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アナザーワールド  作者: 新倉 砂鉄
13/21

第13話

「なかなかやるじゃない・・・・。」

すると、どこからともなくキルの声が聞えてきた。そして、その声が聞えた方に目を移せば、そこは暗闇に覆われた洞窟の少し先のほうで、何やら爪と爪を擦り合わせるような音が2回程聞えると、その暗闇に小さな灯りが燈った。

その灯りの正体はキルの中指の先から吹き出る小さな炎で、その微かな灯りが不気味にキルの顔を照らし出す。

「よく人間はこんな仕草をする。中指をこう立ててね・・・・。」

暗闇の中、不気味に照らされたその顔がニヤリと笑うと、中指の先に燈る炎がゆっくりと下へ下がる。

その先には地面に置かれた細く長い紐のような物が置いてあり、その先端に炎を近づけると、火花を散らしながら凄まじい速さでバチバチと紐が燃え進み、キルのダミーへと群がる黒い蟲達の方へ進んで行く。

どうやらこれは導火線のようだ。

そして、その導火線を軽やかに燃え進み続ける火花が、群がる黒い蟲達に到達すると、凄まじい火柱が立ち上り、灰も残らぬほどに何千という蟲達を一瞬で焼き尽くしてしまったのだ。

「兵隊さんってところだね・・・。」

左手中指の先に燈る小さな炎をフゥーッと吹き消し、ボソリとそう呟くと暗闇が包み込む奥の方へと消えて行ってしまったキル。

カツッ、カツッ・・と暗闇に消える足音に紛れパチンッと指を弾く音が響き渡る。

すると、まだ進み始めてから間もないが今までキルが歩んできた道のりの両脇に一定の間隔でたいまつの炎のようなものが幾つも浮かび上がってきたのだ。しかも、その炎を良く見てみると、ドクロがフワフワと宙に浮いており、その全ての頭部が割れているのだが、その割れた頭部の中に炎が燈っている何ともキルらしいお洒落なランプだった。

そして、その洒落たランプが歩んできた道のりを照らし、それがキルの約一メートル程前方にも左右に一つずつ浮いていて、キルが進めばその洒落たランプも宙を漂いながら移動し、後方のランプは移動することなく、キルが進めばまた新たに現れるというしくみになっているらしい。

肝心な前方を照らすランプが左右に一つずつしかないのは、この内部がどのようになっているか把握してないので、全ての通路、いや・・・この内部全てに設置することは出来ないからだ。

改めて見回してみると、揺れる炎に照らされたそこは、とても広いとは言えない洞窟の様な所で、壁面にはビッシリと夥しい数の黒い蟲達で埋め尽くされていた。

約一メートル前方に浮遊する二つのランプが照らし続ける中、うねる道のりを数分歩き続けると大広間のような空間にたどり着き、そこでキルの足は止まった。

パチンッ・・・・

またもキルの指を弾く音が響き渡る。

どれだけ広いかまだ定かではないが、明らかに今までとは違うその空間に、縦に細長い光がぼんやりと浮かび上がってきた。やがてそのスジのような光は白色の強い光を放ち、それは地面に垂直に突き刺さるように現れた、巨大なネオン管の様な物だった。

それが放つ白色の光に照らされたそこはドーム状の部屋になっており、地面、壁面共にまるで内臓の壁面の様にピンク色のブヨブヨしたものに覆われていて、あちらこちらに赤黒い血管のようなものが浮かび上がっている奇妙な空間だった。

「久しぶりだな・・・・キル。」

この声は・・・・?そして、その声のほうに目をやると、そこにはガブリエルが・・・・。

だが、その佇まいは変わり果てていて、さすがのキルも言葉を失ってしまったようだ。

体中を何百という黒い蟲達が這い、顔の一部分や所々に見える肌が腐敗しているではないか。

そんなガブリエルが白色の光を放つネオン管の様な物の前を、少し眩しそうに横切ると、ニタニタ笑いながらキルの方へと近づいてきた。しかも、体中を這う何百という蟲の中の一匹を徐に摘むと、それを口元へ運び、ガリッ、グチャグチャッと何とも言えぬ異音を奏でながら旨そうに食んでいるではないか。

