○○0-1 教えます。社会のお勉強○○
誤字脱字の報告ありがたく承ります。
こんな展開どーよ、というのもありがたく承ります。
「それじゃ、おさらいをするよ」
大柄な男が言った。
厳つい容貌に似合わない優しい声で言う。
彼の名前は豪拿 徹雄。28歳。
「神様のお告げによって、その人に一番合った職業を知ることができるんだ」
彼の前には1人の少女が座っている。
テーブルの上には彼女の持ち物である、教科書とノートが広げられていた。
「それは、その人の才能を十分に開花させることができる職種なんだ。自分自身でも気づかなかったような、とても凄い才能をね」
少女の名前は彼方 湖華音。13歳。
豪拿と同じアパート、そこに住む隣人の娘だ。
「例えば……そうだね。就職をすると分かると思うんだけど。余程じゃない限り、お告げ以外の職業では正社員にはなれないんだ」
湖華音の親──事情があり母子家庭──は、毎日帰りが遅い。
とある事が切っ掛けで、数年前から幼い娘を心配した母親に頼まれ、帰ってくるまで預かる事になったのだ。
世間体的には親戚でもない若い男の所に、幼い娘を預けるとは考えられない事だった。
況してやこの男、容貌がよろしくない。
「努力とかの問題じゃないんだ。適正職業の人は、非適正職業の人の通った道をあっという間に追い越すんだ。たどり着く頂点だって高い」
だと言うのに、湖華音は預けられている。
しかも、絶大な信頼を寄せられて。
「そうなると、わかるよね。会社としては、能力の高い人間を雇う事の方がメリットが大きいんだ。社会としての恩恵だって大きい。神様が認めた人を雇っているんだから、信頼度が高くなる」
と言うのも、湖華音の母親とは大学時代の先輩後輩の間柄だったのが大きい。
主従関係といえるような関係だった。
あやめが主で、豪拿が従。
我儘なあやめと、嫌々ながらも従う豪拿。
ともすれば仲の良い姉弟のように見えた関係だった。
豪拿が仄かに恋心を抱いていたのは、本人だけの秘密である。
その恋心も、学生結婚を果たしていたあやめと、すでに生まれていた小さな子供を見る度に心の奥へ仕舞い込んでいた。
「そういう事なんだ。……まぁ、俺みたいな変な職業なんかに、お告げをもらうこともあるけどね」
豪拿はそう言って、自身の告げられた職業を苦笑する。
そうして、こうも思う。
“あの”あやめ先輩──正社員──でさえ苦労する、子供がいて稼ぐという生活を今の俺には難しいだろう、と。
「ん?──ああ、大丈夫だよ。そんなでも、正社員……は難しいかもしれないけどセーフティーネットはしっかりとあるからね。そんなに心配しなくても大丈夫」
豪拿は見た目こそ厳つくてガラの悪そうな風貌であるが、本性は真面目で良性である。
根っからのお人良し。
彼の友人達曰く、『見た目で損してる』。
大学時代の先輩であったあやめは彼の本性を知っている為、娘が豪拿に懐いているという事も手伝って『暇な時でいいから』と娘を預けていた。
「それに1年毎の神のお告げの更新で、職種が変更することもあるからね。……ああ、これ良くテストに出るからね。『職業更新の責務』しっかりと覚えておいてね」
豪拿はなるべく湖華音一緒に居れるように時間を使っていた。
親であるあやめが忙しく、反して豪拿自身はフリーターという比較的時間を自由に使える為だった。
それもこれも、彼の適正職とスキルにあった。
適正職が無難なものであれば、真面目な彼はしっかりとした職業に就いていただろう。
だが、それもできず。
アルバイトで生活を続ける毎日。
夜の方が給料が高く、結果として今みたいな時間は湖華音と一緒にいる。
「1年毎ね。誕生日の1ヵ月前後に行うことが法律で決まってる。──うん。これは何歳でも受けれる。でも、大概は学校を卒業する前に、自分の誕生日に行うのが通例だね」
見た目とは違い、優しい豪拿はこの時間をとても大切に思っている。
学校から帰ってきた時、誰もいない家。
1人での夕食。
珍しく、本当に珍しく自分に懐いてくれている子供が寂しい思いをさせないように。
意識してアルバイトを入れないようにしていた。
「例外といえば、アイドルとか芸能関係の人かな。お告げの前に、その鱗片とか見せている人々だから、結構気が付くみたいだね」
正社員ではないが、家族ではないが豪拿に出来ること。
食事や勉強、学校での出来事などを聞いてあげる。
正直、あやめに対して下心が少しもないかと問われると完璧には否定はできないが、それ以上にこの親子に協力してあげよう。
懐いてくれている湖華音を見て、彼はそう思っている。
「あはは。まぁ、一般の人にはあんまりかかわりは無いけどね。──おっと。もう、こんな時間か。夕飯、食べていくでしょ?」
そうして今日も、あやめが帰ってくるまで湖華音と過ごす。
「──いいよ、いいよ。気にしないで。それじゃ、そのテーブルの上を片付けて」
これが、彼が正社員として働いていない日常だった。
書き直しました。