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第九十二話 「獣の真理」

本章はラテラノの視点で書かれています。

 ラテラノは肌寒さに目が覚めた。


 あれからどうなったのか。

 まだ、生かされていることはわかる。

 手足の感覚を頼りに体を確かめると、背中の怪我は治療されており、拘束されてもいなかった。


 もしや助けられたのだろうか。

 恐る恐る目を開ける。


「おはよう、ラテラノ嬢」


 が、期待していた声は聞けなかった。

 急激に気分がだだ下がる。


 声の主は、リヴァイアサンだ。


「そんな仏頂面をされると悲しいな」

「私は元々こんな顔です」


 ラテラノは奇妙な生き物の背中の上に、リヴァイアサンと二人で乗っていた。

 スベスベの青いエイのようの生き物は、二人を乗せて、口から霧を吐き出しながら、海面を滑るように飛んでいく。


 いまなら逃げられるだろうか。

 ラテラノは耳飾りとして身に付けている、予備のアニムス・オルガヌムに触れた。


「逃げても構わない。けど、シームルグが君をどうするかな。空へ飛び出したら最後かもしれない」


 ラテラノは素早く頭を回転させる。


 イシュトバーンは食べられてしまった。

 この神獣と言う生命体は、食べた生き物の記憶や知識を得られるのではないだろうか?

 アトランティス・ステルラや魔法の知識を持っているのは、イシュトバーンの記憶と意識を吸収したからではないか。


 五体満足のラテラノは情報源として価値が残っているはずだ。

 でも、何か理由があって食べられないのだ。


「私を殺せば何もわからなくなる」

「それは甘い考えだ」


 リヴァイアサンは酷薄な笑みを浮かべた。

 思わず身構えた。


 まるで飢えて涎を滴らせる猛獣が目の前にいるかのようだ。


「魔術には精神を操る魔術もある。お前が持つ情報は余すことなく頂いた。大魔王の戦闘方法やアトランティス・ステルラの使用方法も理解した。ここで君を食い殺しても困らない、と言う訳だ」


 カチカチと鳴りそうな歯の根をこらえて尋ねる。


「では、何故?」

「お前を生かしてあるのは、まあ、保険とか生餌とか、そんな理由だ」

「人質をとってもナガレには勝てない」


 リヴァイアサンは玲樹たちが追ってくることを考えて人質として使うつもりらしい。


 玲樹は強い。

 そして、玲樹の嫁たちもかなり強い。


 大魔王をおびき出すためにラテラノを連れまわしているとするならば、血の滴る生肉をぶらさげて狼の群れから逃げるようなものだ。


「それはどうかな。大魔王は強い、が万能ではないようだ。……敵対はしたくないが、アトランティス・ステルラを奪えば、お前が取り戻しにくる。お前が来るなら大魔王もついてくる。アトランティス・ステルラを揃えてから襲われるのは堪らないのでね。お前を救いに来るときに叩き潰しておけば、心置きなく旅ができるというものだろう?」


