・・。

「ナパ・・・・。大丈夫か?」

「ル、ルク。またオ、オ、オイラをじゃば・・・、ち、違った、邪魔扱いするのか?」

「いや・・・・、そうじゃないけど、なんて言うか心配で・・・・。」

「だ、大丈夫だ、だよ。オイラに任せて。必ずヤズナルト一家をみ、み、見つけるから。」

「あの・・・・ラズバクト一家なんだけど・・・・・・。」

「あっ、そ、そうだった・・・。じゃ、そろそろい、い、行くね。」

「おう!頼んだぞ!」

「ナパ、頑張ってね。私達も頑張るから・・・・。」

こうしてナパは、皆の期待を胸に、出発した・・・・・・が、

「待て!ナパ!」

「ん?」

「逆だ!そっちじゃない!向こうだ!向こう。」

「あっ、ま、間違った・・・。」

「・・・・・・・・。」

本当に大丈夫なのだろうか?皆の頭に不安がよぎる。が、しかし、そんな事も、数十分後には忘れてしまう、いや、考える余裕すら無くなってしまうことになる。

ナパの姿が見えなくなり、それからしばらくすると、アレキサンドラ王の兵隊達が何処からともなく現れ、皆を集合させると、

「いいか、道具達よ・・・。我々は、王の為に手となり足となり働く為に創られた道具なのだ。その為だけに我々は存在する。それ以外は他の何者でもない。おい・・・、お前、お前は何だ?言ってみろ。」

指をさされたその先にはルク・・・いや、その隣の大男だった。

「俺は・・・俺は・・・俺は、に、人間だ!道具なんかではない!」

大男がそう叫んだ。元々静寂だったが、更に静けさが増し、時が止まったかのように思えた。誰もが「道具」と、答えると思っていたのに・・・。まさに意外な答えだった。そして、その異常なまでの静けさの中、「シュッ」と、何かが飛ぶ音が聞こえた。

一体、何が起きたのか?

ふと、さっきの大男を見ると・・・・・なんと、後頭部から槍が突き刺さり、右目から槍が貫通しているではないか。あまりにも一瞬の出来事で本人も何が起きたか分からない。

「いっ、いやぁぁぁぁっ」

隣の女が叫ぶと、頭に槍が突き刺さっている大男が、その女にゆっくり振り向いた。そして、一歩踏み出そうとしたその時、突然、大男の体が小刻みに痙攣し始め、そのまま倒れると、白目を向いたまま動かなくなってしまった。

「これでわかったか。使えない道具は道具ではない。ガラクタだ。始末せねばならない。」

まるで、お面を着けているかのように、ピクリとも表情を変えず、兵隊がそう言うと、今度はルクを指し、

「お前は何だ?言ってみろ。」

と、言ってきた。

「ど、道具・・・、です・・・・・。」

ぐっと歯を食いしばり、胸の奥から込み上げる気持ちを抑え、小さな声でルクは言った。そして、それから間もなくして、兵隊の、

「それでは、作業にかかれ。」

の言葉で、一斉に散り始めた。・・・・が、一人だけポツンと立っている者が居た。ルクだ。そしてルクは、涙を貯めながら静かに横たわる大男を横目に、

「せ、せめて・・・・、埋めさせてください・・・。」

声を震わせて言った。そして、透かさず返ってきた言葉が、

「放っておけ・・・・。そんな事より、お前はそこで何してる?これ以上道具を壊したくはないのだが・・・。」

ルクは何も言わなかった、いや、言えなかった。涙を拭い、その場から立ち去ると、無言のまま作業に取り掛かる。丸太を切り、それを一定の間隔で置くと、その上に6人がかりで運んできた大きな岩を乗せて、掛け声に合わせ、所定の位置まで運ぶ。

「せーのっ!」

低い声に混じり、妙に高い声も聞こえる。子供だ。小さな子供までもが道具として働かされている。老若男女問わず、動く者は全て道具扱いらしい。日中の最高気温は40度以上。飢えと喉の渇き、そして地面から放出される熱によって周りがぼやけて見える。口の中は乾燥しきって、唇と歯が貼りついた状態になりうまく呂律が回らない。こんな地獄のような日々がいつまで続くのだろうか・・・?

