第17話
「やぁガブリエル・・・・調子はどうだい?」
「・・・っとムカつくなお前・・・。見てなかったのか?」
「そんな暇はないよ。サラ・ラズバクトを探すのに手一杯だったんだから。」
「ほぉ・・・そうかい。で、まさか見つかったんだろうな?」
「もちろん・・・・。っていうか、まだ確認はしていないんだが、恐らくサラ・ラズバクトだと思うんだ。」
「・・・・・・・はぁ?」
「まぁこれは僕の憶測で言うが、彼女は恐らく結界の中に居る。自分で創ったヤツの中にね。そして、その結界は攻撃から身を守るものではなく、身を隠すための結界だと思われる。だからどう探してもその姿を捉える事が出来なかったんだが、ミカエルの神眼に微かな反応があったらしい・・・。今、君が飛んでいる場所から南に百キロほど離れた森の中だ。まぁ、そういうわけで今から僕もそっちへ向かうから・・・・。」
そこでキルからの連絡が途絶え、それから五秒ほど経過すると大空を羽ばたくガブリエルの隣に、いつの間にかキルが黒いマントをはためかせ飛んでいたのだ。
「うぉぉっ・・・ビビった。いきなり現れんなよ。」
「え・・・?だからそっちへ向かうって言ったじゃない。」
「で、場所は何処なんだ?」
「あっ見えてきた・・・。あそこだよ。」
それはキルが現れてから約二分後くらいのことだった。キルが指差したその先には大きな森林地帯が広がっていた。どうやらそこにサラ・ラズバクトが何等かの理由で身を隠しているらしいのだが。
そして二人は、森の中に古びた一軒の家を発見すると、一度顔を見合わせ少し離れた場所に着地した。
そこは、隣に流れるナイル川から程近く、森に入って数百メートルほど奥に入った所にあった。もちろん周りには家など無く、それは人間が住むには不便な場所。
「大分豪い所に住んでるな・・・。」
辺りを見渡し、ボソリと呟くガブリエル。
「いや・・・彼女はここで生まれた訳でもないし、ここで生活している訳でもない。少なくとも最近まではね。」
「どういう事だ?」
ガブリエルがそう訊ねると、パチンッと指を弾くキル。そして、キルの掌の上に分厚い本が現れると、徐にそれをパラパラ捲り始め、サラ・ラズバクトのページに目を通し始めた。
「彼女はここから程近いベニマザールという小さな町で生まれ、母親のエヴァ・ラズバクトと共に暮らしていたが、えーっと・・・六年前に母親が死んでいるな・・・。で、稀に見る凄まじい力の持ち主のせいか、母親殺しの疑いをかけら忽然とその姿を消した。だが、この本によると彼女は五年後にベニマザールへ戻り、そこで生涯を過ごす・・・・・と記されているのだが、それが狂ってしまった。しかもそれだけではなく、寿命までもが・・・。」
「ルシファーのせいか?」
「・・・・・御名答。」
溜め息交じりにキルはそう言い、分厚い死神の書をバタンッと閉じると、隣に居たはずのガブリエルは目の前に佇む古びた石造りの建物の中へといつの間にか入り込んでいたのだ。
「ガブ・・・・・あ、あれ・・・?」
キョトンとするキル。だがそんなキルも呆れた表情のままガブリエルに続き、目の前の建物の中へと姿を消した。
ガブリエルはそんなキルに対し、「遅ぇよ・・・」と言わんばかりの表情で後ろに現れたキルを見ると、部屋中を見渡しこう言った。
「こいつは驚いた・・・。」
一体、何を見てそう言ったのだろうか?
外観から見たこの建物は決して大きい物とは言えないが、その外観から比べても、かなり小さめの部屋が一つだけ。何処をどう見渡しても他の部屋へと通ずる扉は見当たらない。そんな部屋は薄暗く、小さな窓が一つ設置されているだけで、そこから射し込む光以外にはこの部屋を照らす手段はないらしい。まるで山小屋のようなこの室内には家具と呼べるものは一切無く、もちろん電気は通っていない。こんな所にいくら魔術師とはいえ、人間が住めるはずがない。
だが、そんな事で驚くガブリエルではないはずなのだが・・・・。
すると、キルがボソリと口を開いた。
「確かに驚きだ・・・。うまく創ったな・・・。」
この意味深な言葉・・・。一体、誰が何を創ったというのだ?