そして、キルの目の前でその歩みを止めると、体中を這う蟲をまた一匹摘み、それをキルに差し出すと

「食うか・・・・?」

と、不気味に笑いながら言ってきた。

「い、いや・・・遠慮しとくよ・・・。」

そう断るキルの表情は苦笑い。

ガリッ・・・グチャグチャ・・・

キルに断られると、透明な羽をバタつかせるその蟲を喰らい、口から滴り落ちる蟲の体液を拭いながらガブリエルはこう言った。

「左腕はどうした?まぁ・・・そんな事はどうでもいいか。それよりなぜここへ来た?」

それに答えるキル。

「別に好き好んで来たわけじゃないんだが、君を救い出しに行けって言われたものでね。」

キルが回りを取り囲む奇妙な壁面を見渡しながらそう言うと、突然ガブリエルが咳き込みだし、苦しそうな表情を見せると、いきなり嘔吐したのだ。

しかも、口から滝のように流れ出ているのは大量の様々な蟲だ。

なんとも目を覆いたくなるような異様な光景がしばらく続き、ようやくそれが終わると地面に溜まる吐き出した蟲達がガブリエルの足を伝い、体に纏わり付く。

「いや・・・すまねぇ・・・。最近、調子が悪くてな。ところで・・・俺を救いに来ただと?そんな用で来たなら帰ってもらおうか。俺はここが気に入っているんだ。」

ガブリエルは頭をボリボリ掻きながらそう言った。が、頭を掻いていた右手の指には自慢の長い銀髪が大量に絡みついていて、体中を這いずり回る蟲達が耳の穴から出入りしたり、穴の開いた頬から入り込んだ蟲を喰っていた。

「相当・・・病んでいるみたいだね・・・。オエッ・・・。仕方が無い。力ずくで行きますか。」

身に纏う黒いマントを左手でバサリッと払いキルはそう言うと、ガブリエルはなぜかニヤリと笑った。

「笑止。力ずくだと?いいじゃねぇか・・・。いいぞいいぞ。まさにそれがここへ来たお前の価値だ。わかるか?与えられた玩具を前にする俺の気持ちが。さぁ・・・来い、来い。早く来いよ。」

興奮するガブリエルを前に呆れた表情のキル。

「何なんだこの展開は・・・?まぁ、い、いいか。力ずくって言ったのは僕だしね。」

そう言いながらキルはいつも通り指を弾こうと、中指と親指の腹を擦り合わせようとした瞬間、突然キルの目の前に小さな空間の裂け目が現れ、そこからガブリエルの腕が勢いよく飛び出し、その拳がキルの顔面をとらえた。

その衝撃は凄まじく、整ったキルの顔が歪み、ブヨブヨした奇妙な壁面に叩きつけられたのだ。

「お前のクリエイティブ・ワールドを創らせる暇なんか与えないぜ。

気付いていたか?既にこの中は俺様のクリエイティブ・ワールドの中だってな。」

地面に這いつくばるキルを見下しながらガブリエルがニタニタ笑いながらそう言うと、ブヨブヨしたピンク色の奇妙な壁面に拳大の穴が開き、そこから何千という数の蟲達が溢れ出てくると、あっという間にキルの体を包み込んでしまった。

「うむ・・・・。やはり私が教え込んだだけの事はあるようだ。素晴らしい。だが、君は勘違いしているようだ。別に私は指を弾かなくともクリエイティブ・ワールドを創ることが出来るんだよね。君と違って何の動作も無く。ただ、指を弾く動作は単なる私のこだわりってやつ。びっくりした?」