そして3日目の事だった。とうとう出てしまった。最初の犠牲者が・・・・。それは、やはり子供だった。年齢にしてみると6歳ぐらいの小さな男の子。大人に混じり一生懸命働いていたが、はっきり言って道具としては使い物にはならなかった。それはこの子だけの事ではない。大抵の子供達にも言えることだ。だが、それも仕方の無いこと。骨格、筋肉、大人のそれに比べると遥かに劣るのだから・・・・。そして、たまたまそこに居合わせたルクが、担いでいた丸太を放り投げ、倒れた子供の元へと走ってきた。赤色に焼けた肌に汗で砂がびっしりと付いているその小さな体を抱きかかえると、

「おい!大丈夫か?しっかりしろ!おい!おい!」

と、揺さぶりながら、怒鳴るように言った。が、なんの応答もない。ただ、砂まみれの小さな胸が上下に動いているだけ。

ジャシ・・・ジャシ・・・・

すると、後ろから足音が近づいてきた。この子の親か?ルクがゆっくり振り向く。

「・・・・・・・・。」

一瞬、息が止まりそうになった。兵隊だ。兵隊が槍を片手に立っているではないか。

「使えない道具だ・・・・。もう壊れてしまったか。壊れてしまっては仕方が無い。壊れた道具は道具ではないのだから。最早ただのガラクタだ。ガラクタは始末せなばならない。」

冷たい表情で兵隊がそう言うと、持っていた槍を振りかざした。ルクはギュッと目を瞑り、子供に覆いかぶさる・・・・・と、そこにもう一人の兵隊が現れ、ルクと子供を引き離そうとする。

「や、やめてください!少し、少し休ませればまた働くようになりますから・・・・。」

ルクが子供を抱きかかえ小さく蹲りながら言った。すると、さっきまで引き離そうとしていた兵隊の手が止んだ。やはり、こんな小さな道具でも、失いたくはないのだろうか?そんな事を思い、ルクがゆっくり目を開ける。

すると、目を開けた瞬間、何かが一瞬見えた。そして、ミシッという、何かが潰れた様な音が自分の頬骨を伝い聞こえてきた。

そしてその、嫌な音と共に顔面に激痛が走る。

ルクが目を開けた瞬間、兵隊が槍の柄の部分でルクの顔面をひっぱたいたのだ。あまりの激痛とその衝撃で思わず子供を放し、歪に曲がった鼻を押さえ、のた打ち回る。だが、顔を押さえるその手の指と指の隙間から一瞬見えた光景・・・。惨い。惨すぎる・・・・。ほんの数十秒前、ルクの胸の中で、小さく上下していた胸が今は動いていない。それもそのはず・・・・。心臓の辺りに一突きした痕があり、子供が横たわる周辺の砂が赤黒く染まっていたのだった。

「ナパァァァァァァァッ!早く戻って来ぉぉぉぉぉぉぉい!」


その頃ナパは・・・・・・・

「はぁ・・・、喉渇いたよ、お腹空いたよ・・・・。い、今頃ルク達は、た、た、楽しくやってるんだろうなぁ。」

ナパは言われた通り、川沿いをひたすら南へ進んでいた。僅かながらも皆から分け与えられた水と食料は既に飲み食い尽くしてしまったようだ。

そんなナパが千鳥足でフラフラと歩いていると、前方に何かが見えた。目を凝らしてよく見てみるが、地面から放出される熱のせいで、歪んでよく見えない。が、ナパは確信した。恐らくあれは、リンが言っていた「二本の円柱」に違いないだろうと・・・・。