そう放ったキルの顔をチラリと見ると、ガブリエルは玄関と思われる扉から四メートルほど離れた一番奥の石造りの壁に勢いよく右手を突き刺した。
ニヤリと笑うガブリエルは壁に突き刺した右腕を一気に下へ振り下ろすと、それはまるで紙のように破れ、そこから別の空間が覗いて見えた。
キルの顔にも笑みが零れる。
まるでポスターでも剥がすように石造りの壁だと思われていたそれをビリビリと破りまくるガブリエル。
すると、そこから現れたのは、またもう一つの別の部屋だった。いや、もう一つの部屋というより、元々ここは大きな一つの部屋だったのだ。そして、ボロボロに破いた壁をくぐり奥へと進む二人の足がピタリと同時に止まった。
「よぉ・・・・ねぇちゃん。」
そう言うガブリエルの視線の先には座禅を組む若い女の姿が。
微動だにせず、静かに座禅を組む女の周りを緑色に発光する線が囲い、その形は綺麗な立方体になっている。
「なるほど・・・やはり結界の中だったか・・・。」
キルは女の前に座り、まるで見えないガラスを叩く様にコンッ、コンッと結界を叩きながら言うと、その中の女は閉じていた目をゆっくりと開けた。
「やはり現れたか、この悪魔どもめ・・・・。」
目の前に座るキルを睨め付けながら女が口を開いた。が、その言葉からすると、予知でもしていたのだろうか?
その意味深な言葉に続き、キルが口を開こうとした瞬間、後ろから黒いマントの襟を掴み、ガブリエルがキルを引きずるようにその場から退かすと、
「俺様が代弁してやるよ。まず、二つほど質問する。お前はサラ・ラズバクトか?やはり来たか・・・?とはどういう意味だ?」
と、今度はガブリエルが女の前に座り言った。
だが、ガブリエルがそう言うと、女はまた目を閉じ、微かな笑みを浮かべながらこう言った。
「悪魔といえども、礼儀の一つくらいは知っておいたほうがいいよ。」
それはとても小さな声だった。聞き取れなかったガブリエルはしかめっ面のままその顔を近づけると、女は閉じていた目を再び開いた。
両目とも黒色の瞳だったはずが、再び開いたその目は、左側の瞳だけが朱色に変わっていて、その朱色の瞳を見た瞬間、ガブリエルは凄まじい衝撃音と共に二、三メートル吹っ飛んだのだ。
だが、それで黙っているガブリエルではない。
すぐさま体を起こすと、大きな右拳を女の顔面狙いで正面の結界に一発叩き込むと、細かい蜘蛛の巣の様な亀裂が入った。
しかし、その亀裂はあっという間に修復されたが、その凄まじい衝撃が結界を突き破り、内面にまで達したのか、女の鼻から赤い液体が流れ落ちた。
「二人とも止めないか!」
一瞬の静寂に怒声が響いた。珍しくキルが大きな声を上げると、女の左目は朱色から元の黒色へと戻り、何事も無かったかのような静けさを取り戻した。
「礼儀か・・・・。これは失礼。私の名はキル。そして彼の名がガブリエル。しかし不躾な振る舞いをしてしまった我々が言うのもなんだが、いきなり悪魔呼ばわりするのもどうかと思うんだけどな?