その声の主は間違いなくキルだった。

「いいぞ・・・キル。これで終わってしまってはつまらない。」

辺りを見回しながらガブリエルがそう言い、眼下で蟲達に覆われているはずのキルの頭部をグシャリと踏み潰したのだ。

だが案の定、そこにキルの姿は無く、そこから出てきたのは大量の蛆だった。

「ガブリエル。君は知っているかい?地獄の炎を。」

何処からともなく聞こえるキルの声。

「そんなのどうでもいい・・・それよりお前にチャンスをやろう。さぁ、好きな所へ場所を変えろ。」

腕を組みながら不敵な笑みを浮かべるガブリエルの耳に何処からとも無くパチンッと指を弾く音が聞えた。

「覚えているかい・・・・?ガブリエル。」

風景が一変したそこは木々が生い茂る深い森の中だった。

「そう・・・ここは君と僕が始めて出会った場所。なぜか遠い昔のような、何か新鮮な気持ちにならないかい?」

「くだらない戯れ言をほざく暇があるんだったら俺を倒す方法でも考えてたほうがいいんじゃないのか?」

眉間にシワを寄せながらガブリエルが言う。

だが、そんなガブリエルもこの直後、表情が一変する事になる。

それは、もう一度キルのパチンッと指を弾く音が響き渡った時の事だった。

それまで燦々と降り注ぐ太陽の光が木々の間から零れ、生暖かい風が草木を揺らしていた平穏な一場面から一変し、風も無く、暗闇に覆われた夜の世界へと一転した。

「お前・・・・・殴られた事・・・あるか?」

突然、ガブリエルの後ろから男の声が聞えた。

後ろを振り返るとそこには若い男女が居るではないか。

木々の間から漏れる月明かりが不気味に照らす中、男は女の首筋をゆっくり舐め回している。が、女は髪の毛を鷲掴みにされ、背面にある木に押さえつけられながら体をガクガクと震わせていた。

短めのスカートから生える二本の白い美脚を伝い、透明で生暖かい液体がジョロジョロと流れ落ちる。

ゴツッ・・・・

ニタニタ笑いながら男は右腕を振り上げ、女の顔面を殴りつけた。

もしや・・・これは・・・・?

そう、この若い男の名はライラス・バートン。

この後も、やはりあの時と同様、倒れた女に馬乗りになり、左右の拳を顔面に振り下ろす。

ゴツッ・・ゴツッ・・・と、骨と骨がぶつかり合う鈍い音が暗闇に響き渡る。

そんな光景を、微笑を浮かべながら黙視し続けるガブリエル。

すると、なぜかここで早送りでもされたのか、突然場面が変わったのだ。

既に肉塊と化したそれにまたがり、エクスタシーに達したライラスの顔が小刻みに震え、絶頂の余韻に浸っていると、暗闇の向こう側から冷たく低い唸り声が聞えてきた。

段々と近づいてくるその低い唸り声はやがて、ライラスの耳元でピタリと止まると、静寂に包まれた暗闇の上空から何者かが舞い降りてきた。

黒いボロを身に纏い、皮膚は腐れ爛れ、微かに見える顔には蛆が湧いているそいつは・・・・・

あの時のキルだ。

そこに居るガブリエルを無視するかのようにあの時の光景が繰り返されている中、キルの行動に変化が現れた。

あの時、そこに居るはずのないガブリエルの方へ蛆だらけの顔をゆっくり向けると、

「地獄の炎を・・・・知っているか・・・?」

と、生臭い口臭を放ちながら言ってきた。

それまで微笑を浮かべ、黙視し続けていたガブリエルだが、一瞬、体をビクつかせ、我に返ると、そこには身に纏う黒いボロから小さなビンを取り出したキルが微かな笑声を上げていた。

人差し指と親指で摘む透明なビンの中には黒いモヤのようなものが入っており、親指で蓋をピンッと弾くと、その中の黒い気体が小さなビンの口からモワモワと立ち昇り、それがキルの顔の高さまで上がると、ガブリエルに向けてフゥーッとそれを吹きかけたのだ。

すると、周りを包む闇よりも更に黒い炎がガブリエルの体を一瞬にして包み込んでしまったのだ。

「地獄からどうやって盗み出したか知らんが、大昔にルシフェルから貰った地獄の炎。罪人を焼き尽くすこの炎は私やルシフェルでさえも消すことは出来ない。ただ・・・消すことは出来なくとも消し方なら知っている・・・。神が創り上げたこの炎には、憐れみや慈しみ、つまり慈悲の想いが籠もっている。悔い改めよ・・・・己の愚かさを認め真情を出せ・・・。さすれば自ずと消えるだろう。」

