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第八十四話 「玲樹」

 詩乃を落ち着かせるためにソファに寝かせる。


 皆は気を利かせて居間の外に出て行ってくれている。

 しばらく、玲樹ちゃん、玲樹ちゃん、と喧しかったがソファに横になると自然と眠ってしまった。

 疲れていたのだろうか。


 俺は詩乃の手を握り、目が覚めるのを待つことにする。

 ふと気づく。


 俺の母親はこんなに痩せていただろうか、と。


 詩乃は強い。

 普段の生活では疲れなど知らない仕事も家事もバリバリこなす主婦だ。

 今回の異世界騒ぎはよほど堪えたんだろうな。


 一時間かそこらだろうか。

 もぞっと詩乃が動いた。

 自分が寝ていることに気が付き、起き上がろうと視線を巡らせたところで、俺と目が合った。


「……玲樹ちゃん、夢じゃなかったね」


 俺はまだ夢枕に立つような存在になった覚えはないぞ。

 二回くらい死んだような気もするけど、三途の川も泳ぎ切っていないし、ノーカンだろう。


「俺が帰ってきたのが夢だと思ったのか?」

「半年以上も音沙汰がなかったのがひょっこり帰ってきたんだもの。白昼夢じゃないかって思ったじゃない」


 そして、ケタケタと笑う。


「……それに、結婚をして帰ってくるなんてね。可愛いお嫁さんを四人も連れて」

「意外か?」


「……そうね。お母さんはね、玲樹ちゃんは……もしかすると、結婚できないかもしれないって、思ってた。お母さんのせいでね」

「どうしてそう思ったんだ?」


「お母さんとお父さんが別れた日。あのときの玲樹ちゃんの顔を思い出すとね……、そうなんじゃないかなって思ってる」


 本当にこの人はエスパーか。

 俺の考えていることなどすべてお見通しなのではないかと錯覚を覚える。


 俺が結婚に忌避感を持つ理由。

 詩乃の言う通り、父と母の別れが原因だ。


 ただ、家庭内暴力や夫婦間の喧嘩があったわけじゃない。

 何故なら前日まで何の不自由もない普通の家庭だったのだから。


 父が家を出て行ってから一二年。

 いまだにその理由は知らない。


 何故、父は家を出てしまったのか。

 何故、母は父を笑って送り出したのか。

 何故、あれほど仲の良かった二人は離婚してしまったのか。


 俺が今日は何時に帰ってくるの、と尋ねると父は困ったように笑い、背を向けた。

 詩乃はお父さんはもう帰ってこないのよ、と言った。


 何故なのか。


 胸を締め付けるような不安がしこりとして残り、言葉に出来ないもどかしさが心にこびれついている。

 もしかすると、という疑念だけが頭に渦巻く。


 もしかすると、父や母が浮気をしていたのだろうか。

 もしかすると、父は何かの迷惑をかけないために別れたのか。

 もしかすると、……母は父に、父は母に、俺の存在に、飽きてしまったのだろうか。


 いくら考えてもわからない。

 ただ、確かな事だけがひとつある。

 それは、俺が、詩乃と父の子であるということ。


 いつの日か、親愛なる人と出会い、結婚して子供が生まれて、それから……。

 それから?

 ある日突然にふらり消えてしまうような人間になるのかもしれない。


 肌を掻きむしりたくなるような嫌悪感が湧き上がってくる。


 そんな人間には決してならない、と誓っている。

 だが、未来のことなどわからない。

 大人になると心境の変化が訪れるのかもしれない。


 その変化のきっかけが結婚だとしたら?

 結婚でないとしたら、どんなきっかけで俺は変わってしまうのだろう。

 そう考えると恐ろしかった。


 俺はいま結婚している。

 一二年間聞けなかった事実を知りたくなった。


「なんで、母さんたちは別れたんだ? 誰が悪かったんだ……?」


「玲樹ちゃん、誰が悪いかなんて考えちゃダメよ。苦しいだけだから」


 詩乃は俺の掌を強く握る。

 緊張しているのだろうか?

 当然か、俺も長年目を背けていたことを尋ねているのだから心臓がドキドキしている。


「お母さんはね、結婚は新しい家族のために生きることだと思っているわ。家族のためだけに一生懸命にね。言い換えれば家族以外のすべてを捨てること。例えばだけど、人生をかけた夢とか、信仰とか、プライドとかね」

「……それは」

「お父さんは夢を捨てられなかった。どちらかを選ばなければいけなくなったときに夢を選んでしまった。だから、別れたのよ」

「父さんの夢を叶えながら、家族を支えることはできなかったのか?」


 話を聞く限りなら両立を目指せばいいじゃないかと思うけど。

 簡単な話じゃないのか。


「そういう愛もあるわ。けど、愛した人の夢でも人生は賭けられない。お母さんの人生は家族のためにあるものだから」

「そっか……」


 夢か家族か。

 俺は夢とかないから、夢か家族かと言ったら家族しかない。

 家族を置いてどこかにふらりと旅立ってしまうことはないだろう。


 逆はどうだろう。

 嫁たちが人生を掛けて夢や信仰やプライドを優先したいと言ったら、俺は嫁たちと別れるのだろうか。


 否だ。

 持てる力を最大限に活用して応援と協力をしようじゃないか。

 家族のことが二の次でも構わない。

 見返りを求めない。

 俺にとって愛しているとはそういうことだ。


 俺はいまのままでいいんだ、何を恐れることもない。

 もやっとした心が晴れた気がした。


 ただ、いまとなって思う事もある。


「もちろん、お母さんとお父さんの話よ? 玲樹ちゃんには玲樹ちゃんの考えで向き合えばいいの」

「そりゃ、わかってるさ。ただ…………」


 そういうことじゃない。

 一言文句を言いたいだけだ。


「家族なら、俺にも相談して欲しかっただけさ。たとえ子供であってもね」


 詩乃は瞳を伏せる。


「…………そうね。ごめんね、玲樹ちゃん」


 これ以上話を引きずるつもりはない。

 俺はサクッと気分を入れ替えるべく、話題を変える。


「まあ、いまとなっては良かったんじゃないのかな? 俺は十分に幸せになっているし、嫁さんは可愛いし、愛想も良いし、気が利くし、満足しているよ」


「ほうほう……、じゃあ、その幸せなこと聞かせてよ。お母さん、お嫁さんの話聞きたいなあ~」

「さっき軽く話しただろ」

「どこで何をやっていたかだけじゃない。陽織ちゃんの他に、シャウナちゃんと、アウローラちゃんと、セリアちゃん、だっけ? どんな子なのかちゃんと教えてちょうだい」


 話してくれるまで逃がさないからね、と手を握る力が強くなる。


「……しょうがないな」


 俺は、俺から見た嫁たちの姿をポツポツと語りだした。

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