「や、や、やったぁ。お、オイラ、凄いぞ。み、見つけた、見つけたぞ。待ってろよ、ヤズナルト一家。」

さっきまでふらついていた足が急に元気になり、その何かがはっきり見える距離まで走って行った。息を切らしながらもナパの顔に笑みが零れる。やはりそれは、話の中に出てきた地面に突き刺さる「二本の円柱」だった。しかし、見つけたのはいいが、この先からの情報がまったく無い・・・・。とは言え、ここで待っていてもしょうがない。前方の円柱までおよそ50メートル。ナパがそれに向かいゆっくり進みだす。そして、円柱の一歩手前まで来たナパは一旦そこで立ち止まった。

「な、なんだかへんてこな柱だなぁ・・・・。まぁ、い、いいか。と、とにかく前に進まなきゃ。目指せヤズナルト一家!」

一体、何のために、いつ、誰がこの円柱を作ったのだろうか・・・・?そんな事も考えずナパはその円柱と円柱の間に足を一歩踏み入れた。

「・・・・・ん?お、お、おかしいな?た、確かにオイラ・・・・。」

様子がおかしい・・・・・。ナパの様子もおかしいが、周りの景色もおかしい。一体どういうことだ?ナパが円柱と円柱の間に足を踏み入れた瞬間、信じ難い光景がナパの目に飛び込んできた。

なんと、通り過ぎたはずの円柱が、また前方に見えるではないか。もしかして同じような円柱が数十メートル置きにあったのではないか?そう考えられなくともないが、一度円柱の前で立ち止まった時に気付くはず。蜃気楼のせいで見えなかったのか?

とりあえず、腕を組み、首をかしげながら、何の気なしに後ろを振り向いてみた。

「・・・・・・・・・・。」

開いた口が塞がらず、言葉が出なかった。

なんと、通り過ぎたはずの円柱が・・・後ろにあるはずの円柱が無い。円柱が一瞬で瞬間移動したとでも言うのか?何が何だか分からないが、前方に見える円柱にもう一度行ってみた。やはり、先ほどと同じ円柱だった。そして、ナパは険しい表情で何かを考えている。

「そっ、そうだ!」

何かひらめいたようだ。

「お、オイラ、さ、さ、さっきは右足から入ったんだよな?わかったぞ!ひ、左足から入ればい、い、いいんだ!」

早速、左足から入ってみた・・・・・が、前方を見ると、また円柱が・・・・。そして、後ろには何も無い。あるのは自分の足跡だけ。

「逆にしてもだ、だ、駄目か・・・・。で、でも、オイラには、も、もう一つ策があるんだもんね。こ、これはきっと、ゆ、ゆっくり行くから逃げちゃうんだよ、あの棒が。だから今度は、お、お、思いっきりダッシュしてあそこを駆け抜ければ・・・・・。よ、よーし、行くぞ。」

そこから円柱までの距離、およそ50メートル。物凄い形相でナパが走り出した。

ダダダダダダダダダダダッ・・・・・

それにしても、お、遅い。遅すぎる。顔の形相と、足のスピードが合っていない。が、とりあえず円柱の間を駆け抜けた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・。あ、あで?ま、また・・・、ぼ、棒が・・・・。」

なぜだ?なぜ進めない?既にラズバクト一家の術中に嵌まっているのか?もし、そうだとすれば一生ここから進めないのか?どうする?ナパ・・・・・。

「くっ、くそー。ヤズナルト一家め。お、オイラを、ば、馬鹿にしてるのか?ん?ヤズナルト?あっ・・・・・。そうだ、わ、わかったぞ!これだ!絶対これだ!」

攻略法を見つけたのか?ナパはニタニタ笑いながら円柱の前に立つと、

「ヤズナルト一家!」

と叫び、前に進みだした。すると・・・また前方に円柱が・・・。どうやら「合い言葉」が鍵と睨んだらしい。もし、合い言葉が本当に鍵だとしてもナパは一生進めないだろう・・・・・。だって「ヤズナルト」ではなく、「ラズバクト」なのだから。

