第九話 「サバイバー」
2016/10/16
第七話の続きとして追加しました
時間がない。
シャウナとの模擬戦でスプラッタ映画に出演できるような装いになっているが着替えている暇もない。
ゼイゼイ言いながら待ち合わせ場所へ走る。
夜になると魔物は活発になる。
日が落ちる前までには明日の獲物を捕まえに行かなくてはならない。
約束の時間からずいぶん経過してしまったけど陽織は待っていてくれるだろうか。
正門にたどり着く。
門に寄りかかる小柄な影がひとつ、陽織だ。
陽織はこちらに気が付くと腰に手を当てて言い放つ。
「遅い! 日が暮れちゃうわよ!」
「悪ぃ……訓練がちょっと遅くなってね」
陽織が俺の襟元に飛びついてくる。
「うわ、血が。……って、背中真っ赤じゃん! 染みになっちゃうよ」
「ちょ!? 首が、グェェ……」
強引に襟をまくり上げるものだから首が締まる。
俺は陽織を引っぺがした。
「そんな引っ付くな! 清潔魔術すれば綺麗になるよ、ほら!」
清潔魔術でワイシャツの血汚れを落とす。
まっさらな新品同様のワイシャツに早変わりする。
が、陽織は不満そうだ。
「……魔術で綺麗にしたって気持ち悪いじゃん。あとで洗ってあげるから貸して」
「わかったよ。いつも悪いな」
ずぼらな俺の性格を気にしているのか。
陽織はご飯の面倒だけでなく、洗濯まで買って出てくれる。
寮生活時代もちょいちょい差し入れはもらっていたからな。
周囲の視線が恥ずかしかったので頻度は少なくしてほしいとお願いすると守ってくれていたけど、サバイバル生活が始まってからはべったり感が強くなった気がする。
「急いでいくわよ、罠に獲物が掛かっていたら逃げられちゃうかもしれないし」
「そうだな」
俺と陽織は夕日の陰りに追われるように走りだした。
正門を抜けて駅前へと向かう。
駅前にはコンクリートで舗装された河川があり、越えると長い商店街が続いている。
この辺りはすでに密林地帯となっている。
虫や獣の魔物も多くいるため用心深く行動しなければいけない。
陽織は弓を番えながら、俺は魔力障壁魔術と右手に炎閃魔術を溜めながら、そろそろと進む。
陽織はバスケット部が使っていたゴールネットを利用した罠を仕掛けている。
いつも罠に掛かって動けなくなった魔物を弓で射殺して持ち帰るのだ。
しかし、今日は不発だ。
「ダメね、一匹も掛かっていないわ」
「ってことは狩りか採取か……」
最初から狩りをすればいいんじゃないかって意見もあると思う。
けど、俺はいつもいつも陽織に同行できるわけじゃない。
俺は魔術のおかげでこの辺りで遭遇する魔物には負けない。
魔力障壁魔術か土壁魔術で防御しつつ、炎閃魔術を撃ちまくればいいだけだ。
当然の結果だ。撃ち負けはせんよ、当たるのであれば。
だが、陽織はまずい。
ウロウロと森を探索していて大型の魔物に出遭ったとしよう。
狩人の称号を手に入れたとは言え、弓のダメージは少ないので大型の魔物の相手はできない。
逃げられる相手だったらいいけど、もし、逃げている間に他の魔物にも襲われたらと考えると危険だ。
それを理解しているからこそ陽織も罠を使っている。
「採取にしましょ。野草やキノコならすぐ見つけられるはずよ」
「その辺はわからんから、よろしく」
陽織は食べられる野草やキノコについての知識を教えてもらっている。
教えられたというよりはエイルが採取してきた物を見て覚えただけのようだけどね。
食べられるかの判別は任せるとして俺も獲物を発見する役目だけは全うしよう。
陽織の後ろをくっついて歩きながら周囲を見渡す。
お、あれはキノコじゃないのか。
ショーウインドウを突き破って生えている木がある。
その根元に白いずんぐりとしたキノコが生えている。
ちょうどバスケットボールくらいのマッシュルームみたいなキノコだ。
「陽織、あれは食べられるんじゃないか?」
声を掛けつつバスケットボールキノコへと歩いていく。
「ダメよ! それは――!」
陽織に首根っこを掴まれて引き戻される。
俺の目の前を白い食腕のようなものが横切った。
「うぉぉ!?」
魔力障壁魔術を展開してあるけどビビる。
白い食腕に向かって炎閃魔術を発射する。
熱線に焼き切られた食腕がボトボトと地面に転がる。
すると。
バスケットボールキノコが奇怪な悲鳴を上げた。
むくむくとキノコが膨張して大きくなる。
「あれはキノコの魔物よ、気をつけて!」
「ぉぉぉ……、ビックリした」
俺は胸の動悸を押さえつつ、キノコに炎閃魔術をぶち込んでやる。
こんがりと焼け焦げたキノコの魔物はくたっと地面に伸びてしまう。
「食べられないことはなさそうだし持って帰りましょ」
「わかった」
「陽織のほうは何か見つけたか?」
キリキリと引き絞られる弦の音が聞こえてきた。
陽織は頭上を見上げたまま動かない。
その右腕には矢が番えられている。
「うん……、いま、見つけた、よっと――!」
森の空気を切り裂いて矢が放たれる。
ザザザと梢を割って何かが落ちてくる。
地面に落ちてきたのは大きな鷹のような鳥だ。
翼を広げれば八メートルはある巨大鳥である。
鑑定魔術でキノコと鳥を調べてみる。
キノコの魔物は、ファンガス、と言うらしい。
森でキノコに擬態して獲物を待ち食腕に振動を感じると一気に襲いかかる、とある。
鳥の魔物は、ワイルドファルコン、だ。
高空から森や草原に住む小さな魔物を狩って暮らす生き物らしい。
しかし、良く魔物の気配を感じられるもんだ。
俺は全く気が付いていなかった。
「なぁ、キノコと言い鳥と言いなんで魔物がわかるんだ?」
「明確にわかるわけじゃないわよ? 狩人の称号を手に入れてから勘が冴えるのよ。こっちは危ない、あっちは危ない、みたいな感じでね」
「魔王の魔力自動回復みたいなもんか。称号につく特殊な能力なのかな……」
「そうかもねえ」
陽織はワイルドファルコンをよいしょっと担ぎ上げる。
俺が持とうかと声を掛けたが、試しに持ってみたところかなり重かった。
ヒイコラ言って頭を引きずりながら歩こうとしたら怒られたので陽織が持つことになったのだ。
非力過ぎて悲しい。
仕方がないので俺はファンガスの生焼けを両手で抱えている。
「これだけあれば十分ね。帰りましょ」
陽織に促されて学校への帰途へ着く。
今日は大型の魔物に出くわさなくてラッキーだった。
こんなイージーライフがずっと続けばいいのにな。
逆に。
いつまでこの生活は続くのだろう。
自衛隊がひょっこりと救助に来てくれるまでだろうか。
それとも勇者が来訪する日までか。
もう三ヵ月だ。
俺は先の見えない日々にうんざりしているのだった。