キルのその言葉をかき消すようにガブリエルの叫喚が響き渡る。が、その叫喚に交じり、なぜか別のガブリエルの声が聞えてきた。

「その必要はないぜ・・・。しかし、何とも言えねぇな、自分がのた打ち回る姿を見ているのは・・・。」

そうガブリエルの声が聞えると、上空に分厚い雷雲が現れ、闇夜を照らす満月が覆い隠されると、あちらこちらに雷鳴と稲光が迸り始めた。そして、黒い地獄の炎が跡形も無くガブリエルを焼き尽くした頃、大きな雷鳴と共にキルの目の前に雷が落ちたのだ。

凄まじい衝撃音が地面を伝い、その周辺の草木は燃え、風の無いそこは白い煙で覆われてしまった。

視界がとても良いとは言えないそんな中、キルがボソリと呟く。

「やれやれ・・・。」

ため息混じりにそう言い、懐から扇子のような物を出すと、辺り一面を覆う白い煙に向かって軽く二回ほど扇いだ。

すると、キルの後方から突風が吹き荒れ、視界を濁していた白煙があっという間にかき消されてしまったのだ。

「無駄だよ。言ったろ?既にこの中は俺様のクリエイティブ・ワールドの中だって。」

まだ微かに煙が立ち昇る焼けた土の上に、悠々閑々と腕を組みながらそう豪語するのは、雷と共に現れたガブリエル。

だが、目の前に佇むガブリエルを見てもキルは驚く素振りも見せない。

「やはりそうだったか。これでようやく謎が解けたぞ。君を説得し倒したとしても意味が無い・・・。精神の核となる本体を探さなければならない。それは恐らくあの部屋の何処かに居るはずだ。いや、居るのではなく、君達が隔離しているんだろうけどね・・・。」

左手を顎に当て、一人頷きながらそう言うキルの姿は、いつの間にか普通の姿に戻っていた。

「何を言い出すのかと思えば・・・クックックッ・・・今さら遅いんだよ。」

ニヤリと笑いながらガブリエルはそう言い、右手の掌をキルの方へ向けると凄まじい衝撃波が放たれた。

大した技ではないが、とっさにマントで体全体を覆いガードするキル。

そして、それが目的だったのか、その間にガブリエルは勢いよく右腕を左右に振ると、暗闇の森林地帯だったその空間が横にスライドし、新たな空間が現れたのだった。

凄まじい爆風が止み、左手で覆っていた黒いマントをゆっくり下ろすと、晴れ渡る青空の下、見渡す限りに広がる大きな湖の湖面上に立っていたのだ。しかも、キルの正面から十歩ほど歩いた距離にはガブリエルが立っている。

「来い・・・。」

微笑を浮かべ、人差し指をクイクイと動かしながらガブリエルが言う。しかし、キルは動こうとしない。

「いいぞ・・・。その調子だ。」

ガブリエルが呟く。が、一体、何を見て言っているのだろうか?キルには何の行動も見られないのに・・・。

すると、湖面上に波紋が現れた。まるで、見えない何かが湖面上を歩いているかのようにガブリエルの方へと波紋が近づいてゆく。

一体、どうなっているのだろうか・・・?

良く見てみると、湖面上に立つキルの姿が反射し、水面に映し出されている方のキルが本体とは180度逆になった形で湖面下を歩いているではないか。しかし、ガブリエルの方はというと、彼の下に映るものは何も無かった。

そして、湖面下を歩くキルがガブリエルの一歩手前でその歩みを止めると、ガブリエルはしゃがみ込み、右腕を水中に突っ込んだのだ。

ニヤリと笑い、何かをゆっくりと引き上げるガブリエル。

そして、引き上げられたそれは、ズブ濡れになったキルだった。

所々が腐敗し、何匹もの黒い蟲が這う右腕で首を鷲掴みにされたままピクリとも動かないキル。

向こう側では湖面上に立ったまま、それを黙って見ているキル。

「おいおいおい・・・黙ってたんじゃつまらねぇぜ。何とか言ってみろよ。」

「・・・・・・・・。」

「おっと、これは失礼。動く事はおろか喋ることも出来ないんだったな・・・・。なんたってここはアブソルート・ワールド(絶対的世界)だからな。」

左腕、両足をダラリと下げ、表情の無い人形の様なキルの首を掴み高々と持ち上げ、離れた所で一人動けずに佇むキルを嘲笑するかのよう、鼻で軽く笑いながらそう言うと、右腕で持ち上げたまま、左手をキルの腹部へ突き刺した。