ミス・・・・・・・。」
「知っているんでしょ?・・・・私の名前。」
「これまた失礼。ミス・・・サラ・ラズバクト。」
鼻から流れ落ちる鮮血を拭い、ようやく信用したのか結界を解くサラ・ラズバクト。だが、そんな彼女はまだ完全に信用していないせいか、後ろへ下がりガブリエル達に若干距離を置くと、
「名前だけでは正体は分からない。それに目的は何なの?」
と、キルとガブリエル交互に視線を移しながらサラは言った。
そこでキルはガブリエルの顔をチラリと窺い、「君が説明するかい?」と目で訴えると、不機嫌そうな顔つきで黙ったまま首を軽く横に振った。どうやらガブリエルは、ダメージは無いにしても先程喰らった一撃が気に入らないらしい。
そんなガブリエルを尻目に、キルは、死神という自分の説明から始まり、元人間だったガブリエルのことも話した。だが、元人間だった頃のライラス・バートンについては詳しくは述べなかった。なにせ全世界が知る、最悪の殺人鬼だったのだから・・・。
そして、そんな二人の自己紹介が終わると、いよいよ本題へと触れ始めたのだ。
それは遥か昔、全天使を率い、そのトップの座に君臨し続けていたルシフェルという名の大天使長。彼は、部下として率いる彼らから愛され、神からも絶対的な信頼を寄せ、その力、その振る舞い共に誰もが認める神に一番近い存在と云われてきた。
最初に神は火で天使を創り、次に土で人間を創った。
自分達より下位に位置するはずの人間達に寵愛を注ぐ神。次第にルシフェルはそんな神に怒りを覚え、やがてそれが嫉妬や憎しみへと変わり、我こそが最も神にふさわしい存在だ・・・と思いを抱くようになると、密かに仲間を集め、反逆軍を作ったのである。
ルシフェル側に付いた天使の数はなんと、全天使の三分の一にも上ったという。
そんなルシフェルの反逆軍と神との永い戦いが始まった。
もちろんその時ミカエル、そしてキルは神率いる天使軍に加わり戦いに望んだという。
やがて、その戦いにも終止符が打たれ、神率いる天使軍に破れたルシフェルは反逆軍諸共地獄へと堕とされたのだ。
天界から地獄へと真っ逆さまに堕ちるルシフェルは、その途中、十二枚ある翼から地球上に一枚の小さな羽根を落としていった。だがそれは偶然落ちたものではなく、必然的に落としていったのだ。
深手を負ったルシフェルは地獄へ堕とされた後、その体を癒しながら再び神への報復を考えていた。
地上に舞い落ちたルシフェルの一枚の羽根には、彼の魔力が託されており、何千年という時を経てそれからルシファーが創られた。だが、そのルシファーは所詮体の一部から創られたもの。知性は地獄に居るそれと同じにしても、魔力は到底それに及ばない。そんな彼は、計画通り地球上を彷徨い、地獄に居る本体を召喚できるほどの力の持ち主を探し始めたのだ。だが、自分で自分を召喚すればいいだけの話では・・・・?
神が創ったルールにそれはあり、悪魔同士ではそれが出来ないようになっている事をルシファーは知っていたのだ。
この様な大雑把な説明を淡々と進めてきたキルは、最後にサラの顔を見つめながらこう言った。
「そして、ルシファーが辿り着いた先は、君だよ・・・サラ・ラズバクト。」
異様な沈黙が流れると思いきや、それを聞いたサラは以外にも冷静にこう言い放った。
「なんか嘘くさい話だけど、現にこうして死神と名乗るあなたも居るし、自分で言うのもなんだけど、確かに私がナンバーワンだと思う。魔術師の中ではね。あなた達も見たでしょ・・・?朱色に染まった瞳を。これは最強を誇る代々ラズバクト家の人間でも私と、祖先のギザという人だけが持つ特殊な力らしいから・・・・。」
サラのその言葉に数秒ほど間が空くと、奥でそれを黙って聞いていたガブリエルが腕を組みながら歩み寄り、サラの前に立ちはだかると、彼女の二倍はあろうかという大きな顔を近づけてこう言った。
「お前の自慢なんざどうでもいいんだよ・・・・。もっと大事な事を言うべきなんじゃねぇのか?」
