○○1-7 適正職○○
新田さんと田畑さんとあってから1週間。
再びヒーロー・ヒール協会へとやってきた。
それまでは毎日、バイト漬けの日々だった。
日に2つ以上のバイトを掛け持ち。時々、湖華音ちゃんと夕飯を食う。
そんな、数か月。何も変わらない日々。
何となく、そんなのが永遠と続いてゆくような気がしていた。
それが今朝。
「豪拿様。本日、ご足労をお運び頂きませんでしょうか。ご都合よろししければ、紹介したい方がいらっしゃるのです」
と、ヒーロー・ヒール協会から電話がかかってきた。
丁度、深夜のバイト明け。協会の朝は早い。
すぐさま「伺います」、と答えた。
そうしたらお相手は13時頃に協会に来るとの事。
あ……。今日、その時間はバイトが……。
今までの経験が頭を過ぎる。
顔を見た瞬間の拒絶。変身できないと言った後の拒絶。様々なパターン。
でも、もしかしたら。
万が一での可能性。
──それと、そんな可能性よりもバイトを休む事でのマイナス。
居心地のいい働き先を、「休みます」の一言で無くしたりしないか。
様々な考えが脳裏を過ぎり、携帯電話を握る手に力が入る。
意味の無い言葉を発した。
電話先のお姉さんも困ったように、「ご無理なようでしたら、またの機会に──」
「──いいえ。伺います」
と、俺の口は頭を通さず動いていた。
◇◆◇
バイト先に電話をした結果。
『休んでもいいよ』と、気軽に言われた。
おじいちゃん社長は『先のある仕事を優先させた方がいい』と。
また、『普段頑張っているのを見ているから、偶にはね。みんなには内緒だけど』とも続けてくれた。
ありがたくて涙が出た。
その後少しの仮眠。
少しばかり良いスーツを着て、協会へ。
「豪拿様。お相手さまはこちらの部屋にいらっしゃいます」
気がつけば、その仲介してくれるという人がいる部屋の前に居た。
ドアノブをグッと握り、手に汗がすごい事に気づく。
……ヤバイ。すごく緊張してる。
俺は緊張すればするほど、無表情になる性質なのだ。
俺は普段から顔が怖い恐いと言われ続けているそんな男なのだ。
そんな俺がこのまま入室すれば、きっと断られる。
わかってる。何度もやった失敗だ。
大きく深呼吸。何度も深呼吸。
それでも緊張は収まらない。
「……大丈夫です。今回の方は豪拿様とは気が合うはずですから」
その言葉の後、そっと背中に小さな熱が生まれた。
声の方を見れば、受付のお姉さんが俺の背中に腕を伸ばしていた。
表情はとても優しい笑み。「大丈夫ですよ」
心を暖かくしてくれるそんな仕草に勇気をもらう。
多分、ぎこちないだろうけど。何とか笑顔を作る事ができた。
「ありがとうございます」
お礼も言えた。「がんばります」と告げて今度こそドアノブをひねった。
「失礼します」
入室すると、窓から入り込む朝日が部屋を包み込んでいた。
少し目がくらむ。
逆光の中、備えられたテーブルの向こう側に座る小さな影。
小学生高学年から中学生ぐらいの背の女の子。
ほとんど影になっているが、その柔らかいシルエットからそう判断した。
「本日はよろしくお願いします」
と、俺は自身ができるだけの優しい声で言った。
怖がらせてはいけないから。
「キモっ」
彼女から聞こえた声。それは怯えるようなものではなかった。
と、言うよりもどこかで聞いた覚えのあるような気がして違和感。
けれどそんなはずない。
彼女はどこかの大手企業で秘書を務めているはずだ。
「テツ先輩。なに恰好つけてんですか。似合わないんですけど」
まさか、と思いつつも目が慣れるまで待っていた。
違ってほしかった。
だというのに。
紛れもなく、テーブルの向こう側に座っていたのは大学の後輩 氷上 麗(25)だった。
……本日は俺の仕事のパートナーを紹介してもらえるはずではなかったのか。
俺はマスコット。
美『少女』戦士のマスコットであったはずだ。
では、何故に?
もしかして、氷上の仕掛けたドッキリか?
受付のお姉さんに視線を向けると、アルカイックスマイルを浮かべていた。
「氷上様が本日、当協会が仲介させて頂く方となります。豪拿様はお知り合いと伺っておりましたが……」
「はいハーイ。お知合いですよー。先輩とりあえず座ったらいいと思いますよー」
困ったような仕草の受付のお姉さんの言葉に、氷上はまるで挑戦するような口調で言った。
腑に落ちない。
だが、受付のお姉さんは確かに仲介する人物を氷上だと言った。
混乱している頭。
なにがなんだか判らないが、とりあえず氷上の体面にあった椅子に座る。
「それでは、私はこれで。何か御座いましたらお気軽にお声をかけてください。失礼します」
受付のお姉さんはそう言って、退出して行った。
「……で、オマエはなんでここに?」
一息ついてから、氷上に聞いた。
ドッキリでなければ何だと言うのか。
「嫌ですよー、先輩。私は今日、先輩の相棒となるべくここに参上したんですよぉー」
ニヤニヤと、いやらしい顔で氷上は言う。
「私ってほらー。美少女ですしー? 神様がほっとかなかったっていうかー?」
「──いや、少女ではないだろ。オマエは何を言っているんだ」
頭でもおかしくなったか。
お前は25歳だ。少女という年齢はとっくに越しているだろう。
「……ッ……くっ。──ま、まぁ美が付くことは認めてくれるんですねー。当たりまえですけどー」
「そんな事いいから、お前がここにいる理由を言え」
頭のおかしい氷上に付き合っていては、いつまでも話が進まない。
ダラダラとした会話をぶった切って、言った。
俺は大事なバイトを休んで来ているんだ。
茶番のような会話に付き合う気はない。
「ぐっ……! こ、今回。か、会社のっ、定期の職業更新に行ったんですっ!」
どこかキレ気味の氷上。
あまりの怒りから、言葉が詰まっているようだった。
顔真っ赤。額には漫画のように血管が怒りマークを作ってる。
「そ、そうしたらっ……! 出た、んですよっ! コレがっ……!」
言葉が言い終わるや否や、氷上はバンとテーブルの上に何かを叩き付けた。
見れば、それは適正職票。
……これを見ろ、と。
≪適正職業:美少女戦士≫
マジマジと覗き込むと、その一行が目に入った。
「マジで?」