 これは罠だということか。


 海面を飛んでいるのは、リヴァイアサンに有利な地形だから。

 ゆっくりと飛んでいるのは、玲樹が追いつけるように仕向けているから。

 シームルグが傍にいないのは、必殺の一撃をお見舞いするための準備なのか。


「敵対したくない相手と戦ってまで、アトランティス・ステルラに何を願うの?」

「強くなるためだ。……この世界は強き者が多すぎる」


 ラテラノは疑問を持つ。


 リヴァイアサンは強い生命体だ。

 彼を殺せる者は限られてくるはずなのに、どうして執拗に強さを求めるのだろうか。


「あなたは強い」


 ラテラノの言葉に、リヴァイアサンは力なくうな垂れる。


「そうでもない。異世界が交じり合ったことによって強者ではなくなった。獣が喰われないためには、力がすべて。何者にも屈しない強力な力が必要だ」


 間違ってはいない。

 ラテラノが魔法少女になった理由も似たような理由だ。

 身を守るための力が欲しいからこそ魔法少女になった。


 でも、正解ではないと思う。

 ただ強ければいいというものではない。


 強すぎる力は恐れられる。

 弱い者は強い力を求めるようになる。

 強い力を持つ者は、強い力を求める者を恐れるようになる。

 そして、争いが起きる。


 どちらかが滅び、どちらかが生きる。


 強ければ喰われない、それは弱肉強食の乱暴な考えだ。

 本能的で、野蛮な、不毛な争いだとラテラノは考えている。


「適者生存」

「なんだね、それは?」

「強い者が生き残るのは動物の摂理。知性ある者は生きるために手を組む。共生関係を築くべき」


 リヴァイアサンは興味を持ったのか身を乗り出してきた。


「ふむ、ラテラノ嬢に問おう。共生とは何かね?」

「互いを認め合い、共に生きること」


 魔空城アトランティスは魔法の国のひとつだった。

 他にも複数の国家が存在しており、互いに利権や資源を融通しあって共存していた。


 ミシュリーヌの国家も地球の国家も似たような形態であると話を聞いている。


「……獣にそれはできないな」

「何故?」


 ふと、リヴァイアサンが暗く淀んだ雰囲気となる。


「我等はもともとは神に飼われていた獣に過ぎない。神の造りし箱庭で、互いに喰らい殺しあい力を得ていく獣だ。力のない我が身は、いつ喰われるのかと恐怖に震え、物陰で縮こまっていた。あの日、神が偶然にも現れるまでは……」


 もしかすると、神獣と言う名称は、神と同等の力を得た意味を込めているのか。

 ラテラノは想像した。


「神に力をもらった?」


 リヴァイアサンは首を横に振る。


「……神を喰い殺した」


 油断していた神の首を一撃でへし折り殺したのだという。


「喰らうとどのような変化をもたらすのかもわからなかったのでね。まずは、逃げるのに役立つかと思って連れていた、生まれたばかりの獣に少しだけ食わせて見た」

「シームルグ?」

「いいや、ティアマットとイルミンスールだ」


 幼生のティアマットとイルミンスール。

 そして、たまたま神殺しを目撃したフェニックス。

 事を為したリヴァイアサンと付き従うシームルグ。


 神を喰らった五匹の獣は圧倒的な力を身につけた。


 リヴァイアサンは己の歩んできた世界を朗々と語る。


「我等は神の箱庭にいた強き者たちを打ち倒して、安住の地を得た。長くは続かなかったがね」


 神を失った箱庭はやがて力を失い滅びてしまったそうだ。

 リヴァイアサンたちは住み慣れた神の箱庭を捨てて、ミシュリーヌと呼ばれる世界へとやってきた。


 この地にいたのは古獣と呼ばれる存在だが、リヴァイアサンたちが生きるにはこの者たちは脅威であった。

 リヴァイアサンたちは古獣たちと生存をかけて戦い、ついには勝利した。


「共生など幻想だ。ひとつしかない水場をどのように分ける? ひとつしかない肉をどのように食うのだ? 分け合えば共倒れだ。獣に必要なものは力。力無き者は喰われるだけだ」


 リヴァイアサンは言葉を区切る。


「……良い暇つぶしになった。どうやら待ち人来る、のようだ」


 ラテラノがハッと空を見上げた。


 太陽光の眩しさに目を細める。

 蒼天を落ちる影が見えた、あれは……!


「ナガレ――!」


 玲樹は体を一直線にして落下してくる。


「ラテラノを、返してもらうぞ――!」


 玲樹はリヴァイアサンに大音声を浴びせる。

 右手に生み出した金剛雷閃魔術アダマンプラズマスラストを、リヴァイアサン目掛けて撃ちだした。


 あの雷光はラテラノを気絶させて、カイゼリン・ガイストなる襲撃者を一撃で倒した技だ。

 リヴァイアサンとてただでは済まない。


「ラテラノ!」


 セリアだ。

 リヴァイアサンが玲樹に注目している隙にセリアが真横から飛び込んできた。

 ラテラノはセリアに抱えあげられると中空へと連れ出された。


 セリアはラテラノを抱いたまま闘気推進闘術(ブースト)で距離を取る。


 リヴァイアサンの追撃はなかった。

 その目が追うのは、大魔王の姿のみ。


 迫り来る金剛鉄(アダマンタイト)の弾丸を見据えて、リヴァイアサンは叫んだ。


「大魔王、我が威容の前には小さな足掻きに過ぎない。貴様の魔術など児戯と知れ!」


 金剛雷閃魔術アダマンプラズマスラストがリヴァイアサンを貫くかに見えた。

 瞬間、リヴァイアサンの体が膨れ上がった。

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