自分の目の前にある大きな顔。それから目を背けるどころか、彼女は目をクリクリと丸くし、ガブリエルの顔をまじまじと見つめると、ニッコリと笑みを浮かべながら
「以外に可愛い顔してるんだね・・・。さっきはごめんね。ガブリエルちゃん・・・。」
と、意外な言葉を放ったのだ。
数年間、人里離れたこの場所で孤独に苛まされ、人恋しくなったあまりに誰かと話せた喜びが出てしまったのか、それとも元々こういう性格なのかは分からないが、さすがのガブリエルも睨みを効かしたその表情が一変に崩れた。
「クソが・・・。」と、小さな声で呟き、キルの後ろへと隠れるようにその場を後にするガブリエルだが、その表情はどこか恥ずかしそうだった。
その様を見ていたキルは「意外と可愛いところあるじゃん?」みたいに、後ろに居るガブリエルに肘で何度かつつくが、本人は腕を組みながらそっぽを向き知らん顔。
「ところでサラ・・・・我々を見た時、やはり現れたか・・・って言ってたけど何だったんだい?」
ガブリエルにちょっかいを出していたその手を止め、キルが突然そう訊ねると、サラは三種類の印を素早く交互に組み合わせ、右手の掌に軽く息を吹きかけた。
すると、ガブリエルが破った、部屋と部屋を仕切る壁がスゥーッと消え、石造りの古びた室内が本来のあるべき姿へと一変した。
それでも多少古さを感じる室内だったが、それと共に家具が幾つか現れ、小さな台の上に置かれた写真を手に取ったサラは、それを見つめながら
「一年くらい前かなぁ?毎晩同じ様な夢を見るようになったの。私が家に居ると、あっ・・・家って言ってもここじゃなくて、ベニマザールってところに実家があるんだけど・・・そこに五体くらいの悪魔が現れて、そいつらに体を押さえつけられると、いつの間にかに現れた蛇が口の中に入ってくるって夢・・・・。最初は気持ち悪い夢だなって思ってただけなんだけど、それがしばらく続き、ある日を境に、ピタリと見なくなったの。そしたら・・・・ジャーン。」
そう言いながら、手に持っていた写真をキル達の前に差し出した。
その写真の右半分には初老の女性が写っており、さらにその左半分にはもう一人写っているのだが、ちょうど顔の部分が刳り貫かれた様にそこだけが焼けていたのだ。
「それ、私の母なの。結構イケてるでしょ・・・?で、見えなくなっちゃったけど、隣が私。夢を見なくなって六日目くらいかなぁ?突然発火して燃えちゃったの・・・・私の顔だけ。」
「なるほどね・・・・。それで確信したわけだ・・・?自分が悪魔に狙われてるって。」
「まぁ、そんなところね・・・。」
キルとサラがそう話していると、それを黙って聞いていたガブリエルが突然動き出した。
「何か臭ぇな・・・。」
ボソリとそう呟き、鼻をヒクヒクと動かしながら頻りに部屋中を見回し始めたガブリエル。
キルはそんなガブリエルからサラへとゆっくり視線を移すと、なぜかサラは慌てた様子で首を横に振った・・・。どうやらキルは「オナラした?」と訊ねたらしい。
しかし、そんな柔らかい雰囲気が一変し、キルの表情が突然硬い面持ちへと変わると、それに続き、サラの顔にも緊張が走った。
一体、どうしたというのだ?
ガブリエルは未だ頻りに匂いを嗅ぎ続け、何かを感じ取ったサラも懐から一枚の呪符を取り出し、それを人差し指と中指の間で挟み、キリリとした面持ちで構えている。そんな彼女の後ろには、キルがピタリと背中を合わせ、稀に見る凄まじい形相で辺りを窺っていた。
そして、そんなキルは彼女と同様、懐に手を伸ばし札のような物を取り出すと、まるで真似をするかのようにそれを人差し指と中指の間に挟んで構えた。
だが、よく見てみると、彼女が手に持つそれには見た事も無いような文字が描かれ、見るからに呪符・・・というものに対して、キルが持つそれはなんと・・・・一ドル札ではないか・・・。その表情、この状況にまったく不似合いな行動。この男に緊張感というものはないのだろうか?
