○○2-1 正社員になろう!○○
「「よろしくお願いします」」
氷上と2人で頭を下げたのは、協会に派遣されている石田さん。
贅沢すぎて余っている体を、特注のスーツで包んでいる中年男性だ。
隣には背の高い、美人な秘書っぽい女性がいた。
これまで俺は彼に接点がなかったのだが、その噂はかねがね聞いていた。
国でもごく少数の国家保護適正職票を持つ、超エリート。
国に雇われる民間人。いわば、準国家公務員みたいな存在。
年収は優に3000万円を超え。
だと言うのに、性格は至って穏やか。普段接している人は彼を悪く言う人はいない。
だが、仕事で数度程度の付き合いの人であればその評価は真反対になる。
特に女性からは壮絶なほど毛嫌いされている人だ。
「こちらこそ。本日はどうぞよろしくお願いします」
石田さんは深く腰を曲げ、こちらが恐縮するほど畏まった態度で言う。
そして細い目で俺たちと、渡した書類を見比べ、嘗め回すように見た。
「はい。それじゃ早速始めましょうか」
何度かうなずいた後、石田さんは上着とズボンを脱ぎ、褌姿で歩き出した。
氷上は嫌悪感を隠そうともしない表情をしてる。
俺たちはこの場にとどまり、彼が定位置に着くまで待つ。
約4mほど。
石田さんはコンクリートの壁の前でこちらを向いて言う。
「準備はできました。ご遠慮なさらずにどうぞ」
とても穏やかな表情だった。
だが、こちらとしては戸惑うほかない。
石田さんは危険度計測試験の試験官だ。
世界でもまれな、被虐性淫乱症──いわゆるSMでいうマゾ──の職業を持っている人なのだ。
スキルで体も心も丈夫。
普通の人間なら死に至るような外的要因や心的要因も快楽に変える。
そんな天性の才能を持っているのだ。
彼らの仕事は、その快楽度を測定して危険度を測ること。
俺たちは、特に氷上『パラライズ』の危険度を測定してもらうためにココにいるのだ。
「え……っとぉ……?」
氷上が救いを求めるような表情で俺を見てくる。
そんな顔をされても困る。
「さぁ。どうぞ」
「……氷上、やらなきゃ始まらない。きっと多分、大丈夫だから」
氷上は戸惑いながらも、変身し、「パラライズ」と唱えた。
偽語である『リューゲ』は今回ない。
石田さんは『パラライズ』を受けた直後は苦悶の表情を浮かべていたが、次第に変化してゆく。
何とも言えない厭らしいものに。
恍惚と言ってもいいのかもしれない。
そのまま、膝から崩れ落ちた。
「……ちょ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆けつけるが、手で制される。
氷上は付いて来なかった。
見れば、ドン引き、という表情でこちらを嫌そうに見ていた。
「──ふむ。なるほど。電撃系の魔法ですね。相手の動きをしばらく奪うみたいです。……スタンガンみたいなものですね」
石田さんは何事も無かったかのように立ち上がり、自身の体を鏡で確認してゆく。
「ふむ、なるほど」などとつぶやきながら、書類に何事かを書き込んでいた。
秘書の女性は、石田さんの写真を撮っていた。
「はい。今の──『パラライズ』でしたか。念のために後2回ほどよろしくお願いします」
なんの気負いも無く、言う石田さん。
いや、アンタ今、『相手の動きをしばらく奪う』って言ったじゃないか。
何で動いているんだ。
「えぇ?」
氷上も戸惑うような声を上げ、また俺を見てくる。
いや、俺もよくわからないから。
「ああ、念のためです。……と言うもの、ここだけの話なんですけどね。万が一、犯罪とかに使われた時に照らし合わせるために必要なんですよ。……気を悪くしないでください。書類にどうしても必要なんです」
……なるほど。
技によっては犯罪に使われる事があるからと言うことなのか。
先程の反応から、石田さんの快楽の為に言っているのかと思ったぜ……。
嫌がる氷上を何とか言いくるめ、『パラライズ』を始め、パンチ、キックと言った体術関係を石田さんに叩き込ませる。
その度、石田さんがうめき声というか、嬌声を上げ、みるみる間に氷上のテンションが下がってゆく。
……氷上って、ドSだと思ってたのに。違ったんだ。
その光景を、他人なので言葉通りに他人のように見ていると、「次は豪拿さんですね」と、石田さんが言った。
「は?」
「どうぞ」
意味が分からない。
俺はマスコットであり、変身能力はない。
身体能力は上がるが、それ以上のことはない。
俺、やる意味ある?
……と言うか、正直な話。今の姿の石田さんに近づきたくない。
全身にびっしりと汗をかき、それがテラテラと光る。
最初は真面目でずる賢そうに見えた表情が、今やにじみ出る喜びを隠そうとして、隠しきれていないのがありありと見える。
先ほどは、膝をついた石田さんにビックリして寄っていったが、冷静に考えて気持ち悪い。
「念のためです。どうぞ」
「ほらっ、先輩! 呼ばれてますよ!」
氷上が嬉々として俺に言う。趣返しか、このヤロウ。
覚悟を決め、嫌々ながらも石田さんに近づいてゆく。
石田さんは、激しい運動──? をしたためか、ハァハァと荒い息遣いで俺を待ち受けていた。
「どうぞ」
「いや、どうぞ、と言われても……」
正直、何をすればいいのかわからない。
「パンチでもキックでも、お好きなようにどうぞ」
戸惑う俺を気遣ったのか、石田さんは優しい笑みで言う。
パンチにキックねぇ……。
自分の拳を見て、素手で石田さんに触るのがとても嫌だと思った。
「……ああ。書類では豪拿さん、ラグビーの経験があるとか」
「……ええ。まぁ。少々かじった程度ですけど……」
どんな流れ化は知らないが、石田さんが俺の大学時代の部活動について聞いてきた。
今、なんの関係が?
「ならば、どうでしょう。タックル、とか」
「仰る意味がわかりません」
本気で意味わからん。
マスコットの技だぞ? タックルとかありえんだろう。
いや、見た目がこんなマスコットもいないだろうけど。
「私には職業外なので、よくわからないのですが。よく、ご利用いただくマスコットの皆様は何かしらの『技』をお持ちでいらっしゃいます」
「……まぁ、そうでしょうね」
「そこで、私は思ったのです。技とは何か、と──」
それから、長々と石田さんは語った。
内容はよく覚えていない。
だが、マスコットにとって『技』はとても大切なものだと気づかされた。
そして、それが俺にとっては『タックル』だと言うことも。
石田さんにタックルした後の、彼の笑顔を見て、何か違うような気がしたがそれは気のせいだ。
一通り確認が終わると、正装に着替えた石田さんから書類をもらう。
いつの間にか作ってあった複製の書類だ。
本書は石田さんを通して協会や、警察に保管される。
各官庁に承認されたのち、俺たちは協会に正社員として所属できるのだ。
「本日はありがとうございました」
氷上が石田さんに一切近づかないので、俺だけが挨拶をする。
「いいえ。お疲れさまでした。ヒーロー・ヒール協会では度々顔を合わせる事になると思います。これからどうぞ、よろしくお願いします」
石田さんはそう言って、秘書の女性と去っていった。
もらった書類を見る。
……ああ、これで。やっと。
まだ、細かい書類届などは残っているものの、正社員になれる。
やったぜ。