すると、湖面上に佇むキルにも同じ現象が起き、苦痛に顔を歪めているではないか。

「お前達は永遠に痛みを知ることが無い。だが、それもこのアブソルート・ワールドでなら可能になる。キル・・・お前が一番知っているよな?この世界の凄さを。クリエイティブ・ワールドだけでは全ては思いのままにならない。だが見てみろ・・・ここでは俺が神だ。痛みを感じることの無い神族の者にも、動物だけが知る痛みを与えられ、全ては創造者の思いのまま・・・・。せっかくだ、口だけ利かせるようにしてやろう・・・。」

ガブリエルはそう言うと、腹部へ突き刺さる左手を抜き、今度はキルを持ち上げる右腕を少し下げ、左手に拳を作ると、それで何発もキルの顔面を殴りつけたのだ。

「ぐはぁぁっ・・・・。」

思わず声が漏れるキル。

歪む顔面に幾度となく拳を打ち込むガブリエル。

流れ出るはずの無い赤い液体が潰れた鼻からとめどなく溢れ出す。

一方、ガブリエルが殴り続けている人形の様なキルには損傷は見られない。

湖面上に立ち、夥しい赤い液体を流し続けるキルの体は最早、人間のそれと同等にさせられてしまったのか?

座ることも、倒れることも許されないまま、しばらくその衝撃を顔面で受け続けるキル。

すると、激しく振るっていた左腕がピタリと止まった。

「飽きた。こうも力の差が歴然としていては何の面白みも無い。」

急に素っ気無い表情に変わり、そう言いながらガブリエルは首を掴む右手を徐にパッと放した。

ボチャンッ・・・と湖面上に小さな波を立て、足元から徐々に沈んでゆくキル。

「そろそろフィニッシュにするか・・・。」

既に肩の辺りまで沈んだそれを見下ろしながら、ガブリエルが言った。

きっと今頃、ガブリエルの頭の中ではどのような終焉で幕を閉じるか、いや、もう既に結末を創造し、そのデモンストレーションが頭の中で流れている頃だろうか?

あとは、それを実現化するだけ・・・。

無限に広がる青い空。そして、それに平行するかのよう、まるで鏡のように空を映し出す果ての見えない湖。

桃源郷を思わせるそんな世界で、苦痛と諦念という名の渦に呑まれかかっているキルはというと・・・・・・。

何・・・?居ない・・・。

先程まで夥しい赤い液体を流しながら湖面に沈み行く自分の姿を見続けていたキルが居ない・・・。

もしやこれもガブリエルの仕業なのか?

すると、ガブリエルの眼下で完全に沈んだはずのキルがなぜかゆっくりと浮上してきた。

ガブリエルは何も言わずそれを黙視している。

ゆっくりと浮上し続けるキルはやがて、ガブリエルと対面するように湖面上に現れた。沈み行く前と同様、無表情のままで。

両者が対面し静寂な時がしばし流れ、まるで時の無い一枚の写真を見ているかのようなその情景にボソリと声が響いた。

「私も・・・飽きたよ・・・。」

そう発したのは何とキルだった。

そして、ガブリエルを見てみると、今度は逆に彼がピクリとも動かず固まっているではないか。

「だから言ったろ?君の創り上げたこれは完璧ではない。強いて言うならばこれはクリエイティブ・ワールドにちょっと毛が生えたようなところかな・・・。まぁ、だからアゼザルにもやられてしまったんだろうけどね。しかし、それを知りつつもまたこの出来損ないの世界を創った君は、恐らくあの時の出来事を覚えていないんだろうね。だからガブリエルの中に居巣くう君はその環境を不思議とは思わず、自然とガブリエルを蝕み続け、更に君はアゼザルのウィルスによって今尚も蝕まれ続けている。そんな君に、特別に見せてやろう。本物のアブソルート・ワールドを。そして学習したまえ。」