するとそんな時、白いペンキが所々剥げている壁から何者かの上半身だけがヌルリと現れ、こちらを見つめながらそいつは
「見つけた・・・・・。」
と、ニヤリと笑い一言だけ言った。
それと同時にほぼ三人が同じタイミングでそいつに気付いたのだが、
若干それよりも速くキルが気付き、持っていた呪符を、いや・・・
一ドル札を投げつけたのだ。
するとどうだろう・・・。キルが投げつけた一ドル札は途中、大きな禍々しい髑髏へと変化すると、口をカクカク鳴らしながら物凄い勢いでそいつ目掛けて噛み付いていったのだ。
しかし、髑髏が噛み千切ったのはそいつの右手首だけで、あと一歩及ばずというところで壁の中へと消え、逃げられてしまった。
「逃げられちゃったね・・・。でも見た感じだと、グールと同じ種族の低級な悪魔だったから心配なさそうね。」
呪符を懐へしまいながらサラが言った。
「いや、もうここには居られねぇ。あれは七人の魔術師が召喚した兵隊のうちの一人だ。今頃、報告しに行ってるだろうよ・・・。」
「へぇ・・・、大分詳しいんだねガブリエルちゃん。」
「同感・・・。」
ガブリエルが放った言葉に対し、サラとキルが続けざまにそう言うと、ガブリエルは黙ったまま顎で表を指した。
再び緊張が訪れた中、それに従いキルはサラの顔をチラリと見ると、壁をすり抜けて表へと出て行き、それに続いてガブリエルも壁の中へと姿を消した。
一人ポツリと残ってしまったサラも慌ててドアに駆け寄り、表へ出ると、ガブリエルとキルは地上五メートルほどの高さで宙に浮きながら
「飛べるか?」
と、そんなサラを見下ろしガブリエルが訊ねた。
それに答えるかのように、サラは両手の掌同士を合わせ、それを小さく擦り合わせると右手を高々と掲げ、それを地面に叩き付ける様に勢いよく振り下ろした。
すると、サラの周辺だけ地面から吹き上げる風が一瞬舞い、足元に赤く浮かび上がった五ぼう星が現れると、それを軽く左足のつま先でチョンと蹴ったのだ。
上空からパチパチと拍手が聞え、意外に驚いた表情のキルの視線の先には、赤く光った五ぼう星に乗り、宙に浮くサラの姿があった。
湿った土の上に葉っぱや枯れ木が散乱する地面には、五ぼう星を象った小さな炎が残っていた。
「どう・・・・凄いでしょ?上級者になれば普通に空を飛べるけど、こんな術が使えるのは・・・・・・」
五ぼう星に乗り、その高さまで浮上したサラがそう話ていると、ガブリエルが鋭い眼つきで睨んでいた。
「・・・・・はいはい。自慢は無しね。でしょ・・・?」
小さく舌打ちをしたガブリエルは、「行くよ」と一足先に東の方角へと飛び立っていったキルの後を追うべくその場を後にした。またもや一人取り残されたサラは口を尖らせながら
「あー怖い怖い・・・。」
と、独り言を呟き、まるでスケートボードでも乗っているかのように空を滑り、ガブリエルの後を追ったのだった。
「ところでガブリエル・・・・さっきの話しなんだが、七人の魔術師って一体どういうことなんだい?」
サラが追いついたことを確認すると、飛行を続けながらキルがすぐ後ろを飛ぶガブリエルに訊ねた。
「あぁ・・・ペンタクル教団っていう馬鹿な集団の一員だよ、そいつらは・・・。」
「え?スペクタクル・・・?」
キルがボソリと呟いた。
「てめぇは耳がおかしいのか?ったく、まぁいいや。とにかくそれに所属しているのは全員エリート魔術師らしい。んで、その中のダニスって野郎を頭に政治の改革を行っていたらしいんだが、最近になって段々その道から外れ、やがてはそこに居る馬鹿女へと目的が移行した。表面上ではやはり政治の改革の為・・・と謳っていたようだが、いつからそんなんなっちまったのかは俺も分からねぇ。ただ、そのダニスがアスタロトって野郎を召喚してからおかしくなったのは確からしいぜ・・・。まぁ、本来はそのアスタロトの力を利用して政治改革に役立てるつもりだったらしいが、そんな浅はかな考えは通用せず、操るつもりが逆に操られちまったってわけだ。」
淡々とガブリエルが説明していると、突然キルが口を挟んできた。
「ね、ねぇガブリエル・・・話・・・長くない・・・?」
気まずそうにキルがそう言うと、ガブリエルはムッとした表情で
「ルシファーが現れて、ダニスに取り憑いて魔術師七人連れて馬鹿女を捜しに行った・・・・。」
と、やる気の無いそんな言葉で終わらせたのだ。
「えぇぇっ、私、もっと話聞きたかったのに・・・。」
そんな中、サラが口を尖らせながらそう言うと、不機嫌そうなガブリエルを追い越して、キルの隣に着いた彼女はそっとこう耳打ちしたのだ。