「んー。何か違うな・・・・。な、なんだっけ・・・・・。リグライド?いや、ち、違うな。ナズバクト??ナズバクト・・・・ナズバクト、これだ!お、思い出したぞ!」

急いで円柱まで行くと、自信に満ち溢れた顔で、

「ナズバクト一家!」

そう叫び、足を踏み入れた。が、もちろん結果は同じ。振り出しに戻っては、また50メートルほど離れている円柱まで走り、合い言葉を言う。こんな事を幾度となく繰り返していた。

「ど、ど、どうなってんだよ・・・・。また駄目か。はぁ・・・・も、もう歩くのやだよ。なんだかあの棒まで遠く感じるなぁ。」

今まで、振り出しに戻っては50メートルほど離れている円柱まで走って移動していたが、もうそんな元気は無い。仕方なくとぼとぼと歩いていると、

チャポンッ

と、隣に流れているナイル川で魚が跳ねた。

「ん?さ、さ、魚か・・・・。食べたいなぁ。それにし、し、ても、なんで進めないんだろう・・・・。」

ぶつぶつ言いながら歩いていると、いつの間にか円柱の所まで来ていた。

「なんだっけなぁ、名前。もう浮かんでこないよ・・・・。も、もう適当でいいや・・・。ラ、ラズバクト一家!」

なんと、その適当が当たってしまった。そしていつものように足を踏み入れる。どうだ?どうだ?どうなんだ・・・・?目を瞑りながら入ったナパがゆっくり目を開けると、

「ぼ、ぼ、棒が・・・・・ある・・・・。」

駄目だったらしい。本当に攻略法などあるのか?ナパはまたゆっくり歩き出す。両腕をダランとたらし、足を引きずりながら・・・。すると、

ポチャンッ

また魚が跳ねた。

「ん?」

ナパが立ち止まった。よほど食べたいのだろうか?しばらく川を見つめて止まっていると、また歩き出した。そして、円柱の前まで来ると、今度は何も言わずそのまま通過した。もちろん後ろを振り返れば何も無いし、約50メートル先には二本の円柱。そのまま足を引きずりながら前方の円柱目指して歩いていると、

ポチャンッ

また魚が跳ねた。

「や、やっぱり、おかしいぞ、こ、これ。お、同じ所で魚が飛ぶもん。そう言えば、一番最初にここへ来たとき、やっぱり魚が飛んだような気がするな・・・・・。」

確かにその通り。ナパが最初に来た時から今までずっと同じ所で魚が跳ねていたのだった。ここに辿り着いてどれくらい経っただろう・・・・・?ふと上を見上げれば燦燦と光を放ち続ける太陽。当たり前の光景だが、それは違っていた。太陽が動いていない。いや、太陽が、と言うより、地球が自転していない?そんな馬鹿な・・・。

「る、る、ルク・・・・・。み、みんな・・・・。オイラ、だ、駄目だ・・・・。か、帰りたいよ・・・・。」

まさに戦意喪失状態のナパ。灼熱の砂の上に寝そべり、

「帰りたい、帰りたい・・・・。」

と、言いながら疲れ果て寝てしまった。このままでは死んでしまう・・・・。

ナパが寝入ってからどれくらい経った頃だろう?

周りを見渡せば、景色が一変していた。太陽は沈みかけ、オレンジ色に染まり、砂だらけだったその場所が緑の生い茂る森に変わっていた。一体どういう事だ?

実は、ナパが最初に来た時、蜃気楼のせいで良く円柱が見えなかったその場所から、良く見える場所に移動した所、つまり、円柱のおよそ50メートルくらい手前の所の右側に大きな岩があるのだが、そこに、ラズバクト一家が貼ったであろう、呪符がある。そこから先に足を踏み入れた者の心の中に、「ラズバクト一家」に関する念が少しでもあると、術が発動する仕組みになっている。その術の内容とは、呪符の所から円柱までの間の映像が永遠と繰り返されるという仕組みだ。今回のナパの場合は、たまたま魚が跳ねたのでその映像も繰り返し流れていたのだ。そして、疲れ果て、寝てしまったナパの心の中には既にラズバクト一家に関する念は無かった。ただ、「帰りたい、帰りたい・・・。」という強い思いしかなかったので術が解除されたらしい。今回、ナパが来て正解と言うかなんと言うか・・・。