そう言い終え、目を閉じるキル。

絶対的な世界、アブソルート・ワールドを創造しているのだろうか。

目を閉じてから間もなくすると、ゴォォォォッという地鳴りのような音が聞えてきた。やがて、それは振動と共に段々と近づいてくる。

凄まじいスピードで迫りくるそれは徐々に高さを増し、その綺麗な湖から生まれたものとは思えないほどの茶色く濁った巨大な津波がすぐそこまで迫って来ていた。

のみ込まれる・・・と、その瞬間ようやくキルは閉じていた目を開け、すぐ目の前に迫り来る波に向かって左手を翳した。

すると、巨大な津波はキルとガブリエルを避けるように縦に割れ、凄まじい轟音と共に過ぎ去っていってしまったのだ。

「ようこそ・・・アブソルート・ワールドへ。」

腹部にそっと左手を当て、軽くお辞儀をしながらいつの間にかに現れた、キルそっくりのくぐつかと思われる人形が口をカクカク鳴らしながら言った。

津波が過ぎ去り、新たな世界に変わったそこは古びた小さな映画館の中だった。

薄暗く、微かにカビのような匂いが漂うそこには、所々が破れている、布製の赤いカバーに身を包む椅子がズラリと並んでいた。が、観客といえば中央辺りに腰掛けるキルの他に誰も見当たらない。

何も映らないスクリーンを見つめながら膝元に置いてあるLサイズかと思われるポップコーンをニタニタ笑いながら頬張っているキル。

ガチャンッ・・・・

薄暗い空間に突然、ブレーカーが落ちるような音が響き渡ると、微かに点灯していた照明が消え、暗闇に包まれた直後、カラカラという音と共にモノクロ調の映像がスクリーンに映し出された。

脚本、監督・・・キル

そう、字幕が流れると、キリストが描かれた大きなステンドグラスを背に、ある人物が椅子に腰掛けている映像が流れ始めた。が、その人物はステンドグラスから薄暗い空間に射し込む光のせいで影になって誰なのかはわからない。

そして、その謎の人物が座る二メートルほど前の床には無惨にもガブリエルの首だけが徐に置いてあったのだ。

「いい様だね。これで喋る気になったかな?」

椅子に腰掛ける謎の人物がガブリエルの生首に語りかける。と、言っても音声が流れているわけではない。字幕が流れるだけだ。

「意識というものはとても複雑でね・・・・今、まさに我々はその意識の中に存在するのだが、この意識というものは厄介な事に宇宙レベル・・・いや、それ以上の問題なんだよ。どれだけ文明が進歩しようとも、所詮、意識が発生するプロセスを発見出来るぐらいで、それの全てを解明することは不可能。万物を創造した神でさえも計り知れない不思議な世界なんだ。だが、その神でさえも知り得る事の出来ない君の中の宇宙を全てとは言わずとも、それを知る者がいる。それは君だよ・・・。さぁ、答えたまえ、君達を創り出している核となる本体の居場所を・・・。」

更に謎の人物がガブリエルの生首に語りかける。が、ガブリエルの生首はまるで聾唖の如く無表情のまま口を閉ざしている。

「困ったなぁ。本当はこんな事したくないんだけど、君がそういう態度なら・・・・。」

そう、字幕が流れると、ガブリエルの方へとアングルが切り替わった。そして、そこに映し出された映像には、ガブリエルの生首と、その目の前には三十センチほどの一匹の蛇が・・・。

「おいおいおい・・・一体、何をする気なんだい・・・?」

目を丸くし、ポップコーンを口へ運ぶ左手を止め、スクリーンを見つめながらキルが言った。

体をくねらせながらガブリエルの横へと移動する蛇。そして、それを目で追うガブリエル。だが、真横に来た蛇の姿はもうガブリエルには見えないであろう。いや、微かに見えているのかもしれないがそれは定かではない。ただ、これだけは言えよう・・・・。次に何が起きるかガブリエルは想像出来ているはずだ。

ぐぁぁぁぁぁぁっ・・・・

突然ガブリエルの慟哭のような奇声が上がると、蛇がヌルリと耳の穴へと入り込んだのだ。

「うわぁぁっ・・・。酷い事するなコイツ・・・。」

スクリーンから目を背けながらキルが言う。と、いうよりも、スクリーンに映る、謎の人物は間違いなくあなたではないでしょうか?キル。

歯を食いしばり、凄まじい形相のまま、どれだけの苦痛を味わったことだろうか・・・・。しばらくすると、左の耳の穴から入り込んだ蛇が鼻の穴からヌルリとその姿を再び現した。


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