第八十五話 「勘違い」
いったい全体どうしてこうなった。
ソファに座る俺の前には、陽織とシャウナとアウローラとセリアが座っている。
板の間に正座で座っている。
その背後にはきりりとつり上がった眉の紫園さんが控えている。
おずおずとソファ横にあった座布団を陽織に差し出す。
「……足、痛くない……? 使うか?」
「いえ、大丈夫です……気にしないでください……」
何故、敬語なのか。
そして大丈夫には見えない。
足がプルプルとしているし、足を崩したくても痺れの激痛で身動きもできないように見える。
陽織たちに聞いても埒が明かない。
俺は質問先を変えることにした。
「あの紫園さん。これはいったいどういうことなんですか?」
「玲樹君。あなたはこの子たちに騙されて結婚させられた、と聞いてるわ。間違いない?」
「え!?」
騙されて結婚したことは間違いない。
が、騙されたことについて根に持っていたり嫌な気持ちはない。
紫園はどういう意図でそんな質問をしてきたんだ?
「さらには、人体実験をさせられて酷い目にあっているそうね。夫婦生活が辛いものになっていないかしら?」
「ええっ!?」
実験と言われて思い当たるのはエイルのことだ。
確かセリアからお墨付きをもらったから研究させろと言われて協力させられている。
あとはラテラノの魔法を皆が使えるようになったから相手をしたくらいかな。
試し技を受けたり、連発するために魔力回復してあげたり、実験におつきあいするくらいお安い御用だ。
俺は紫園と嫁たちを交互に見て、首を傾げる。
何か盛大な勘違いが生まれている。
でも、何をどう勘違いしてしまったんだろう。
「ええと、紫園さん。俺は結婚のこととか実験のこととかについて嫌だと思ってはいませんよ?」
「それは本心なの? 言わされているとかでなく?」
「えええっ!? ……いやいやいや、そんなことはないですって! 何でそんな疑っているんですか!」
そりゃあ多少酷い目に合う事はあるけれど、嫁を含めてエイルやシギンたちには大いに助けられているのだ。
しかも、俺がお願いをしたことは嫌がりもせずに実践してくれるし、手助けしてくれる。
「私から見たら、玲樹君が都合よく使われているようにしか見えないわ」
「そんなことはありませんよ。どちらかと言えば、俺が招いた不始末を皆が肩代わりしてくれることの方が多いんですから、……例えば」
俺はソファから立ち上がる。
うつむく陽織の肩を抱きしめる。
「陽織は至らない点を支えてくれる子です。俺はずぼらな性格ですから、服装や髪形なんかあんまり気にしない方ですけど、……身だしなみがおかしければすぐ指摘してくれますし、服のチェックなんか細かいですから変な服を着ることもないです。俺の好みも良く知っていてくれるので間違いもありません」
ついで、シャウナの手を取る。
「シャウナが居なければ俺は生きていません。淵ヶ峰高校で魔物に食われて死んでいました。勇者のこととか打算はあったかもしれないけど、魔術や戦い方の手解きをしてくれたし、他の誰も知らないような知識を教えてくれる先生です」
さらに、アウローラの肩を叩く。
「アウローラは俺の油断や慢心を戒めてくれる人です。俺が騙されているときには、指摘してくれたり、助言をくれるんです。彼女がいなければ日本に戻って来れなかったと思います」
そして、セリアの手を握る。
「セリアは俺が勢いで作ってしまった魔王国の運営を一手に引き受けてくれました。魔王国が国として立ち行くのは、セリアが制度を整えてくれたからなんですよ。魔王国から離れて帰ってこれるのもセリアの引き継ぎがうまくいっているからです」
俺は紫園に訴える。
「とにかく、俺には皆が必要なんですよ!」
そこへ、援護が割って入る。
こちらの状況をニコニコしながら眺めていた詩乃だ。
「紫園ちゃん、私も同じことを玲樹ちゃんから聞いてるわ。ちゃんと夫婦をしてるんだからいいんじゃないかしら?」
「ふむ、……そうですか」
紫園は肩をすくめる。
「玲樹君が納得しているのなら、私からはとやかく言わないことにするわ。ただし、彼の優しさに甘えすぎないように。私からは以上です」
はぁ~、と全身から吐き出すような安堵の吐息が聞こえてきた。
言わずもがな。
陽織たちだ。
「だから言ったじゃん、母さん。ちゃんと説明はしてるって……」
「説明をしていても納得しているかは別の話よ」
念話魔術を飛ばしてシャウナに事情を聞いてみた。
どうやら紫園と陽織の話し合いで、結婚の経緯を説明することになってしまい誤解を与えてしまったようだ。
あれは見事な騙し討ちだったからな。
孔明の罠とも言う。
閑話休題。
多少和やかな雰囲気が戻ってきたところで、俺は詩乃と紫園に提案を持ちかけた。
「もし良かったら魔王国で暮らさないか? 不便なところもあるけど、日本の生活とあまり変わらないと思うし、どうかな?」
移住の話は詩乃と紫園に合流できたら伝えようと思っていたことだ。
異世界の脅威はいまだ消えていない。
魔物はいなくなったけれど、再び日本か侵略される危険はある。
魔王国ならば日本よりもずっと安全だと思うし、死んでしまっても生き返らせることもできる。
しかし、二人は首を振る。
「ありがたい申し出だけど遠慮しておくわ。道場の運営もしないといけないもの」
「私も暮らすのは日本かしら。おじいちゃんとおばあちゃんがいるものね。あの二人は田舎から死んでも動かない気らしいから」
まあ、そうなるか。
こんな回答が来ることは予想していた。
祖父母は農家の人だ。
先祖代々に受け継いできた土地を捨てて移住したいとは思わないだろう。
看取るまで側に居たい詩乃の気持ちはよくわかる。
紫園は道場のこともあるし、会ったことはないけど祖父が生きていると聞いている。
「でも、一度は遊びにいきたいわ。異世界なんて外国よりも面白そうだもの!」
夢見る乙女のように掌を合わせて枕にする、詩乃。
旅行にくるのは大歓迎だ。
「じゃあ、いつ遊びに来ても大丈夫なように準備はしておくよ」
魔王城へようこそ、歓迎しよう、盛大にな!
離宮には空き部屋がたくさんあるし、魔王城の客間もある。
二人くらい養う人が増えたところで問題はないのだ。
「いけない、もう夕方ね。今日は泊まっていきなさい」
詩乃が電気をつける。
気づけば、窓の外は真っ暗になっていた。
二人は近くの公民館から自宅に通っていたそうだが、家が綺麗になったので今日からは流家に泊まれる。
そこで、詩乃と紫苑は陽織とアウローラを連れて荷物を取りに出かけていった。
俺とシャウナとセリアは神水流家を修繕すべくこの場に残る。
少々手狭ではあるが、本日は皆で流家に泊まることになった。