「ん、ん・・・・。あ、あで?ここは・・・・、ど、どこだ?」

どうやら、目が覚めたらしい。

「オイラ、な、何してたんだっけ?んー。確か・・・・・。あっ、ぼ、棒!棒は?棒は何処行った?」

思い出したらしい。急いで飛び起きると、眠気眼を擦りながら周りを見渡した。

「無い。棒が無い。ここは何処?オイラ夢でも見てたのか?いや、だ、誰かがオイラのこと運んでくれたんだ。そうだ。きっとそうだよ。そ、それならそうと、ひ、ひ、一言声を掛けてくれればよかったのになぁ。まぁ、い、いいか。それにしてもまずいなぁ。だ、だんだん暗くなってきちゃったよ。は、早くヤズナルト一家を探さないと。」

ナパはそう言い、ふと前を見ると前方に微かに灯りが見えた。そこがラズバクト一家が住んでいる場所かどうかはわからないが、とりあえずその、灯りが見える方向へ進みだした。そしてたどり着いたその場所には、ナパの身長より少し高いくらいの、石を積み重ねて作られた壁が何かを取り囲むようにしてあった。そして、その中に入るべく、壁沿いを歩き入り口を探すと、人が二人並んで通れるくらいの入り口があり、早速中に入ってみる。

しかし、ナパに警戒心と言うものは無いのだろうか?何も考えず、トコトコと歩いて行くと、奥の方に建物が見えた。果たして、これがラズバクト一家の家なのだろうか?

だが、その家の入り口の前に、何かが立っている。ピクリとも動かない。石で作られた置物なのか?とにかく薄暗くてよく見えないので、もうちょっと近づいて見ようと前へ進むと、ある境界線を境に、ナパが一歩進むと、ピクリとも動かなかったその何かが、

ゴリゴリッ・・・

と、奇妙な音を立てて一歩分近づいてきた。

「な、な、な、なんだ?」

驚いた様子でナパが立ち止まる。すると、その「何か」も動かなくなる。何が何だか分からないが、今度は三歩前へ進んでみた。すると、先ほどと同様、奇妙な音を立てながら向こうも三歩分進んできてそこで止まった。と、同時にナパの腰がガクンッと落ちた。なぜなら、見てしまったからだ。その物を・・・いや、その生き物を。

その姿は異様でおぞましく、身長は、大体ナパの腰ぐらいの高さで、皮膚は人間に近いものではあるが、薄汚れており、所々皮膚が捲れ上がっていて、そこからは赤黒い筋線維の様な物が見える。頭は歪な形をしていて、髪は生えていない。そして顔は・・・・説明しようが無い。なんと言うか、例えて言うのであれば、プラスチック製の顔を電子レンジにぶち込み熱を加え、樹脂が溶け始めて上からドロドロと流れてきたところに、水をかけて一気に固めた様な顔だ。とても人間と呼べる姿ではない。そして、こいつが動く度に、ゴリゴリッ・・・と、異様な音がするが、一体どうなっているのだろうか?動きをよく見てみると、前へ一歩踏み出す時にまず、右肩を前に突き出し、この時なぜだか顔は上を向いている。そして、次は左足を前に出すのだが、膝関節がおかしいのか足をピンと張った状態なのでこのままでは進むことは出来ない。よって、この時、前に突き出している右肩を勢いよく戻すのだが、その時、今度はその反動で左肩と、左足を前に出し、前に進む。そして、ゴリゴリッと、異様な音がするのは、この時に関節が擦れる音の様だ。

「な、な、なんなんだ・・・・・。こ、こいつ。」

ナパは震える足で踏ん張り、立ち上がってそう言うと、一歩、二歩、三歩と後ろへ下がった。すると、そいつもゴリゴリッと異様な音を立てながら三歩後ろへ下がり、じぃーっとこちらを見つめている。こいつは一体何者なのだ?悪魔・・・・・なのか?一難去ってまた一難。どうする、ナパ?


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