「ねぇ、あのさ、どうしても続きが気になるんだけど、ダニスって人が探している馬鹿女って人は誰なのかなぁ?ねぇ、キルちゃん分かる?」
「えっ?いや、だから・・・・その、僕もよく分からないなぁ。ガブリエルに聞いてみたらど、どうかな・・・?」
困惑の表情を浮かべながらキルが小さな声でそう言った。が、すぐ後ろを飛んでいるガブリエルの尖った耳はピクピクと動いており、どうやらその会話は全て筒抜けだったらしい。
「やっぱり馬鹿・・・だな。」
深く溜め息をつき、小さな声でそう呟くガブリエルだった。
そんな中、サラのスピードに合わせて飛び続け、二十分余りが経過した頃だろうか・・・。眼下に広がる森林地帯を抜けると、そこには大きな岩が幾つも転がる褐色の荒野が広がっていた。そんな景色を何気なく見下ろしながら数分ほど更に飛び続けると、何等かの凄まじい力で地面へと吸い寄せられ、抵抗する間も無く物凄い勢いで急降下し、三人は地面へと叩きつけられてしまったのだ。
墜落した三人を包み込むように、その衝撃で舞い上がった砂埃のせいで視界はほぼゼロに近い。
それにしても一体何が起きたというのだろうか・・・。
視界を濁すその中から、まず、キルの声が聞えてきた。
「サ、サラ・・・サラ・・・。」
そう言いながら、何も見えないその中でサラの安否を確認するキル。
しかし、いくらサラであってもその体は所詮生身の人間。これだけの衝撃をまともに喰らっては無事であるはずがない。
すると、「ゴホッゴホッ・・・」と、むせ返るサラの声が聞え、それに続いて、「くそったれが・・・」と、ガブリエルの声も聞えてきた。
それから間もなくすると、三人を包み込むそれは、微かに吹く微風に乗り、徐々にではあるが視界が開けてきた。
「嫌な予感がするんだけど・・・。」
微かに見えてきたガブリエルとサラを確認し、キルはそう言いながら懐から扇子の様な物を取り出し、それで軽く二回ほど扇いだ。
すると、後方から物凄い突風が吹き荒れ、視界を濁していた砂埃はあっという間に消え去ってしまったのだ。
「ちくしょう!ふざけやがって・・・一体誰がこんな・・・・」
ガブリエルは立ち上がり、そう怒声を上げたのだが、途中なぜかそれが沈黙へと変わった。一点を見つめながら固まっているガブリエルの視線を追うキルとサラのその先にはなんと・・・・・
「これはこれは・・・・奇遇で・・・いや、運命と言ったほうが正しいかな?なぁ・・・キル。」
引き攣るキルの顔。そして、その顔を知るガブリエル。
そう・・・・目の前に居るのはダニスの皮を被ったルシファーだったのだ。そして、そのルシファーの後ろには、七人の魔術師。だが、彼等の瞳は白く濁り、見るからに正常ではない面持ちで薄ら笑いを浮かべていた。そして、ルシファーのすぐ後ろには銀の衣を纏ったアスタロトの姿も・・・。
「あ・・・や、やぁ・・・・ル、ルシフェル・・・。」
ガクガクと震えながらようやく立ち上がったキルがそう言うと、ルシファーはそんなキルからガブリエル、サラへと視線を流し
「是非とも紹介してくれないか?お前の友達を・・・。」
と、最後に止めたサラの顔を見つめながら言った。
戸惑いながらもキルが口を開こうとした瞬間、ルシファーがなぜかガブリエルの顔を睨み付けたのだ。・・・と、その瞬間、凄まじい衝撃音と共にガブリエルは吹っ飛んでしまい、後方にある大きな岩へと叩きつけられてしまった。
「いや、すまない。傷つけるつもりはなかったんだが、困った事に私には未来が見えてしまう。とは言っても、数秒ほど先のことしか見えんのだが、どうも彼がいたずらをする光景が見られたものでね。さぁ、早く紹介してくれたまえ。」
ゆっくりと、穏やかな口調でルシファーが言った。
「い、いや・・・紹介するほど・・・ぼ、僕達仲良くはないから、そ、そのなんて言うか・・・。」
ルシファーとは目を合わせずに、恐怖のあまりか言葉を詰まらせるキル。だが、そんなキルとは対照的にサラは凛とした表情で、真っ赤に染まった左肩に右手を当て、唇が微かに動く程度に小さな声で呪文を唱えていた。
やがて、サラの右手が青白く淡い光を放つと、衣服が破れて露出した左肩の傷口が修復され始めた。
「お見事。これは素晴らしい逸材だ。なぁ・・・キルよ、親しい友人ではないと言っていたが、それなら私にくれないか?その娘を。」
サラを見つめながらルシファーがそう言い終えた頃、右手を当てていた左肩の傷は完全に消えていた。